プロジェクトB:仙台市総合計画の制度的・実証的研究

(1)趣旨

 「人口減少社会」が時代のキーワードとなるなか、国・地方公共団体をはじめ、あらゆるアクターが、社会の持続可能性を確保していくために、懸命な試行錯誤を繰り広げている。そのなかで、本ワークショップは、仙台市というアクターと総合計画という仕組みに着目して、地域の諸課題に対応するための公共政策のあり方を制度的・実証的に研究することを目的とした。

 仙台市では、日本全体の動向に比べるとほぼ10年遅れて、2020年に人口のピークを迎え、2050年に高齢者人口がピークになると予測されている。そして、東日本大震災後の被災地からの人口流入をも含め、東北地方で「ミニ一極集中」状態にある仙台市は、同時に、東京圏への人口流出(転入超過数)において全国1位となっている。仙台市はいわば、東北地方から人口を吸収し、東京圏に放出しているのである。ここから、仙台市は、東北地方唯一の指定都市として「地域のダム機能」を果たし、東北地方全体を支えていくべきであるという一つの都市像が描かれ、この都市像を実現するために、余裕の残された今こそ、長期的な視野に立った総合的かつ計画的な市政運営が重要であるとも言われる。

 折しも仙台市は、2018年10月末から、次期総合計画(2021年-2030年)の策定に向けた作業を進めている最中である。目標設定と手段の総合性を要素とする計画の中の計画であり、長期にわたる市政の基本方針を決定する総合計画という仕組みは、高度経済成長期の「人口増加社会」の課題に対応するために法定され(1969年)、地方分権改革のなかで地方自治法による策定義務付けの廃止を経て(2011年)、これを活用するか、いかに活用するかは、いまや各市町村に委ねられている。仙台市では、区民参画イベント等に加え、総合計画審議会において、環境、共生、学びおよび活力という4つの柱の下、総花的にならずに“掛け算”の発想で、まちづくりのあり方を議論している段階である。こうした現在進行形の作業をにらみつつ、本ワークショップは、可能な限り正確な現状認識と将来予測を踏まえて、「時間」と「空間」のなかで仙台市のグランドデザインを描き、批判的かつ建設的に政策提言を行うことを目的とした。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 当初は、総合計画制度に関する基礎知識を習得し、仙台市の現状を把握することに力点を置いた。

 4月から6月にかけて、まず、総合計画制度一般(先進的ないし特徴的な総合計画の事例を含む)に関する基礎知識を習得し、その前提ともなる地方自治制度・地方分権改革(とりわけ地方自治法による市町村基本構想策定義務付けの廃止等)に関する基本的事柄を必要な範囲で学んだ。その後、現行の仙台市総合計画(「仙台市総合計画2020『ひとが輝く杜の都・仙台』」)を検討・分析し、次期総合計画の策定にあたって仙台市が実施した各種の振り返り(「仙台市総合計画2020『ひとが輝く杜の都・仙台』の振り返り」、「仙台市復興関連事業の振り返り」等)、現状分析(「仙台市の現状に関する基礎データ集」等)および将来予測(「分野ごとの将来見通し」、「分野ごとの主要論点」等)を確認しながら、各学生の問題意識の醸成を図った。並行して、各学生の問題意識にも照らしつつ、仙台市総合計画審議会での審議状況をフォローしていった。

 これらの基礎知識をベースにして、5月下旬からヒアリング調査をスタートした。この時点でのヒアリングは、各学生の問題意識を尊重しつつ、ワークショップ全体としての問題意識を明確化させることに重点を置いた。ヒアリング調査に当たっては、ディスカッションをしながら事前に質問票を作成し、ヒアリング先へおおむね1週間前までに送付することとした(年間を通じてこのような手法をとった)。具体的なヒアリング先は、仙台市総合計画の担当部局である仙台市政策企画課や、仙台市総合計画審議会とは別の観点から政策提言に取り組んでいた仙台商工会議所である。これらのヒアリングを通して、そもそもなぜ総合計画を策定するのかという根本的な疑問、そして、どのような総合計画であれば策定するに値するかという問題意識を、ワークショップ全体として共有することができた。こうした疑問と問題意識は、一年間を通じて繰り返し吟味された。

