東北大学公共政策大学院Newsletter Vol.40
(2009年6月27日配信)

■大学院説明会・入試説明会のお知らせ(2010年4月入学志願者用)

平成22年度(2010年度)公共政策大学院入学試験の募集要項の配布にあわせて、学部4年生など入学希望者に対しては入試説明会を開催し、学部1〜3年生には、大学院のカリキュラムなどの説明会を下記の要領で開催します。多くの方のご参加をお待ちしています。

1. 東北大学学生対象

(1) 4年生
 7月10日(金)12:00〜13:00 東北大学法学部・第1講義室

(2) 1・2年生
 7月10日(金)18:00〜19:00 東北大学川内北キャンパス・共通講義棟B202号室

2. 東北大学学生・東北大学外の学生対象

(1) 仙台会場
 7月21日(火)15:00〜16:00 東北大学片平キャンパス・第2講義室

(2) 東京
 7月24日(金)18:00〜20:00 東京八重洲ホール・800会議室
 http://www.yaesuhall.co.jp/index.html
 7月25日(土)13:30〜15:30 東京八重洲ホール・800会議室
 8月28日(金)18:00〜20:00 学士会館・302室
 http://www.gakushikaikan.co.jp/

(3) 関西
 7月25日(土)14:00〜16:00 キャンパスポート大阪・ルームG
 http://www.consortium-osaka.gr.jp/room/index.html

東北大学の施設の場所については、下記のURLをご覧ください。
http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/access/ (法学部、片平キャンパス)
http://www2.he.tohoku.ac.jp/center/map_f/map_kawauchi.html (川内北キャンパス)

■教員エッセイ

 今回は、このたび本大学院に国土交通省から着任した小玉典彦准教授のエッセイをお届けします。

10年を振り返って

小玉典彦(実務家教員・国土交通省より派遣)

皆さん、こんにちは。この4月に国土交通省から参りました小玉です。私は平成11年に当時の建設省に入省して、役人生活がちょうど10年終わったところで、このたび東北大学公共政策大学院に赴任することとなりました。私にとって10年という区切りの年でもありますので、自己紹介も兼ね、この場をお借りして自分の役人生活を振り返ってみたいと思います。皆さんの何かの参考になれば幸いです。

私が採用後始めて配属されたのは、建設省建設経済局総務課土地収用管理室という部署でした。最初の1週間は緊張でヘトヘトになったことを覚えています。当時ここでは、土地収用法の抜本改正に向けた検討が行われていましたが、この検討作業の中で、上司が私と私のひとつ上の先輩に対し、「二人で土地収用法の改正案を考えてみなさい」と指示しました。先輩と私は二人で議論を重ね、私たちなりの改正案をまとめました。私たちの案は、理想的ではありましたが現実的には非常に難しい内容で、(当然、稚拙だったこともあり、)結局採用はされませんでした。しかしながら、自分たちの力で改正案を考える、というこの作業に対し、私は非常にやりがいを感じましたし、またそのことが、現在でも私の役人生活を支えるモチベーションになっています。

初めての異動は、省庁再編と同時の平成13年1月、国土交通省土地・水資源局地価調査課で、ここで私は初めて係長(正確に言うと最初は係長心得。係長心得とは、名刺上の肩書きと実際の業務は係長だが、辞令上はまだ係員、というもの。)になりました。「地価調査課」という名前からは若干地味を受けるかもしれませんが、ここで所管していた地価公示や都道府県地価調査の業務はハードなもので、異動直後初めて地価公示の作業に携わったときは、3ヶ月で5キロほど痩せてしまいました。確かに大変ではありましたが、一方で地価公示などの公表が終わり、それが新聞やテレビで大きく取り上げられたときには、それまでの苦労を忘れるくらいの充実感を味わったことを覚えています。

2年3ヶ月の地価調査課勤務ののち、住宅政策全般のとりまとめをする住宅局住宅政策課で1年勤務しました。政策のとりまとめをする以上は、住宅政策全般について広範な知識を有していることが求められるわけですが、当時の私がそのような知識を有しているはずもなく、分からないことがあるたびに、それぞれの施策を担当している各課の方々に施策の内容を教えてもらいに、たびたび局内を歩いて回ったことを思い出します。また、当時結婚したばかりだった私が、上司にある案件を説明したときに、「今の説明を君の奥さんにしたら、奥さんはちゃんと理解してくれるのか」(「人に何かを説明をする際には、誰でも分かるような説明をしなければいけない」との意味だったと理解しています。)と言われたことは今でも覚えています。

その後配属となった大臣官房総務課では、国土交通省所管省令の審査業務に主に携わりました。法令独特の言い回しである「及び」と「並びに」、「又は」と「若しくは」などの違いに妙に敏感になったのはこの頃です。当時様々な省令の審査を行いましたが、その中でも特に苦労したのが、道路整備特別措置法施行規則第13条と都市緑地法施行規則第9条の新設の際の審査でした。(実際の条文をみていただくと、気持ちが分かっていただけるかもしれません。)

平成18年8月には初めて霞ヶ関を離れ、国土交通省の地方支分部局である関東地方整備局道路部路政課長に異動となりました。今まで「係長」だった私が「課長」と呼ばれること、今まで最大でも2人だったのが20人以上、しかも大半が年上の方の部下を持つようになったことに最初は戸惑いました。業務の方では、いわゆる東京大気汚染訴訟の和解協議(平成19年8月に和解成立)に携わりました。実際に気管支ぜんそくなどにかかられた原告団の皆さんと直接対面し、厳しいことも含め色々とお話をお聞きしたことは、私にとって貴重な経験となっています。

路政課長を8ヶ月勤めたあと、同じく関東地方整備局の総務部人事課長を2年間務めました。まさに「人」を扱う業務ということで様々な出来事がありました。本当は紹介できればよいのですが、ここで書くには少々勇気のいる内容も多いので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。

そして、私にとって11年目の役人生活となる公共政策大学院での勤務も早や2ヶ月半が過ぎ、ようやく「先生」と呼ばれるのにも慣れてきました。余談になりますが、先日、私も大好きだったプロレスラーの三沢光晴さんが、試合中の不慮の事故で亡くなるという悲しいニュースがありました。三沢さんは、対戦相手のどんなに強烈な攻撃も真正面で受け止め、その上で最後は華麗に相手を倒すというファイトスタイルを信条としていました。決して三沢さんのようにはいかないと思いますが、私も学生の皆さんの熱意や思いを正面から受け止めた上で、これまでの10年での私なりの経験や知識を活かしできる限りのことをしていきたいと、改めて感じているところです。皆さん、よろしくお願いいたします。

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