プロジェクトC:国際危機管理に関する研究と政策提言

(1)趣旨

 人間の活動に不可避なリスクは多様であるが、甚大な被害を及ぼしかねないものとして災害(disaster)や危機(crisis)と呼ばれるリスクが存在する。

 「災害」が多くの場合自然起因であり急激一過性の帰結を辿るのに対し、「危機」は対人的・政治的要素を包含し、しかも進行する未知の状況に対処を迫られるのである(dealing with the unknown that develops over time)。

 「危機」の中でもとりわけ国際場裡で発生する重大事案への対応は、情報収集・状況判断・意思決定・対策実施のいずれの局面においても外在要因・不確定性が高く非常な困難を伴っている。

 主権が及ばない領域での危機管理は、通常一国の行政組織として外交・領事機関が主として担当している。もちろん事案の規模や種類、重要性によってはその国の首脳の指導の下、軍事組織を巻き込んだ総力の結集を必要とし、さらには関係国の協力を仰ぐ場合もあるだろう。他面において国際化の進展した今日、国際的な危機に際し国レベルの行政機関のみならず、自治体、あるいは企業、個人も当事者として関与せざるを得ない現実が存在する。

 我が国においても国際的な危機管理について、ますますその重要性が認識されている。政治・経済・社会・文化その他あらゆる側面において国境を越えた交流が緊密となる中、海外での重大事件は傍観を許さぬものとなったからである。

 我が国において危機管理対応を巡る議論を惹起した重大事件の中で、1990年の湾岸危機・湾岸戦争はその転機と考えられている。その後現在に至るまで相次いで発生した多数の国際的危機に際し、行政組織、企業、報道機関、個人による様々な対応が行われ、様々な教訓を残した。

 国内における議論は一方で、国連平和維持活動への参加から集団的自衛権の解釈に至るまで一連の安全保障法制度の変革をもたらした。しかし本研究においてはこうした安全保障問題を視野に入れつつも、あくまで現場における危機管理のあり方、すなわち緊急時体制整備・情報収集伝達・状況判断・意思決定・対策実施・広報秘密保全といった側面の研究を主眼とする。そして現実に困難に直面する人々の、より良い行動選択に資する政策提言を行うものとする。

(2)経過

(ア)年間の調査・検討作業

a)前期

 参考文献を調査し、読書記録を「文献解題」の形でまとめる作業を通じ、先行研究の洗い出しと調査成果の共有を図った。

 本ワークショップでは、ヒアリング先が多岐にわたることが想定されたため、ヒアリング調査への着手を前倒しし、4月25日に外務省を訪問して領事局長を表敬すると共に、邦人援護官より詳細な現状説明を受けた。同日、元在シリア特命全権大使(湾岸戦争当時の元イラク大使館公使)からのヒアリングを行った。

 ワークショップにおいては、ヒアリング記録の整理と、新たなヒアリング先への質問票の作成作業を並行して行い、文献調査と合わせた三位一体の研究活動を繰り返した。

 このようにして、前期には上記ヒアリングの他、東京都交通安全協会理事長(元在イラク大使館警備官)、海外邦人安全協会副会長・理事二名、共同通信社編成局ニュースセンター副センター長、日揮株式会社セキュリティー対策室長他、元在イラク特命全権大使、丸紅株式会社人事部副部長他、元内閣官房副長官補からのヒアリングを実施した。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 前期の成果と今後の研究の全体像を資料にまとめ、全員で口頭発表を行った。発表に際しては紙などを見るのではなく、発表内容を十分頭に入れて効果的に説明できるよう指導した。また、発表が時間内にきちんと収まるよう留意した。配付資料等は分かりやすいものとするよう、心がけた。発表後の質疑、特に教員からの指摘事項については、速やかに記録化し、最終報告書に反映させるよう努めた。

c)夏期

 中間報告会の成果と反省を踏まえ、今後の調査計画を検討した。後期に予定されている海外調査の行き先を台湾と決定し、本格的準備に着手した。ヒアリングは、ペルー事件の元人質に対して実施した。

d)後期(年内)

