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■プロジェクトD:「東北型多文化共生」の現状と展望

(1)趣旨

 グローバル化の進展による人の国際移動の増大は「国民」を社会の主たる構成員とする従来の国家のあり方に世界各地で変容を迫っている。人口減少時代を迎えた日本でも、社会の存続のために、現状のキャパシティを超えるような速度で外国人を受け入れる必要性が議論され、いわゆる「多文化共生社会」の構築が重要な課題と認識されるようになってきた。

 こうした「多文化共生社会」への取り組みは、日系ブラジル人や中国人研修生をはじめ多くの外国人住民を抱え、教育・医療・福祉・雇用対策等の様々な施策に追われた都市部や外国人集住地域が先行してきた。対照的に、東北地方では、その取り組みへの必要性があまり認識されないまま、農村部での後継者不足を背景に外国人配偶者の増加という形で静かに多文化化が進行してきた。

 首都圏などと比べて、少子高齢化と人口減少のスピードが速い東北地方では、地域社会の存続のために外国人の受け入れが加速化する可能性もある。だが、行政の対応は一般的に鈍く、在住外国人の現状を把握するのに必須のデータすら十分に存在しない状況とも指摘されている。

 上記の問題関心から、本ワークショップでは「東北型多文化共生」の現状をトータルに把握する調査を行うことを目的とし、とりわけ農村部における外国人配偶者(女性)や農林水産業における外国人研修生、都市部の留学生を重点的な調査対象とすることを当初の基本方針とした。

(2)経過

①当初のねらい

 本ワークショップは、東北大学グローバルCOEプログラム「グローバル時代の男女共同参画と多文化共生」の研究プロジェクトの一つである「多文化共生政策の国際比較」プロジェクトと連携して行うものとして構想された。同研究プロジェクトでは、多文化共生政策に関して興味深い取り組みを行っている国、とりわけ農村部での外国人配偶者の受け入れという点で意欲的な取り組みを行っている韓国を重点的な比較対象としている。同時に、同研究プロジェクトにおいては、多文化共生に関する研究では従来あまり目が向けられてこなかった集住地域・都市部以外の日本の地方の実態把握に取り組み、政策提言を行うことも目的にしている。その際、東北大学が中心となって行う調査・研究であることにも鑑み、東北地方を重点的な調査対象とする方針が立てらている。「東北型多文化共生」というtentativeな概念は、同研究プロジェクトでの参加研究者間の議論から生まれたものである。

 専門家・実務家のネットワークも同研究プロジェクトのものがそのまま活用された。したがって、本ワークショップは2年余りの研究の蓄積の上で築かれたものであり、その点では「仕込み」の時間が他のワークショップに比べて長かったといえるかもしれない。

 他方で、東北地方の多文化共生に関する調査を公共政策ワークショップで行なうにあたっては、学術的に意味ある水準の調査(・研究)を遂行できるよう学生の能力を居如何に引き上げるか、という点が問題となる。公共政策大学院に入学した学生のほとんどは、「多文化共生」という言葉すら聞いたことがないだろうし、かつ実地調査の経験にも乏しいことが予想されたからである。

 そこで、本ワークショップでは、前半を主に個々の学生の調査能力を(ゆっくりと)引き上げることに充て、後半以降に本格的調査に着手する計画を立てた。10月以降に本格的調査にとりかかると12月の報告会Ⅱまでにまとまった政策提言を行うことは難しくなることは当然に予想されたが、本ワークショップは調査に重点を行う「調査型ワークショップ」であることを当初から学生に繰り返し説明しておいた。

②年間の調査・検討作業

a)前期

 ワークショップ開始当初は、自主的な運営を行い得るよう組織化を指示した。この組織化自体は後述するが、多くのワークショップで共通のものと思われる。副担当教員は「多文化共生」の主管官庁である総務省出身の西泉彰雄准教授(後期から菅原泰治教授)にお願いしたが、それに加えて在住外国人の調査を円滑に遂行できるよう、本ワークショップでは公共政策大学院の外部から助力を得てサポート体制を組んだ。まず、グローバルCOEプログラムの研究プロジェクトとの連携を図りつつ、さらに在住外国人(特に韓国人)の視点をインプットしてもらうべく李善姫(イ・ソンヒ)国際高等研究教育機構助教には、ほぼ毎週の出席をお願いした。また、4〜5月には研究大学院博士課程で日系ブラジル人コミュニティの研究にあたるフランス人留学生のマルシャドール・ゲノレ氏に、10月以降には研究大学院修士課程の中国人留学生である張華氏に参加してもらった。(

