プロジェクトB:横手市介護保険事業計画の策定を通じた地域包括ケアシステムの推進方策に関する研究

(1)趣旨

 我が国は、世界に類を見ない急速な高齢化が進展しており、医療や介護をはじめとする社会保障政策の様々な分野において、その対応は喫緊の課題である。

 こうした中、近年の高齢者施策の重要な柱の1つとして、「地域包括ケアシステム」の構築・推進が挙げられる。「地域包括ケアシステム」とは、地域の実情に応じて、高齢者ができるだけ住み慣れた地域で自立した生活を送ることができるよう、身近な地域で、医療、介護、予防、住まい及び日常生活の支援が包括的に確保される体制を指す。これは、公的な制度間の連携だけではなく、地域住民の力も巻き込んだ形での、まさに「まちづくり」の取組とも言える。

 一方、制度の運用に当たっては、高齢化の進展の予測、介護等のサービスの必要量やその裏付けとなる財源について見通しを立てながら、計画的に進めていくことが求められる。このため、介護保険の保険者(=運営主体)である市町村は、介護保険法に基づき3年を1期とする「介護保険事業計画」を策定することとなっている。これは、向こう3年間の介護サービスや高齢者福祉サービスの方向性を定めるだけでなく、介護保険料の算出根拠にもなる重要な計画である。平成29年度には、全国で第7期目(平成30年度〜平成32年度)の策定作業が行われることとなっている。

 本ワークショップでは、秋田県横手市における第7期介護保険事業計画の策定作業について、市担当課の補助的役割を担いつつ、同市の地域包括ケアシステムの現状把握・分析を通じて、課題の抽出、解決策の検討を行った上で、具体的な提言を行うことを目的とした。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 当初は、介護保険法、地域包括ケアシステムなどの基礎知識の習得に力点を置いた。

 4月には、主担当教員から、社会福祉法、老人福祉法等の概要の講義を行い、その後は学生が分担し、介護保険法、地域包括ケアシステムに関する概要説明と質疑、ディスカッションを行った。

 これら制度の基礎知識をベースにして、5月には、第6期の横手市介護保険事業計画や、横手市が行った住民アンケートの内容を確認しつつ、横手市の現状把握を進めた。住民アンケートについては、全体の集計データを横手市から入手し、市内の地域差や各種のクロス集計を試みた。また、初回の横手市ヒアリングを行い、主に、第7期計画策定に向けた横手市の重点課題の確認などを行った。

 6月に入ると、横手市における具体的な課題についてディスカッションを行うとともに、各学生の問題意識に基づいて、介護支援専門員、地域包括支援センター、市立横手病院など関係機関へのヒアリングを本格化させた。また、横手市における計画策定の諮問機関である横手市介護保険運営協議会(以下「協議会」という。)の傍聴により、同市が実施している各事業の現状と課題、市としての今後の対応方針について確認することができた。

 7月には、これまでの調査検討の状況を踏まえつつ、①医療介護連携、②雪よせ支援事業の充実、③買い物支援事業の実施、④移動支援(デマンド交通)の見直しの4点に提言の候補を絞り、中間報告も視野に入れながら、それぞれについて、今後の検討の方向性について議論を重ねた。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 高齢化の現状に関する主要なデータや関連制度・政策の概要を示しつつ、横手市の現状と課題、今後の検討方針について提示する内容であった。この段階で、既述の4つの事業に関し、ある程度の具体性を持って提言の方向性として提示できた点は、その後の調査検討を深化させる意味では十分な到達点であったと考える。

c)夏季

 9月7日から9日にかけて、市役所の関係課のほか、市立大森病院、移動販売事業者、横手市社会福祉協議会など、多くの関係者に対するヒアリングを集中的に実施した。特に、中間報告で示した提言の方向性を提示しながらご意見を伺うこともできたことは、その後の調査研究を深化させる上で、非常に有意義であった。

 また、9日には、協議会で計画案の中間報告が行われたが、これを傍聴し、市の検討状況全般を確認することができた。

d)後期(年内)

 10月は、夏季のヒアリング結果も踏まえつつ、全国の自治体の取組で参考となる事例がないか、横手市以外にも視野を広げて調査研究を行った。

 また、11月6日に開催される協議会において、本ワークショップの提言案を発表してほしい旨、横手市から依頼があったことから、これに向けて、その時点における提言案の取りまとめを行った。この提言案の発表に先立ち、10月末に横手市と事前打ち合わせを行ったが、この場で市職員はじめ関係者から、問題点も含め多くの指摘をいただいた。その内容については、11月6日の発表に一部反映できたものもあったが、多くの残された課題について、引き続き検討することとした。

 11月には、残された課題の検討を進めるべく、横手市のほか、釜石市の「チームかまいし」や秋田県内NPOセンターへの現地ヒアリングを行い、また、大仙市、三条市への文書質問を行った。その結果も踏まえながら、各学生で検討事項を分担しつつも、全体でディスカッションを行い、提言のブラッシュアップの作業を行った。