 日本放送協会編成局編成主幹、日本台湾交流協会総務部長、駐仙台大韓民国総領事館領事に対するヒアリングを実施した。

 台湾調査旅行は当初10月中を想定していたが、現地の繁忙期と重なるなど延期を余儀なくされ、結局11月22日から28日の日程となった。これにより最終報告会の準備期間が短縮されるなど課題が残った。海外調査は教員二名、学生六人のワークショップ全員が全行程参加し、事故等なく帰国した。現地では銘傳大学を訪問して応用日本語学科と交流した他、同大学の危機管理専攻の教員からヒアリングを行った。また日本台湾交流協会台北事務所副代表他、元台湾国家安全会議副秘書長、みずほ銀行台北支店副支店長からのヒアリングを実施した。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 最終報告会は準備時間が非常に限られており、当日最終報告書の原案を参加者に提示するという目標については十分に達成されたとは言い難いが、口頭発表に関しては中間報告会での成果を元に短時間で準備を終え、効果的な発表を行うことができた。当日の質疑については、最終報告書に反映させるよう努めた。

f)後期(年明け以降)

 これまでの文献調査・ヒアリング調査・海外調査・報告会での発表を通じた成果を遺憾なく最終報告書に反映させるよう指導した。報告書の執筆分担は行ったが、単に各執筆項目を綴じ合わせた文書とならないよう、各学生がそれぞれ最終報告書全体に対し責任を負って意見交換し、文体や内容の調整を行い、どの学生がどこを執筆したか外部から分からなくなるまで推敲を行うよう努めた。引用箇所については出典を明示する等、論文作成の基本的ルールを厳守するよう指示した。

(イ)ワークショップの進め方

 ヒアリングに先立っての質問票作成については、担当学生が中心になって項目のとりまとめを行い、事前に内容を確認した。ヒアリング記録の確認については、記録を作成した学生がワークショップの場で報告を行い、ヒアリングに参加した学生が中心となって記録の補足作業を行った。中間報告会・最終報告会の準備は全員で行い、特に直前は入念なリハーサルを行って口頭発表の技術を磨いた。政策提言に際しては、論理的・現実的な提言を作成するよう留意し、十分に議論を重ねた。

(3)成果

(ア)最終報告書について

 最終報告書は全体で350ページ近い大部の作品となった。大別して本文とヒアリング記録の二部に分けられる。

 本文は、研究の目的・背景から始まり、中心テーマとなる「国際危機管理」という用語の定義を行っている。ついで「国際危機管理」の重要な実例を7件挙げ、対処に当たった当事者の証言を交えて詳細に分析している。日本周辺の緊急事態については、章を改めて朝鮮半島と台湾海峡の緊張につき、それぞれ研究した。これらの議論を元に、政策提言を行っている。主たる提言対象は外務省であり、オペレーション体制・情報収集分析体制・情報発信体制に分けて政策をまとめ、特に日本周辺の事態については海外調査を実施した台湾を採り上げ、危機管理の具体的課題を挙げて政策提言を行っている。また、日本企業に対しても、特に中小企業の海外安全対策に注目して政策提言を行った。

 ヒアリングという調査手法に関しては、公刊された書籍や論文等と異なり、ヒアリング記録の客観性担保が重要である。ヒアリング調査は通常非公開の場所で行われ、記録の正確性は記録者の力量に左右される。また、ヒアリング記録を本文に反映させる際、根拠とされた発言がいかなる文脈で行われたかも検証対象となる。こうした発想から、本ワークショップではヒアリングの記録を全て別添文書として残し、発言者の了解を経て公表することにした。これにより、報告書閲覧者はヒアリング記録を独立の文献として活用することが可能になり、本文の分析や政策提言の根拠をヒアリング記録に見出すことができるようになった。

(イ)ワークショップを通じた能力育成について

 文献調査については、読書メモを作成して要旨を文書化しながら読むように指導し、読書メモを学生間で回覧し、他の学生がこれを充実させる作業を通じて知識の共有を図った。こうした作業により、正確に文書を読解する能力が養成された。

 ヒアリングは本ワークショップの中心的な活動であった。事前に質問項目を全員協力してまとめること、当日の各学生の役割分担と効率的な行動、正確な記録作成と事後の検証が目標とされた。これらは高い水準で達成されたと評価できる。

 報告会については、口頭発表の技術と説得力ある資料作成の両面が目標とされた。これらについても全員で集中的に準備した結果、高い能力が育成された。

 最終報告書は一年間のワークショップの集大成であり、今後記録として残る作品である。報告書作成に当たっては、報告会での各学生の分担を基本として執筆作業が開始されたが、報告書の体系化や文体統一など、横断的な作業の重要性を指導した結果、質の高い報告書が完成した。最終報告書は印刷に付し、ヒアリングに協力した関係者や、政策提言先を中心に配布を行った。

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