公共政策大学院TOP > 概要 > FDと公共政策ワークショップの事後評価 > 2013年度 ワークショップI プロジェクトB

■プロジェクトB:農業・農村の震災復興における課題とその解決のための施策について

ア 趣旨

 平成23年3月の東日本大震災から2年以上が経過し、まちづくりや産業復興が本格化する段階に移行しつつある。被災地域の基幹産業は農林水産業であり、被災地の復興のためには農林水産業の復興が不可欠である。

 政府は、平成23年7月に策定した「東日本大震災からの復興の基本方針」の中で、単に被災地の農林水産業の復興を図るだけでなく、「日本全国のモデルとなるよう取組みを進め、東北を新たな食料供給基地として再生する。」という方向性を打ち出し、そのために、「高付加価値化戦略、低コスト化戦略、農業経営の多角化戦略」の3つの戦略を組み合わせて力強い農業構造の実現を支援していくとともに、「先端的な農業技術を駆使した新たな農業を提案する。」としている。

 しかしながら、農地・農業用施設の復旧は概ね着実に進んでいるものの、政府の基本方針が目指す「3つの戦略」を組み合わせた「力強い農業構造の実現」、「新たな農業の提案」に向けての課題はなお山積している状況にある。

 農業者の合意形成の難しさ、担い手の減少、マーケティング能力の不足などの問題に加え、行政に対して、マンパワーの不足、財政資金の使い勝手の悪さ、行政組織の縦割りや農業関係諸制度の柔軟性の欠如に対する批判も見られるところである。

 以上のような状況を踏まえ、本ワークショップでは、農業・農村の復旧・復興の状況を検証し、問題点を明らかにし、その解決のための施策を提言することにより、東北を日本の食料供給基地として再生・創造する取組に資するとともに、日本全体の農業・農村問題の解決に寄与しようとするものである。

イ 経過

(ア)作業経過

ア)前期

  • a)4月には、先ず、農業・農政についての基本的な知識の習得から始めた。教官が作成した農業・農政についての概要ペーパーを配付し、適宜講義を行うとともに、基本的な入門書として「農業・食料問題入門」(田代洋一著、大月書店、2012年)を全員で購読した。その上で、農業・農政の課題と対応方向についてフリー・ディスカッションを行い、各人の問題意識の醸成に努めた。
     併せて、震災復興のための基本的な法令、農水省のマスタープラン、各県の復興計画等を、メンバーで分担して収集し、その概要をまとめて報告し合うことにより、復興施策の全体像を把握した。
  • b)5〜6月には、復興施策の進捗状況と課題を把握するため、「食料・農業・農村白書」(農林水産省)、「東北食料・農業・農村情勢報告」(東北農政局)等の資料を読むとともに、東北農政局企画調整室、同局仙台東土地改良建設事業所、宮城復興局、宮城県農林水産部及び仙台市経済局農林部から、震災復興施策の概要についてヒアリングを行った。また、農林水産省の「食料生産基地再生のための先端技術展開事業」の成果発表会にも参加し、技術面の情報収集にも努めた。
     同時に、被災地の農業者や農業団体が現行施策をどう評価し、どのような問題点があると認識しているかを把握するために、条件の異なる地域を数カ所抽出して、現地調査を行った。
     先ず、津波により壊滅的な被害を受けたことを逆手に取って、大規模土地利用型経営の育成に取り組んでいる仙台市東部・荒浜地区を調査対象とし、同地区で農業復興支援の取組を行っている東北大学大学院農学研究科の伊藤房雄教授からヒアリングを行うとともに、同地区で活動しているJA仙台、荒浜実行組合を視察し、ヒアリングと意見交換を行った。
     更に、同じ仙台市東部地域でも内陸部で比較的津波被害が小さかったために、却って農地集積・集約が思うように進んでいない地区の農事組合法人、陸前高田市の半農半漁地帯で6次産業化に取り組む営農組合、東松島市で施設型野菜・果樹生産に取り組む株式会社形態の農業生産法人の現地調査を実施した。
  • c)7月に入ると、報告会Ⅰ(中間報告会)に向けて、これまでの調査結果を基に議論を重ね、論点整理を行った。先ず現状とこれまでの施策、課題を整理した。各地域の条件の差から抱える課題は様々であったが、議論の結果、①担い手の確保(新規就農の促進等)、②農村コミュニティの再生(特に中山間地域における農地管理機能の維持・再生)、③農地集積の円滑化(所有と利用の分離の徹底、中間保有組織に白紙委任契約)、④収益性の向上(新規作物の導入、耕畜連携、6次産業化、輸出促進)の四つの課題に集約し、課題克服のために現時点で考えられるアイディアを出し合った。
     これらを基に、報告書素案とプレゼン資料及び補足資料(農業関係の専門用語の解説資料等)を作成し、更に手持ち資料として各自の発言要領及び想定問答を用意して、7月26日の報告会Ⅰに臨んだ。報告会Ⅰでは、パーツごとに分担して発表を行い、全員が何れかのパーツを担当することとした。但し、他の学生の発言要領にも予め目を通し、全員が報告の全容を把握しておくようにした。
     報告会Ⅰの質疑応答においては、概念整理の不十分さを指摘されたものの、現場の実態を踏まえて具体的な課題を抽出し、その解決のために多彩なアイディアを提供したことは評価された思う。

