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■プロジェクトC:中国を対象とした広報文化外交に関する分析と提言〜地方自治体を含めたAll Cast Diplomacyの確立をめざして〜

1.趣旨

 日本と中国の年間貿易額は、1972年の日中国交正常化以降の約40年間で約11億ドルから約3000億ドルへと飛躍的に拡大した。ところが、近年、日中両政府は、特定の問題をめぐって対立の度合いを深めており、緊張緩和を促す様々な取り組みも目立った効果を挙げていない。

 国交正常化から40年が経っていながら、両国の関係がなかなか安定軌道に乗らない原因は多数考えられるが、少なからぬ専門家は、両国に存在する互いに対する負のイメージが極めて重要な要因の一つであるとしている。2004年のサッカーアジアカップ中国大会においてみられた中国人サポーターによる露骨な反日言動やその後2005年、2010年、2012年に発生した大規模な反日デモ・暴動は、中国社会に深く根付いた日本に対する負のイメージに起因する反日感情の表出と捉えることができるであろう。一方、日本では、中国で相次いだ反日デモに呼応するような形で、中国に「親しみを感じる」国民の割合は2割を下回る趨勢にある。

 中国国内では、多くの矛盾を抱える中国共産党による一党支配の存続を正当化するために、1990年代半ば以降、メディアや教育現場で外部の脅威を強調する傾向が顕在化し、その過程で戦前の日本による対中侵略のイメージが大量に再生産されるようになった。このため、戦後日本に対する正確な理解がなかなか進まず、依然として「軍国主義」という概念の影響を色濃く受けた対日イメージの影響力が根強く残っている。このような不正確な情報に基づく日本に対する負のイメージの蔓延は、日本に対する強硬姿勢を求める世論の土壌を形成しており、結果的に共産党政権が対日協調路線を維持することを難しくしている。

 中国で相次いで発生している反日デモは、日本政府が中国における正確な対日理解の促進と日本のイメージ改善を目的とした広報文化外交(パブリック・ディプロマシー)を一層強化せねばならないことを如実に示しているといえる。ところが、外務省の広報外交関連予算は年々削減される傾向にある。こうした状況下において、外務省は、オールキャスト・ディプロマシー(All Cast Diplomacy. 以下、ACDとする)という外交の新しい形を提唱するようになった。ACDの主たる狙いは、対外広報活動に何らかの形で携わっている複数の機関が、組織の壁を越えて連携し、それをつうじて財源・資源の利用の効率化を図るとともに日本の対外情報発信力を強化するという点にある。

 2011年3月に発生した東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所の事故は、中国における対日イメージの改善という取り組みに新たなハードルを加えた。福島第一原発から漏れ出した放射性物質は、東日本の広範囲に拡散し、一時的に日本の東半分が放射能によって汚染されたという極めて深刻なマイナス・イメージが国際社会に蔓延したのである。

 津波による大規模かつ広範囲にわたる破壊および原発事故によって形成された負のイメージは、地域レベルに留まるものではなく、日本の国家全体のイメージを左右しかねない性質のものであるといえる。こうしたイメージにより、「日本の国力が弱体化した」あるいは「日本は衰退に向かっている」といった対日認識が定着してしまえば、それは諸外国の対日政策における好ましくない傾向、例えば、対日強硬路線やジャパン・パッシングなどを惹起しかねない。

 そのようなシナリオを防止するためにも、外務省としては、震災に伴う負のイメージの払拭に早急に取り組む必要があった。その過程で、被災地や風評被害にさいなまれている地方と連携をし、それぞれの地方に関する正確な情報をできるだけ迅速かつ効果的に外国に伝えることが重要な課題となった。一方、東日本大震災によって海外への商品の輸出や海外からの観光客誘致といった面で大きな打撃を被った地方自治体にとっても、中国を含めた諸外国に対する情報発信の強化が急務となっていた。つまり、東日本大震災を契機として、日本国内では、従来対外広報に従事していた外務省やその他の中央省庁・外郭団体に留まらず、地方自治体をも含めた形で、国外への情報発信を強化するという機運が高まったといえるのである。

 ワークショップCでは、初期のリサーチをつうじて、今後中央省庁および地方自治体の財政状況が厳しさを増すと予想されるなかで、日本外交の懸案のひとつである対中広報文化外交の強化を進めるには、このような地方自治体も含めたACDの発展が肝要となるという認識を育んだ。このような認識に基づき、外務省をはじめとする中央省庁、各種外郭団体、NHK・共同通信といったメディア、地方自治体がそれぞれ中国を対象としてどのような広報活動を展開しているのか、また、相互にどのような連携を試みているのかについて研究・調査をおこなった。地方自治体に関しては、本公共政策大学院が東日本大震災で最も大きな人的被害を被った宮城県に位置することに鑑み、東北六県の県庁および仙台市に焦点を絞り、これらの自治体による中国を対象とした広報活動の現状を調べた。

 また、在中国日本大使館や国際交流基金(JF)北京事務所といった対中広報活動の最前線に位置する機関の取り組みや日本側による広報活動に対する中国側の反応を調査することを目的として、大使館とJF北京事務所への聞き取り調査および北京大学、清華大学、浙江大学の学生を対象としたアンケート調査を実施した。ワークショップCは、このアンケート調査の結果を手がかりに、日本の対中広報文化外交の成果と課題を浮き彫りにし、それを踏まえて各種の提言をおこなった。

