公共政策大学院TOP > 概要 > FDと公共政策ワークショップの事後評価 > 2014年度 ワークショップI プロジェクトA

■プロジェクトA:登米市における今後の施策展開のあり方

(1)趣旨

 日本は、少子高齢化が進行し人口減少社会となったが、そのような中にあっても、経済を持続可能なものとし、国民・住民がどこに住んでいても安心して快適な暮らしを営んでいけるような国づくり・地域づくりが必要である。そのため、全国の自治体は、地域の特性を踏まえ各種施策を展開している。

 そのような自治体の一つである宮城県登米市は、宮城県北東部に位置し、平成17年(2005年)に9町が合併して新設された。西部が丘陵地帯、北部が山間地帯で、その間は広大で平坦肥沃な登米耕土を形成し、県内有数の穀倉地帯となっており、宮城米「ササニシキ・ひとめぼれ」の主産地として名を成している。

 登米市は、農林業を基幹産業としてきたが、後継者不足や農産物の輸入の増加などにより低迷していることから、農林業の振興や有効な土地利用、地場産業の振興、地域経済の活性化が必要な状況にある。

 また、登米市は、既に4人に1人が65歳以上の超高齢社会に直面しており、高齢者が住み慣れた地域で自立して生活できるよう福祉サービスの充実や暮らしやすい環境を整えるとともに、安心して子どもを産み育て、子どもたちが健やかに育つことができる仕組みづくりや救急医療環境の充実が重要となっている。

 また、積極的な公共投資が望めない中で、既存施設の有効活用や効率的な維持管理を図りながら、多様化する市民ニーズに対応していく「質の高い生活空間のあるまちづくり」、合併により効果が得られた広域的なまちづくりや行政基盤の強化がある一方で多様化した地域の課題を解決していく「市民の積極的な参画システムづくり」など、課題は多岐にわたる。

 このような状況を踏まえ、本ワークショップでは、登米市をフィールドとして、今後の社会経済情勢の変化にも対応し、東北地方における地方都市として住民が安心して快適な暮らしを営んでいけるような地域づくりのために何が必要なのかを探っていく。

 すなわち、①合併の検証を含めた登米市の現状分析、②当該現状分析を踏まえた課題の抽出、③当該課題を解決する上で諸制度・施策の問題点の提示、④当該問題点の解決方策としての政策提言を行うものである。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 4月には、先ず、地方自治制度についての基本的な知識の習得から始めた。基本的な入門書として『ホーンブック 地方自治[第3版]』(礒崎初仁・金井利之・伊藤正次/著、北樹出版、2014年)を全員で輪読し、まちづくり、環境政策、産業政策、福祉政策、教育行政などの行政分野毎の課題と対応方向についてフリー・ディスカッションを行い、各人の問題意識の醸成に努めた。また、住民、コミュニティ、市民参加などの自治体行政の基本的要素について認識を深めた。

 5月は、登米市が抱える具体的な課題を把握するため、登米市長の施政方針演説(2014年2月)を分析し、産業振興、健康なまちづくり、人材育成、協働のまちづくりなど登米市が認識している課題と採られている具体的な施策・事業について理解に努めた。併せて、登米地域合併協議会の合併協定書(2004年6月)も分析し、合併の経緯、50項目にも渡る合併協定項目及びその進捗状況について理解に努めた。

 この他、5月下旬には、登米市役所を訪問し、布施孝尚登米市長と面談し、登米市の現状の講話を受けた。その中では、行政組織としての課題が示され、今後の調査研究を進める上で貴重な示唆を得た。

 6月は、これまで把握した事項から登米市が抱える課題を抽出する作業を行った。すなわち、各自が関心をもつ行政テーマを調査し、課題は何か、その背景は何か、現在採られている施策は何か、解決の方向性は何かなどについて報告・検討を行った。その結果、「産業(特に農業)」「医療・福祉」「行政サービス(組織)」「協働のまちづくり」「社会資本」の事項を中心に調査することとし、各事項の主担当・副担当を決めるとともに、ヒアリングの前に登米市へ送付する質問票の調整を行った。

 7月に入り、登米市における施策展開を把握するため、登米市の各部署にヒアリングを実施した。ここでは、上記事項に関係する部署から登米市における各行政分野の運営の実態を知るとともに、現場における課題を調査した。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 7月は、上記ヒアリングに併せて、中間報告会への準備に取り組んだ。発表骨子の作成やパワーポイント資料の作成など、8名の共同の作業ではあったが、登米市の課題について整理し、その後の調査研究の方向性を明らかにした。質疑応答では、各分野への質問の他、全体の研究方針に対する指摘も出された。

c)夏季

 中間報告会における指摘やヒアリングで得られた情報をもとに、各自が改めて文献やインターネット等を通じた調査を行った。この取組みを通して、各担当の事項についてより深い分析を行うことができるとともに、後期における政策提言内容の原案作りの事前作業を行うことができた。この他、登米市の職員自主研修グループの活動に参加し、所属の枠をこえて登米市の課題に向き合う職員グループと意見交換をすることで、登米市の課題を横断的に捉えることができ、今後の調査研究を進める上で貴重な経験となった。

 また、登米市と同様に市町村合併で新設された福島県伊達市を訪れ、伊達市内の観光施設への訪問・見学で得られた意見を通して伊達市への観光政策の提言を行った。この短期集中政策提言演習「Summer School in 伊達市」は、現状分析、問題抽出、政策立案、政策提言の過程を経験するという意味で、最終報告に向けて必要とされる能力を実践する貴重な機会となった。

