東北大学公共政策大学院Newsletter Vol.41
(2009年9月25日配信)

■9月26日より本大学院入学試験が開催されます。今年度は、新型インフルエンザへの対策について、検討を重ねました。ホームページ上では下記ページに検討結果を掲載しています。

http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/admission/2010/ad_exam_influenza.html

■教員エッセイ

 今回は、本大学院で国際政治史を専攻している戸澤英典准教授のエッセイをお届けします。

「選挙の夜」に

戸澤 英典

政権交代をかけた衆議院選挙を控え、日本では真夏の選挙戦の真っ最中であるが、ヨーロッパでも今後の政治情勢を左右する重要な選挙が続く。9月27日にはドイツで連邦議会選挙、英国では来年6月に任期満了を迎える下院の選挙が控える。この6月にはEU27カ国でEUの将来を占う重要な(?)ヨーロッパ議会選挙が行われた。「ん? そんな選挙あったっけ?」と訝しがる向きもあるかもしれない。多くのヨーロッパ市民にとっても、実は同様に意識されずに過ぎている程度のものかもしれないが、少なくとも私にとっては非常に重要な選挙であり、その視察のためにEU本部のあるブリュッセルに赴いた。

ヨーロッパ議会は、EU27カ国から選出される定数736名の議員で構成される。所在地は、公式には仏東部のストラスブールとされる場合が多いが、実際には毎月1週間の本会議だけがストラスブールで行われ、常任委員会等での審議はブリュッセルで行われる。また、事務局機能は、ブリュッセルとルクセンブルクに分散されている。

議員の任期は5年で解散はなく、1979年に直接選挙に移行してから、EU全体としては今回が第7回の選挙ということになる。選挙は各国ごとに行われ、議席配分は人口比に配慮してドイツが最大で99、マルタとキプロスが最少で5となっている。

27カ国における選挙の実施方式もそれぞれ異なっている。小選挙区と二大政党制のひな形として知られる英国が1999からヨーロッパ議会選挙については比例代表制に移行したことから、比例代表制という点では共通したが、それ以外はいろいろと異なっている。投票日についても、多くの国で日曜日に選挙を行うこととなっているが、平日に行う国や二日間にまたがって実施する国もあり、そのため木曜日から日曜日の4日間が選挙期間とされている。

実は、この選挙期間中、ブリュッセルにいるEU関係者は静かな日々を送っている。選挙活動や開票は各国単位で行われるし、EUレベルでの重要な政治案件は事実上ストップしている。したがって、736議席中たった22議席しか選出しないベルギーでのヨーロッパ議会選挙(因みに地方選と同時に行われたのだが、両方とも全く盛り上がりに欠けるものである)の選挙戦を視察したところで、日本の総選挙のような臨場感はほとんど得られない。

では、なぜブリュッセルなのか? いくつか理由はあったのだが、メインはブリュッセルのヨーロッパ議会ビルで開票結果を集計・速報するため7日(日)に開催される「選挙の夜」(Election Night)に参加するためである。

この「選挙の夜」という企画が公開のものとなったのは、1999年ヨーロッパ議会選挙からである。当時、私は欧州連合日本政府代表部の議会担当官(parliamentary officer)として、この「選挙の夜」の場で選挙結果をウォッチしていた。

当時のヨーロッパ議会は、1999年3月にサンテール欧州委員会を(法的には自発的な辞任だが)「総辞職」に追い込んで、欧州委員会に対する政治的監督権限の実質化に成功し、かつてないほど脚光を浴びていた。選挙結果が次の欧州委員長の人選に直結することも予想され、(珍しくも)選挙後の展開が読めない中で、自分の書く情勢分析が外務省の文書に直接反映されるであろうことから、緊張感を持ってウォッチしていたことを思い出す。

あれから10年、この間、EUの加盟国は27カ国に膨れあがった。事務局や議員スタッフなどの留守部隊(顔見知りの関係者)しかいなかった「選挙の夜」の企画も、雑多な参加者でフロアがごった返すようになった。多数の欧州委員や政治家が参加し、テレビやラジオあるいはインターネット配信の公開討論が同時進行する中で、心配そうに情勢をウォッチする議員秘書と思しき若い顔もちらほらと見られる。彼らにとっては、自分たちの雇用がかかっているのだから無理もない。もっとも、(元首相クラスも含まれる)著名な政治家たちの顔を見るためとか、あるいは各政党グループのブースでふるまわれる無料の飲食が目当てという連中も少なくないであろうが。

ヨーロッパ議会の再選率は約4割なので、各議員のスタッフに加えて、議席数に応じて公費で賄われる政党グループのスタッフを含めると、相当数の議会の「住人」が選挙のたびに入れ替わることになる。

実は、私にも個人的に心配な候補者が一人いた。前回2004年ヨーロッパ議会選挙の際に選挙活動に同行させてもらった英国労働党の前議員である。労働党の不振が伝えられる中、25年に及ぶキャリアを今回も守ることができるのであろうか?

果たして、深夜に及んだBBCの開票中継を見守ったが、残念ながら結果は落選であった。労働党の歴史的大敗の中では、如何ともし難かったのだろう。開票中継では、その前議員が心配そうに開票を見守る顔も何度か映し出された。傍らには、前回選挙で一緒に回った同年代の陽気な候補者(といっても比例リストの「当て馬」の順位ではあったが)も座っており、5年前に選挙を視察した際の光景が昨日のことのように思い出された。

南西イングランドでの選挙戦は、実にのんびりしたものであった。英国の選挙は、(日本では公職選挙法で禁止されている)戸別訪問が中心だが、ヨーロッパ議会選挙の「中間選挙」的な性格もあり、次の下院選挙までの合間の支持度チェックに運動の主眼があった。といっても、日本の代議士のように、「金帰月(or火)来」で入念に行う「田の草取り」にはほど遠い支持度チェックであった。ヨーロッパ議会議員、議員秘書、国会議員、地方議員など5〜6人が、個別訪問先での選挙民の反応も共有しながら、その地域が抱える問題をゆっくり議論して歩くという選挙活動である。

このもっとも印象に残った「散歩」の時間以外にも、電話での投票依頼(canvassing)や、繁華街でのブースを出したキャンペーン、選挙戦略をめぐる公開討論、選挙カーでの遊説(bussing)……といった他の選挙活動もあった。だが、選挙活動の総計の時間もそれほど長いものではない。同行視察の間はほとんど睡眠時間はとれないかも……と覚悟していた私は拍子抜けする思いで「この程度の選挙戦でいいのか、もっとやらなくて不安ではないのか」等々と聞くことも再三であった。それに対する答えは、異口同音に「無理をしても仕方がないだろう」「選挙戦の期間は、選挙区や国政、EUの問題をゆっくり考える時間でもあるし……」というものだった。

さて、選挙カーから候補者の名前を連呼して声を枯らし、ひたすら握手して回る「桃太郎」が有効といわれる日本の選挙戦。各候補者は、体力・精神力の限界まで試されるような選挙期間だろうが、同時に有権者や地方議員などの声を肌で実感する部分も大いにあるだろう。そうした声を、選挙後の政治に生かすことも不可能ではないかもしれない。しかし、大半は一過性の「祭り」に消えてしまうのではないだろうか。

選挙カーからの連呼に辟易とする日々、英国の物静かな選挙活動が、ある種の羨望をもって思い出されるのである。

(この2009年ヨーロッパ議会選挙についての詳しい分析は、『生活経済政策』9月号掲載予定の拙稿「2009年ヨーロッパ議会選挙の分析――3つの「逆説」から読み解くEU政治の展開――」を参照願いたい。)

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