東北大学公共政策大学院Newsletter(Vol.1)
(2003年8月30日配信)

各位

8月30日に東北大学公共政策大学院のホームページを更新しました。
   http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/

更新した点は、以下のとおりです。
  ・ FAQ(入試関係以外)のページの開設
  ・ 入試関係Q&Aの内容につき、一部修正及び追加(A1の修正、Q10-2&A10-2及びQ12-2&A12-2の追加)
  ・ newsletterの過去ログのページの開設

今回のNewsletter Vol.1 から、この東北大学公共政策大学院の開設に携わっている教員のエッセイを順にお届けします。

教員陣の人となりや考え方に触れていただければ幸いです。

「想像力」と「総合力」

(by 三好信俊教授(環境省より出向・前環境省環境経済課長))

今年の夏、一週間ほどロンドンに滞在する機会があり、噂の欧州の猛暑を実体験してきました。滞在中に、観測史上最高気温を記録し、「日本の蒸し暑い夏を逃れて、涼しい欧州で勉強(?)を」という当初の心積もりは早々に裏切られる結果となりました。わが国、特に西日本では処暑を過ぎてようやく夏の暑さが戻ってきますが、全体としては冷夏で、特に本学の所在する東北地方では農作物への影響が懸念されるところです。

暑い夏を迎えると、すぐに話題になるのが「地球温暖化」(global warming)で、ロンドンのテレビ・ニュースなどでもお決まりのようにとりあげられていました。ただ、地球の温暖化というのは、地球の平均気温が高くなること(だけ)が問題なのではなく、これに対処するための国際条約の名称が示すとおり、それに伴って生じる「気候の変動(変化)」(climate change)の問題なのです。また、その原因(化石燃料のベースとする産業革命以降の人類の活動の加速的拡大)や影響も数世紀にわたる現象と考えられているので、年々の気候の状況に左右され、例えば冷夏だとさほど話題にならないというのは少し困ったことではあります。温暖化に限らず近時の環境問題はグローバル化しつつありますが、人間の「想像力」には限界があるということなのでしょう。最近読み始めた、グローバリゼーションを活写した「レクサスとオリーブの木」(トーマス・フリードマン著)は、その導入に近いところで、近時のグローバル化した世界の動きを総合的に理解するために、古典的な「政治」、「文化」、「安全保障」、「経済・金融」の4つに、「技術」そして「環境」を加えた6つの側面(dimension)をあげた上で(ただし、著者は、「環境」を6番目に加えた後、今後7番目に何が必要になるかは分らないと述べています。)、これらを「総合する力」が必要であると述べています。

公共政策とは、限られた資源を、如何に公正かつ効率的に配分するかの考え方や手法に深く関わるものであり、そのためには、「想像力」と「総合力」が必要です。大学院では、環境問題のみで自己完結するということではなく、環境問題を手がかりとして、学生一人一人が現代社会を洞察するためのいわば「窓」をひとつ加えていけるように、一緒に考えていきたいと思っています。

(無題)

牧原出助教授(行政学専攻)より

私は、昨年九月にロンドン大学での留学生活にピリオドを打ち、東北大学に戻ってきました。帰国直後に突然「公共政策大学院」の設置準備の仕事を与えられ、今漸く設置認可を待つところになりました。

大学院の骨格を作るにあたって、国土交通省、財務省、外務省、環境省、経済産業省出身の実務家教官五名と、研究者教官数名とが、月に数回のペースで1回3時間以上の議論を重ねてきました。私たち研究者教官は、実務家教官から「先生の仰ること、実務でははっきりいって役に立ちません」と何度もいわれ、大学教員となってちょうど十年たった私は「役所ではそうかもしれませんが、ここは大学です。教育と実務は違います」と何度か主張したり……。つばぜり合いの、しかし終わってみたら不思議に爽快な気分になる会議を繰り返してきました。

今になって胸を張って言えることは、日本の法学・政治学系の大学院を設置するにあたって、これほど徹底して実務家と研究者とが議論を尽くしたものは、他にないだろうということです。

