プロジェクトD:東北農業の将来の姿とその実現のための政策展開

(1)趣旨

 我が国は、本格的な人口減少、高齢化社会の到来、グローバル化・情報化の進展等により、これまでにない社会経済の転換期を迎えている。東北地域は、豊かな自然環境の中で農林水産業が営まれ、我が国の食料安定供給にも貢献してきたところであるが、今後の人口減少による地域の衰退が懸念されており、持続可能で活力ある地域を維持していくためにも、農業の成長産業化が求められている。

 このため、政府としても担い手の育成、農地利用集積、6次産業化、輸出促進等の各般の取組を進めてきたところであるが、さらに農政改革を進め、生産資材価格の引き下げや流通・加工の構造改革等により農業競争力の強化を実現し、若者が農業に自らの夢や未来を託すことができる「農政新時代」を切り拓こうとしている。

 本ワークショップにおいては、農政改革の動向を踏まえつつ、ワークショップ参加者が考える将来の望ましい東北農業の姿(モデル)を設定するとともに、これを実現するための政策手法について検討し、政策提言としてとりまとめることとする。また、この過程において、ワークショップ参加者の柔軟かつ幅広い視点に立った政策の企画立案能力、参加者間や関係者との実務的な調整能力等を涵養する。

 なお、本ワークショップの検討対象とする「東北農業」とは狭義の農業生産のみに限定されるものではない。食料政策、農村地域政策はもとより、関連分野(地方創生、産業政策、環境政策、観光政策、地域交通、林野・水産政策等)を視野に入れた中で、参加者の関心事項に応じて、将来の東北において目指す社会の姿を想定し、検討を進めていくこととする。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 参加希望の学生が多かったことから、本プロジェクトは学生8名(教員3名)の大所帯となった。一方、農業・農政についての予備知識には、学生間で相当の隔たりがあった。

 4月には、各自の考え方の開陳等を通じて相互理解を深めるとともに、担当教員及び東北農政局企画調整室長による農業政策や東北農業についての講義を行い、基礎知識の習得を図った。

 5月には、農業の実際のイメージを早期に持つべく、仙台市農林部等の協力を得て、現地調査を行った。折角なのでできる限りいろいろなものに触れてもらおうと思い、土地利用型農業、施設園芸、6次産業化、都市農村交流、震災復興、再生可能エネルギー等の広範な分野を含むものを一日で回ったが、いささか欲張り過ぎてしまったようで、複数回に分けて繰り返し現地に赴いた方が効果的であったと思われる。

 また、その後は「グラフと図で見る東北の農業・農村」(東北農政局資料)をもとに、分担して東北各県の農業生産や農業構造の相違点とその理由等の考察を行った。政策提言には直接は反映されていないが、農業の地域性・多様性を認識する重要なプロセスであった。

 6月には、東北農政局ヒアリング、東北活性化研究センター主催セミナー「若者の田園回帰」への参加、山形県(山形市、上山市)での現地調査等を通じて、担い手・農地問題、6次産業化をはじめとした農政の現状と課題についての理解を深めた。

 また、農業の将来像の検討に際しては、ワールドカフェ方式を簡略にしたグループワークや、KJ法に準じた手法による課題の整理も試みた。いずれも学生提案に基づくものであり、この時期は各自の主体的な取組が目立っていた。また、個別活動を行った学生が自主的に全体に報告することもあった。

 7月には、中間報告会へ向けての作業に着手し、「担い手」「経営」「生産」「食料」「農村」の各分野の課題を整理することとした。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 各分野の課題の整理は難航したものの、報告会直前には集中力を大いに発揮して、当日の発表資料の仕上がりは優れたものとなり、好評であった。学生間の議論から生まれた「突破する東北農業」というテーマを掲げ、2050年を目標年次として想定し、突破力の主体となる「人」を軸とする調査研究の方向性を示した。

c)夏季

 中間報告会での議論を踏まえて検討課題の絞り込みを行った上で、文献調査やヒアリング先の検討を進める予定であったが、あまり具体化は進まなかった。

 そのような中、後期授業開講後は遠隔地への調査日程の確保が難しくなることを考慮し、9月には、五所川原農林高校、青森県庁、東北農政局青森県拠点等への調査を行った。また、高校生へのアンケート調査も開始した。特に、高校では日本初のグローバルGAP認証取得に携わった五所川原農林高校の生徒に接したことは、後期の検討の方向性を固める上で重要なものとなった。

d)後期(年内)

