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■プロジェクトB:消費者・生活者の視点に立った安心・安全な取引・ものづくりに向けた施策について

a)趣旨

ア 消費者の安心・安全の問題に係る過去の概況

 我が国では、毎年のように経済規制に関する多くの法案が国会に提出され、新しく立法あるいは改正がなされているが、こうした法律の目的をみると、「消費者(購入者、利用者あるいは使用者)の利益(便益)を保護し」、「もって公共の福祉の増進を図る」などと規定されているものが少なくなく、消費者の安心・安全を優先することが各経済規制の主要な目的の一つであるようにみえる。

 しかし、消費者から国民生活センターに寄せられる苦情の統計を見ると、バブル崩壊前には年間20万件前後の苦情しかなかったが、平成16年には10倍の200万件近くに達している。その後、経済産業省、内閣府、公取委、金融庁、警察庁等の関係省庁が各種対策を講じたこともあってか、100万件近くまで減少したものの、依然としてバブル崩壊前の5倍という高水準にある。その内容を見ると、平成16年に200万件近くまで押し上げた主因たる振り込め詐欺に関する苦情は大幅に減少したが、その他の取引の安心・製品の安全に関する苦情は、漸減傾向にはあるものの依然として高水準にある。

イ 最近の状況

 こうした状況の中、平成19年秋に福田総理が「真に消費者や生活者の視点に立った行政に発想を転換し、…消費者保護のための行政機能の強化に取り組みます」との所信表明演説を行い、特定商取引法・割賦販売法の30年振りの抜本的改正、消費者庁の設立等が実現したところである。

 このような国の動きを受けた地方の動向を、東北地方を例にとって見ると、福島県では、悪質な業者に対する執行件数を最近増やすなど積極的な政策展開を図っている。宮城県でも、消費生活センターを県庁の建物に移し、センターで収集した情報を直ちに消費者行政に反映できるような体制整備に努めている。

 しかし、地方の消費生活相談の現場においては、各地方自治体の消費生活センター自体の予算・人員がそれ程充足されたとはいえないなど、依然として様々な問題を抱えているとの指摘が少なくない。すなわち、地方の消費者行政については、こうした予算・人員等の制約を乗り越えて一層有効な手立てを講じるためにどのような取組みが必要かといった問題について、解決が待たれている状況にある。

ウ 本ワークショップの目的

 本ワークショップでは、以上のような状況を踏まえ、東北地方の自治体を調査対象として取り上げ、①国の消費者重視政策への転換を踏まえ、各地方自治体はどのような対応が必要ないし望ましいか、②地方分権の動きを踏まえ、各地方自治体が必要ないし望ましい水準の消費者行政を実現することをどのように担保していくか等の観点から問題設定を絞って、消費者・生活者の視点に立った安心・安全な取引・ものづくりに向けた地方消費者行政の在るべき姿を整理・検討していくこととした。

b)経過

ア 当初のねらいと変更点

 前期の主担当教員(注 後期は異動のため交替)が経済産業省・消費者行政担当課長として関係法制の改正・法執行等に携わった経験上、行政だけが問題点の解消に向けて取り組んでも空回りしかねないとの感想を有していたことから、学生達には、
 ① 行政機関だけで取り組むことの限界を多少とも体感した上で、これを乗り越えるためにはどうしたらよいか
 ② 消費者団体を巻き込んで取組みを進めるためにはどうしたらよいか
 ③ 事業者団体にも取組みに加わってもらうためにはどうしたらよいか
を検討し、具体的に提言してもらおうと考えていた。

 そのため、最初の2か月で法制面・理論面の基礎知識を付けた上で、その後に行政・消費者・事業者の3者の接点である消費生活相談の現場に出向いて数多くのヒアリングを実施し、問題点を把握するとともに、提言の方向性を見出すことを想定していた。

 しかし、ヒアリングに協力してもらった仙台弁護士会や消費者団体から、地方消費者行政の相談窓口の充実が喫緊の課題であり、その実現に向けた法制度の検討や立法事実の整理を優先してほしいとの強い要請があり、前期においては、内閣府の研究会で検討中である地方消費者行政を活性化するための施策の具体案を策定する作業に注力することとなった。

 後期は主担当教員が交替したこともあり、進め方を再度学生達全員と相談した結果、
 ① 当該施策の具体案を対外的に発表し、寄せられた批判的意見も踏まえ、どのような内容の提案が最適か、また、その提案に理解を得るためにはどのような根拠の提示や説明が必要か
を煮詰める作業を進めることとした。

