公共政策大学院TOP > 概要 > FDと公共政策ワークショップの事後評価 > 2014年度 ワークショップI プロジェクトC

■プロジェクトC:日本の領海・排他的経済水域の総合的管理

1 趣旨

 しばしば「海洋国家」と言われてきた日本においても、国際的協調の下での積極的な海洋の利用を国の政策として自覚的に位置づけるに至ったのは、比較的最近のことである。平成19年7月には「海洋に関する施策を総合的かつ計画的に推進すること」等を目的とした海洋基本法が施行され、これに基づいて海洋基本計画が閣議決定された。今日の日本にとっての海洋は、海洋エネルギー・鉱物資源を中心に大きな可能性を有する「新たなフロンティア」である一方で、尖閣諸島周辺海域をめぐる問題に象徴されるように喫緊の課題を抱えている場でもある。国土の約12倍という広大なEEZを有する日本にとって、その利用と管理のための施策は今後の日本のあり方にとって極めて重要な意味を持つ。

 本プロジェクトでは日本が主権・管轄権を有する海域である領海・EEZの総合的管理のための施策について検討し、その検討結果を最終的に政策提言の形でとりまとめた。日本が主権・管轄権を有する海域における活動については、従来個別の法令が適用されていたのに対して、EEZの総合的な管理を実現するためのいわゆる「EEZ包括法」に向けた作業が進行しつつある。本プロジェクトでもこの動きを意識し、領海及びEEZという国際法上の制度を受けて、望ましい制度のあり方について検討を加えた。

 こうした検討及び提言の作成のためには、国際法・外交政策及び国内法・国内法政策の両方の視点を持ち、幅広い分野における施策間の相互の連携・調整を考える必要がある。本プロジェクトでは、このように国際・国内を横断して検討する必要のある課題に取り組むことで、特に国際的な文脈を踏まえた政策の立案企画能力を養成することを目指した。

2 経過

(1)年間の作業経過等

ア 前期

 4月・5月は学生が自ら調査・研究を進めていくための土台となる、基本的な知識・考え方の習得に力点を置いた。初めに全員で高坂正堯「海洋国家日本の構想」を購読し、広い視点から日本と海洋についての関わり方について議論を行い、参加者の問題意識の醸成を図った。その後はより具体的に、海洋に関する国際法と国内法、そして現行の海洋政策のあり方について知識の習得に務めた。国際法については主担当教員が作成した資料をもとに、集中的に講義を行った。国内の関連する法制度及び海洋政策のあり方については、海洋政策研究財団編『海洋問題入門―海洋の総合的管理を学ぶ―』(丸善、2007年)や内閣官房総合海洋政策本部の資料等をもとに、参加者間の議論を適宜交えつつ現状の解説を行った。

 こうした基本的な知識・考え方の習得と並行して、5月中から中間報告会を見据えた作業も進めた。検討すべきテーマへのアプローチの方法は参加者での議論を通じて決定し、海底鉱物資源、水産資源、海洋科学調査、海洋環境保護、安全保障、離島の管理といった各論的分野を一人ずつ担当した上で、分野横断的な海洋管理のあり方を全員で議論することになった。担当することになった分野については、各人が検討すべき課題と検討を進める方向性についてパワーポイントを使った短いプレゼンテーションを実施するなどして、情報の共有を図るとともに報告会に備えた。

 6月には、海洋管理のあり方に関する比較法的な分析として、参加者が一人一国を担当する形での調査・発表も行った。これは海洋の管理について各国が共通して課題としている問題と具体的な政策のあり方を検討することで、問題の本質に対する理解を深め、日本の政策のあり方に対する具体的な提言の材料とすることを目的としたものであった。この作業は最終報告書に直接活かすことができなかったが、その後の議論の下支えとなった。

 6月中旬から7月にかけての時期は、中間報告会におけるプレゼンテーションの作成に充てられた。中間報告会では、問題の所在、これまでの取組みの状況及び政策提言に向けた方向性を、聞き手に分かりやすく提示するための準備に注力した。内容を整理し、順序立てたプレゼンテーションとするために、かなりの議論が費やされた。直前の時期には発表を視覚的に分かりやすくするための工夫や、動画を撮影して自らの姿を確認しつつプレゼンテーションの練習を行うなど、報告会での効果的な伝え方にも注意を払った。

