島田明夫先生(2010年〜2022年 国土交通省より)
東北大学名誉教授
東日本大震災と人口減少社会におけるまちづくり法制
1. はじめに
東北大学公共政策大学院教授として着任した半年後の2011年3月11日、法学研究科の研究室で地震にあいました。当初は、ワークショップで「松島の景観計画」をテーマとする予定で、松島町や先行事例としての岩手県平泉町他をケーススタディとする予定で、両町に出向いて協力の申し出も受けて、準備は順調に進んでいました。震災当日は、研究室で、オリエンテーション用のパワーポイントを作成している最中に地震が襲ってきました。当初は、30年周期で発生する宮城県沖地震がついに来たかと思っていましたが、どうも揺れが大きすぎると感じました。萩ホールの前に避難したところで、私のゼミの受講生が、スマホで10m以上の津波が予報されていると教えてくれました。ここで初めて、この地震がとてつもない規模のもので、甚大な津波被害が発生することを覚悟したのです。
仙台は3日間停電が続いたため、被害状況は専ら車のラジオ放送で情報を得ました。ラジオからは、気仙沼市で大規模な火災が発生しているとか陸前高田市がほぼ壊滅しているという信じられないような情報が寄せられてきました。これは、景観計画をやっている場合ではないなと悟りました。
私は、1999年から2001年まで、(旧)国土庁防災局から内閣府防災担当への過渡期において、防災企画官として災害現場での応急対応をしてきた経験があり、このような経歴を持つ自分が、東北大学にいるのは、まさに天の啓示であると確信し、それ以降、東日日本大震災に照らした我が国災害対策法制の問題点を洗い出し、それに対応した政策を提言するという新たな研究テーマに突き進んだのでありました。
2.2011年度から2015年度まで
2011年度の授業は1カ月遅れの5月GW明けから始まりました。私はプロジェクトA(以下「WSA」とする。)を担当しましたが、メンバーは皆、この大規模災害に立ち向かう覚悟でWSAを希望した院生でしたので、非常に熱意をもって困難なミッションに立ち向かってくれました。初年度は、災害応急対策に的を絞って研究することといたしました。沿岸部の被災地においては、公共交通機関が軒並みストップしておりましたので、現地調査の足を確保することから始めなければなりませんでした。副担当には院長の牧原先生にお引き受けいただきました。牧原先生のご尽力により、大学の公用車を使うことができるようになりました。法学部の1台だけでは足りないので、教育学部の公用車とあわせて2台で現地調査を始めることになりました。
事前の調整をする余裕もなかったですので、内閣府の宮城県現地対策本部と国土交通省東北地方整備局から紹介していただいた市町村を中心に現地調査を行いました。最初は、宮城県、仙台市から始めて、石巻市、女川町、南三陸町、気仙沼市、岩手県、陸前高田市、釜石市、宮古市等、次第に遠方にも足を伸ばしてゆきました。被災自治体はいずこも困難な状況に直面していて、その打開策を望んでおりましたので、本音でWSAのヒアリング等に応えていただきました。
このような現地ヒアリング調査を踏まえ、また、救助に当たった自衛隊、海上保安庁、警察、消防等へのヒアリングも加えて、当時の災害対応法制の問題点とそれに対する政策提言をWSAの報告書にまとめることができました。メンバーの頑張りに感謝します。
通常ですと、WSの主担当は1年したら次は副担当を務めるのですが、災害対応はまだまだ続いておりましたので、休むことはできませんでした。2012年度も引き続きWSAで災害復旧に焦点を当てて、研究を続けることにいたしました。2012年度も熱心な院生がWSAに集まってくれました。この年次は特に元気がよく、ともすれば暗くなりがちな災害対応の研究にも、明るく元気よく立ち向かってくれました。
この段階での大きな課題は、仮設住宅に関することが多かったです。このため、南三陸町の仮設住宅における入居者の方々へのヒアリングや、私が地域防災計画の素案の作成を受託していた加美町における広域避難者へのヒアリングなども行い、さらには災害公営住宅への橋渡しなどの提言を行いました。あわせて、地場産業の復旧も被災地域の大きな課題でした。特に沿岸部は水産加工業が多く立地していて、それらの工場が大きな津波被害を受けていたことから、水産加工業者等へのヒアリングも実施しました。
これらのヒアリング結果を踏まえて、災害救助法の現物給付の原則が市場経済の発達した現在にいかにそぐわないかといった問題点を整理して、この原則に基づく民間借家等のみなし仮設住宅のボトルネックを解消するための政策提言や仮設住宅を災害公営住宅に移管する制度の創設などの政策提言を行いました。
2013年度も休むことなく災害復興と災害予防に焦点を当ててWSAの研究を続けました。復興事業を中心にヒアリング調査を進め、防災集団移転や防潮堤の工事に係る用地取得において所有者不明の土地の存在が大きなネックになっていることを知りました。このため、これらの土地を土地収用法の不明採決等の対象とすることを提言しました。また、大規模なかさ上げを伴う土地区画整理事業においては、仮換地指定が困難であることを踏まえて、2段階仮換地指定でクリアする方策なども提言しました。また、災害予防においては津波被災地での巨大防潮堤ではなくて、我が国も長期的な大規模災害予想を踏まえた全体としての災害リスク低減の観点から行うこと等も提言しました。