 同時に、消費者の安心・安全という観点から改善が必要だが当該施策ではカバーされない領域は何かという観点から課題を再検討し、
 ② 消費者団体に期待される機能を十分に発揮させる施策
 ③ 被害の著しい行為類型について事業者の行為を規制するが、良質な事業者・事業者団体の理解も得られるような施策
を検討することとした。

イ 年間の調査・検討作業

(ア)4〜5月 準備期間

 主として以下の作業を行い、調査を進めていく上で必要な基礎知識を習得しつつ、参加した学生の間の知識の均霑を図った。

  • 様々な産業法制及び消費者関連法制のアウトライン(法制の枠組み、立法の経緯、実際の運用状況等)を学習。
  • 消費者関連法制の立法事実たる消費者被害、特に東北地方の状況に係る情報収集。
  • 各法制を支える法的・経済学的な論拠(情報の非対称性、インセンティブ設計、機会主義的行動への対処等)について法と経済学の観点から学習。
  • 地方分権構想、三位一体改革後の地方財政の状況、消費者庁関連法案における消費生活センター関連予算を巡る動きやその後の進展等について整理。
  • 関係当局、消費者団体等へのあいさつ・説明

(イ)6〜7月 ヒアリング〜報告会Ⅰ

 6月前半は、宮城県、福島県、仙台市、盛岡市、仙台宮城消費者ネット、みやぎ生協の協力を得て、消費生活相談センター等の相談員と面談し、消費生活相談の現場で発生している様々な問題点を数多く洗い出すことに集中した。また、東京から、経済産業省商務情報政策局の前・審議官、消費者機構日本の理事、日本消費経済新聞の記者を招いて、2日間計5時間にわたって現在の法制上の問題、消費者団体の現場での問題等を集中的に講義してもらった。

 この時点では、6月後半にそれまでに浮かび上がった問題点を整理し、地方消費者行政の在り方を研究する班と、消費者団体を活性化するために必要な法制を研究する班の2班に分けて企画立案を行い、7月の報告会Ⅰに向けてその比較検討を進めることを考えていた(時間の制約から、事業者側に関する企画立案は後期に行うこととした。)。

 しかし、6月中旬に消費者ネット宮城の共同代表(仙台弁護士会所属)の方などを訪問した際、「消費者問題の喫緊の課題は、消費者団体の活性化ではなく、内閣府で現在検討されている地方消費者行政の活性化である。宮城県の問題を洗い出して具体的な提言を検討し、7月上旬の消費者ネット宮城の幹部会で発表してほしい」との強い要請があった。

 そこで、教員と学生達全員で相談した結果、①内閣府の地方消費者行政専門調査会の検討に仙台市長も委員として参加していること、②仙台の消費者団体は適格消費者団体となることを目指し努力しているが諸事情により現時点では展望が見えないこと等を踏まえ、7月上旬の消費者ネット宮城の幹部会での発表にひとまず全力を挙げることとした。

 そのため、ヒアリングの対象を、県や市の庁舎のセンターだけでなく、県の振興事務所の相談窓口などにも広げ、現在の地方消費者行政における問題点を詳細に聴取することに努めた。その結果、①現在の消費生活相談の窓口機能は都市部に集中しており、潜在的被害者が相当程度存在すること、②岩手県では複数の市町村が参加する広域的な取組みを進めて機動的な行政を実現しつつあること、③消防や租税の徴収等で広域連合の制度が機能しており、仕組み次第で有効に機能する可能性があること等が分かってきた。また、前・盛岡市消費生活センター主事(現・岩手県弁護士会事務局)が広域連合を活用する案を提言していたことから、同氏からも様々な助言を受けた。

 以上の作業を踏まえ、地方消費者行政活性化基金の利用を促進し、かつ、地方分権の現在の流れも踏まえた施策を目指して、消費者安全法の改正案、関係する告示、関連予算措置等の試案を取りまとめた。

 7月上旬に以上の成果を消費者ネット宮城の幹部会で発表したところ、賛成意見も得られたが、消費生活相談員も務めている幹部から様々な疑問点も提示されたことから、より具体的な事務作業の流れ図・組織図を策定することとした。

 他方、7月末の報告会Ⅰにおいては、発表資料の作成に向けた時間的余裕がなかったことから、消費者行政について初めて聞く人にも分かりやすい説明とすることを重視し、これまで学習したことや広域連合の具体案等の簡単な紹介にとどめ、改正法案や予算措置等の詳細には触れないこととした。

(ウ)8〜9月 外部での発表・意見交換

 日本生協連と日本弁護士連合会から要請があり、9月上旬にそれぞれの勉強会において、広域連合の具体案を説明することとなった。このため、8月末に再度集まり、作業を行った。

