東北大学公共政策大学院Newsletter Vol.2
(2003年10月3日配信)

1.説明会の御案内

東北大学公共政策大学院についての説明会を下記の要領にて開催いたします。お近くの方は是非御参加ください。

a)日時 10月8日(水) 12:05-13:00

b)場所 東北大学法学部2番教室

c)説明事項 東北大学公共政策大学院の入学試験の方法、日程等について(予定)

2.東北大学公共政策大学院のホームページ更新の予告
  http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/

上記説明会終了後、すみやかにホームページを更新して、入試日程等につき掲載する予定です。

最後に、今回も、この東北大学公共政策大学院の開設に携わっている教員のエッセイをお届けします。

(無題)

尾崎久仁子教授より(外務省より出向。前・人権人道課長)

今年の夏休みは英国に行ってきました。

夫は「山と自然」派,私は「歴史と文学」派(体力派と頭脳派ということでは全くありません。念のため。)なので,両方が満足できるウェールズ北部のスノウドニアを歩いてきました。

スノウドニアは今でこそ平和を絵に描いたような牧歌的な田舎ですが,まつろわぬウェールズ人が数世紀にわたってイングランド人に対して繰り広げた血みどろのゲリラ戦の拠点だったところで,いわばブリテン島のアフガン北部とでも言うべき山岳地帯です。(そして,驚くべきことに,ある意味で,彼らは勝ったのです。ウェールズを征服したイングランド王の男系の末裔を滅ぼして登場し大英帝国の礎を築いたチューダー家の王たちは,いにしえのウェールズのプリンスたちの血を引き,かつ,そのことを誇りにしていたのですから。)このような歴史を見ると,現在先進国と呼ばれて平和と繁栄を謳歌している国々がどれほど凄惨な過去を積み重ねてきたか,そして,現在世界中で流されている血が,いつかはこれを埋め合わせるに足りる何かをもたらすことがあるのかを思わざるを得ません。

さて,私たちの公共政策大学院も,血みどろとは言わないまでも関係者の相応の苦闘を経て,最終準備段階に入っています。学生諸氏の関心も高まっているようですが,最近ちょっと気になっているのが,「実務」のイメージです。「実務」を学ぶということは「大人」になるということ,そして,世間知,現実的妥協,根性と義理と人情を学ぶことだと考えられていないでしょうか。しかし,私たちが送り出したい公共政策大学院の卒業生は,体力勝負のイエスマンでも根回し専門の寝業師でもありません。「知性」と「信念」と「誠実さ」なくして,公共政策に携わる資格はありません。そして,大学であるからこそ,更に言わせてもらえば長い「知」の伝統を有する東北大学であるからこそ,このような素質を育てることができると考えています。

と,いうことで,今回のテーマは,「ち」でした。知性のかけらもなくてすみません。

政策手段としての税制

渋谷雅弘助教授

近年、様々な政策目的達成のための手段として、税制を用いるという例が数多く見られます。例えば、経済活性化のために、所得税、法人税の減税が繰り返され、株式投資や住宅建設等に関して優遇措置が設けられています。ほかにも、環境保全、都市再生、高齢社会対策等のために税制を活用すべしという議論がなされており、その一部は既に実現しています。このような現象は、国に限らず、地方分権推進の一環として行われた課税自主権の拡大により、地方自治体でも起こっています。今後は、およそ何らかの「政策」に関わる者は、税制に関する知識が必要となる可能性があります。

しかし、こうして作られた税制の中には、租税のあり方として、あるいは政策手段として、疑問を禁じ得ないようなものもみられます。

これには次のような理由があると思われます。第1に、1990年代からの不況により、「あらゆる手段」を用いて景気対策を行うべしとの主張が強くなりました。税制もその手段の一つと位置づけられたわけです。そして、税の減免というのは、一応の対策を行ったということを示す有権者や利益団体に示すための、最も分かりやすい、そしてある意味では安易な方法です。

第2に、国及び地方自治体は、財政的に厳しい状況にありますが、税収を調達しようとしても、一般的に財源が不足であるという理由では、有権者ないしは納税者を納得させられなくなりました。そこで、一定の政策目的のために課税をする、又はその目的のために税収を使うという主張がされることになります。これは、政府の財政危機と、その信頼低下を示しています。

このような理由で作られた税制が、租税の原則にそぐわないものとなるのは当たり前のことです。また、政策手段としても、目的に対する効果や、そのためのコストについて、事前の分析も事後的な評価も、十分に行われていないことが少なくありません。

本来、税制とは、国民が国家にかかる費用をどのように分担するか、国民の意思により定めるというもので、民主主義の根幹に関わる事柄です。これを単に政策手段としてしかみないという最近の傾向に、私は少なからぬ危惧を感じています。

<編集後記>

僕は広報を(というかお役所風に「てにをは」を正確に書けば「広報も」ですが)担当しているのですが、広報というかPRの技術についていろいろ考えさせられます。官庁も国立大学も元来広報はあまり上手でない、というかはっきり言って「下手」「ダサい」わけです。しかし、例えば危機管理業務一つとっても広報は極めて重要な意味を持っており、広報の技術を向上させることは、行政においても重要な課題となっています。

東北大学公共政策大学院の場合も、教育内容にはそれなりに自信があるのですが、PRがいまいちな点で内心忸怩たるものがあります。「中身があってPRも上手」となるのは、大変なことのようです。
(文責 田口左信)

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