公共政策大学院TOP > 概要 > FDと公共政策ワークショップの事後評価 > 2014年度 ワークショップI プロジェクトB

■プロジェクトB:宮城県における産業の特徴とその持続的発展に資する施策

(1)趣旨

 地域社会を維持・発展させるためには、地域内の経済活動を活性化させ、そこに安定した雇用を生み出すことにより、人々が地域に定着し、地域の文化、教育等の担い手となっていく流れを創っていく必要があるものと考えられる。

 このような流れを実現するための一つの方法として、地域内での経済循環を創出する、つまり、地域内における個々の経済活動が相互に関連する産業構造を創出し、当該地域に安定した利益と雇用を生み出していくことが挙げられる。

 この点、宮城県は、平成19年3月、「宮城の将来ビジョン」を策定し、「経済基盤を確立し県経済の成長を図る『富県』を実現すること」を県政運営の基本的方向の一つとして据え、様々な産業振興策を実施することにより、平成28年度には県内総生産10兆円以上を実現するとの目標を明らかにしている。また、この目標は東日本大震災後も「宮城の将来ビジョン・震災復興実施計画」において引き継がれている。

 他方で、昨今の厳しい財政事情や様々な行政ニーズに対応する必要がある中では、目的達成に有効な施策は何か、優先的に取り組むべき施策は何かを考え、当該施策に資源を集中させることが必要となる。このためには、宮城県においてどの産業がどのような特色を有しているのか、各産業がどのように相互に関連し合っているのか、関連する規制制度が事業活動に対してどのような影響を与えているのか、などの観点から、宮城県の産業構造を的確に把握することが必要となる。

 特に、宮城県の産業構造は、「宮城の将来ビジョン」が策定された平成19年当時のものとは異なり、先の東日本大震災によって大きく変化していることが想定されることから、このような構造変化をも踏まえ、東日本大震災からの復興と更なる発展に資する施策を考えていくことが不可欠となる。

 本ワークショップでは、産業連関表や経済センサス活動調査等の統計データを用い、客観的な視点から宮城県の産業構造の特徴や課題を把握し、これらの特徴や課題を念頭に、宮城県経済における好循環の創出、また、地域社会の維持・発展に資する施策について検討し提言することとした。

(2)経過

ア 年間の調査・検討作業

(ア)前期

 プロジェクトBに参加した学生は、出身学部も様々であり、統計データを用いるなどして経済の構造分析等を行った経験を有する者もいなかったことから、4月においては、「平成17年宮城県産業連関表」(平成22年3月宮城県企画部統計課)、「入門 産業連関表 その見方・使い方」(千葉県総合企画部統計課)等を用い、産業連関表の仕組みと基礎的な分析手法の習得のほか、「地域政治経済学」(中村剛次郎著 有斐閣)の輪読を行い、地域経済分析に関する基礎的な知識等の習得に努めた。また、「宮城の将来ビジョン」(平成19年3月宮城県)や「宮城の将来ビジョン・震災復興実施計画」(平成24年3月宮城県)等における施策等について議論を行うなどし、問題意識の醸成を図った。

 5月から6月においては、産業連関表(平成17年表と平成23年推計表)を用いて宮城県の産業構造の把握する作業を開始し、各人が複数の部門を担当して特徴等について発表し、議論を行うなどした。また、産業部門間の関係を把握するため、産業部門間の主要な取引関係、取引額、県内自給率等を産業連関表から抽出するなどし、主要な取引の流れを川下から川上まで紙上にプロットするなどの作業を行った。なお、紙上にプロットした産業部門間のつながりを示した図を「連関図」と称した。さらに、「平成24年経済センサス活動調査」(総務省統計局)を用い、産業部門間の関係から、地域間関係を推測する作業を行った。その上で、宮城県経済における産業部門間の関係やその特徴、主要な産業構造、地域経済の活性化に必要な施策等について議論を行い、県内産業部門間のつながりを強化する施策の方向性等について議論を行った。

 7月上旬においては、製造業における従業者数が比較的多い角田市において、同市役所にて企業誘致の目的・背景・内容のほか、事業者間取引の活性化に向けた施策や当該活性化に向けた県や他の基礎自治体との関係強化等に関する認識についてヒアリング調査を行った。特に、当該ヒアリング調査では、これまでの研究から得られた課題認識等と現場とのギャップ等について把握することに努めた。