 7月には、これまでの調査検討の状況を踏まえつつ、①総合計画制度そのものの意義と課題、②仙台市の現状および将来の課題として、地域偏在(人口増減率および高齢化率)と人口減少に重点を置くこととし、中間報告会も視野に入れながら、今後の検討の方向性について議論を重ねた。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 総合計画の要素(計画性、総合性、実効性)とその課題を分析した上で、仙台市の将来予測、とりわけ人口面での急速な変化を踏まえ、余裕のある現在から計画的に対応を進めるべきであるという方針を明らかにした。そして、仙台市総合計画審議会での審議状況に対し、危機感の共有という視点や人口減少に対する姿勢などについて疑問を提起した上で、地域偏在は住民ニーズの多様化を引き起こすがゆえにセクショナリズムでは対応しえないことから、縦割り行政を打破し、横串を通すことが重要であるとした。今後の課題として、実効性という要素に焦点を当て、危機感の共有と市民・行政の協働を通じた課題解決という循環を実現するためのシステムの設計図を描くことを掲げた。この段階で、現状分析と将来予測を踏まえた上で、問題意識を明確にし、広がりのある方向性を提示できた点は、その後の調査検討を深化させる意味では十分な到達点であったと考えられる。

c)夏季

 中間報告会での指摘を踏まえ、後期は、総合計画の実効性の担保という観点から、行政評価制度、市民協働および区政という3つの柱を立てるとともに、そもそもの前提として、総合計画制度の存在意義を引き続き探究することとした。8月末と9月上旬には教員を交えた形での自主ゼミを開催した。目的は、限られた期間の中で後期のヒアリングを円滑に実施するため、ヒアリングを要する事項の整理とヒアリング先の候補の選定である。10月上旬からヒアリング調査を実施できるよう、学生が分担してヒアリング先との調整を開始した。

d)後期(年内)

 10月・11月は、夏季の議論やヒアリング先との調整結果も踏まえつつ、全国の自治体や団体の取組で参考となる事例についてヒアリング調査を実施した。仙台市と同じ指定都市のうち、本ワークショップのテーマにとってとりわけ有益であると判断した京都市、大阪市、川崎市および新潟市へのヒアリングを実施したのに加え、仙台市総合計画審議会委員にもヒアリングを行い、これらのヒアリングを踏まえてさらに仙台市へのヒアリングを行った。

 ①人口減少・少子高齢化を見据えた行政運営という課題に関しては、大阪市(総合計画を廃した行政運営)、川崎市(総合計画と「かわさき10年戦略」を組み合わせた行政運営、市民の課題に対するスケール感の重要性)、新潟市(人口減少に比重を置いた総合計画)から、多くの示唆を得た。また、舟引敏明教授(宮城大学地域連携センター長)および姥浦道生准教授(東北大学工学研究科)から、総合計画の役割をはじめ、貴重な教示をいただいた。

 ②行政評価制度に関しては、京都市(ロジックモデルを用いた評価制度の構築と運用)でのヒアリングを踏まえ、仙台市政策企画課から仙台市の評価制度の実態についてヒアリングを行った。

 ③区政に関しては、大阪市(区シティマネージャー制度の導入と運用、ニアイズベターの理念の実践)、新潟市(分権型政令指定都市としての大きな区役所・小さな市役所の実践)から、多くの示唆を得た。

 ④市民協働に関しては、京都市(伝統的な市民力の高さ、区単位の市民活動等)、新潟市および新潟市南区自治協議会会長(区自治協議会による実践等)でのヒアリングを踏まえ、仙台市の状況に関し、太白区ふるさと支援担当および生出地区まちづくり委員会から、地域住民によるまちづくり活動の実態についてヒアリングを行い、また、仙台市区政課から、仙台市における区制度の実態についてヒアリングを行った。榊原進氏(特定非営利活動法人都市デザインワークス代表理事)から、市民協働の中間支援組織の役割をはじめ、貴重な教示をいただいた。