 内容面については、前述のように、個々のメンバーが実地調査を遂行し掘り下げた分析を行うことができるよう能力を引き上げるために、以下のことを行った。

 第一に、「新聞当番」である。主要5紙+河北新報の一週間分の関連記事を幅広にチェックし要約して報告してもらうという、アクチュアルな問題の把握を行うための定番の作業である。もっとも、多文化共生関連の記事は国際面から地方面のベタ記事にまで及び、(特に新聞を綿密に読む習慣の乏しかった)学生にはかなりの負担だったようである。

 第二に、文献調査による基本的な知識の習得である。この点では、(本来は学部卒までに習得しておいてもらいたいことであるが)文献を「批判的に読む」訓練が必要である。特に前提知識がない事項について、学生は文献や資料に書かれた内容を鵜呑みにしがちであり、「誰が」「どういう意図で」「どのような論拠で」執筆したものか、その長所・短所はどこにあるか、といったことを徹底的に意識させる必要があった。まずは、本ワークショップと類似のテーマを扱った2008年度ワークショップCの『最終報告書』の検討に始まり、いくつかの文献を熟読し、そうした点の伝授に努めた。

 第三に、基礎的なデータ収集作業である。インターネット上の情報収集を中心として、官公庁のデータ、特に東北地方のデータ収集を行ない、統計的な処理を行なわせた。

 こうした文献調査に加え、フィールド調査についても予行演習的に行えるような機会を与えるよう工夫した。

 まず、学生の一人に宮城県国際交流協会(MIA)でのインターンに行ってもらった。このインターンは、調査を行なうにあたって重要なパートナー機関の一つとなるMIAとの連携を円滑にするためという意図からのものだが、5〜6月には公務員試験等の関係でワークショップの作業から何人かが欠けることが多いことも想定してのことである。

 さらに、7月頃からは、「現場」を体験させる機会をメンバー全員に与えた。二人(以上)で福島県、岩手県、山形県へのヒアリング調査に行ってもらった。また、7月中旬には仙台国際交流協会(SIRA)主催の「地球フェスタ」に4名がボランティアとして加わり、地域の国際交流団体や多文化共生関連のNPOの関係者に接触する機会をもってもらった。もっとも、こうした調査や企画は、ほぼ教員が手配したものであり、自主的な調査活動とは言い難いものであった。

 こうして前期の活動を進め、7月末の報告会Ⅰについては、文献調査を通して得た基本的な知識をまとめ、今後の調査の方向性を考える内容の報告書を作成することとなった。

b)夏期

 公務員を目指すメンバーにとって、夏期休暇はまとまった勉強をする大切な時間である。基本書を熟読する等の勉強を慫慂しつつ、本ワークショップに関しても重厚な著作をじっくりと読むことを課した。

 具体的には、「一人一冊」主義で、多文化主義や多文化共生に関する理論的・思想的な著作を読んでその内容をまとめてもらった。

c)後期

 後期の作業は、9月末の気仙沼における合宿から始まった。この合宿は、夏期休暇中の文献講読等の作業の成果を共有すると共に、気仙沼の実情について関係者にヒアリングを行う機会を設け、地方での調査を具体的にイメージしてもらうというる狙いで行なったものである。

 この合宿の際に痛感されたのは、教員が手配をし過ぎることの弊害である。メンバーの学生は「指示待ち人間」を抜けきれず、能動的にワークショップの方向性を論じる姿勢に乏しいように見受けられた。調査の内容や手法についても、自分たちで行うものとして企画する姿勢に欠けていた。

 後期の授業開始後には、「ともかく現場に行け!」と指示を与えた。その際、ヒアリング先をMIA等の関係者に手配してもらおうという安易な姿勢を強く叱正し、自分たちでアポを取り付け、独自に人脈を築いて調査の対象を広げていく必要をきつく説いた。

