プロジェクトB:農業の成長産業化に向けた取組とそのための政策展開

(1)趣旨

 我が国の農業は、国民生活に一日たりとも欠かすことのできない食料の安定供給を担うとともに、そのフィールドである農村は、国土の保全等多面的な機能を発揮するという重要な役割を果たしているが、農業従事者の高齢化の進展、耕作放棄地の増大等大きな課題を有している。

 他方、農業・農村は、丹精込めたものづくりの技術と伝統、世界に評価されるおもてなしの心、再生可能エネルギーのポテンシャル等多くの潜在力・地域資源を有しており、その十全の発揮による農業の成長産業化、活力ある美しい農村の創造が可能となる。

 こうした中で、政府としても「農林水産業・地域の活力創造プラン」(平成25年12月10日、農林水産業・地域の活力創造本部決定。平成26年6月24日改定)、「食料・農業・農村基本計画」(平成27年3月31日閣議決定)を策定し、農地中間管理機構を通じた担い手への農地の集積、6次産業化の推進等農業の成長産業化、美しい農村の創造に向けた政策が強力に進められているところである。また、政府の重要政策である地方創生のための施策の展開に当たり、農業は地域資源を活用して雇用を生み出す重要な産業と位置付けられるところである。

 特に東北地方は、東日本大震災という未曽有の災害を経験したが、その復興過程において、こうした農業の成長産業化に向けた取組を先導的に進めていく大きな潜在力があるものと考えられる。

 また、実際に施策を進めるに当たっては、地域の実情を踏まえる必要があるが、他方で産業競争力会議、規制改革会議等が進める議論には現場の実態が必ずしも十分に反映されていないとの見解も見受けられるところである。

 こうした状況を踏まえ、本ワークショップでは、宮城県を中心とする東北地方の農業の成長産業化に向けた取組について、その過程、現状、課題等を先進事例の研究等を通じて把握し、政策を検証し、今後農業の成長産業化、活力ある農村の構築を進めるうえで必要な政策提言を行うことを目的とした。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 ワークショップBに参加した学生は、ほとんどが農業・農業政策に接する経験が初めてであったため、まずは農業・農村の現状と課題、農業政策の歴史、展開の経緯等の把握に努めた。

 具体的には、4月は農林水産省が作成した「我が国の食料・農業・農村の現状と課題について」という講演用資料を用いて、主担当教員が農業・農村の現状と課題、現行の重要政策等についての講義を行った。

 これを踏まえ、5月には基本書として「農業・食料問題入門」(田代洋一著、大月書店、2012年)を用いて、戦後から今日に至る農業・農村の歴史、政策の変遷、政策の意義等についての理解を深めることを目的として輪読とグループ内でのフリーディスカッションを行い、各人の問題意識の醸成に努めた。また、東北農政局企画調整室を訪問し、東北農業の現状・課題と農政局の取組についての講義をいただいた。

 6月は、具体的な研究課題を設定することを意識しつつ、関係機関へのヒアリング調査をスタートさせた。まずは、仙台市経済局農林部を訪問し、現場に密着した政策展開について、また(株)日本政策金融公庫からは、金融機関という立場から見た農業政策についての話をそれぞれ伺った。

 7月は、これまでの調査等を踏まえ、研究テーマを「農地の集積」、「担い手の確保」、「スマート農業」、「ブランド化」、「6次産業化」、「輸出促進」の6項目とし、また相互のチェックと議論の活性化を目指して、6名の学生を2名ずつの3グループに分けて個別のテーマについて調査研究を進め、皆で議論し、成果として取りまとめていくという形式を採用した。また、現場の農業者へのヒアリング調査を初めて行い、今後の進め方について大いに刺激を受けた。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 7月は、上記の取組に併せて、中間報告会への準備に取り組んだ。農業・農村の現状と課題と、これらを踏まえた研究テーマの設定、当該テーマについての今後の研究の方向性等について報告を行った。質疑応答では、各分野への質問のほか、全体の研究方針に対する鋭く、厳しい指摘もなされた。全般的な印象としては、プレゼンテーションはかなり上手に行えたものの、質疑応答に関しては、認識の不足等もありこの段階では必ずしも十分なものとはなっておらず、後期に向けての課題、取組の重要な点が明らかになった。

c)夏季

 中間報告会における指摘やヒアリングで得られた情報をもとに、各自が改めて文献やインターネット等を通じた調査を行った。

 霞が関インターンシップや東北農政局等のインターンシップに参加する学生が多く、日程の確保が困難であったこともあり、全体で集まるという機会を特に設けなかったが、8月末及び9月中旬には、それぞれの研究テーマについて、夏季に調査した文献やこれを踏まえた今後の検討の方向についての報告を求め、後期の活動の参考とした。

d)後期(年内)

 10月以降11月中旬までは、各自の研究テーマに沿ったヒアリング調査を重点的に行った。前期は、行政機関へのヒアリングが中心だったため、後期は、実際に事業を実施する機関((独)日本貿易振興機構仙台貿易情報センター、(公財)みやぎ農業振興公社等)、現場で活躍する農業経営者(有限会社伊豆沼農産、福島桑折町スマート農業実証協議会、農事組合法人稲和ファーム等)、農業団体(全農宮城県本部,JA仙台)を対象の中心とするとともに、コンサルタント会社、農業に参入する企業、学識経験者等から、非常に幅広いヒアリングを行うことができ、参加者の視野も広くなっていくことが実感できた。