 以上のヒアリング調査を踏まえて検討を進めた結果として、まず、総合計画においては市民と行政の合意形成が重要であることを確認した。その上で、3本柱のうち、行政評価制度については、導入・反映が難しいことから、政策提言の対象から外すこととし、市民協働については、地域ごとの温度差という課題を再認識するとともに、区政については、区シティマネージャーと区自治協議会(住民自治組織)に重点を置くこととした。

 12月には、最終報告会のパワーポイント資料の作成と最終報告書の執筆を並行して行いながら、提言内容を形作ることに力を注いだ。区に焦点を当てた一体としての政策提言を行うことを目指し、個々の政策提言を複数の学生がチームを組んで担当することを前提として、作業を行った。特に留意した点としては、仙台市総合計画審議会での議論を踏まえつつも、学生が自ら見出した問題を尊重し、将来を正面から見据えた「学生らしい」提言を行うよう努めたことがある。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 最終報告会においては、前期の振り返りとして、総合計画の総論、仙台市の課題分析(人口、地域偏在、財政)および仙台市次期総合計画の審議状況について整理した上で、後期に集中的に行ったヒアリング調査の結果を紹介し、これを踏まえて、提言に向けた課題と検討の方向性を提示し、具体的な提言内容を発表するという構成とした。報告では、各学生ともペーパーに目を落とすことなく、スムーズにプレゼンテーションを行うことができ、また、質疑においても、概ね自分たちの考えを説明することができた。

f)後期(年明け以降)

 主に、最終報告書の執筆と内容確認作業を行った。特に政策提言部分については、最終報告会時には未完成であったため、さらなる検討を加える必要があり、多くの時間を要したが、学生間で分担し、質の高い報告書を完成させることができた。また、最終報告書に掲載する現地ヒアリング記録について、それぞれヒアリング先に案を送付し、内容のご確認をいただいた。

(イ)ワークショップの進め方

 毎週火曜日の3限から5限の開講時間のほか、学生は必要に応じ、自主ゼミを実施していたが、これは、ワークショップの準備に充てるためのものであり、学生同士の議論を尊重する観点からも、担当教員は参加しないこととした。メンバーは、学部卒の学生7名という構成であった。出身学部が異なる学生が集まり、それぞれに強みを生かし、また、大学時代に勉強することのなかった分野について多くのエネルギーを注ぐことで、ワークショップ全体として理解と認識の共有を図った。

 前期は、白川泰之教授が、本務校での研究・教育業務でお忙しいなか、非常勤講師として副担当を務めて下さり、ワークショップでの豊富な経験を踏まえて、要所を押さえた的確な指導を行って下さった。また、後期は、副担当である橋本敬史教授が、正規の授業時間のみならずヒアリング調査等にも欠かさず出席して下さり、実務家教員の視点から、実質的な側面(行政活動の実態を踏まえた分析等)に加えて形式的な側面(作業の進め方やロジなど)についても、大変丁寧かつ熱心に指導に当たって下さった。

 スケジュールについては、中間報告会、最終報告会といった主要なポイントから逆算して、学生が主体的に日程を立てて管理した。役割として、リーダー、サブリーダー、書記、渉外、儀典、会計を設け、概ね2カ月ごとに交替しながら、すべての学生がすべての役割を経験することとした。とりわけ、すべての学生がリーダーの役割を経験し、チームを引っ張り、まとめあげることの難しさとやり甲斐を感じたことは、将来的にも大きな財産になると考えられる。

 ヒアリング調査については、遠方も含め計10の機関・団体と2名の大学教員にご協力をいただいた。ヒアリング先との調整は学生が行い、可能な限り、すべての学生がすべてのヒアリング調査に参加することとした。

(3)成果

(ア)最終報告書

 最終報告書は、第1章「はじめに」、第2章「総合計画概論」、第3章「仙台市総合計画のあゆみ」、第4章「仙台市の課題と次期総合計画の分析」、第5章「研究の方向性」、第6章「政策提言」および第7章「おわりに」という全7章から構成されている。おおむね、第2章から第4章までが総論部分、第5章と第6章が政策提言部分に当たる。

