プロジェクトB:高齢者の地域居住政策に関する研究

(1)趣旨

 我が国は、世界に類を見ない高齢化が急速に進展する中、政策の重要な柱の1つとして、「地域包括ケアシステム」の構築が挙げられる。「地域包括ケアシステム」とは、地域の実情に応じて、高齢者ができるだけ住み慣れた地域で自立した生活を送ることができるよう、身近な地域で、医療、介護、予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制をいうものとされている。これは、公的な制度間の連携だけではなく、地域住民の力も巻き込んだ形での、まさに「まちづくり」の取組とも言える。

 地域包括ケアシステムの構成要素は、大きく、①医療、②介護、③予防、④住まい、⑤日常生活支援の5つから成る。本ワークショップでは、このうちの④住まい、⑤日常生活支援を中核に据え、経済的問題、家族関係、孤立など様々な理由により住まいの確保や日常生活に困難を抱える高齢者が、安定した地域居住を実現するためにどのような政策・事業展開が求められるかを研究の主題とする。

 本ワークショップにおける研究の主なフィールドとして宮城県岩沼市を選定した。その主な理由は、同市が2015年度に厚生労働省の「低所得高齢者等住まい・生活支援モデル事業」(事業実施期間は2015〜2017年度の3年間)に着手しており、まさに本ワークショップのテーマと同様の取組を進めている最中だからである。このモデル事業は、自立した生活を送ることが困難な低所得・低資産の高齢者等を対象に、空き家等を活用した住まいの確保の支援や見守りなどの日常生活支援を行う仕組みを構築し、実施していく事業である。

 本ワークショップでは、岩沼市における上記モデル事業の進捗状況の把握・分析を通じて、同市における高齢者の地域居住の実現に向けた課題の抽出、解決策の検討を行った上で、具体的な提言を行うことを目的とする。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 本ワークショップの受講生のうち、社会保障政策を学んだ経験のある者はごく少数であったため、当初は基礎知識の習得に力点を置いた。

 4月には、主担当教員から社会福祉法、老人福祉法の概要等の講義を行い、その後は学生が分担し、介護保険法、住宅セーフティネット法の概要説明とディスカッションを行った。

 これら制度の基礎知識をベースにして、5月には、同じく学生が分担し、地域包括ケアシステムの政策の理念や考え方、自治体における実践例、厚生労働省「低所得高齢者等住まい・生活支援モデル事業」を実施している他の自治体の状況について、報告とディスカッションを行った。また、岩沼市のモデル事業を受託している青年海外協力協会(JOCA)岩沼事務所を訪問し、その時点における取組状況について現地ヒアリングを実施した。

 6月に入ると、岩沼市の基礎的データ、高齢者介護・福祉政策の具体的な取組内容について調査を行うとともに、社会福祉法人、NPO法人、医療機関、公営住宅などの関係する社会資源については、調査及びマッピングを行うなど可視化に努めた。

 7月には、机上調査では明らにできなかった事項について、岩沼市に第二次の現地ヒアリングを行いつつ、中間報告に向けて、どのような切り口から今後のワークショップとしての検討課題を整理していくかをディスカッションした。この中間報告に向けてのディスカッションの頃から、だいぶ受講生主体で議論が進むようになってきた。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 高齢化の現状に関する主要なデータや関連制度・政策の概要を示しつつ、岩沼市の現況と課題、今後の検討方針について提示する内容であった。課題と検討方針の項目としては、①ニーズの把握(事業対象者の把握、活用可能な空き家の把握)、②連携体制の整備(居住支援協議会の設置)、③住まいと生活支援の提供、④継続的な事業運営のための財源確保の4つに整理した。一方、受講生の中でも事業が動く具体的なイメージが描けていなかったため、やや抽象的な内容にとどまった。なお、その後、①のうち事業対象者のニーズ把握については、JOCAが行うアンケート調査の調査票の作成と分析についてWSBが協力を行った。

c)夏季

 インターンシップに参加する学生が多かったが、9月中旬以降は、参加できる受講生で岩沼市以外の自治体(厚労省モデル事業実施自治体、居住支援協議会)へのヒアリング調査を行った。具体的には福島県居住支援協議会、横手市である。横手市では、介護保険施設などの現地視察にも対応していただいた。

d)後期(年内)

 10月は9月に引き続き、現地ヒアリングを中心に行った。板橋区居住支援協議会、厚生労働省社会・援護局生活困窮者自立支援室、岩手県雫石町のほか岩沼市の第三次ヒアリングを実施した。岩沼市以外のモデル事業実施自治体や居住支援協議会は、岩沼市に先行するような取組が進められており、具体的な事業の動きや関係者の考え、直面する課題などを把握することができ、有益であった。