 ヒアリング後は、概要を早急に整理することを心掛け、これを基に課題の洗い出しと課題解決に向けた政策提言の方向性について全体での議論を行い、共通意識の醸成に努めた。

 11月中旬以降は、精力的にヒアリング調査を続けるとともに、最終報告会に向けた政策提言の取りまとめに重点を置いて進めた。具体的には、それぞれの担当者がまずチーム内で議論し、その結果を全体で発表、議論するという形を原則とし、学生が自らのテーマのみにとらわれることなく農業の成長産業化という大きな枠組みを総合的に理解し、かつ提言が全体としての整合性を確保できるように努めた。

 12月に入って以降は、最終報告会に向けたパワーポイントの資料及び最終報告書の原案作成に取り組んだ。特に、最終報告書の原案作りを優先して行ったことは、作業的には非常にきついものであったが、論理的に説明を行う能力の養成につながり、パワーポイント資料の充実につながったものと考えられ、有意義であった。複数のリハーサル等を通じ、資料の修正、平仄合わせ等を行った。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 最終報告会においては、中間報告における指摘等を踏まえ、農業の成長産業化の必要性と研究テーマの設定について論理的な整理が可能となり、各個別テーマについても、わかりやすい説明ができ、質疑応答もかなり明快にできたものと考えられる。一方、現行法制度に対する理解不足や国際協定との整合性等についての指摘がなされるなど、研究不足の点が一部残ったことが反省材料として挙げられる。

f)後期(年明け以降)

 最終報告会で受けた指摘等を踏まえ、説明不足の点の補足や提言の再検討の作業を進め、最終報告書の取りまとめを行った。その際には、各グループごとに1名を選出し、他のグループの担当部分について、内容・形式のチェックを行う、いわゆるダブルチェック方式を採用し、全体としての整合性の確保に努め、その結果を教員がチェックし、必要な指摘等を行い、最終報告書を完成させた。

 また、2月及び3月には、政策提言先であり1年間を通じてお世話になった東北農政局をはじめ、多くの重要かつ有益な指摘をいただいた登米市、JA仙台等に対し、研究成果を報告し、政策提言と意見交換を行った。

 学生なので、もう少し既存の制度等にとらわれない大胆な発想から研究を進めてもよかったのでは、とのご意見もあったが、研究の方向性、政策提言については、重要なポイントをよく整理したものとの評価をいただいた。

(イ)ワークショップの進め方

 原則として、毎週火曜日の3限から5限にワークショップを実施したが、実際にはその時間内に収まらないケースが多く、また必要に応じて随時自主ゼミを実施し、その際には担当教員はなるべく参加し、必要な助言指導を行うように努めた。1年を通じて飯島淳子教授に、また後期からは大熊一寛教授に丁寧かつ的確なご指導と貴重なご意見・ご指摘をいただいた。学生の役割分担については、議長、副議長、書記、儀典、会計の役職を1カ月ごとに交替することとし、原則それぞれがすべての役割を務めることにより、社会生活を営む上で必須の集団作業を管理する経験をすることができたものと考えられる。

(3)成果

(ア)最終報告書

 最終報告書は、8章から構成されている。第1章は「総論」とし、日本農業の現状・課題を整理したうえで、農業の成長産業化の必要性と、研究テーマを選定した理由を整理した。第2章から第7章までは、各論とし、それぞれの研究テーマについて、現状・課題、これを踏まえた政策提言及び政策効果という構成としている。第8章は「結語」とし、研究全体を通じて得られたこと及び国への期待として議論を締めくくっている。

 多くのヒアリング調査、グループ内での時に激しい議論等を踏まえて完成させた最終報告書であるが、全体を通じて、いわゆる補助金行政にとどまらない、中長期視点に立った農業者の育成や関係者の一体的な支援体制の構築等を提言できたことは、一つの成果として評価されるものと考えている。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 ワークショップは、出身大学・学部等背景の異なる学生が一堂に会して、一年を通じて文献調査、ヒアリング、議論等を積み重ねて、報告書をグループとしてまとめるという、これまでに経験したことのない取組である。その過程の中で、論点が明確にならずにヒアリングの質問票の作成に苦労したことや、時に時間を全く忘れるほどの激しい議論が行われたことなどがあるが、こうしたことを乗り越えることにより、データ等を用いて現状を正しく分析し、課題を抽出し、様々な論調や意見を整理したうえでその課題を踏まえた政策を検討するという、政策立案に必要な基礎的な能力を身につけることができた。特に、様々な人と接し、意見を聞き、自分たちで整理するという一連のプロセスを通じて、一方的・一面的なものではなく、多角的に物事を分析する力を身につけることができたものと考えている。

 また、学生の主体性を重んじるよう心掛けたことにより、自主的に様々な段取りを立て、スケジュール管理等を行うという力も備わった。

 このような経験は、今後、社会において実務に携わる中で大いに役立つものであり、社会人としての基礎力の強化、更なる飛躍に向けての土台になったものと確信している。

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