これらの3か年にわたる政策提言の多くは、2012年以降の災害対策基本法改正他によって実現したものも多かったのですが、災害救助法の方は、政令指定市に権限を付与する規定などは改正されたものの、現物給付原則などの根幹は元のままであり、次の大規模災害の到来までに何らかの形で改善されることを期待したいと思います。
このように3年連続でWSAでの研究を続けてまいりましたが、さすがに心身ともに疲れてきましたので、2014年度は副担当として、次の2015年度から再び、復興まちづくりに焦点を当てて、研究を進めました。この期も優秀な院生が集まってくれまして、名取市と陸前高田市と女川町を比較検討することによって、防災集団移転促進事業と土地区画整理事業とは、二者択一でどちらか一方のみで復興するのではなく、それぞれの事業の短所を補い合う形で、両者を併用した復興まちづくりを「女川方式」と命名して、それを推奨する提言を行いました。加えて、災害公営住宅の量的な充足に係る提言や、社会福祉と連携した災害公営住宅の建設などの提言を行いました。
3.2018年度から2020年度まで
2018年度と2020年度には、これまでの復興まちづくりから見えてきた課題として、東北地方においては、被災地に限らず、人口減少が他の地域よりもはやい速度で進行していることに着目しました。ここで、人口減少社会に対応したなまちづくり法制の在り方の研究を行うことにしました。都市の人口を増やす方策を検討するのではなく、人口減少を所与の前提として、そこに住み続ける人々がどうすれば幸せだと感じられるかを模索したものです。
2018年度においては、コンパクトシティ実現のための法制として、都市再生法改正で創設された立地適正化計画制度を中心に、東北地方の中小都市に対するヒアリング調査を行って、コンパクトシティの実現に当たっての従前のまちづくり法制度の限界を明らかにしました。ヒアリング先としては、岩手県紫波町、花巻市、宮城県女川町、石巻市、登米市、大崎市、加美町、山形県鶴岡市に加えて市町村を超えた広域での立地適正化計画を策定した群馬県館林都市圏にも足を伸ばしました。そのうえで、少子高齢化の中においても、そこに住む地域住民が望む、より良い居住環境の実現、歴史や伝統文化、自然環境と共生しながら農林水産業を含めた地域産業とともに生きてゆくことができる住みよいまちづくりを進めるための法制度の在り方を提言することを目的として、研究を行いました。
これを踏まえて、「まちなかの魅力を高める」という観点から、民間主導のまちづくり手法として、鶴岡市のランドバンク、花巻市の空き店舗等のリノベーションによる活性化、PPP/PFI方式による民間資金を活用して駅前の空き地を活用した紫波町のオガールプロジェクトなどを実地に学ぶことによって、空き家、空き店舗や低未利用地の利活用について有効となる手法を提言しました。また、公共交通についての提言も行いました。
2020年度は、2018年度の研究成果を踏まて、花巻市、鶴岡市に加えて、令和元年の台風19号で大きな被害を受けた宮城県丸森町、空き地空き家対策に苦心されている山形県上山市をヒアリング対象に加えて、さらに詳細な現地ヒアリングを実施しました。加えて、立地適正化計画を策定した都市の地価が制定の前後でどのように変化したかについての実証的な検討も加えました。この年は、コロナ禍で、現地ヒアリング調査に支障をきたして大変な苦労を禁じえませんでした。
これを踏まえて、鶴岡市と上山市にはNPO法人としてのランドバンクが組織されており、複数の隣近接する空き地・空き家・狭あい道路を一体的に面的に整備して、有効活用を図ることで住環境の改善を行っているランドバンク事業の円滑な促進を図る観点から、空家特措法改正及び空地・空家対策特区制度の創設による空き家対策の提言を行いました。また、既存のまちづくり推進協議会に代わる司令塔的役割を有する中間支援組織としてエリア・マネジメント推進協議会(仮称)の創設を提言しました。さらに、近年増加している災害、特に水害・土砂災害を念頭に、防災という視点からもエリア価値の向上策を模索・検討しました。防災施策を通じた居住の誘導を図るにあたって、まずは災害のリスクが高い地域での居住を抑制することが必要であって、このような観点から、災害に強いまちづくりの提言も行いました。
4.おわりに
以上、11年9カ月にわたる東北大学での研究生活において、極めて優秀な院生たちに囲まれて、また、歴代の院長並びに副担当としてWSAの研究を支えていただきました研究者教員・実務家教員の皆様に熱くお礼の言葉を述べさせていただきたい。
なお、これらのWSAでの研究成果は、『地域防災力の強化-東日本大震災の教訓と課題-』(2017年、ぎょうせい)及び『人口減少社会に対応したまちづくり法制-東北大学公共政策大学院ワークショップの研究-』(2022年、東北大学出版会)の出版で世に問うことができました。特に後者は、2023年度の日本不動産学会及び都市住宅学会の学会賞(著作賞)を受賞する栄誉に浴しました。これは私だけの研究成果ではなく、WSAの全員で受賞したものと思っております。彼らの今後の社会人としての活躍を見守りたいと存じております。
現役を引退した今でも、これまでの各年度の修了生たちとは、毎年埼玉県や加美町で合宿やBBQなどを一緒に楽しんでおります。このような関係を私の健康の続く限り、大切に育んでまいりたいと存じております。
また、現在の院生の皆様、年に1回防災法の授業でお目にかかりますが、受講の態度や適切な質問等、皆様の能力には素晴らしいものがあります。また、ワークショップの中間報告や最終報告も毎年欠かさずにWebで見ておりますが、中間報告から最終報告までの皆様の成長ぶりには目を見張るものがあります。今後社会人としてのご活躍を心から期待しております。
以上