 学生の真に自主的な作業はここからであった。まず、MIAにインターンに行った学生が、祖母の知り合いの外国人配偶者を訪ねたところから、教員の手を離れた調査が始まったようである。その後の調査の進展状況は一変し、担当教員にとっても(あるいは学術的にも)興味深い調査結果がもたらされ、ワークショップ室でその内容が議論されるようになった。また、11月下旬には、関係者の多くが「実態がわからない」と頭を悩ませていた青森県の調査に入り、多くの成果を得ることができた。

 12月4日には、(財)自治体国際化協会(CLAIR)主催の「地域における国際化推進フォーラム」の第2分科会のコーディネートを事実上本ワークショップが請け負った。これは、多文化共生の関係者に対する本ワークショップの「中間報告」を意図したものだが、会議やアンケート調査のロジを分担したこともあり、東北地方の関係者とのネットワーク構築にも大きく役立った。

 その後、学生は報告書をとりまとめる作業に入った。その際、「調査型ワークショップ」という趣旨から新規の施策立案に重きを置かない主担当教員の意図とは異なり、学生は他のワークショップにも比肩しうる「政策提言」を行おうという意向を持っていた。この点については学生の自主性を尊重し、そのまま作業を継続させた。

 報告会Ⅱにおいては様々な点に改善の示唆を受けたが、特に「政策提言」については、あまり練り上げられていないもの、という批判が寄せられた。この点については、前述のように、調査に重点を置いた本ワークショップの意図からやむを得ない点もある。

 多くの示唆や批判に応えようとしながら、学生は追加的な調査を行なうと同時に加筆・修正の作業を進め、1月末に最終報告書を提出した。

③ワークショップの進め方

 学生は月交替で順に幹事になり、ワークショップの運営と各回の議事進行を総括した。また各回のミーティングは当番の書記が議事録を作成・回覧した。

 毎回のワークショップでは1コマ(90分)程度のコアタイムを設けて、副担当の教員、李善姫助教、研究大学院の院生等も出席し、全体の進行状況や作成ペーパーについてコメントを受け、今後の調査について助言を受ける場とした。その後に、主担当教員とメンバーの学生による作業を行なった。

 7名の学生によるワークショップだったが、年間を通して集団作業として大きなトラブルは生じず、またそれぞれの得意分野が比較的早い段階で互いに認識され、職務分担はスムーズに行われたように見受けられる。

(3)成果

①最終報告書について

 最終報告書は、7章から成る。第6章「政策提言」、第7章「今回検討できなかった課題」は公共政策ワークショップⅠによるペーパーという点から含まれている内容で、純粋に調査(・研究)報告書としての内容は5章構成である。やや多すぎるきらいもあり、章以下の節や項も含めて、もう少しすっきりと再構成した方がよかったかもしれない。

 最終報告書と同等に、あるいはそれ以上に、学術的な意味があるのはヒアリング調査結果である。ただし、それについてはプライバシー保護の観点から、回覧にとどめて内部資料(CD)にも含まないこととした。いずれ、匿名化あるいはヒアリング先の同意をとる等の方策をとって公開できるよう図りたい。

②ワークショップを通じた能力育成について

 公共政策ワークショップは、現状分析、問題点の提示、政策提言という政策形成過程の一連の流れをたどることで学生に政策立案の諸要素を経験させることに主眼があるが、本ワークショップでも、7名の学生はこのプロセスに意欲的に取り組んだ。

 特に当初のねらい通り、学生の調査能力は徹底的に訓練されたものと思う。予備調査、アポ取り付け、インタビュー、記録の作成・共有、といった調査のポイントについて学生は習熟した。また、調査結果や文献の綿密な検討を通じて、分析能力も相当程度伸びたものと思われる。

 プレゼンテーション能力や、わかりやすく正確な文章作成能力の向上は、精粗はあるが各学生なりに達成できたものと思われる。また、後期以降は、調査から報告会でのプレゼンテーション、報告書の作成まで全ての段階で、学生は自主的に作業を進めるようになった。主担当教員が想像していたより情理共に遙かに成長した各メンバーの力量には目を見張る思いであった。

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