プロジェクトA:「確かな学力」の育成を図るための仙台市における教育行政のあり方

(1)趣旨

 平成20年、21年に改訂された現行の学習指導要領では、子供たちの「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」の3要素からなる「生きる力」の育成を目指している。

 学習指導要領の作成時以降、一層の激しい社会の変化が続き、将来の予測がより一層困難な時代となっている。現在の子供たちが成長し社会で活躍する頃には、彼らを取り囲む社会は現在と大きく異なっていることが予想される。たとえば、人工知能の発展や、情報化社会の一層の進展に伴い、個々人が幅広い知識を活用し、思考・判断することが求められる知識基盤社会の一層の進行や、人々の生き方、仕事の仕方の多様性が増すダイバーシティ社会の一層の進展等が考えられる。国としても、次期学習指導要領を作成するにあたりこれらの社会状況の変化に着目している。

 ワークショップAとしては、国が想定する社会状況の変化、さらには独自の視点で予測した社会状況の変化を踏まえ、現在の子供たちが未来を生き抜いていくために必要な学力、すなわち「確かな学力」の育成が必要だと考えた。

 本研究では、「確かな学力」の育成を図るための施策について、実際の地方公共団体をフィールドに検討を行った。それにあたっては、平成21年に「確かな学力育成プラン〜すべての子供たちの可能性を広げるために〜」を作成し、今日まで「確かな学力」の育成に熱心に取り組んできた仙台市を対象とした。また「確かな学力」は、子供たち全員が可能な限り早期に身につけることが望ましいと考えられるため、義務教育課程である小中学校に着目した。提言の対象は、仙台市の小中学校を対象にした取組の基本方針を策定する役割を担っている仙台市教育委員会とした。

 ワークショップAでは、まず、学習指導要領の精読や文献調査を通じて、将来の子供たちに求められる能力を確認・定義し、着目する能力をしぼった上で、仙台市内の小中学校及び仙台市教育委員会へのヒアリングにより、それらの能力に係る子供たちの現状及び仙台市の施策の現状を把握した。そして、他の地方公共団体における確かな学力の向上に関連する先進的な取り組みも参考にしつつ、仙台市の現状を踏まえた一層の確かな学力の向上に資するための政策提言の取りまとめを行った。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 4月から5月半ばまでは、国及び地方公共団体における教育制度全般に関する基礎知識を習得するよう努めた。

 教科書としては、河野和清『新しい教育行政学』(ミネルヴァ書房、2014)を用いた。この本を全員で輪読し、教育法制の構造と機能、学校経営、教育課程、教職員の職務と教員評価制度、教員養成・研修制度等に関する学習を行った。さらに、仙台市が現在実施している確かな学力の育成に係る施策の基本的な考え方や具体的な実施状況に関して学生における概括的な理解を図るため、担当教員が仙台市「確かな学力育成プラン」の概要の説明を行った。

 併せて、現在の小中学校の授業や子供たちの学校生活の様子について、まずはワークショップのメンバーが具体的なイメージを持つことができるよう、市内の小学校1校、中学校1校を訪問し、授業視察、校長先生等へのヒアリングを行った。

 5月の半ばから、今後、子供たちに必要となる力に関して本格的な検討を開始した。検討は、『「今後、どのような社会になるのか」ということを想定し、「その社会で必要となる力はどのようなものか」を考えた上で、「その力を育成するために、どのような教育行政上の施策を実施すべきか」』という基本的なプロセスに沿って行われたところである。

 具体的には、まず、子供たちに必要となる能力を検討するにあたり、その前提となる未来の社会経済の状況に関して、各種文献やOECDが発表したデータ等に基づき、知識基盤社会の進展、人工知能の急速な発展、ダイバーシティ経営の浸透(グローバル化等に伴う現象)等が見込まれる旨の予測を行った。

 併せて、6月において、学校教育において子供たちが身につけるべき力及びその育成のための基本的指針を規定している学習指導要領について、その変遷と現在の指導要領の概要、さらに、次期学習指導要領に向けた改定に係る国の基本的な考え方(アクティブ・ラーニング、カリキュラム・マネジメント等)について把握した。また、近年の学力に関する日本および世界における様々な考え方(OECDのキーコンピテンシー(PISAを含む)、学士力、社会人基礎力、21世紀型能力等)について調査分析を行った。