イ)夏季

 学生達の話し合いにより、8〜9月の夏季休業中も、原則として毎週火曜日午後に集まって、ワークショップの活動を継続することとした。

 夏季における作業は、四つの課題の深掘りのための勉強と、政策提言のヒント探しに重点を置いた。

 四課題の深掘りをしていくために、先ず、課題毎に担当する学生を決め、各自が東北農政局の担当部署に連絡を取って、現状と現在の施策について詳細なヒアリングを行った。ヒアリングの際には、可能な限り全員が参加するようにし、縦割りに陥ることなく農業問題の全体像を把握することに努めた。

 同時に、日本農業新聞の4月以降の記事を分担して読み、全国の農業現場の様々な取組の中から参考になると思われるものを抽出して報告し合い、政策提言のためのアイディアについて議論を進めた。

ウ)後期

  • a)10〜11月には、四課題を踏まえた具体的な政策提言の策定に向けて、関係資料の収集、関係者からのヒアリング、現地調査を集中的に行った。学生各自の問題意識を踏まえて、各人が関係機関に連絡を取って、現地調査を進めた。具体的には、担い手育成機関である農業大学校、農地集積の推進機関である農地保有合理化法人、収益性向上のための新規作物導入を担当する農業改良普及センター、6次産業化をサポートする6次産業化プランナー、農産物輸出促進の取組を実施している農業者やそれを支援している物産振興協会等である。
     同時並行で、各人が政策提言の大まかなイメージを述べ合って議論を行い、指摘を踏まえて修正・肉付けを進め、提言の具体化を図った。
  • b)12月に入ると、報告会Ⅱ(最終報告会)に向けて、政策提言の内容を詰めるとともに、それを基にした最終報告書及びプレゼン資料の作成を進めた。パーツ毎に分担して作成した資料について全員で議論を行い、バラバラの提言の寄せ集めではなく全体として一枚の大きな絵を描くことに努めた。この点については100%達成されたとは言い難いが、全員が各自の発想を活かしつつも大きな方向性を揃えようという意識を持って作業を進めた。更に、補足資料、発言要領及び想定問答を用意して、12月19〜20日の報告会Ⅱに臨んだ。
     報告会Ⅱにおいては、コメンテーターである小林東北農政局企画調整室長から様々な指摘を受けたが、裏を返せば、現職の政策担当官を本気の議論に引き込むレベルの内容の提言であったといえる。
  • c)1月中は、最終報告書の詰めの作業を進め、1月31日に専門職大学院係に提出した。
     2月から3月にかけて、政策提言先である東北農政局、宮城復興局、宮城県、仙台市に順次説明を行うとともに、JA仙台や農学研究科の伊藤房雄教授ともディスカッションを実施する予定である。

(イ)ワークショップの進め方

  • ア)正規のワークショップの授業である毎週火曜日3〜5限の他に、金曜日の午後をワークショップに充て、実質的に毎週5〜6コマの活動を行った。更に、ヒアリングや現地調査は先方の都合に合わせる必要があるため、これ以外の曜日となることも度々あった。このため、毎月、一覧表を作成して各自の予定を記入することにより、迅速に日程調整ができるようにした。なお、農業者に対するヒアリング・現地調査については、農繁期を避けるため、田植え終了後の5月中旬〜6月、稲刈り終了後の11月に集中的に実施するようにした。
  • イ)本ワークショップでは、議長、副議長、書記、会計、用度、儀典(懇親会担当)の6つの役職を設けた。学生は6名であったので、ちょうど全員が何らかの役職に就くこととなった。役職は毎月交代し、全員が全ての役職を一度は経験するようにした。副議長の必要性については、当初疑義もあったが、議長の都合が悪い時には副議長が随時主宰する形を取ることにより、1年を通じて円滑にワークショップの活動を進めることができたので、副議長を置いたことは成功であった。
  • ウ)ワークショップを進めるに当たっては、1年を通じての大まかなスケジュールを作成し、随時それを更新することにより、中長期的な段取りを考えながら作業を進めるようにした。
     また、各回においては、冒頭にその日やるべき事項と優先順位を決め、所要時間を見積もった上で作業を開始するようにした。但し、自由な議論を阻害することが無いよう、各人の報告や議論の時間に制限を設けることは避けた。
  • エ)ヒアリング及び現地調査の際には、極力全員が参加するよう努めた。農業の現場では、様々な課題が渾然一体となっているのが通常であり、分野毎に担当を分けて調査することが実際上困難なためである。本ワークショップは学生が6名と少人数であったが、まとまって動くには適正規模であった。
     ヒアリング及び現地調査では、限られた時間で効率的に調査を行うことができるよう、事前に話し合って調査事項一覧を作成した上で、調査に臨んだ。更に、毎回、担当者を決めて事後にレポートを作成し、それを基に議論を進めるようにした。こうすることにより、都合が悪くて調査に参加できなかった者とも情報共有を図り、また、「聞きっ放し」になることを防いで、全員が着実に知識を蓄積し、考えを深めていくことができた。
     併せて、毎回、「御礼担当」を決めて、ヒアリングや調査の終了後は直ちに御礼状又は御礼メールを出すようにした。これは、社会常識を学生たちに習得させるためである。
  • オ)政策提言に関する議論においては、教員は、学生のアイディアを否定するような発言は極力控え、当該アイディアの問題点を指摘する際にも、それを克服するために更に検討を深めるよう促すことに努めた。これにより、学生たちが萎縮することなく、自由で斬新な発想で、政策提言を組み立てることができたと考えている。

