東北大学公共政策大学院Newsletter Vol.6
(2004年3月1日配信)

昨年の11月27日配信以来、3か月ぶりになりましたが、東北大学公共政策大学院newsletter Vol.6をお送り申しあげます。

なお、本年4月入学のための入学試験も終了したところであり、配信の停止を希望される方も多々いらっしゃるとは思います。配信停止を御希望の場合は、お手数ではございますが、登録された氏名又は登録された電子メールアドレス、及び配信不要と記載したメールを下記あてに御送信ください。
 お問い合わせ用電子メールアドレス

今回は、東北大学公共政策大学院で新年度から授業を担当する坪野吉孝助教授のエッセイをお届けします。

(無題)

坪野吉孝助教授

「健康リスク」をめぐる情報がはんらんしています。米国でBSE感染牛が見つかり、禁輸措置が取られて間もなく、今度は国内で鳥インフルエンザが発生しました。牛丼に別れを告げて間もないのに、今度は親子丼の注文をためらう人もいるかもしれません。

こうした情報は、センセーショナルな話題として、一時的にメディアを賑わせます。けれども、最終的にどのような安全対策が取られて、社会的なリスクが低減したのか、あいまいなままに忘れ去られてしまうことも少なくありません。例えば、ひところ大騒ぎになった環境ホルモン。けっきょくどの程度の健康影響があって、どのような安全対策が取られているのか(いないのか)。最近の状況を理解している人は、あまり多くないでしょう。

「健康リスク」に関わる情報を、どう解釈し、どう対処すべきか。この問題は、個人にとっても、社会にとっても、ますます重要になってきています。個人として、この食べ物を食べるか、食べないか。また社会として、化学物質などの健康影響の有無と程度を、どう判断するか。どこまで規制を行い、企業活動等に制限を加えるか。最善の科学的根拠に基づいて、これらの問題に対応することが求められています。

健康リスクに関わる情報を解釈し活用するうえで、疫学の重要性が増しています。疫学(Epidemiology)とは、培養細胞や実験動物ではなく、実際の人間集団を対象に、病気の原因を究明する科学です。歴史的には、たばこの健康被害の解明や、化学物質の発がん性の評価などに、大きな貢献をしてきました。最近では、臨床医学の分野にも、疫学の方法論が積極的に取り入れられ、「科学的根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine; EBM)」と呼ばれる新しい潮流を作り出しています。かつて、疫学の基本概念や理論は、医学の一分野の「方言」に過ぎませんでした。ところが今日では、医学全体に共通の方法論を提供する、いわば「標準語」としての地位を獲得しています。

米国ABCネットワークの医学報道に主導的な役割を果たしているTimothyJohnson氏は、臨床医からジャーナリストに転進した際に、正確な医学報道を行うためには疫学の知識が必須と考え、ハーバード大学の公衆衛生大学院(School of Public Health)に入学し直して、疫学を学びました。米国では、疫学は、メディカルスクールや公衆衛生大学院などの専門職大学院で教えられています。とくに公衆衛生大学院では、医学や生命科学の既習者に限らず、医療問題や環境問題に関心を持つジャーナリストや弁護士も、疫学を学んでいます。いまや疫学は、医学界の中だけで通用する「標準語」から、健康リスクの問題を考える際に、社会全体に共通のプラットフォームを提供する、いわば「国際語」としての役割を果たしているのです。

私は現在、東北大学医学部で疫学の教育と研究に携わっています。この4月からは、公共政策大学院に、教員として参加します。疫学を基軸に、健康リスク社会における科学と政策とメディアのあり方について、皆さんとともに考えていきたいと思います。

<編集後記>

東北大学公共政策大学院開設まであと1月となりました。1学年30人の小所帯とは言え、準備しなければいけないことは山のようにあります。
なにしろワークショップのように本邦初演とも言うべき授業の準備は言うまでもなく、学内の規程整備や情報システムや果ては封筒・用箋に至るまでいろいろあります。
中央省庁のように千人・万人単位で職員がいるような大きな組織で仕事をしていると、「誰かがやってくれている」ようなことも、自分たちでやるしかないというわけです。
専門性重視の時代であろうとなかろうと、全てを専門の業者に外注すればいいのかもしれません。しかし、外注するにしても、コンセプトやスペック等はこちらで考える必要があるわけですし、相互に関連する業務の場合、どう分割して外注するかを考えるのも結局はこちら側なわけです。(どなたかのように、「丸投げ」という方法もあるかもしれませんが、決して良いことではないと思っています。)
そういう意味では、この設立作業を通じて、僕自身が、分化した専門性をどう利用していくかを学んでいるようにも感じています。
(文責:田口左信(東北大学大学院法学研究科助教授))

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