その結果でしょう。私たちの大学院で行おうとしている教育――特に公共政策ワークショップの授業――では、他の大学で検討されている同種の授業とは大きく異なる特長があるように思います。

公共政策大学院で実務教育をする場合、成功事例を検討してなぜ成功したか、また失敗事例を検討してなぜ失敗したかを考察するといった内容を計画しているものが多いようです。実際中央省庁の中には、法案作成資料を大学に提供して、授業で使ってもらおうと計画しているところもあるようです。

これに対して、東北大学公共政策大学院はその先を目指そうとしてきました。それはつまり、できあがった政策案の背後にうち捨てられた構想は何だったのか、どのような条件やアイディアがあれば、その構想を実現することができ、よりよい政策案を立案することができるのか、といった諸点についてまで踏み込んで考えてみようというのです。

そのような目で実務家の書いたものを見ると、確かに、うち捨てられた構想に関心をもつ姿を見いだすことが出来ます。

@阪神淡路島大震災復興委員会の委員長が自ら陣頭指揮をとって復興対策をとりまとめたときの回顧です。

「一番最初に内閣審議室に出したものは、到底呑めないだろうなと思って出したんです。それを呑める形にガタッと落としたわけです。それで面白いのは、行政は『助かった』と言いながら、実は落としたほうに行政が興味を持っていることですよ。「『提言』通りやることは大変だ」と思いながらも、修正したことに疑問を感じているわけですね。」

A次は昭和30年代の予算編成の一こまです。

「予算局議では、……この要求はおそらく最後の復活まで残るのではないか、これは新規ではあるが非常に大事で予算としては認めるべきだと思うが、といった経費をみんなアウトにしがちになるわけです。局議でズタズタに切られて、『なんだあいつは、予算の査定をしてたのか』と思われはしないかと厳しく査定して落としてしまうんです。だから一年目の主査の査定というのは非常に厳しい査定になる傾向がありますね。

私もご多聞にもれず一年目の主査のとき予算局議で、厳しい査定をしてのぞみ、一つも削られないですんでホッとしたわけですが、局議がすべて終わったときに森永(貞一郎)主計局長が、『長岡君、君が査定で落としたもののうちで最終段階まで問題になるような経費、あるいは、ほんとうはつけたほうがいいかなと思うような経費があったらいってごらん』というんですよ。そのときこの先輩はこわい先輩だなと思いましたね。」

2つの回顧の共通点は、「落とした」ものをいとおしむ気持ちが、現場の行政官にあるということです。政策革新はこうした問題を出発点としているといってよいと私は思っています。

教育を通じてここまでたどり着きたい――それが私たちの理想なのです。

<編集後記>

大学教官と聞くと「長い夏休み」というイメージを持つ人も多いようですが、僕の場合、出身官庁の経済産業省・旧通産省勤務時よりも、仕事が多くある気がする夏です。涼しいというか寒い夏なので助かっていますが。(でも、稲作農家等の状況を考えると喜んではいけないですね。)

そういえば、1993年も冷夏でした。まだ課長補佐になりたてだった僕は、構造改革を旗印に、日本の高物価構造にメスを入れようと必死で、冷夏だったこともあまり覚えていないぐらいです。(デフレスパイラルの懸念は頭の片隅になくはなかったのですが、それよりも産業の日本での立地を維持するために高いビジネスコストを削減する方がより重要だと考えていました。)

あれから10年経って、日本社会は大きく様変わりしました。でも、村上龍の「希望の国のエクソダス」の一文に「この国には何でもある。(中略)だが希望だけがない」とあるような状況は依然続いているように思います。(こう書くから、悲観論のスパイラルから脱け出ることができないのかもしれませんが)

教育は、「未来への希望」を糧にしている活動だと、僕は思っています。政策面と人心面両面から、少しでも「未来への希望」を創り出したい、と梅雨からそのまま秋雨になったような空を眺めながら、考えています。
(文責 田口左信)

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