公共政策大学院TOP > 概要 > FDと公共政策ワークショップの事後評価 > 2012年度 ワークショップI プロジェクトB

■プロジェクトB:消費者市民社会の実現に向けた施策について

a)趣旨

 近年、消費者教育の場面を中心に、消費者市民社会を目指すことの重要性が説かれている。消費者が、個々の消費者の特性・消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費行動が社会経済情勢や地球環境に影響を及ぼし得ることを自覚して、公正な市場や持続可能な社会の形成のために責任ある行動をとることは、大いに望まれる。しかし、消費者と事業者の間の情報・交渉力の格差は厳然として存在しており、消費者を保護し適切な判断を可能とするための取引上のルールを整備するなどの消費者行政の役割も引き続き重要と考えられ、これと消費者の自立を支援する教育とのバランスを考慮した総合的な施策が求められているものと考えられる。

 従来の消費者行政にみられた各省庁縦割りの弊害を是正し、これを一元的に推進するための組織として、消費者庁及び消費者委員会が平成21年9月に設置されて以降、特定商取引法・割賦販売法の強化改正、地方消費者行政活性化基金の延長・増額など、消費者行政の充実に向けた施策が実施された。しかし、全国の消費生活センターに寄せられる相談件数は依然として約90万件という高水準にあり、1件1件の内容も、複雑化・高額化の傾向がみられる。また、相談者に占める高齢者の割合が増加傾向にあるところ、情報や判断力の不足につけ込む悪質な事例が増えていることも注目されている。さらに、これらの相談件数には現れない潜在的被害(いわゆる泣き寝入り)も、相当数存在するものと考えられている。そして、平成23年3月の東日本大震災の発生後、被災地を中心に多数の消費者被害が発生した。震災に直結する被害事例は時間の経過とともに減少したが、それらの被害を防止できなかった原因は、災害時に固有のものではなく、平時から存在していた制度上・運用上の基本的な問題点が、災害時に増幅された不安心理等を背景に顕在化したものと考えられている。このような消費者被害による経済的損失は莫大であり、これを減少させ、健全な経済活動に個人資産を循環させていくことは、震災後の復興にも大いに資するものと考えられる。

 以上のような問題認識を踏まえ、本ワークショップでは、東北地方の自治体を中心に最近の消費者被害の傾向と原因を把握した上で、重要度が高いと考えられる幾つかの問題を事例として取り上げ、消費者市民社会を目指していくための段階的な施策を検討することとした。

b)経過

ア 年間の調査・検討作業

(ア)前期

 集まった学生は、出身学部も様々であり、消費者政策について学んだ経験のある者も殆どいなかったことから、最初の1〜2ヶ月は基礎学習を中心に進めた。まず、「消費者の権利」、「平成20年版国民生活白書」、「消費生活年報2011」等の基本的な文献や論文を輪読した上で、消費者行政の仕組み及び消費者法の体系の概要、消費者被害に関連の深い民法上の原則、消費者契約法及び特定商取引法の主要な条文と論点、適格消費者団体と団体訴訟制度の概要などを学習した。毎回、担当者がレジュメを作成して報告し、教員の解説を交えつつ、全員が質疑応答を行うことで、知識の共有を図った。同時に、新聞記事及び関係行政機関等のウェブサイトの検索の分担を決め、毎週、最近の事件や行政の動きを報告することとした。全員が学習途上の知識と照合し、何が問題かを議論することで、ワークショップで取り扱うべき重点課題の選定につなげることを意図したものである。

 これらの基礎学習を進めながら、5月からヒアリングを開始した。学生の半数は学識経験者へのヒアリングを実施し、インターネット取引や情報通信技術に関する情報の格差、消費者保護と適正な取引の確保の関係、一般条項と民事効、団体訴訟制度と行政の取り締まりの強化など、学習の過程で各学生が重要ではないかと考えた論点を中心にご意見を伺った。残る半数は、仙台市、盛岡市、福島県へのヒアリングを実施し、震災後の消費者被害及びその後の状況並びに現時点の課題、消費者行政の体制面の課題と要望等を聴取したところ、現場の問題意識を把握する上で得るところが大きかった。6月には、学識経験者のヒアリングを担当した学生も合流して、岩手県、宮城県などに対象を拡大して、補足のヒアリングを行い、現状分析を進めた。なお、これらのヒアリングの成果の一部は、7月に開催された消費者委員会の地方消費者行政に関するヒアリングにおいて、教員から報告している。

 また、5〜7月に、仙台市や公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会東北支部が主催する震災後の消費者の行動や被災者の生活再建に関するセミナーや、消費者ネット宮城が主催する適格消費者団体の設立に向けた学習会などに原則として全員が参加し、問題意識や最近の動きに関する知識を深めることに努めた。