 前期のうちは参加者の前提知識の不十分さも考慮してヒアリングを実施することはあえてしなかったが、4名の方に仙台で講義をいただいた。東京大学大気海洋研究所・青山潤教授にうなぎの生態及び外国における海洋科学調査の実施に関する問題について、織田陽一・総合海洋政策本部事務局参事官補佐に総合海洋政策本部について、浦辺徹郎・東京大学名誉教授(大陸棚限界委員会委員・内閣府参与)に大陸棚限界委員会及び日本の鉱物資源開発について、海洋政策研究財団の寺島紘士常務理事に「日本の海域の総合的管理に向けた取組における海洋政策研究財団の貢献」について、それぞれ講義をいただき参加者からの質問に答えていただいた。参加者にとっては、この分野について学び始めた時期に第一線でご活躍の方々にお話をお伺いすることができる貴重な機会となった。

イ 中間報告会

 中間報告会では、海洋の総合的管理に向けた問題の所在と現状の全体像を示した上で、各分野における課題を説明し、最後に政策提言の方向性をまとめた報告を行った。議論の甲斐あって全体としては非常に分かりやすい報告にまとめることに成功した。ただし、各論部分に関する質疑応答では各人の知識・検討不足が見られるなどの課題もあった。

ウ 夏季

 夏季期間は、中間報告会までに得られた知見を取りまとめるとともに、各論部分について参加者が各自に改めて調査と分析を行う時期と位置づけた。作業目標として具体的な締め切りを設定し、最終報告書の冒頭部分となる文章の起案及び各自の調査・分析結果についてとりまとめた文章の作成を夏季期間に取りまとめることとした。

エ 後期(最終報告会まで)

 後期には、大きく分けて3つの作業を並行して実施することになった。第1に、前期から夏季にかけてすでに情報の収集・分析を行ってきた部分について、報告書の原稿の草稿を取りまとめる作業である。これについては、適宜期日を設定して草稿を回覧し、他の参加者及び教員からのコメントを加える機会を設けて徐々に練り上げていった。第2に、参加者が各自担当している各論の部分について、内容の充実と具体的な政策提言の作成である。この作業についても、分野横断的な分析・検討を確保する観点から適宜期日を設定し、各人が報告を行うとともに、他の参加者・教員からのコメントを加える機会を設けた。第3に、中間報告会以降検討が進んでいなかった、領海・EEZの総合的管理のための総論的な政策提言の具体化である。この政策提言の作成については、かなりの議論を費やした。参加者間の方向性の違いなどもあり、激論の末に消えていった提言案も多く、案の取りまとめに時間を要した。このこともあり、最終的に残った提言案については、全員での議論を十分に尽くせぬまま最終報告会を迎えてしまうこととなった。

 また、後期は学生の主導で関係各所へのヒアリングを実施した。本来であれば全員でのヒアリング実施が望ましかったが、予算の制約があり、海洋政策本部事務局以外は、特に関係する各論分野を担当している参加者が1〜2名でヒアリングを実施することとなった。ヒアリングの実施先は、(独)海洋研究開発機構、水産庁、(財)日本離島センター、海上保安庁、外務省等である。また、海上自衛隊幹部学校の吉田靖之2等海佐に仙台にお越しいただき、講義いただいた。

オ 最終報告会

 最終報告会では、問題の所在を簡潔に提示したあと、各分野での課題と提言、そして総合的管理のための総論的な提言を行った。最終報告会に際しては、直前まで内容の議論がまとまらなかったため、中間報告会と比べてプレゼンテーション自体の準備に割ける時間は僅かであったが、結果的にはプレゼンテーションを無難にまとめていたところに参加者の成長が感じられた。他方、内容的には詰めの甘い部分も目立った。質疑では有益な質問・コメントが多数寄せられたが、そのほとんどは問題としてはワークショップ内でも提起されていた点でありながら、検討不足のため十分に返答できていなかったのが残念であった。

カ 後期(最終報告会後)

 最終報告会後は、最終報告会の時点で議論が必ずしも成熟していなかった全体としての提言の部分について議論を進めるとともに、最終報告会でいただいたコメントを最終報告書にどのような形で反映すべきかについての検討を行った。また、最終報告書の原稿が整うにつれ、各人の執筆部分間での調整や、全体の構成について見直すべき点なども生じたため、こうした点に対応しつつ、最終報告書をまとめる作業を急いだ。

