プロジェクトD:名取市における歳入構造の分析と今後のあり方

(1)趣旨

 日本は、少子高齢化が進行し、人口減少社会となった。そのような中にあっても、経済を持続可能なものとし、国民・住民がどこに住んでいても安心して快適な暮らしを営んでいけるような国づくり・地域づくりが必要である。そのため、全国の自治体は、地域の特性を踏まえ各種施策を展開しており、宮城県名取市もその一つである。

 名取市は、仙台市の南東に位置し、肥沃な土地、気候、風土に恵まれ、居住環境に適した、自然と共存できるまちとして発展を遂げてきた。仙台空港の所在都市であり、また、JR東北本線、国道4号、東北縦貫自動車道、仙台東部道路などの交通網を抱え、人口の集積、企業立地も進み、広域仙台都市圏の副拠点都市にふさわしい機能を有している。

 その名取市は、2011 年に発生した東日本大震災とその後に襲来した巨大津波により、閖上地区や下増田地区の沿岸部を中心に、東北の沿岸部同様に未曾有の被害を受けた。以来約4年、東日本大震災復興交付金など国からの交付金などを財源にしながら復旧・復興事業に取り組み、各種事業が実施された。

 このような中、国が定める集中復興期間(2011年度〜2015年度)の終了を控え、2016年度以降の復興事業の展開に懸念が示されている。特に、集中復興期間以後も本格化する事業も多く、期間延長のみならず財源確保が必要となっている。また、復興事業として行われた投資を将来的に維持・管理していくことも、名取市の財政上の課題となる。

 このような状況を踏まえ、本ワークショップでは、名取市をフィールドとして、社会経済情勢の変化にも対応しながら、東日本大震災の被災自治体が将来にわたって持続可能な行政運営をしていくためにはどのような歳入構造を採るべきかを探っていく。この場合、仙台市の周辺都市という特性を踏まえ、他の自治体との比較も行いながら、名取市としての優位性を確保するという視点をももって進める。

 すなわち、①震災被災自治体・仙台市周辺自治体としての名取市の現状分析、②当該現状分析を踏まえた課題の抽出、③当該課題を解決する上で必要とされる財源を確保するための諸制度・施策の問題点の提示、④当該問題点の解決方策としての政策提言を行い、もって現状分析や課題・問題点の抽出・提示、政策提言を行う能力を養成することを主たる目的とする。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 4月は、地方自治制度及び地方財政制度の基礎知識を習得するよう努めた。教科書としては、礒崎初仁ほか『ホーンブック地方自治』(北樹出版、第3版、2014)及び神野直彦=小西砂千夫『日本の地方財政』(有斐閣、2014)を用いた。この2冊を全員で輪読し、地方自治制度に関しては、まちづくり、環境政策、産業政策、福祉政策、教育政策、防災政策等に関する学習を行った。地方財政制度に関しては、基礎理論、地方税、地方交付税、国庫支出金、地方債、予算と決算の意義、制度の問題点等に関する学習を行ったが、特に地方交付税については、本ワークショップのテーマと深く係わり、なおかつ制度が極めて複雑であるため、副担当である宍戸教授によるレクチャーを交えて理解を深めるように努めた。

 5月は、名取市役所を訪問して、財政課から名取市の財政の現状について説明を受けて質疑を行い、閖上の被災地や災害公営住宅を視察した。その上で、「名取市震災復興計画」及び「名取市第五次長期総合計画」を分析し、名取市の特徴と課題、取り組んでいる施策等を把握するよう努めた。

 6月は、平成25年度地方財政白書を輪読し、日本の地方財政の概況について学習した。また、名取市の決算書類や財務諸表等を用いて、名取市財政の現状分析、東日本大震災前後の財政状況の比較、他の地方公共団体との比較を行った。

 7月は、名取市の財政に関する課題の抽出と分析を行った。ここでは、震災による財政への影響の分析を、阪神淡路大震災や新潟県中越地震で被災した地方公共団体との比較を通じて行った。また、新たに社会保障費や子育て支援に関する課題を抽出した。これらの確認のため、名取市財政課に対する再度のヒアリング調査を行った。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 7月は、上記に加えて、中間報告会の準備に取り組んだ。ここでは、研究テーマを「名取市の財政から考えられる、持続可能な地方財政のあり方」として整理し直し、発表骨子の作成やパワーポイント資料の作成など、名取市の財政上の課題について整理し、その後の調査研究の方向性を明らかにした。

c)夏季

 8月及び9月は、中間報告会までに抽出した課題を解決するための施策について、メンバーが分担して文献やインターネット等を通じた調査を行い、先進自治体の施策を参考に検討した。

 また、9月には、名取市のふるさと納税拡充策についての重点的な検討を始めた。加えて、地元商店街を中心とした地域経済の活性化や、地産地消等による内需拡大を背景とした地方財政力の強化という視点を新たに取り入れ検討を開始した。