 中間報告会では、得られた知識や問題意識を体系的に整理し、発表自体は概ね分かり易く、円滑に行うことができた。ただし、今後の調査・研究の重点をどこに置くかは絞り切れず、網羅的な課題と、考えられる検討の方向性を提示するにとどまった。

(イ)夏季

 前期の学習と調査を踏まえて、後期の活動の重点を定めてゆくべく、夏季においては、前期に実施できなかった分野のヒアリングや学習を行った。

 まず、特定非営利活動法人仙台・みやぎ消費者支援ネットへのヒアリングを実施し、適格消費者団体の認定に向けた課題等を探り、前記の適格消費者団体の設立に向けた学習会の第2回会合にも参加して、学習を深めた。

 また、消費者教育に関する現状と課題を学ぶため、仙台市が主催する消費者教育研修に全員が参加したほか、多くの学生が日本消費者教育学会の主催する合宿形式の消費者教育セミナーに参加し、消費者市民社会を目指すための消費者教育を提案するグループによるプレゼンテーションにおいて最優秀賞と優秀賞を受賞した。

 さらに、仙台市の消費生活パートナーに全員が登録し、同市の教材プロジェクト会議に参加する中で、小・中学校における消費者教育の在り方を検討した。

 これらの活動と並行して、随時、原則として全員が参加しての打合せを開催し、重点課題は何かとそれを絞り込む適切な方法について、議論を進めていった。

(ウ)後期(年内)

 10月には、消費者被害の現状について、行政の視点だけではなく、消費者(特に被災者)の視点からの意見を確認すべく、仙台市、名取市等の仮設住宅や、山形県の避難者交流支援センターなどを訪問してヒアリング調査を実施した。その結果、地域のコミュニティが維持されているか否かで、消費者被害の傾向にも大きな差があることが分かり、孤立する高齢者等の消費者被害を未然防止・早期発見する観点から、福祉関係者等による見守り活動に着目することとし、各地の社会福祉協議会等から情報収集を行った。

 当初は、これまでの調査に加えて、この時期に広くアンケート調査を実施し、行政や消費者団体等の関係者の問題意識を確認するとともに、考えられる解決策の方向性についても関係者の認識を検証することを考えていた。しかし、震災後の消費者被害の中でも注目すべき特徴として高齢化とIT化の要素が重要であることはこれまでの調査で明らかとなり、また、主な課題が、法規制、被害に関する情報の収集と周知、悪質な事業者の取り締まり等の各面にあることも判明してきていたところ、地方消費者行政活性化基金の期限切れに伴う予算作業で多忙を極めていた行政の担当者等に、この時期に初歩的な調査への協力を依頼することは適当でないのではないかとの関係者からの助言もあり、この企画は断念した。それに代わり、これまでの調査結果から重要と考えられる消費者被害として3つの類型(サクラサイト商法、電気通信サービス、投資詐欺)を選択し、11月に関連法制や最近の被害に関する識者の論文等の学習を進めた上で、12月にこれらの被害に詳しい自治体、消費者団体、事業者団体等へのヒアリングを集中的に実施した。同時に、これらの被害に共通する課題として、被害の兆候の早期発見に資すると考えられる地域の見守り活動について学習し、先進事例である札幌市へのヒアリング等を実施した。

 最終報告会では、これらの被害の事例分析から浮かんだ基本的な問題点を整理し、被害の抑止と早期解決に資するための制度改正を中期的な提言として取りまとめるとともに、その前提となる立法事実の集積という意味も含めた被害の早期発見のための施策や、未然防止のための悪質事業者に関する情報の集積・周知の施策、悪質事業者を捕捉するための施策などを、短期的に実施可能な運用上の提言として取りまとめた。また、それらの手当てと並行して進めていくべき消費者教育の重点についても、部分的にではあるが、長期的な施策の方向性という形で提言を試みた。

(エ)後期(年明け以降)

 各テーマについて、最終報告会で受けた指摘を踏まえ、追加的な調査及び提言の練り込みの作業を進めた。

 並行して、消費者問題に詳しい弁護士の先生方との意見交換会、公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会東北支部との意見交換会を実施し、当ワークショップの問題認識や提言について、非常に有益な御意見を伺った。

 これらを踏まえ、最終報告会の段階から相応の改善を行い、最終報告書を1月末に提出した。

 2月に開催された公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会東北支部主催の消費生活アドバイザー制度普及セミナーにおいて、教員から当ワークショップの調査・研究の成果について報告したところ、概ね高い評価をいただけた。