 12月は、最終報告会のPPT資料、最終報告書の主要部分の執筆を並行して行いながら、さらに提言内容の細部についての精査を行った。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 最終報告会においては、住民アンケートや各種データから横手市における課題を提示した上で、ヒアリング結果も踏まえた具体的な課題の抽出、それらへの対応方針の設定と提言という流れで構成した。報告会では時間の関係で④移動支援(デマンド交通)の見直しは割愛した。各学生ともペーパーに目を落とすことなく、スムーズにプレゼンを行うことができた。また、質疑においても、概ね自分たちの考え方を説明することができた。

f)後期(年明け以降)

 主に、最終報告書の執筆、内容確認作業を行った。特に総論部分については、最終報告会時にはほとんど手付かずであったため、比較的時間を割くことになった。また、提言部分についても、再度確認を行いながら、若干の修正を加えた。

 以上のほか、最終報告書に掲載する現地ヒアリング概要資料について、それぞれヒアリング先の方に案を送付し、内容のご確認をいただいた。

(イ)ワークショップの進め方

 毎週火曜日の3限から5限の開講時間のほか、学生は必要に応じ、自主ゼミを実施していたが、これは、ワークショップの準備に充てるためのものであり、学生同士の議論を尊重する観点からも、担当教員は参加しないこととした。

 また、1年を通じて、飯島淳子教授には、研究者教員の視点から要所を押さえた的確なご指導に加え、主担当とは異なる角度からの論点を提示していただくなど、副担当として熱心に指導に当たっていただいた。

 スケジュールについては、中間報告会、最終報告会といった主要なポイントから逆算して、担当教員と学生で協議しながら日程を立てて管理した。学生の役割分担は、リーダー、書記、儀典、会計を概ね3カ月ごとに交替しながらすべての役割を経験することとした。ただし、学生が3名と少数であったため、各学生がこれらの役割を複数兼ねたり、相互に補完したりした部分もあった。

 提言の構成に関しては、学生数が限られていることもあり、広がりを持った体系的なものにまとめることができなかった点は限界であった。その一方で、議論に多くの時間を充てることができたため、個々の提言について、実施方法も含めた深い検討が可能であった。

(3)成果

(ア)最終報告書

 最終報告書は、全9章から構成されている。このうち、第1章から第3章までを総論、第4章から第9章までを各論としている。

 第1章は研究の目的と背景を明らかにし、第2章では関連する法制度として介護保険制度の概要、直近の改正である平成29年の介護保険法改正の目的とポイントをまとめている。第3章では、横手市の概況のほか、同市における第7期計画の検討体制を示したうえで、同市が掲げる第7期計画の2つの重点施策(「地域包括ケアシステムの深化・推進」、「雪国での暮らしを支える支援の充実」)に関する具体的な課題として、「医療介護連携」、「雪よせ支援」、「買い物・移動支援」を提示している。

 第4章から第7章までは、①医療介護連携、②雪よせ支援の充実、③買い物支援事業の実施、④移動支援(デマンド交通)の各提言について、横手市の現状、ヒアリング等を通じて明らかになった事業の具体的な課題、それを踏まえた政策提言を行っている。

 「医療介護連携」については、平成29年介護保険法改正において推進されることとなった重度化予防に着目し、特に、退院前後を通じた多職種連携によるリハビリテーションの実施を提言している。「雪よせ支援の充実」では、担い手不足の解消を図るため、同じく平成29年介護保険法改正で導入された「地域共生社会の実現」の視点も踏まえ、障害者の就労支援としての雪よせ支援の実施等を提言している。また、「買い物支援事業の実施」については、買い物そのものへの対応に加え、買い物による外出を1つの介護予防として位置付けつつ、販売事業者、買い物困難地域の住民、行政の三者の協働による事業実施を提言している。最後に「移動支援(デマンド交通)の見直し」では、福祉目的に特化したデマンド交通の再編、市の事業費負担を軽減するため乗り合い率を向上させるための料金体系の見直しや配車システムの導入を提言している。

 第8章では、「長寿祝金支給事業」と「はり・きゅう・マッサージ施術費助成事業」について、主に県内比較を行った調査結果をまとめている。これは、ワークショップとしての提言にはつながらなかったが、当該検討資料は横手市に提供し、協議会の資料としても使用され、これら事業の検討に活用されることとなった。

 第9章では、全体を振り返りつつ、本研究の意義について簡潔にまとめている。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 横手市高齢ふれあい課をはじめとする市役所の関係各課の全面的なご協力を得ることができ、横手市内だけでも計14回のヒアリング調査を実施することができた。これにより、現状を丁寧に確認しつつ、多角的な視点から政策を検討する貴重な経験ができたと同時に、その能力の向上につながったものと考える。特に、市役所の方々から、実際の行政事務の視点から厳しいご意見も含めて多数のご指摘をいただくことができ、かつ、それに何とか応えようと検討を行ったことは、地に足の着いた政策立案の難しさを学ぶという点からも非常に有意義であった。

 また、協議会のご理解により傍聴の機会を頂戴できたことは、政策の意思決定のプロセスの実態を学ぶことができる得難い経験であった。さらに、提言案の発表の機会をいただいたが、これ自体が、学内の中間報告会及び最終報告会とは異なる場面で、プレゼン及び質疑応答の能力を磨く場になったものと考える。

 こうした関係者の多大かつ包容力のあるご協力により、学生が横手市の政策立案に対して当事者意識を持って調査検討及び提言を行うことができた点が、本プロジェクトの最大の収穫であったと言える。

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