プロジェクトA:東日本大震災からの復興まちづくり法制に関する研究

(1)趣旨

 本研究は、2011、2012、2013の3か年度にわたる「東日本大震災に照らした我が国災害対策法制の問題点と課題に対する実証研究」の研究成果を踏まえて、岩手、宮城、福島県の沿岸部を中心に壊滅的な被害をもたらした東日本大震災からの復興まちづくり法制をテーマに、宮城県・岩手県の被災自治体を中心として、復興まちづくりの実情に照らして研究を行ったものである。但し、東日本大震災には福島原子力発電所事故も含まれるが、本研究の目的は上記の通り、日本の自然災害に係る復興まちづくりに関する法制度を主眼にしているため、福島県における原子力災害は本研究テーマとは性格を異にするものであるとともに、未だに終息していないことから実証研究が困難であるために対象としていない。

(2)経過

ア 年間の作業経過等

a)前期

 2015年度は、復興まちづくりの現場を回って、「足で考えよう」というスタンスで、被災自治体や被災者の方々に対する詳細なヒアリングを行ったうえで現実的な政策提言を行うことを目標にワークショップをスタートした。初めの2か月ほどは、被災自治体(宮城県、名取市、東松島市、石巻市、女川町)への協力依頼の挨拶と復興まちづくりの現場の視察を行い、並行して災害法制に関する知識の習得として災害対策基本法、災害救助法等の基本的な法律についての概要と土地区画整理法、防災集団移転促進法等の復興まちづくりの手法に係る法制度を学んだ上で、今後どのような調査研究を行うべきかについて皆でディスカッションを行った。

 また、4月末から5月にかけて、復興庁宮城復興局、国土交通省東北地方整備局にヒアリングを行うとともに、6月以降は主として文献調査を行って復興まちづくりに係る問題点の整理に努めた。

b)中間報告会

 中間報告においては、7月までに培った基本的な知見に加えて、宮城復興局・東北地方整備局へのヒアリングの成果を生かして、東日本大震災で明らかになった復興まちづくりに係る課題について整理し、その後の調査・研究の方向性を明らかにした。

c)夏季

 中間報告までの基礎的な研究成果と実態調査を踏まえて、東日本大震災からの復興まちづくりの実態を理解し、研究をより実現可能性のある意義深いものとするため、特に東日本大震災に対する行政的な問題点を明確に把握する観点から、2名を国土交通省東北地方整備局のインターンシップに参加させた。このインターンシップにおいては、実際に災害関連の実務を手伝うことによって、各行政主体の災害復興まちづくりがどのように行われており、またどのような問題に直面していたかを身をもって知ることができた。

 このように国の出先機関で復興事業を担う方々への調査を積み重ねることにより、復興まちづくりの分野が抱える問題と克服すべき課題を浮き彫りにし、深く分析することが可能となり、これを踏まえて、9月中に詳細なヒアリング調査様式を作成した。これは、自治体ヒアリングは、担当する学生が分担し、指導教員も分担して各自治体を訪問して調査するため、ヒアリング事項を統一する必要性から作成したものであるが、その作成過程自体が、各問題点を実証的に検証したうえで実現可能性の高い提言に結び付けるうえで非常に有効であった。

d)後期(年内)

 10月から本格的な自治体ヒアリング調査に入ったが、主担当教員が予め各自治体の担当者に電話で協力依頼をしたうえで、学生がすべてのアポイントメントをとりつけて、日程調整と行程管理を行った。10月から11月にかけて、名取市、東松島市、石巻市、女川町に分担してヒアリング調査を行った。また、岩手県遠野市で合宿を行い、岩手県沿岸部復興事業の実地調査と陸前高田市及び遠野市のヒアリング調査を行った。さらに、災害公営住宅における福祉機能を担当した学生は、災害公営住宅における老人福祉施設について相馬市の先進的な取組事例についてのヒアリングを行った。ある程度の仮説が立てられた段階で、その検証を兼ねて、11月中に、復興庁宮城復興局、国土交通省東北地方整備局、宮城県に分担してヒアリングを行った。これらのヒアリング調査は、かなりのハードスケジュールであったため、肉体的には疲労困憊であった。

 12月からは、項目ごとのヒアリング結果に基づいて、今後のわが国における広域・大規模災害における復興まちづくり政策を考えるうえで必要となる法、運用、各主体の役割などに言及し、分析を行って、災害復興まちづくり法制の在り方に関する提言を検討した。

e)最終報告会

 広域・大規模災害下において、復興まちづくりを進める上で、地域ごとに大きな格差が生じていた。特に大きな問題となっていたのは、防災集団移転促進事業の移転先地に空き区画が多く発生していること、移転元地の有効利用のめどが立たないこと、土地区画整理事業によってかさ上げで造成した宅地に住宅等が建設されず、虫食い状態が発生すること、災害公営住宅の需要が増えて上限を超える自治体が生じていること、災害公営住宅に入居する高齢者世帯の福祉のニーズに応えること、沿岸被災自治体の産業復興が遅れて雇用が流出していることなどであった。

 このような観点から、土地区画整理事業と防災集団移転促進事業を同じ区域でダブらせて施行する「女川方式」の今後の大規模津波災害における適用、災害公営住宅におけるシルバーハウジング・プロジェクトの適用、都市計画の線引きの見直しによる仙台空港隣接区域の産業立地の促進、内陸部の自動車・半導体産業の集積を活かした雇用の確保などの提言を行った。

 また、東日本大震災からの復興にとどまらず、将来の発生が危惧されている南海トラフ地震等の大規模津波災害への備えについても、法律の改正と運用の改善の観点から考察し、それぞれ提言という形で報告書をまとめた。