 この後、3月に、最終報告会でコメンテーターをお願いした仙台市消費生活センター所長を訪問するなど、関係機関への報告を検討しているところである。

イ ワークショップの進め方

 火曜3〜5限の正式の時間以外にも、金曜3又は4限を勉強会の時間として設定し、実質的には週4コマに全員がほぼ皆勤した。それ以外にも、学生のみでの打合せは、夏季休暇期間を含め、随時実施した。

 副担当教員も、澁谷教授にはほぼ毎回出席していただき様々な御指導を頂いたほか、菅原教授(前期)にも節目ごとに出席していただき、学生からの進捗報告に対し大局的な御意見を頂いた。

 学生の役割分担は、リーダーと書記は月ごとに交替した。毎回の冒頭で、複数の発表予定者が当日に報告・議論したい内容の概略を述べ、優先順位や時間配分を話し合った上で進行することを慣例としたところ、途中からは学生が自主的にアジェンダを事前に作成するようになり、進行の円滑化を図った。

 より大きな視点では、消費者政策という大きなテーマの下、重要な問題も数ある中で、何を取り上げ、どのような切り口から検討するかということ自体を、学生が調査・議論を経て自ら発見し選択するように運営した。6名の学生が、各自の素養に違いはあれども、全員が水準に達する能力を有し、かつ、当初から十分な意欲を持って取り組んでいたことから、失敗は全員でカバーする前提で、自主性を尊重し長所を伸ばすことを重視した次第である。

c)成果

ア 最終報告書について

 最終報告書は全8章で構成されている。序論として、第1章で消費者行政の必要性、第2章で消費者被害の現状を整理し、潜在的被害が多いことなどを指摘するとともに、最近の消費者被害の傾向と原因を分析した。

 第3章では、国及び地方の消費者行政の組織面・予算面などの課題を述べ、それらの改善の必要性及び望ましい解決の方向性を示すとともに、それらの課題が残る現状を踏まえて制度面・運用面でなすべきことは何かという観点から、第4章以降の検討につなげている。併せて、第4章以降の検討の前提として、特定商取引法を中心に消費者法制の概要について述べている。

 第4章から第6章までにおいて、最近の傾向から重要と思われる悪質商法の3類型(サクラサイト商法、電気通信サービス、投資詐欺)を取り上げ、それぞれ、中期的な課題を中心に、制度面・運用面の政策提言を行っている。サクラサイト商法については国際ブランドルールなど未解明な部分が残り、電気通信サービスと投資詐欺については法解釈や法改正の実現可能性の点で課題も残るが、大きな方向性としては間違いのない提言を提示できたのではないかと思われる。

 第7章では、前3章に共通する被害の早期発見の観点からの課題として、地域の見守り活動を中心に短期の政策提言を行った。これも詳細化に課題を残すが、福祉関係者へのヒアリングを踏まえ、現実的でそれなりの効果の期待できる提言を提示できたものと思われる。併せて、前3章のそれぞれの課題について、長期的視点から消費者教育において重視すべき点を提示している。

 第8章(終わりに)において、上記各章の関係を確認し、短期から長期にわたる提言全体の目的を整理している。

イ ワークショップを通じた能力育成について

 本ワークショップに参加した学生は全員が、積極性、勤勉さ、協調性などの諸点では当初から水準に達していると思われたことから、教員としては、一段高い目標を設定することを心がけた。

 ヒアリングに際しては、まず聞いてみて課題を発見する姿勢と、入念に準備をして臨む姿勢の両方が重要だと考えられるが、前者については初期の活動段階から実施できていたことから、特に後期は後者の能力の育成を重視した。学生たちの中には、早く動きたいという不満もあったようであるが、忍耐強く準備を重ねる中で、相手の立場や議論の展開を丁寧に想定する力は大いに鍛えられたものと思われる。

 関連して、事実関係の綿密な調査を裏付けとして、緻密な議論を展開する能力は、全員が顕著に向上したものと思われる。最終報告会での発表は勿論のこと、その後の有識者との意見交換会でも、理解力や思考の速度、相手への配慮等の点において確かな成長が感じられた。

 関係者の率直な意見に触れる中で、ワークショップの方向性を見失いかねない危機もあったが、学生たちは与えられた自由に伴う責任を理解し、文字通り寝食を忘れて、文献調査をし、ヒアリングを行い、検討を重ね、最終報告書を取りまとめた。共同作業を行う上での仲間に対しても、学生なりのものとはいえ公共政策の提言を行う上での関係者に対しても、責任感を持って、限界近くまで努力をし、本音の議論と誠実な対応の両立を心掛けたことで、人間的にも一回り成長できたのではないかと思われる。

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