東北大学公共政策大学院Newsletter Vol.7
(2004年4月26日配信)

本年4月1日に東北大学公共政策大学院が開設され、講義、ワークショップ等も始動しました。

ここまで来ることができましたのも、関係各位の御協力のおかげと心より御礼申しあげます。

まだまだ始まったばかりであり、これから公共政策の専門職大学院としての実績を挙げるために邁進していきます。

さて、ホームページの更新について、以下のとおり御連絡申しあげます。
4月6日:デザインを全面的にrenewalしました。
4月22日:
入学試験関係情報のうち、入試関係日程・場所(2005年4月入学志願者用)、入学試験(第一次選抜・筆記)の出題範囲、出願に要する書類について、本学としての予定を掲載しました。(同日昼の説明会(於:東北大学)で説明したものと同じ内容です。)
また、2004/4入学用の入試関係情報として、入試概況、試験問題のページを追加しました。

今回は、飯島淳子助教授(行政法)のエッセイをお送りします。

(無題)

飯島淳子助教授(行政法)より

仙台では、いよいよ“杜の都”にふさわしい新緑の季節を迎えました。私は、半年前に東京から来ましたが、緑と水(広瀬川)と城(仙台城趾)に囲まれたこの街がすっかり好きになりました。仙台市の広報を見ますと、「緑美しい杜の都づくり」が施策の一つに掲げられています。街づくりという点では、最近、「災害に強い都市づくり」が差し迫った課題になっています。昨年7月には宮城県北部で大きな地震がありました。今後30年以内に宮城県沖地震の起きる確率は実に98%と言われたりしています。地震などの自然災害への対処は、私たち一人ひとりの問題でもありますが、社会それ自身の問題として行政が取り組むべきものでもあります。そこでは、被害を最小限に食い止めるための事前の対策と同時に、生活を立て直し復興を進めていくための事後の対策が、切実に求められます。公共政策大学院のワークショップの一つでは、「自然災害により被災した住宅の再建支援」をテーマに、“理論と実務の協働”を目指して、作業が開始されました。

“理論と実務の協働”ということに関して言いますと、私の専攻する行政法では(他の科目もそうかもしれませんが)、法解釈学こそ学問の王道であるというような考え方が強く支配してきました。もちろん法解釈学が重要であることは確かです。ただ、最近は変化の兆しもみられはじめました。少し前から、政策法学に熱心に取り組む学者があらわれ、一つのトレンドを形成していましたが、それに加え、最近の諸改革に内側から関わった学者からも、まさに経験にもとづいた行政法理論の変革の必要性が語られるようになりました。行政法理論は、従来、行政をいかに規律するかという、裁判的統制の局面に、もっぱら関心を向けてきましたが、今や、行政はいかに行動するべきかという、政策決定や制度設計の局面をも視野に入れることを迫られています。“被災者の方々に対する公的支援のあり方”のような新しい制度を設計しようとするとき、何が問題になるのか、法理論的にどこまでが可能なのかを明らかにする役割が、行政法学に求められるのだろうと思います。

行政法学としては、おそらく、解釈論か立法論かという二者択一ではなく、従来の解釈論に加え、立法論の必要性を率直に認めて、それに真摯に取り組んでいかなければならないのだろうと思います。“机上の空論”にとどまらない、実際に役立つ理論に磨きあげていくこと、公共政策大学院での勉強は、その実現に向けて大きな力になりうるのではないかと、私は期待しています。私自身、このような挑戦ができることを幸せに思い、“新米行政法学者”として精一杯努力していきたいと思っています。

<編集後記>

ワークショップを始動させましたが、予想していたことながら現実の問題を扱うのは大変なことです。

産業立地を扱っているのですが、本題だけでも、産業構造論は当然のこと、都市計画、交通政策などさまざまなことが関係してきます。おかげで、学生に説明したり学生と議論をしても、いろんな分野に話が拡散してしまうこともしばしばです。(もっとも、僕自身の話に脱線が多いのが主たる原因ですが。(苦笑))

現実社会の問題を考えるには、いわゆる学問や知識だけでなく、世界観とか哲学まで、個々人が持っているものを総動員していかなければならないわけで、そして、総動員すればするほど、自分自身の限界が露呈してくるわけです。ワークショップを進めるにつれ、自分の方が学ばなければいけないことがどんどん出てくる、そんな状況です。
(文責:田口左信)

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