 以上のような未来の社会経済の予測及び学力に関する様々な考え方等を踏まえ、①応用力、②ICTリテラシー、③英語コミュニケーション能力及び④協同問題解決能力を、子供たちが身につけるべき能力であると整理した。

 その上で、これらの能力に係る仙台市の小中学生の習得状況に関して、全国学力・学習状況調査、仙台市標準学力検査及び仙台市生活・学習状況調査等のデータを元に分析を行った。

 7月は、仙台市の子供たちの習得状況に係る課題の原因や現在の仙台市の確かな学力の向上の為の取り組みの現状等に関する詳細な情報を得るため、仙台市において確かな学力の育成に係る施策を所管する仙台市教育委員会学びの連携推進室にヒアリングを行った。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 7月は、上記の調査分析作業に加えて、中間報告会におけるプレゼンテーション資料の作成を行った。メンバー間で役割分担を決め、それぞれ担当者が作成した原案を元に、メンバー全員及び教員が何度も議論を行い、論旨が明快で、かつ、聴衆が見やすく分かりやすいパワーポイントの資料にするよう努めた。

c)夏季

 8月及び9月は、中間報告会において提示した、子供たちが身につけるべき力の定義に係る再整理や子供たちのこれらの力に係る習得状況の精査等について、メンバーが分担して文献やインターネット等を通じた調査を行った。

 なお、メール等のインターネット上での議論に加えて、サブゼミナールの形で、メンバー及び教員がワークショップ室に集まり議論する機会を設けた。

d)後期(年内)

 10月は、政策提言に盛り込むべき項目の絞込みの検討を行った。その結果、①応用力、②ICTリテラシー、③英語コミュニケーション能力及び④協同問題解決能力のうち、全国的なデータはあるが仙台市の小中学生に係る詳細なデータがないため、その課題に関して分析することが困難である、②ICTリテラシー及び③英語コミュニケーション能力については政策提言の対象から除外することとした。併せて協同問題解決能力に関して、応用力の概念との関係を明確にするため、協働力と整理した。

 11月は、政策提言に盛り込むことした応用力及び協働力に関して、それらに係る仙台市の小中学生の能力の向上のための具体的な施策の検討を行った。その際、品川区教育委員会や登別市教育委員会等の多くの先進的な取り組みを行っている教育委員会に対して、訪問、電話、メールによる詳細なヒアリング調査を行うとともに、仙台市の小中学校の教員や学校関係者(学校地域支援本部のスーパーバイザー等)への頻繁なヒアリングを行い、仙台市の学校現場の実情に即した施策になるよう努めた。

 12月は、引き続き調査・検討の作業を実施し、最終的に、政策提言として、応用力に関しては学校支援地域本部を活用した補充的学習サポート及び仙台学習支援部の創設、協働力に関しては仙台市が実施している「たくましく生きる力育成プログラム」の必要性の啓発の促進やコミュニティ・スクールの導入等を提示することとした。

 併せて、最終報告書の概要作成と、最終報告会に向けたパワーポイント作成等の作業を行った。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 最終報告会においては、小学校における全国学力・学習状況の結果と補充的学習の実施率との関連性への疑問、ボランティア人材の不足に対応するための人材バンク創設の有効性への異論等の個別の項目に関する意見に加え、「確かな学力」の概念と政策提言の関係を明確に記述すべきこと等の指摘を受けた。これらを踏まえて、年明け以降に更に研究を進めることとした。

f)後期(年明け以降)

 最終報告会で受けた指摘を踏まえ、ワークショップにおいて定義する「確かな学力」の概念に関する再整理などの作業を進めるとともに、市内の各学校のボランティアの充足状況等に関して改めてヒアリング調査等を行った。これらを踏まえ、最終報告書の作成を行ったところである。その際、各メンバーが担当箇所の記述内容の修正を行うこととしたが、重要な内容に係る箇所については、メンバー全員及び教員により議論をした上で記述の確定を行った。