 日本生協連の北海道東北勉強会は仙台で行われ、学生も全員参加して、報告会Ⅰの資料を改定したものを説明したところ、「参考になった」とするアンケート結果が後日送付された(最も参考になった場合を5点、参考にならなかった場合を1点として、回答者38名の平均が4.13点。自由記載欄においても、分析・提案の内容、資料のまとめ方のいずれも好意的な評価を多く得られた。)。

 他方、日本弁護士連合会消費者問題委員会の勉強会は東京で行われ、旅費の都合もあり教員のみの出席・発表となったが、出席した内閣府の幹部等から「地方消費者行政専門調査会で発表してほしい」等の声があった(その後、修正した試案を日本弁護士連合会に提出し、同案が仙台市長から地方消費者行政専門調査会に提出されている。)。

 さらに、9月末に社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会東北支部との意見交換会を開催し、行政・消費者・事業者の3者が協働していくことの重要性等について多くの示唆を受けた。

(エ)10月 日本消費経済新聞との共同アンケート

 日本消費経済新聞と共同で、行政関係者、消費者、事業者をそれぞれ対象としたアンケートをインターネット上で実施した(10月1日〜31日)。内容は、現在の地方消費者行政・消費生活相談の問題点、消費者庁設置後の変化、広域連合案に対する評価や懸念等を問うもの。当初は回答が伸びなかったが、学生達が分担して地方自治体、消費者団体、商工会議所等に依頼した結果、一応の分析に値する回答数は確保できた(行政188名、消費者119名、事業者25名)。

 また、回答者の属性(県の職員か市の職員か、消費者団体所属の消費者かそうでない消費者かなど)別の整理を行えるシステムにはなっていなかったが、当該整理が分析のために必要と考えられたため、手作業で実施した。それにより、県の職員は市町村の消費生活センターの整備を必要と考えている、消費生活相談員は研修の必要性を特に強く感じているなど、有意な分析結果が得られた。

(オ)10月〜12月 3班体制への再編〜報告会Ⅱ

 後期は、行政班(3名)・消費者班(2名)・事業者班(3名)の3班編成として、それぞれが担当する課題の検討を進めるとともに、ワークショップの場で他班の報告に対しても意見を述べ、全体の構成は全員で検討するというスタイルを採った。

 行政班は、教員が参加した岐阜市主催のシンポジウムや、その後の地方消費者行政専門調査会において、広域連合案に対して(賛成意見もあったが)批判的意見も相当数見られたことを踏まえ、まず、試案により実現したい内容(地方消費者行政の望ましい水準)の整理を行った。次に、宮城県及び南相馬市へのヒアリングを追加的に行い、試案のデメリットや実現可能性を再検討し、また、複数の代替案との比較検討も行って、地域の実情に応じて他の手段により目的が一定程度は達成され得ることを確認するとともに、自分達が広域連合を提案する理由を分かりやすく整理した。

 消費者班は、当初考えていた適格消費者団体の認定の促進という方向では有意義な提言が困難と考えられたことから、既存の適格消費者団体の機能を十分に発揮させる施策を検討した。積極的に活動している消費者支援ネット北海道から同団体が課題と感じている点を聴取し、適格消費者団体に共通する課題として、訴訟遂行に必要な情報の行政からの提供と財源基盤の確保の2点を取りあげることとした。これらの検討において参考となる地方自治体等が、北海道のほか京都府、生駒市、熊本県、奈良県などいずれも遠方であったため、面談のヒアリングは行えなかったが、累次のメールによる詳細な質疑応答と文献調査で補った。

 事業者班は、高齢者の被害が目立つ訪問販売・電話勧誘販売に着目し、販売により被害が発生する前に、迷惑な訪問・勧誘自体を規制する施策を検討した。秋田県が検討していた不招請勧誘規制及び米国・カナダの電話勧誘販売規制について、社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会東北支部及び当該規制に詳しい弁護士から教示を受けるとともに、日本訪問販売協会からもヒアリングを行った。前記アンケートにおいて、消費者の苦情に真摯に対応する事業者とそうでない事業者が二分される状況が見られたこともあり、良質な事業者の営業の自由への配慮を極力検討した。

 報告会Ⅱにおいては、広域連合案のデメリット、適格消費者団体が訴訟遂行に必要とする情報の内容、訪問販売・電話勧誘販売の規制に要するコスト等について、一層の整理を求める指摘を受け、更に分析を進めることとした。