 第1章「はじめに」において、研究手法、研究の流れ、ヒアリング調査および仙台市の概要について整理した上で、第2章「総合計画概論」では、市町村レベルの総合計画の歴史(とりわけ、総合計画制度を形作ったとされる「市町村計画策定方法研究報告」(国土計画協会、1966年)、および、市町村基本構想策定義務を廃止した2011年地方自治法改正)を振り返った上で、総合計画の現状と課題(自治体を取り巻く環境の変化と総合計画の実態等)を分析している。

 第3章「仙台市総合計画のあゆみ」では、第1期総合計画(1969-1985)から現行の総合計画(2011-2020)までを各期の特徴を指摘しつつ丹念に分析し、東日本大震災が総合計画に与えた影響についても検討を加えている。第4章「仙台市の課題と次期総合計画の分析」では、仙台市の人口分析、地域分析および財政分析を行った上で、仙台市の課題として、財政難による行政の硬直化と地域ごとのニーズ・課題の多様化を挙げ、人口減少・少子高齢化によって負のスパイラルが生じることを指摘している。そして、現在審議中の次期総合計画がこうした課題に対応しているかを検討し、実効性の担保という問題を基本に据えることとした。

 第5章「研究の方向性」では、総合計画の実効性を担保するための手法として、行政評価に関しては政策提言を行わないこととし、市民参加に関して、市民にとって身近な区別計画の策定をスモールステップとして設けることで、将来的に全市的な総合計画における市民と行政の合意形成を実現する提言を行い、これを支えるために区政のあり方についても検討する旨を述べている。第6章「政策提言」では、①区別計画の策定と区別計画に基づく事業を実施するための地域体制づくりとして、「区のみらい委員会」の設置、小学校区ごとの地域自治組織である「地区運営会議」の設立、各区役所内への「地域活動相談窓口」の設置を、②区別計画策定段階におけるシナリオ・プランニングの活用として、「区別計画策定から始める区民討論型シナリオ・プランニング」を、③区役所機能の強化として、「区マネージャー制度」の導入を提言している。これらの提言に当たってはそれぞれに、現状、問題点、ヒアリング調査を踏まえた分析、解決の方向性および参考事例を辿った上で、政策提言の内容が示され、その内容について期待される効果とともに様々な観点から考慮すべき事項についても検討が加えられている。さらに、以上の提言は、黎明期、導入期を経て運営期に至るというステップを踏んで進められるべきであると位置づけられた。次期総合計画期間(2021-2030)においては、区別計画を梃子に区民と行政の合意形成を図り、地域運営のための土台作りを進め、次々期総合計画期間(2031-2040)において、まちの運営期として地域が実際に動き、市民と行政の協働による取り組みが強化されていることが目標とされた。最後に第7章「おわりに」では、全体を振り返りつつ、本研究の意義と残された課題について述べられている。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 仙台市をはじめとする関係機関・団体や大学教員の方々のご協力を得ることができ、計12回の充実したヒアリング調査を実施することができた。これにより、現実の様々な営みに係る複雑なメカニズムを認識し、多角的な視点から政策を検討する貴重な経験ができたと同時に、その能力の向上につながったものと考えられる。また、現在進行中の政策形成過程をにらみながらの難しい作業に当たって、ワークショップ全体として共有した問題意識を持ち続け、議論を重ねて、自分たちの政策提言を主体的に練り上げていくことができた。この政策提言は直ちに受け入れられるとは限らないものの、長期的な視野に立って危機を乗り越えなければならない現実に直面した暁には、価値を発揮するものと期待される。公共政策に関わることの重さと厳しさを味わったことは、「公共人材」の育成のための一つのステップであったとも考えられる。

 また、中間報告と最終報告の二度の報告会に向けたプレゼンテーション資料の作成とプレゼンテーションのリハーサル、そして報告会本番での報告と質疑応答は、自らの考えをいかに相手に説明し、理解を得るかというトレーニングとして、非常に有効であったと考えられる。また、報告書の作成に当たっては、各自が自分の作業に責任を持ちつつも、一つの形ある成果を公にするために、ワークショップとして共同作業の意識と一体感を持って取り組むことができた。学生はそれぞれに、また、ともに最大限の努力をし、集団作業の難しさに悩みながら、本ワークショップを通じて成長したと考えている。

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