 12月の後半は、ほぼ毎日のようにワークショップ又はサブゼミを実施して最終的なチェックを行い、12月18日に最後のリハーサルを終えて21日の最終報告会に臨んだ。

f)後期(年明け以降)

 お屠蘇気分も抜け切れない年始早々の1月5日に新年会を兼ねて今年最初のワークショップを実施し、最終報告会における反省点を踏まえて、ヒアリング結果資料の拡充や客観的なデータを報告書に盛り込むことなどについて議論を進め、最終報告書の作成に向けてラストスパートをかけた。その結果、特に図表の拡充が行われ、最終報告書を1月末に提出した。まだまだ先が見えない流動的な復興期の困難な状況の中での研究であったが、5人がそれぞれの分担項目について具体的な政策提言を行うことができ、ワークショップのねらいは十分に達成できたものと考える。

 2月に、ヒアリングをお願いした各自治体に、お礼を兼ねた報告の行脚に出向いた(ただし、多忙のところには郵送した)。各自治体からも高い評価をいただいた。2月10日に復興庁宮城復興局に提言の報告に伺った。

イ ワークショップの進め方

 原則として、毎週火曜日の3限〜5限にワークショップを実施したが、それ以外にも必要に応じて臨時に実施した。副担当の丸谷教授、白川教授(8月より)、小森教授(7月まで)、にも可能な限りご出席いただき、貴重なご助言をいただいた。また、学生全員と教員が共有するメーリングリストを活用して、インターンの成果や個々人が分担した作業結果を共有するとともに、共有ファイルを活用することにより、作業効率の向上と情報の共有化を図ることができた。

 各学生は、持ち回りでリーダー・儀典・書記・会計等の役割を務めることとし、リーダーがワークショップの議事進行や全体調整を担当することとした。全員がなんらかの役割を経験することにより、集団をまとめることの大変さや、責任感を学ぶことができたと思われる。また、実地調査に伴って、ロジの重要性を認識できたことも、将来の社会人として重要な成果であった。

 最終報告会においては、復興まちづくりの制度と現場を知り尽くしている復興庁宮城復興局の後藤参事官にコメンテーターをお願いしたが、厳しいご指摘にもしっかり答えることのできる逞しい精神力も身に着けることができた。

(3)成果

ア 最終報告書について

 最終報告書は、4章から構成されている。

 第1章「総論」では、2011から2013年度のワークショップ・プロジェクトA報告書の総括を行った上で、先行研究、本報告書の特色、復興まちづくりにおける主な事業手法・税制等についてまとめた。

 第2章「ヒアリングを行った被災自治体の現状把握」では、宮城県、名取市、東松島市、石巻市、女川町、陸前高田市、遠野市に対するヒアリング調査結果をまとめた。

 第3章「課題とその解決の方向性」では、移転先地、移転元地、かさ上げ地における土地利用の課題を明示した上で、防災集団移転促進事業と土地区画整理事業の組み合わせ、復興まちづくり事業規模の抑制、移転先地・移転元地・かさ上げ地の有効活用など課題解決の方向性をまとめた。また、災害公営住宅について、建設戸数の推移と空き住戸の発生、福祉の取り組みに関する課題の整理を行った上で、災害公営住宅の建設における県の広域調整、建設抑制、福祉と住宅の連携など課題解決の指針を示した。さらに、産業・雇用について、線引きの見直し、市街地調整区域の開発許可、地域の重要産業の早期復旧、内陸部産業との広域連携など課題解決に向けた取り組みの方向性を示した。

 第4章「復興まちづくりに関する検証・提言」では、防災集団移転促進事業と土地区画整理事業を組み合わせた「女川モデル」の適用、事業費の自治体一部負担による事業規模の抑制、災害危険区域の住宅建築制限の緩和、移転先地の空き区画の活用、移転元地の農地活用、かさ上げ地有効利用のための換地計画など土地利用に関する提言、災害公営住宅建設の県による広域調整、仮設公営住宅制度(仮称)の新設、災害公営住宅における相馬型シルバーハウジング・プロジェクトの導入などの災害公営住宅に関する提言、市街化調整区域に産業立地を認める都市計画、地域の重要産業への早期の事業用地供給、内陸部産業との雇用面での広域連携などの産業・雇用に関する提言を行った。

 本研究報告書が、東日本大震災をまとめた一研究に留まらず、今後発生する可能性のある広域・大規模災害時における復興まちづくりを考えるための一助となり、少しでも社会貢献を果たせれば幸いである。

イ ワークショップを通じた能力育成について

 二度の報告会を経て最終報告書を取りまとめるまでの過程で、共同作業を進める上での協調性や責任感、リーダーとしての集団の管理運営能力、ヒアリングを実施する上でのコミュニケーション能力、文献調査等における正確な理解力と分析力、報告会でのプレゼンテーション能力など、多様な能力を身に着けることができた。

 被災自治体に出向いてのヒアリング調査を重ねたことで、社会の実態を踏まえた実証的な研究を行い、実態に即した実現性の高い政策立案を行う能力を養成することができた。特に、各自治体や復興庁宮城復興局、国土交通省東北地方整備局の担当者とのディスカッションにおいて、公式見解ではなく本音に基づいた議論ができたことを通じて、それぞれの学生が大きく成長したものと思われる。

ウ ワークショップ報告書の成果

 報告書の成果を復興庁宮城復興局及びヒアリング先に報告することを通じて、本ワークショップの提言が被災自治体のニーズに合致した法制度・運用の提言になっていることを確認できたことは、将来において官公庁、自治体等の公共政策に携わるうえで、実態に即した政策提言ができたものと思う。

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