ウ 成果

(ア)最終報告書について

 最終報告書は、全6章で構成されている。

 第1章(はじめに)では、本テーマを設定した背景と研究の進め方の概略を述べている。

 第2章(現状分析)では、東日本大震災の被害状況と、国・自治体がこれまで講じてきた対策の概要、現在までの復旧・復興状況を記載している。

 第3章(ヒアリング)では、各方面へのヒアリングの結果、明らかになった具体的な問題点を記述している。ヒアリング対象を、行政機関、JA等の関連団体・有識者、農業者の三つに大別し、それぞれの立場から見た問題点を整理することにより、三者間の微妙な意識のずれを浮き彫りにしている。

 第4章(論点整理)では、現状分析及びヒアリング結果を総合し、問題点を整理している。ハード面の復興は進みつつある一方で、ソフト面の復興は思うように進んでいないこと、その要因として、①人、②農地の面的集積、③コミュニティ、④収益性の四つの課題があることを述べている。

 第5章(政策提言)では、前述した四つの課題ごとに、現状、現行施策、具体的な問題点を整理した上で、その解決のための政策提言を行っている。提言は、全部で8項目である。

 第1に、担い手対策として、農業外からの新規就農の促進対策を打ち出している。具体的には、①準担い手・準農家制度の創設、②障害者の就農促進のための農業専門ジョブコーチの創設である。

 第2に、農地集積の推進のため、③利用権集積組合の設立と一括利用権制度の活用を提言している。

 第3に、コミュニティ機能の維持・再生のため、④集落間の連携・協力を推進し、国が助成する集落間連携推進事業の創設、⑤中山間地域において、ソーラーシェアリングの普及により売電収入で農業振興を図るための立法措置を提言している。

 第4に、農業の収益性向上のため、⑥需要増大と高収益が見込める薬用作物に着目した、薬用作物の生産拡大と産地化の推進のための立法措置と予算事業による支援、⑦リモートセンシング技術とICT技術を活用し、飼料用米を大規模・低コストで生産する耕畜連携実証事業の創設、⑧地域ぐるみでの輸出促進、具体的には県・JA共同出資型商社の創設と地理的表示制度の導入を提言している。

 第6章(おわりに)では、報告書の内容を簡単にまとめ、締めくくりの言葉としている。

(イ)ワークショップを通じた能力育成について

 本ワークショップでは、①現状を把握・分析し、問題点を抽出し、その解決のための政策を立案する能力の養成と、②共同作業を通じて、協調性、責任感、計画性、社会常識を身に付けることを目的とした。また、自ら考えることを習得させるため、教員が随時指導・助言を行うものの、学生たちの自主性と自由な発想を尊重することをモットーとした。

 学生たちの半数は法学部以外の学部出身者で、当初は法律の解釈や政策的な議論に不慣れな様子も見られたが、できるだけ時間を取って、各自のバック・グラウンドを活かした多角的な議論をじっくり行うようにした。教員も、学生の発想・アイディアを否定するような言い方は極力避け、議論を発展させるよう努めた。

 こうした取組を通じて、事務分担についても政策提言の内容についても、各人がそれぞれの長所と知見を活かして役割を分担する形が次第にでき上がり、常に全員が一体となって、意欲的に活動することができた。結果として、脱落者やフリーライダーを出すことなく、全員がそれぞれの個性と能力を存分に発揮することができた。

 学生たちはそれぞれ個性があり、得意分野も異なり、個々の能力には自ずと差があるものの、本ワークショップを通じて、全員が能力を飛躍的に向上させたことは確かだと思う。上記の二つの目的は、十分に達成されたと考えている。

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