(イ)ワークショップの進め方

 毎週火曜日の3限から5限のワークショップの他に、必要に応じて臨時にワークショップを開催した。併せて、学生主体のサブゼミが頻繁に実施された。また、副担当の澁谷教授にも可能な限りご出席いただき、貴重なご助言をいただいた。さらに、学生全員と教員が共有するOneDrive及びメーリングリストを活用し、作業効率の向上と各自が担当した作業結果の情報の共有化を図った。

 学生の役割分担については、代表、副代表(書記)、儀典及び会計の役職を設けて、3ヶ月ごとに交替することとした。代表はワークショップの計画的運営と毎回の議事進行全体を総括した。副代表(書記)は、授業ごとに配布資料を保存するとともに、ワークショップ終了後速やかに議事録を作成してOneDrive上にアップロードを行った。儀典は、メンバー及び教員間の親睦を深めるため、随時、懇親会等の設営を行った。会計は、ワークショップによるヒアリングに使用する旅費等の管理を行った。

 ワークショップを運営全般に関しては、学生の自主性をできるだけ尊重することを基本的な方針とした。まず、ワークショップの進行に関しては、代表(司会)が自ら作成したアジェンダ(協議内容及び協議の時間配分)を冒頭で示し、それに従って行うこととした。また、議論の内容に関しても、教員は一定方向に誘導することなく、議論の整理に止めるようにした。

 ワークショップAにおいては、非常に多くの小中学校の教員及び学校地域支援本部のスーパーバイザー等学校関係者にヒアリング調査を行ったが、それ以外にも、学生は自主的に、小学校における読み聞かせボランティアや教育委員会が主催する授業研究会に参加した。これらにより、学生は学校現場(教員の状況や子供たちの様子)の生の状況を一層把握することができ、政策提言の検討にあたり大いに有益に働いたと思われる。

(3)成果

(ア)最終報告書

 最終報告書は、「はじめに」及び「おわりに」のほか、5部構成となっている。

 「はじめに」では、研究の背景と調査研究の概要を述べている。

 第1部では「総論」として、教育に係る法令、我が国及び仙台市における「確かな学力」の概念、ワークショップとして整理した、将来の社会の姿を踏まえた上での着目する能力(応用力、協働力、情報活用能力、英語コミュニケーション能力)を提示している。

 第2部では、第1部における着目する能力に係る整理を踏まえ、応用力に関して、仙台市の子供たちに係る課題、原因の分析及び放課後等における補充的学習等の応用力育成に関連する仙台市の施策の現状の分析を行った上で、政策提言として、学校支援地域本部を活用した補充的学習サポート及び仙台学習支援部の創設を提示している。

 第3部では、協働力に関して、仙台市の子供たちの現状の分析、「たくましく生きる力育成プログラム」や学校地域支援本部等の協働力育成に関連する仙台市の施策に関する分析を踏まえて、政策提言として「たくましく生きる力育成プログラム」の必要性の啓発の促進や地域との連携の一層の強化(学校支援地域本部全校設置、コミュニティ・スクールの導入等)を提示している。

 第4部及び第5部においては、それぞれ情報活用能力、英語コミュニケーション能力に関して、政策提言の対象から除外した理由を述べている。

 「おわりに」では、総括として、本ワークショップの検討結果の概要とともに、政策提言の検討において外部人材の活用を特に重視した旨を記述している。

 最終報告書は、メンバーが訪問、電話、メール等により非常に多くのヒアリングを行うことにより得た情報に基づく検討の成果をとりまとめたものであり、政策提言の内容は、机上の空論ではなく、まさに学校現場の実情に即した極めて実践的なものであることを、あらためて強調したい。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 メンバーの一人一人が、教育行政に関する相当程度の知見を得ることができた。

 また、データ等に基づく巨視的な観点からの分析・検討に、極めて多くのヒアリングの実施による具体的な現場の状況を踏まえた補正を加えることにより、大局的でありつつ、現場の実情に即した現実的な政策提言を策定するというプロセスをメンバーが経験することを通じて、まさに行政機関や民間企業において必要となる企画立案能力を実地で身につけたものと言える。

 また、ワークショップにおいて、メンバーの作業の進捗状況に合わせてスケジュールを微修正しつつ期限までに報告資料をまとめる管理運営能力、ワークショップでの議論やヒアリング調査を実施する上でのコミュニケーション能力、報告会におけるプレゼンテーション能力等を伸ばす機会が得られたと考えられる。

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