(カ)1月〜2月 報告会Ⅱ、地方消費者行政専門調査会報告書について

 各班とも、報告会Ⅱの時点で未了であった政策提言の詳細や、同報告会で受けた指摘を踏まえた検討を進めた。

 また、地方消費者行政専門調査会の報告書案(骨子)が1月25日に同調査会で議論・翌日パブリックコメントに付され、これを踏まえた日本弁護士連合会主催のシンポジウムが1月27日に開催された(於東京、教員が参加)。そのため、行政班は、ヒアリングから見る相談対応体制へのニーズや、各種の広域連携の手法の比較の整理を精力的に進め、その分、他班も最終報告書の取りまとめにおいて負担が増える形となったが、何とか完遂した。

ウ ワークショップの進め方

 火曜午後の正式の時間以外にも、全員(ないし班単位)又は可能な者で適時集合し、作業を進めた。副担当教員も、特に後期は主担当教員が交替したことも踏まえ、ほぼ毎回出席していただき、様々な指導を受けた。

 学生の役割分担は、議長と書記は月ごとに交替した。毎回の冒頭で、複数の発表予定者が当日に報告・議論したい内容の概略を述べ、優先順位や時間配分を話し合った上で進行することを慣例としたところ、進行は概ね円滑に行われ、議長が短期間で交替することによる弊害は見られなかった。全員が議長・書記を経験することも有意義だと思われる。

 また、8名という規模は、積極的な参加の程度の面で自然発生的に役割分担が生じてしまう懸念もあったが、後期に少人数の3班編制を採用したことは、自主性やリーダーシップの涵養の面では有効であったように思われる。他方、他班の活動内容に深く関われなくなることは課題であった。班別の検討は正式な時間以外に進め、正式な時間は全体討議に重点を置くこととしたが、更に改善の余地があるかもしれない。

c)成果

ア 最終報告書について

 最終報告書は全6章で構成されている。

 第1章(序論)・第2章(現状分析)において、消費者被害に関する現状と自分達の問題意識を整理した。

 第3章では、地方における相談対応体制を充実させる施策として、広域連合の設立、消費者安全法の改正、地方消費者行政指針の策定を提案した。人口基準による消費生活センターの設置、基準財政需要額割による分賦金の負担など、学生達なりに合理的と考える地方消費者行政の在り方について、議論可能性のある整理・提案は示しているものと思われる。

 第4章では、適格消費者団体の制度の実効性を高める施策として、行政からの情報提供制度の整備と、支援機関の活用・支援企業名の公表を提案した。同制度の創設から日が浅く、抜本的な提言は尚早とも思われたことから、実現可能性を重視した提案を示している。

 第5章では、消費者の平穏な生活を害する迷惑な訪問・電話勧誘を規制する施策として、訪問・電話勧誘販売の拒否登録制度を提案した。ステッカーを用いる地方自治体の先行事例に対する事業者側の批判等を踏まえ、可能な範囲でバランスに配意した提案を示している。

 第6章(終わりに)において、上記各章の関係を確認し、提言全体の目的を整理している。

イ ワークショップを通じた能力育成について

 本ワークショップにおいても、通例と同様、現状分析、課題・問題点の検討、政策提言という政策立案過程の諸要素を経験すること、プレゼンテーションや報告書作成の技術を磨くことは、十分に行えたと思料する。各学生には得手・不得手があり、すべての能力を高水準で均一化できた訳ではないが、全員が自主的・積極的に取り組み、大きな成長が見られた。

 ヒアリングに際しては、何を聞きたいのかを明確にし、それが相手に伝わる質問の順序・構成等を工夫するよう努めた。提言の策定・報告書の作成に際しては、なぜそう判断するのか、判断材料は十分に見渡され検討されているかを検証するよう努めた。プレゼンテーション・質疑応答に際しては、判断の理由を明確にすること、分かっていることと分かっていないこと、あるいは事実と推測を明確に区別すること等を心がけた。総じて、学生達の意識は向上したと思われる。

 また、様々な関係者からのヒアリングを重ねることで、現場で生じている問題の切実さを知るとともに、県と市町村、行政職員と消費生活相談員など、一見近い立場のようでも重要な意見の対立があることを学び、事業者側の意見を聴くことで、異なる価値観のバランスを検討する難しさを学ぶことができた。さらに、自ら提案した広域連合案が行政の調査会等で実際に議論される過程を体験することで、企画立案が実現する達成感を知るとともに、提案が批判に晒される苦しさ、行政機関の役割の重み、提案の前提として求められる緻密な検討への責任感といったことについても、報告会以上の真剣さをもって体感することができたものと思われる。

 提言の熟度、文章表現能力といった点では、必ずしも指導が行き届かなかったが、真摯に物事を検討する姿勢は各自十分に備えることができたと思われるので、来年度のワークショップⅡの論文作成において、更に成長した成果を見せてくれることと期待している。

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