東北大学公共政策大学院Newsletter Vol.23
(2006年7月31日配信)

■ウェブサイトのリニューアル

7月3日、本大学院のウェブサイトをリニューアルしました。
http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/

以下のようなコンテンツを、新規に追加しましたのでご覧ください。

「学生の声」「修了生の進路」
http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/misc/

これまでのワークショップ・プロジェクト一覧
http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/workshop/project.html

主要担当教員一覧(教員からのメッセージを一部含む)と過去の実務家教員一覧
http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/staff/

■教員エッセイ

今回は、西村篤子教授(外務省より出向)のエッセイをお届けします。

デジタル・ディヴァイド

西村 篤子

夏の暑さの本格化とともに、公共政策大学院では前期の試験が8月の上旬で終わることになっていることもあり、キャンパスにもなんとなく夏休みの気配が漂ってきている。比較的まとまった時間のとりやすい夏は、教師にとっての貴重な充電の時期であり、そして学生達にとっても、キャンパスを出て自分の活動領域を拡げ、将来の展望への示唆を得る貴重な機会とすること、そのためのより自主的な時間の使い方が期待される時期でもある。

私自身にとっては、一昨年の秋に外務省からこの東北大学に出向してきたので、この夏は仙台で迎える2度目の夏であるが、思いがけず、私にとってのこの夏の懸案は引越しということになりそうで、いささか気が重い。

仕事柄、地球上のいろいろな場所への引越しには、慣れているはずで、政治・経済・社会・文化の異なる場所への移動は刺激的で楽しみも多い。地球上のどこから世界をみるかで、今までみえなかったことがみえてくることがある。一方で、生活のすべてを抱えながらの引っ越しは、一旦電源を切っての新しい場所でのたちあげとなり、時間・おカネ・体力を要求するひと仕事でもある。それも、すべてをリセットできるのであれば簡単であろうが、人間の生活となるとそうもいかず、いつも大量のダンボール箱を抱えての移動となる。

新しい移動先でのスムーズな仕事のたちあげのためには、生活インフラの円滑な立ち上げが不可欠であり、電気や水などのライフラインの確保にも気を遣わなければならない場所も多いが、電気や水の確保と同じように重要なのが、情報に関する環境の迅速な整備である。

「デジタル・ディヴァイド」ということが言われ、国による情報格差の問題が指摘されて久しいが、情報をめぐる環境の整備度は、必ずしも途上国だけの問題ではなく、世界の異なる場所で、また一つの国の中でも、ハードの面でもソフトの面でもかなり異なっている。その中で自らにとって適切な環境を、どうやって、どの程度のコストで整備できるのか、できないのかによって、仕事と生活の両方の面でその影響は少なくないので、引っ越しの際には情報に関する環境整備がいつも最大の関心事・懸案となるのであるが、なかなか計画どおりにはいかないことが多い。

確かにIT技術の進展によって、情報の入手・発信の方法やスピードは劇的にかわってきた。

私がもう今から四半世紀前に米国やフランスで勉強や研修をしていたときには、日本の情報を得るのに一苦労であった。80年代前半のパリの国立行政学院での研修では、仏人学生の日本に対する関心も高まっていた時期であったが、なかなか日本の情報が手にはいらないで苦労した。研修留学時代は、語学の上達のために、研修に専念し、あまり大使館には近寄ってはいけないことになっていたが、日本の新聞は留学生にとっては手の届かない貴重品で、何日か遅れの邦字新聞を読みに広報文化センターに行った。

研修後に、大使館での勤務がはじまっても、航空便で送られてくる新聞は貴重品で、みんなで回覧をしていた。

それが、今ではいろいろなメディアのデジタル化が進み、インターネットで24時間最新の情報を得ることができるのは勿論、紙媒体の新聞も、欧州の主要都市では、邦字紙の衛星版が手にはいるのみならず、日本にいるのと同様に、ある程度の料金で、自宅のポストまで毎日配達してくれる。

また、衛星放送の威力で、欧州では24時間の日本語テレビ放送を聴取することができ、チャンネル選択の楽しみこそないものの、NHKと民放のニュースがリアルタイムでみられるのは、日本に関する情報をえる上で大きな威力を発揮する。仕事面のみならず、日本で話題のトレンディドラマも若干の時間差で楽しめたが、デジタル化が進むと世界中でさらに情報の距離感がなくなることが予想される。

他方で、このようなIT化の進展の中で情報をめぐる環境は劇的にかわったが、世界のどの場所でも、同じように情報が入手できるかというと、それは必ずしもそうではない。ハードの面の格差はもちろん大きいが、ソフト・内容の面でもところによって差が大きいと実感する。結局のところ、情報の供給も需要を反映しているところがあり、それぞれの土地で、そこに住むひとびとの関心やニーズを反映した情報の供給が中心的なものになり、またコストの安いものになるということになるという基本は変わらないのであろう。人間の世界観や価値観は、その人間をとりまく情報によって影響されるが、逆に、その人間の世界観や価値観が、その人間が受容する情報の範囲を決めてしまう面がある。

仙台に来る直前の勤務場所は、2ヶ所で計5年の在外勤務を経験し、最初が99年から2001年のニューヨークの国連代表部勤務、次が2001年から2004年のベルギーの首都ブラッセルの大使館勤務であったが、それぞれ、世界の経済などの中心、欧州の首都という国際性をほこっているが、そこで得られる情報はある意味で偏りがあった。

今回、仙台に居を構えることになり、情報をめぐる環境がどのようなものであるか、来る前は若干心配であった。この大学院でも国際的なテーマを扱うこととなっており、また、外交の第一線への土地勘をなるべく失わないような情報環境の整備が可能であろうかと懸念していた。この点、国際的な問題についての政策提言を一緒に考えることになった学生達も、必要な情報へのアクセスの面で、不安や心理的な距離感を感じているようであったが、今になってみると、現代の進んだ情報技術とまた各アクターの発信能力の進化により、関心さえあれば基本的な情報へのアクセスの面でそれほど心配することはないのではないかという気がしている。

むしろ、より重要なのは、情報が氾濫する中で、必要な情報を選別しとりにいく力、そして適切な量と質、迅速性を確保し、情報を適切に消化して、主体的に使っていく能力のほうといえよう。そのような能力は、各分野での基本的知識、歴史の大きな流れを把握し、何が本質的な問題なのかを認識する能力、その問題に関係するさまざまなアクターや諸要素についての理解を踏まえ、めざすべき理念や価値なども含めた3次元、4次元の座標軸の中で問題を位置づけてさまざまなベクトルから方向性を見抜いていく能力ともいえよう。

そのようなデジタル化しうる情報以外の部分で、私のこれまでの限られた経験ではあるが、外交の現場での経験が学生達の能力強化に活かせるかどうか、私にとっても、大きな課題である。しかし、その前に、必要な情報を手に入れる環境を上手に引っ越しできるかどうか、この夏の仙台があまり暑くならないことを祈りながら戦略を練っているところである。

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