2.経過

 4月、5月の間は、国際政治、日本外交史、広報文化外交、日中関係、現代中国論、中国における対日認識に関する専門書をインテンシヴに通読し、日本の対中広報文化外交について調査・研究をするうえで不可欠な専門知識の共有を図った。その過程で、メンバーは、プレゼンテーションとディスカッションを繰り返しおこない、コミュニケーション・スキルの向上に努めた。

 6月には、各メンバーが自主的に聞き取り調査を開始した。6月前半の調査は主に福島県においておこなった。後半には、自治体国際化協会や共同通信を対象とした調査をおこなった。月末には、メンバー全員で国際交流基金日中交流センターを訪問し、日本の対中広報文化活動に関する最新情報を入手した。

 7月には、宮城、岩手、青森、福島といった東北の自治体ならびに観光庁において聞き取り調査を実施した。また、外務省の「外交講座」を利用して対中外交の専門家に講演を依頼し、日中関係や日本の対中広報文化外交について貴重な情報をいただいた。7月の中間報告会では、ワークショップCの研究プロジェクトの学術的な分析枠組み、6月、7月の聞き取り調査の内容、今後の研究計画について紹介した。

 8月、9月は、訪中の準備が主たる課題となった。中国では、日本大使館・JF北京事務所での聞き取り調査、北京大学・清華大学での英語による意見交換会、北京大学・清華大学およびワークショップCのメンバーが個人的な関係を築いた浙江大学の学生を対象としたアンケート調査をおこなう予定であった。9月に発生した反日デモにより訪中はキャンセルとなったが、日本大使館・JF北京事務所にはメールを使って聞き取り調査をおこない、アンケート調査もアンケート用紙の電子版を上記の三大学に送付し、最終的に83名の学生から回答を得た。当初の目標であった100名には届かなかったが、日本の対中広報文化活動の成果を論じるための判断材料となる最低限のデータは入手できたといえる。

 10月には、山形県庁での意見交換会における報告の準備を進め、月末に意見交換会に臨んだ。対中情報発信に従事している職員の方々から県の取り組みについて多くの貴重な情報をいただいた。また、こちらからも観光資源のアピール方法などについて幾つかの提案をおこなった。

 11月には、メンバー全員で総理官邸の国際広報室、外務省の地方連携推進室と広報文化外交戦略課において聞き取り調査をおこなった。また、仙台市と秋田県を対象とした聞き取り調査も実施した。中国でのアンケート調査のデータ化と最終報告書の叩き台の準備も11月におこなわれた重要な作業であった。

 12月は、もっぱら最終報告会の準備に費やされた。最終報告会では、中間報告会の反省点を踏まえて論理展開が明快なプレゼンテーションを心がけた。その結果、概ね好意的な評価をいただけたのではないかと考えている。

 1月は、最終報告書の作成に充てられた。各メンバーが担当した章の文体・表記の統一がなかなか大変な作業であったが、無事に期限内に報告書を提出することができた。

3.成果

a.研究・調査の成果

 本ワークショップの期間中、日中関係は国交正常化以来最悪といわれるほど悪化した。9月の反日デモの際にみられた凄まじい破壊行為は、中国を対象とした広報文化外交が絶望的な局面に直面しているのではないかという印象をメンバーに与えた。しかし、アンケート調査の結果、中国の学生の間で日本文化が看過し得ない影響力を発揮し続けていることや日本に対して冷静で客観的な意見も存在するということが判明した。このことにより、中国を対象とした広報文化活動を地道に続けていくことの重要性を認識できたことが主たる成果の一つであったと思われる。また、そうした広報文化活動に対して地方自治体が貢献できる余地が非常に大きいこと、ならびに地方自治体を取り込んだ形でのACDのフィージビリティーが決して低くないことを明らかにすることができたことも重要な成果であったといえる。

b.メンバーの能力向上に関する成果

 ワークショップの初期段階から指導教員が繰り返し強調した「聞き手を意識したプレゼンテーション」、つまり、論理構成がしっかりしていて分かりやすいプレゼンテーションを最終報告会において高い水準で実現できたと評価し得る。各メンバーは、緊張を強いられる場面を数多く体験したことにより、プレッシャーがかかる環境下でも平常心に近い形でプレゼンテーションやコミュニケーションをおこなえるようになったと思われる。

 チームワークやリーダーシップという点では、目覚ましい成長をみせるメンバーがいる一方で、集団行動への適応に苦戦するメンバーもおり、全員が同等のコミットメントで課題に取り組むという形がなかなか実現しなかった。しかし、そのような問題を抱えながらも各メンバーがそれぞれの役割・責任を果たしつつ共同でプレゼンテーションや最終報告書を完成させるという姿勢を最後まで粘り強く維持したことは特筆に値する。各メンバーは、このような経験から組織の中でリーダーシップや個性を発揮するうえでの留意点や集団で共同作業をおこなううえでのノウハウをいろいろと習得したと思われる。

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