 11月は、これまでのヒアリングを総括しつつ、岩沼市の事業モデルをどのように展開していくかについて検討を進めた。また、JOCAが行った事業対象者のニーズ調査の分析を行った。ここまで現地ヒアリングを重ねたことで、地域を問わず解決すべき共通的な課題があること(全国共通の課題)、その一方で地域の特性も踏まえた課題解決の方法を考えるべきこと(岩沼市モデルとはどのようなものか)の両面からの検討の必要性が見えてきた。各受講生で検討事項を分担しつつも、全体でディスカッションを行いながら、政策提言の内容を深めていった。

 12月は、最終報告会のPPT資料、最終報告書の主要部分の執筆を並行して行いながら、さらに提言内容の精査を進めていった。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 最終報告会においては、JOCAが実施した事業対象者のニーズ調査の分析を含めた岩沼市の現状と課題を提示しつつ、他のモデル事業実施自治体や居住支援協議会のヒアリング結果とそれを踏まえて再度課題の整理を行い、提言を行うという構成を採った。提言内容としては主要な論点を押さえることができた一方で、質疑では、全国的な課題に対する政策提言と岩沼市に対する政策提言の区別が分かりにくいとの意見が目立った。

f)後期(年明け以降)

 最終報告会での指摘事項等を踏まえ、最終報告書とりまとめに向けて追加の検討事項への対応、全国的な政策提言と岩沼市に対する政策提言の再整理を行った。

 また、岩沼市への提言で中核的な役割を期待している同市の社会福祉協議会に対し、最終報告案の概要を説明するとともに、意見交換を行った。

 以上のほか、最終報告書に掲載する現地ヒアリング概要資料について、それぞれヒアリング先の方に案を送付し、内容のご確認をいただいた。

(イ)ワークショップの進め方

 毎週火曜日の3限から5限に実施したが、ほぼ毎回、時間内には収まりきれなかった。受講生は必要に応じ、自主ゼミを実施していたが、ワークショップの準備に充てるためのものであり、受講生同士の議論を尊重する観点からも、担当教員は基本的に参加しないこととしていた。また、1年を通じて西岡晋教授に研究者教員の視点から要所を押さえた的確なご指導と貴重なご意見を頂戴した。

 スケジュールについては、中間報告会、最終報告会といった主要なポイントから逆算して、担当教員と受講生で協議しながら日程を立てて管理していた。学生の役割分担は、リーダー、書記(2名)、儀典、会計を概ね2カ月ごとに交替しながらすべての役割を経験することとした。

(3)成果

(ア)最終報告書

 最終報告書は、全8章から構成されている。第1章は研究の目的と行程を明らかにし、第2章では高齢化の進展や高齢者の住まいに関する現状と課題を提示し、第3章では福祉政策と住宅政策の両面から関連する法制度の概要をまとめている。そして、第4章及び第5章で現地ヒアリングの概要とそれぞれの取組の特長、課題を分析して第6章でヒアリングのまとめとして解決すべき課題とその方向性を提示している。以上を踏まえつつ、第7章では国土交通省、厚生労働省への提言として、福祉事務所設置自治体における居住支援協議会の設立、少額短期保険の活用、「みなしシルバーハウジング」の導入などを掲げ、第8章では第7章の提言を岩沼市に具体的に当てはめた事業モデルの提言を行っている。

 提言内容について細かくは立ち入らないが、結果的に、市町村における居住支援体制の強化など最近の居住政策の動向にも沿った内容にまとめることができた。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 社会保障の分野は、学部時代に学習した経験のある受講生はごく少数であるため、ほぼ全員が、一から未知の政策分野に飛び込むことになったと言える。当初は基礎的な知識の習得から開始したが、検討を進めていく中で制度のより正確な知識と理解を段階的に深めることができた。高齢化の進展は、社会保障以外の様々な政策分野においても今後ますます考慮を要する事項となっていくと見込まれることから、本ワークショップで得られた知識・経験は、受講生の今後の進路如何にかかわらず何らかの形で活きてくるものと考えている。特に、地域で暮らす単身高齢者や施設見学など普段あまり接点のない福祉の対象者と間近に接する機会が持てたことは、制度の生の姿を垣間見る上で有意義であった。

 また、テーマ自体が厚生労働省のさまざまな制度と関連を有するばかりでなく、国土交通省にもまたがるものであった。その点で、幅広い視野を持って政策を考える意識の醸成を図ることができた。

 さらに、できるだけ学生主体のワークショップを志向したが、最初の数か月はなかなか自発的な議論が進みにくかったが、徐々に受講生各自が自分で考え、時に激しく意見をぶつけ合うようになっていく姿には確かな成長を感じることができた。かつ、図表の作成、文章の執筆、プレゼンテーションを通じ、相手に分かりやすい工夫を行う意識も高めることができた。

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