(イ)中間報告会

 中間報告会では、県経済の活性化に資する施策の方向性に関する考え方について示した上で、県内事業者間の取引の強化がもたらす県経済への効果等について報告するとともに、宮城県の主要な産業構造として8つを挙げ、それぞれの特徴や課題等に関する分析について報告を行った。主要な産業構造について「連関図」を用いて産業部門間の関係を示したほか、産業部門間の関係から推察される地域間関係についても地図を用いて示すなど、分かりやすい発表ができた一方で、県内事業者間の取引強化の背景にある考え方等について検討や説明不足の点が課題として挙げられた。

(ウ)夏季

 中間報告会において挙げられた課題について議論を行うなどし、各人における認識の共有、考え方の整理等を行ったほか、前期において取り組めなかった政策効果の分析手法等について学習した。また、中間報告会において取り上げた8つの産業構造について県における施策の状況を把握するなどし、このうち事業者間の取引関係強化の観点から必要な施策が採られていないといった状況にある産業構造を4つ(水産関係、電力関係、公共事業・建築・土木関係、パルプ関係)取り上げ、当該産業構造について具体的施策の提言を行う対象とすることとした。さらに、「連関図」等を用いた産業構造や地域間関係の研究について、環太平洋産業連関分析学会(11月16日岡山大学)において報告機会が得られることとなり、当該報告の準備作業を行った。同学会における発表機会の獲得は、前期における分析手法や政策の方向性等に関する考え方の整理等を通じて各人の本研究に対する理解の増進等につながったほか、本研究への熱意の向上に資するものとなった。

(エ)後期(年内)

 夏季において絞り込んだ4つの産業構造のうち電力関係について今後の方針を検討した結果、政策の提言先となる宮城県における施策の範疇を超えるなどの理由から、東日本大震災による経済波及効果等の分析にとどめることしたほか、他の3つの産業構造について主担当者と副担当者を割り振り具体的施策の立案に向けた検討を行うこととした。また、各人が提言を検討するに当たって意識すべき方向性の具体的イメージを持つため、「雇用」、「つながり」等の文言に関する、本プロジェクトにおける定義等について議論を行うなどした。

 10月中旬以降においては、「連関図」等から推察できる課題や施策の方向性について、現実とのギャップや実施可能性等を把握し、具体的な政策提言の立案に活かすとの観点から、行政機関のほか、民間企業や事業者団体に対するヒアリング調査を行ったほか、4月以降の新聞について、各自が分担し、政策立案の作業に当たって参考となる記事を抜粋し、紹介するなどした。

 11月中旬から下旬には、ヒアリング調査によって得られた課題等を含め、具体的な政策提言につなげるべき課題の整理を行うととともに、より具体的な政策提言となるよう、各班の提言案について全員で議論を行ったほか、当該議論等において発生した疑問点等も踏まえ、更なるヒアリング調査を行うなどした。また、11月中旬に開催された前記学会では、特に「連関図」等によって産業構造を視覚化した点について高い評価を得ることができた。

 12月上旬から中旬においては、提言案の絞り込みを行うととともに、特に実施可能性の観点から、提言案の具体的な実施方法の検討や必要予算の試算のほか、提言案に更に説得力を持たせる観点から政策効果(経済波及効果)の試算を行った。また、最終報告会に向け、プレゼンテーション資料及び最終報告書の骨子案を作成し、プレゼンテーションの練習を集中的に行った。

(オ)最終報告会

 最終報告会では、中間報告会での反省を踏まえ、全体の提言案に共通する考え方や目指すべき方向性、また、各課題や提言案が各産業構造においてどのように位置付けられるのか、ねらいは何か、具体的な施策の実施方法はどのようなものか、などについて「連関図」等を用いるなどし、視覚的に分かりやすい説明ができていた点や、政策効果を試算し示すことができた点については評価できるものと思われる。一方で、質疑応答において、政策効果の算出方法のほか、少子高齢化等に伴う消費の減退や公共事業の縮小等の、いわゆる最終需要に関する議論と、本研究が対象とした県内事業者間の取引強化、つまり中間財の取引段階における県内自給率向上に係る議論との関係について、明瞭に説明できていなかったことが不足する点として挙げられる。

(カ)後期(年明け以降)