(2)ワークショップの進め方

 毎週火曜日3限から5限の正規の授業時間帯以外にも必要に応じて随時ワークショップを実施した。副担当として、前期は柳淳教授に随時指導に加わっていただき、後期は平木塲弘人教授に毎回丁寧に御指導いただいた。学生側は役割分担としてリーダー、会計、記録係等を設け、持ち回りで原則として全員が各役割を担当するようにした。毎回の議事進行についてはリーダーが担当し、各回に具体的に実施する作業についても5月以降はリーダーの主導の下、参加者で協議して進めた。

 公共政策ワークショップは中間・最終報告会、最終報告書と目標が明確であり、各期日から逆算して作業日程を組むよう指導しつつ、具体的な運営において教員の介入は最小限にとどめた。作業の日程・方法を決定するために時間を浪費することもあり、効率の点からは問題もあったが、集団作業を管理運営するための要領を習得するための経験を積むことができたと思われる。こうした過程によって得られた成果物についても、教員の誘導による予定調和的なものではなく、真に参加者の取組みによるものとして評価できる。

(3)成果

ア 最終報告書について

 最終報告書は250頁近い大部のものが出来上がった。全部で9章からなり、第1章でまず研究の目的・背景について、日本の海洋政策の目指すべき姿、現行の海洋法秩序のあり方、陸域とは異なる海域の特性との関係から説明している。第2章ではプロジェクトのテーマである「総合的管理」について敷衍しつつ、問題の所在をさらに明確化している。第2章の最後では海洋の総合的管理にとって各論的検討が持つ意味が述べられた後、第3章から第8章までは各論的な検討として、「水産資源・漁業」(3章)、「海底鉱物資源」(4章)、「環境」(5章)、「海洋科学調査」(6章)、「安全保障」(7章)、「離島」(8章)が取り上げられ、それぞれの分野での課題の検討と政策提言が行われている。最後の第9章では、こうした各論的な検討を踏まえた上で、海洋の総合的管理に向けた政策提言が行われている。この提言は大きく分けて、「海洋空間計画の作成・計画を通じた海域管理の提言」と「省庁横断的なロードマップの作成」からなる。

 仕上がった報告書については、正直なところ部分的に出来不出来はあり、現状に対する鋭い指摘や有益な政策手段の提示を含んでいる箇所もあれば、既存の議論をそのままなぞったに過ぎない箇所もある。柱となる政策提言についても、議論が成熟しきらないまま最終報告書に至ってしまった感は否めない。また、ワークショップでの議論に接する中で問題の本質は十分に掴んでいると感じられても、報告書で詳細な文章にすると不適切・不十分な記述となってしまうといった現象も見られ、期日までに十分に修正できていないところもある。消化不良になってしまった理由の一端としては、本プロジェクトのテーマ自体が多様な知識を必要とし、多面的な検討を必要とする難しいテーマであったことがあり、結果的に見て主担当教員によるテーマ選定にも改善すべき点があったと感じている。

イ ワークショップを通じた能力育成について

 本ワークショップでは、現状に関する情報の収集・分析、具体的な課題の抽出、課題を解決するための政策の提言という政策形成過程の一連のプロセスを、「日本の領海・EEZの総合的管理」というテーマに即して経験することができた。この一連のプロセスへの取組みにおいて、参加者にはワークショップの開始時点に比べて格段の向上が見られた。プレゼンテーション及び質疑に対する対応という観点から、中間報告会と最終報告会とを比較しても格段の進歩が見られた。ワークショップの運営も自主的に行われ、この経験を通じて共同作業を実施する上でのリーダーシップ、協調性、責任感を涵養することができたものと思われる。もっとも、共同作業は概ね順調であったものの、フリーライダーの問題が全く生じていなかったとはいえず、この点は残念であった。

 ワークショップでの取組みを「研究」としてみた場合の成果物の学術的な水準については、主担当教員から見て満足とはいえなかった。これには「公共政策ワークショップⅠ」の性質上やむを得ないところもあり、研究大学院におけるような専門性の追求が望めないのは当然であるものの、よい意味で期待を裏切ってほしいところではあった。いずれにしても、参加者はワークショップを通じて各所で政策実務の最前線に立つプロフェッショナルとの隔たりを肌で感じたはずであり、ワークショップでの経験を糧に、公共政策に携わる者としてのさらなる成長を期待したい。

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