 夏季にこうした調査を進めることで、メンバーが分担した事項についてより深い検討を行うことができるようになり、後期における政策提言の原案を作成するための事前作業を行うことができた。

d)後期(年内)

 10月は、夏季においてメンバーが分担して調査研究した内容をもとに、政策提言内容の検討を始め、その実現可能性について議論した。また、宮城県庁へのヒアリング調査を行い、それを契機として、仙台空港が所在する強みを名取市の財政力強化に活かせないかという視点も新たに加え、空港活用策の検討を開始した。

 11月は、政策提言項目の絞り込みと具体的内容の検討を行った。子育て支援に関する課題を解決する施策としては、相応の受益者負担を求めることができる施策が望ましいと考え、公営塾の検討に的を絞ることとした。

 また、これまでの調査によって、震災による名取市の財政への影響を現時点で明確化することが難しいことがわかり、課題の見直しも行った。

 12月は、政策提言項目の絞り込みを進め、効果があり、かつ、実現可能性が高いものとして、ふるさと納税、公営塾、仙台空港を活用した観光振興の3つを最終的に取り上げることとした。

 また、政策提言に向けた調査・検討の作業を引き続き実施するとともに、最終報告書の枠組みの調整と、最終報告会に向けたパワーポイント作成等の作業を行った。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 最終報告会においては、個別の項目に関する質問に加えて、他の地方公共団体の事例をより厳密に検討する必要があること、企業誘致策の検討を行う必要があること等の指摘を受け、これらを踏まえて年明け以降に更に研究を進めることとした。

f)後期(年明け以降)

 各項目について、最終報告会で受けた指摘を踏まえ、提言の再検討の作業を進め、最終報告書の取りまとめを行った。その際には、全員による議論を通しての記述内容を調整するとともに、教員によるチェックを行った。

(イ)ワークショップの進め方

 原則として、毎週火曜日の3限から5限のワークショップを実施したが、それ以外にも学生主体のサブゼミがほぼ毎週実施された。また、学生全員と教員が共有するOneDrive及びメーリングリストを活用し、作業効率の向上と各自が担当した作業結果の情報の共有化を図った。

 学生の役割分担については、代表、書記、会計等の役職を設けて定期的に交替することとし、代表はワークショップの計画的運営と毎回の議事進行全体を総括した。書記は、授業ごとに配布資料を保存するとともに、議事録を作成してOneDrive上にアップロードすることにより、メンバー全員での情報共有を図ることとした。

 ワークショップを進める上では、学生の自主性をできるだけ尊重し、教員からはワークショップの議論を一定方向に誘導することなく、議論の整理に止めるよう努めた。中間報告会における研究テーマの修正や、政策提言の検討項目の選択も学生が自主的に行ったものである。

 その他、ヒアリング調査以外にも、春祭りやゆりあげ港朝市の見学、市民バスを用いた市内見学など、機会をとらえて名取市に足を運んだ。このことは政策提言のために有益に働いたと思われる。

(3)成果

(ア)最終報告書

 最終報告書は、序章、終章及び5章から構成されている。序章では、研究の背景と調査研究の概要を述べている。

 第1章では、名取市の概要と東日本大震災による被災状況、全国と比較した財政状況を示した。

 第2章では、名取市の財政に関連する課題として、震災と復興事業、社会保障に関する経費、地方交付税制度の現状と展望等を示した。

 第3章では、課題解決の方向性として、歳入面及び歳出面の検討事項を整理した。

 第4章では、ワークショップで検討した事項を、短期的な歳入増加策、長期的な税源の涵養策、歳出の削減策に整理して示した。

 第5章では、政策提言として、ふるさと納税の改善策、公営塾設立による教育環境の改善策、仙台空港を活用した観光振興策の3つを示した。

 終章では、総括として、本ワークショップの提言の意義と今後の課題について言及している。

 最終報告書の内容については、突っ込み不足と見られる点も少なくないが、地方財政という制度的に難解で、かつ関係する政策分野が多岐にわたるテーマに取り組んで、1年足らずの期間で一定の成果を得たことは率直に評価したい。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 メンバーの一人一人が、地方財政に関する相当程度の知見を得ることができた。このことは、今後彼らが公共政策に関する諸問題を考える上で、確実に有益なものとなるであろう。また、地方財政という難しいテーマに取り組んで一定の成果を得たことは、学生にとって大きな自信につながるものと思われる。

 ワークショップの過程においては、共同研究に必要な協調性や責任感、作業の計画を立ててそれを着実に進めていくための管理運営能力、ワークショップでの議論やヒアリング調査を実施する上でのコミュニケーション能力、財務データ等を検討するための理解力や分析力、報告会でのプレゼンテーション能力等を伸ばす機会が得られた。

 なお、財政は公共政策全般に関わるものであるため、ワークショップにおいて検討対象とされた事項も多岐にわたる。その中には、調査研究を行ったにもかかわらず政策提言に至らなかったものや、最終報告書に盛り込むことができなかったものもあるが、そのような経験も学生にとっては貴重なものであったと考える。

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