 1月においては、最終報告会において説明不足であった点やコメンテーターからの実務面からの指摘等を踏まえ、プロジェクトBとしての考え方を明瞭に文章化するための議論、提言案のより一層の具体化に向けた作業を行うなどしたほか、各担当分野における形式の統一化等の作業を行い、最終報告書を取りまとめた。

 2月以降においては、提言先である宮城県庁など、ヒアリング調査先に対して提言案等の説明を行った。宮城県庁に対する説明では、複数の提言案が新年度の予算に組み込まれることとなっているなど、特に実現可能性の面から評価された。また、ある事業者団体からは、アイデアの斬新性、数字に裏打ちされた施策の具体性等について評価を得ることができた。

イ ワークショップの進め方

 基本的に、毎週火曜日の3限から5限においてワークショップを実施したほか、特に前期においては、毎週金曜日に主担当教員も参加した自主ワークショップを行った。そのほか、学生のみで随時集まり研究を進めた。副担当教員の桑村裕美子准教授には年間を通じ、また、神山修教授には後期以降、丁寧な御指導、貴重な御意見等をいただいた。学生においては、議長、副議長、会計、議事録、儀典等の役割を設け、毎月持ち回りで全員が各役割を担当することとし、議長が全体をリードする形で研究を進めた。議事録担当の学生が毎回の作業内容等をまとめ、インターネット上の共有ドライブに保存するなどしたほか、メーリングリストを活用するなどし、情報共有と作業の効率化を図ることができた。

 なお、後期以降においては産業構造ごとに担当者を割り振ることとしたが、当該割り振りに当たっては、主担当者と副担当者をそれぞれ2名ずつとし、一人が一つの産業構造のみに集中するのではなく、他の産業部門における研究も担当することとし、産業構造ごとにチームが分断されることのないよう配慮した。

(3)成果

ア 最終報告書について

 最終報告書は全10章で構成されている。

 第1章では、本研究の目的・背景のほか、最終需要の減少が予測される中における中間財段階での県内自給率の引上げによる需要創出の意義等について述べ、第2章においては、「連関図」や経済波及効果の算出方法等、本研究において用いた分析手法について整理しているほか、宮城県の主要な8つの産業構造について概観している。

 第3章から第5章では、本研究において政策提言の対象とする水産、パルプ及び公共事業・建築・土木に係る各産業構造について、「連関図」等から把握できる特徴を分析し、ヒアリング調査の結果を踏まえつつ、問題点と課題を整理している。また、第6章では、本研究では政策提言の対象とはしなかった電力を支える産業構造について、東日本大震災による電力部門の変化が与えた経済波及効果について分析を試みている。

 第7章から第9章では、上記課題の解決に資する施策について産業構造ごとに提言するとともに、各施策が実施された場合の成果について控え目に予測した上で、その経済波及効果について試算している。また、提言の中には、一見して競争制限的と思われるものもみられるが、独占禁止法との関連等についても整理するなど、競争政策からの視点も取り入れたものとなっている。

 第10章においては、本研究を総括するとともに、今後の課題として、中間財の段階における事業者間取引の強化に向けた基礎自治体間の連携等に関する検討の必要性について挙げている。

 本報告書では、提言された施策の具体的な実施方法についても検討を行っているほか、各施策による経済波及効果を示すなどし、提言の実現に向けて政策担当者が活用しやすい材料が含まれており、分析手法等を含め、今後の政策立案に活用されることが望まれる。

イ ワークショップを通じた能力育成について

 本ワークショップの活動を通じ、各学生がそれぞれの能力・知識を持ち寄り、協業し、作業を積み上げていくことが大切であるとの認識を醸成することができたものと思われる。特に、各学生が担当部分について責任を持って調査・分析し、議論等を通じて相互にチェックしつつ情報を共有し、次のステップにつなげていくといった過程を経験したことは、今後、実社会において経験するであろう共同作業において有用なものとなったと思われる。また、このような議論等のほか、最終報告会等のプレゼンテーションや質疑応答を経験することなどにより、コミュニケーション能力に格段の向上がみられた。このほか、ヒアリング調査においては、本研究に対する期待が表されるなど、公共政策の重要性に関する意識を高めることができたものと感じられる。

 今回の研究では、様々な場面において学生間で議論を行い、皆が一丸となって作業等に取り組むことができた。このような経験は、今後、社会において実務に携わる中で大いに役立つものといえ、更なる成長の土台となるものと思われる。

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