 10月には、夏季の議論を踏まえ、後期の検討の軸となる仮説を設定することとした。具体的には、総論チーム(2名)、農業生産経営チーム(3名)、関連産業チーム(3名)を編成し、チームごとに検討を進めることとした。

 しかしながら、技術開発、GAP(農業生産工程管理)、6次産業化・農商工連携等についての東北農政局・東北経済産業局ヒアリングなどの取組は進められたものの、各人の問題意識・理解度等のばらつきがあることもあり、各チームの課題検討や現地調査の日程調整については停滞気味であった。

 11月に入っても検討の足踏み状態は続き、総論部分については先行して作業を進めていたものの、各論との関係等の整理はできず、具体的な政策提言を構築することができるか危機感が抱かれる状況に陥った。

 このため、検討が進んでいない事項については政策提言を断念し、各論は「中核人材」「教育」「消費者」の3本柱での整理を目指すこととした。本来であれば、政策提言のイメージをある程度固めた上で、それを検証すべく現地調査を実施する予定であったが、走りながら考えるという状況となった。

 各論の課題のうち、中核人材による農業経営については、11月から12月にかけて山形県河北町、仙台北税務署、新潟市、兵庫県養父市に調査に赴く中で、政策提言を固めていった。CSA(地域支援型農業)については、大崎市での調査、「東北食べる通信」及び「宮城のこせがれネットワーク」の会合への参加等を通じて理解を深めた。高校生アンケートの集計作業も、当初の想定よりは手間取ったものの、この時期にはおおむねまとまってきた。総論については、提言案の内容を踏まえ、目標年次を2030年に設定して再整理を行った。

 12月に入ると、最終報告会へ向けての作業が急ピッチで進められた。特に、認定農業者制度に関する提言については、急速に検討が深められた。報告書の案文も、精粗まちまちではあるものの、この時点で概ね作成することができた。発表資料の完成度も急速に高まり、中間報告会に続き、直前での追い込みは目を見張るものがあった。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 報告会においては、2030年を目標年次として農業の姿をイメージするとともに、「中核人材による農業経営」「消費者が支える地域農業」「次世代の農業人材の育成」として各論を整理し、これらによって「突破する東北農業」を実現するという構成で、堂々とした発表を行うことができた。

 これに対し、プロジェクトA〜Cのほとんど全ての学生からコメントがあったほか、公共政策大学院以外の教員からの指摘などもあり、幅広い観点から活発な質疑が行われた。重要かつ建設的な指摘が多く、議論を深めたかったところであったが、時間の制約もありその多くについて一問一答に留めざるを得なかったことは非常に残念であった。

 東北農政局(企画調整室長等)からは、個々の提言には賛同するものも違和感があるものもあるが、いずれも問題点を鋭く指摘しており、今後の農政を考える上で有意義な検討結果であるとの評価と、より良い報告とするための助言を頂いた。

f)後期(年明け以降)

 最終報告会での指摘事項等を踏まえ、提言内容等の再検討を行うとともに、報告書全体を通して将来像として目指す姿を明確にするため、全体のまとめを設けることとした。

 また、最終報告書に掲載するヒアリング概要について、関係者に送付し確認を求めた。

 アンケート調査については、結果概要を報告書に掲載するとともに、協力いただいた各校にフィードバックするものを別途整理することとした。

(イ)ワークショップの進め方

 原則として毎週火曜日の3限から5限にワークショップを実施したほか、随時学生によるサブゼミを実施した。現地調査・ヒアリングを適宜実施するとともに、関連するセミナー・報告会等へも有志が積極的に参加した。また、学生からの希望もあり、日本農業新聞及び月刊誌「農業と経済」を定期購読するようにした。これらに加えて、農林水産省からの出張者等が来仙する機会に時間をとってもらい、話を伺う機会をしばしば設けた。

 現地調査については、前期は全員参加によって共通認識を得ることを重視し、後期は効率性を重視して課題に応じて少人数で調査を行い、ワークショップでの全体報告により成果を共有することを企図した。このため、前期は教員主導で設定し、後期は学生主体で企画の予定でいたが、参加学生の志気が高く意欲的であったことから、予定を前倒しして6月以降のものは学生主体の運営に委ねることとした。