 加えて、岡山県真庭市からは、他の地方都市における行政課題の実態に関してヒアリングを行い、登米市における課題を比較検討し、多面的な解決方策への示唆を得た。

d)後期(年内)

 夏季において各自が調査研究した内容をもとに、まずは事項ごとの政策提言内容の検討に取り組んだ。その過程で、各自が中間報告会における指摘やヒアリングで得られた情報をもとに、各自が改めて文献やインターネット等を通じた調査を行った。この取組みの中で基調となる「協働」「コンパクトシティ」といった概念を再度整理し、検討を行うとともに、それらと各行政分野との関連の検討を行った。この過程で、本ワークショップの基礎概念を整理した概念図を作成するなど、最終報告書作成に向けた取組みが行われた。

 また、授業時間の他にも、頻繁に学生が自主的にワークショップを開き、授業時間内では十分に詰め切れなかった事項について議論を続けた。

 11月には、政策提言に向けた調査・検討の作業を引き続き実施した。特に各自が役割分担のうえで実施したヒアリング結果については、授業の度に報告を行い、情報の共有を図った。また、特に基礎概念となる「協働」について、自主的なワークショップも含めて数回にわたり議論を重ねた。

 この過程で、「医療」「交通」「産業」「協働(人づくり)」「行政(人づくり)」の部会を設け、部会独自に会合を開き、それぞれの分野についてより深い検討と最終報告書のたたき台の作成をすることとした。

 この他、夏季の伊達市への政策提言に引き続き、登米市に対するブランド戦略の政策提言を内容とする短期集中政策提言演習「Autumn School in 登米市」を開催した。

 12月には、政策提言に向けた調査・検討の作業を引き続き実施するとともに、最終報告書の枠組みを組み立てる作業を並行して行った。政策提言に関する議論を行いながら、最終報告会に向けて最終報告書案の骨子及びパワーポイントの作成作業を行った。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 最終報告会においては、協働のまちづくりの明確化、市民に対しても絞った提言、概念図の明確化等の指摘を受け、更に研究を進めることとした。

f)後期(年明け以降)

 各項目について、最終報告会で受けた指摘を踏まえ、提言の再検討の作業を進め、最終報告書の取りまとめを行った。その際には、全員による議論を通しての推敲を行うとともに、教員による細かいチェックを行った。

 また、2月には、政策提言先であり1年間を通じてお世話になった登米市に対し、研究成果を報告し、政策提言と意見交換を行った。登米市長からは、各提言項目について詳細なコメントがあり、今後の市政運営の参考にする旨の回答を得た。

(イ)ワークショップの進め方

 原則として、毎週火曜日の3限から5限のワークショップを実施したが、それ以外にも必要に応じて随時実施した。また、学生全員と教員が共有するメーリングリストを活用し、作業効率の向上と各自が担当した作業結果の情報の共有化を図った。

 学生の役割分担については、代表、副代表(書記を含む。)などの役職を1カ月ごとに交替することとし、代表は議事進行全体を総括した。各自が代表を務めることで、8名にも及ぶ学生の各意見の全体調整を経験し、集団をまとめることの大変さや責任感を学ぶことができたと思われる。

 また、書記担当の副代表は、授業ごとの議事録を作成し、メーリングリストを通して回覧した。議事録を作成することにより、議論の過程をレビューすることができ、多人数ゆえに各方面に飛びがちな議論を方向付ける上で有益であった。

(3)成果

(ア)最終報告書

 最終報告書は、5章から構成されている。第1章では、まず、登米市を研究対象とする意義として、登米市の概要と調査研究の背景・目的・方法を概説している。

 第2章では、登米市を取り巻く環境として地方都市、合併市町村の現況を提示するとともに、登米市を待ちうける未来として登米市が解決すべき課題を提起している。

 第3章では、課題解決に向けた検討として、まずまちづくりの基本方向を占めている。すなわち、「新たな」まちづくり、協働のまちづくり、まちづくりの担い手育成として、それぞれの視座からまちづくりのあり方の方向性を示している。また、類似都市の事例や短期集中政策提言演習の取組みについても言及し、検討を行っている。

 第4章では、政策提言として、まず、まちづくりのイメージと提言分野の関係を述べた上で、各行政分野における提言(産業、交通、医療・福祉)を行っている。また、まちづくりを行う主体に対するものとして、行政組織、協働の観点からの提言も行っている。

 第5章では、総括として、本ワークショップの提言の意義と今後の課題について言及している。

 提言は、新規事業の実施などを主な内容としているが、具体的事案に即した実現可能な解決策の方向を示すことができるものとして評価できる。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 中間報告会、最終報告会を経て最終報告書を取りまとめるまでの間、共同作業を進める上での協調性や責任感、代表としての集団の管理運営能力、議論やヒアリングを実施する上でのコミュニケーション能力、文献調査等における理解力や分析力、報告会でのプレゼンテーション能力などを伸ばす機会があり、各自ともワークショップでの作業を通して成長、改善が図られたものと思われる。

 人数の面においては、多人数であったことからまとめあげることに労を要したものの、文献調査やヒアリングでは広範囲に及ぶリサーチが可能となった。

 その中で、学生は、様々な個性をぶつけ合って、試練を乗り越えて相応の報告書を完成するに至り、その過程こそが成果として十分意義あるものと言える。

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