 また、学生全員と教員が参加したメーリングリスト、ライングループ、共有ドライブの活用により、情報共有と作業の効率化を図った。さらに、学生の発案により、WSDのフェイスブックページも作成し、取組状況を対外的にも発信することを試みたものの、残念ながらこれは次第に更新が滞ることとなった。

 東北農政局には、各種資料の提供、ヒアリングの設定、質問照会への対応、現地事例の紹介等、年間を通じて多大なご協力を頂いた。

 学生の役割分担については、当初は議長、副議長、書記、会計、儀典等の役職を1か月交替で担うこととした。これは、各自が立場の異なる役職を経験することで、リーダーシップや協調性、調整力等の向上を意図したものであった。後期は学生からの意見もあり役職を固定したが、運営の安定性は向上したものの役割分担の固定化による弊害も見受けられた。全体とりまとめを行う議長を全員に一度は経験してもらうため、当初は役職を1か月交替で考えたが、運営の安定性等も考慮すれば、本プロジェクトにおいては2か月程度での交替が適当であったように思われる。

(3)成果

(ア)最終報告書

 最終報告書は、「はじめに」「論文」「資料編」から構成されている。論文は、第Ⅰ部(総論)において農業・農政の現状と課題を整理し、第Ⅱ部(中核人材による農業経営)、第Ⅲ部(消費者が支える地域農業)、第Ⅳ部(次世代の農業人材の育成)において各課題についての検討と政策提言を行い、第Ⅴ部(突破する東北農業の世界観)において各提言を再整理して全体の総括を行っている。資料編では、ヒアリング調査概要、高校生の農業に関するアンケート調査等を掲載している。

 政策提言としては、認定農業者制度の改革(「中核農業経営体」の創設等)、CSA(地域支援型農業)の推進方策、教育現場・生産現場へのGAP(農業生産工程管理)の普及方策などを主な内容としている。

 各自の調査研究の成果を盛り込んだ本文約200ページ、参考資料約100ページにも及ぶ大作であるが、個別課題の検討や全体を通した体系化については必ずしも十分な議論ができなかったこと等もあり、幅広い分野に言及しているものの報告書としては粗削りなものと言わざるを得ない。

 しかしながら、本プロジェクトは、試行錯誤を重ねる過程において企画力、調整力等の向上を図ることを重視したものであり、教員からの指示のままに課題に取り組むことを求めたものではなく、検討課題の設定の段階から参加学生自らに委ね、難しくとも敢えて自由度を高めた設計としたものである。

 このような観点からは、「突破する東北農業」というキーフレーズ、農業高校生徒へのアンケート調査の企画、認定農業者制度の改革、CSA(地域支援型農業)やGAP(農業生産工程管理)への着目等は、いずれも参加者間の議論を重ねる中で生まれた学生自らの発案によるものであり、問題意識は的確なものである。本プロジェクトの成果品として教員が当初想定していた内容とは異なるところもあるが、試行錯誤を重ねつつ学生自らの努力によってここまで到達できたことは、大いに評価できるものと考える。

(イ)ワークショップを通じた能力向上

 参加者が、農業及び農政に関する相当程度の知見を得ることができた。特に、これまで一般的に農業の課題として掲げられてきたものに対し、異なる視点からの検討も行ったほか、数多くの現地調査やヒアリングを行う中で、参加者の視野を広げることができた。

 また、報告書作成に向けた集団作業の中で、幾多の困難に直面しつつ、企画力、調整力、論理構成力、プレゼンテーション能力、責任感等を涵養することができた。計画的な進捗管理という面では課題もあったものの、報告会直前には集中力が大いに発揮されており、また、上記の能力の実務上の重要性・必要性も痛感したものと思われる。

 ただし、「東北農業・農村の将来像を考える」というテーマ設定は、いささか風呂敷を広げすぎたきらいがあり、豊富な学習機会を提供することができたものの、それを活かしきれず消化不良となったところも見受けられる。検討すべき特定テーマへの絞り込みを教員主導となったとしても早期に実施した方が、より濃密な議論ができたであろう。このことは、プロジェクトの設計・運営において留意すべきものと考える。

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