プロジェクトC:農林水産物輸出促進とインバウンド農泊による農山漁村振興策の研究

(1)趣旨

 本研究は、国際関係の政策の中で、農林水産行政と経済外交の関わりについて研究するものである。経済がグローバル化が進展する中、日本経済の力強い成長を達成するために、経済外交は関係する省庁(例えば経済連携協定の農産物貿易分野については、農林水産省等)が連携し政府全体で取り組んでおりています本研究ではそうした農林水産行政の国際分野の中で、特に農林水産物の輸出促進とインバウンド農泊の推進に焦点を当て、国内外に広く調査を行い、研究を進めた。

 農林水産物の輸出促進、農泊については、政府が輸出額一兆円などの目標を設定し、推進している。インバウンドについても同様である。ワークショップでは、目標達成に向けた国や地方の施策、国内外の実態を調査し、残された課題がないか、目標を達成した先に何を見据えて、どのように取り組めば更なる飛躍が可能になるのか研究を行ったものである。外交政策というと国外に目を向けがちであるが、農林水産行政の大きな目的の一つである「農山漁村の振興」にいかに結び付けた経済外交を展開すべきか、国内外の政策を両睨みで研究するため、国内の調査も綿密に行った。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 最初に指導教員から政府の取組全体について簡単なレクチャーを行いワークショップをスタートさせた。その後は、とにかく外に出て足で稼ぐよう幅広く調査して回り、「歩きながら考える」ようにした。農林水産物輸出促進、農泊とも、その関係者は多岐に亘る。このため、ヒアリング先も前期は国内に絞ったものの、国の行政機関である農林水産省本省、東北農政局、国土交通省(観光・インバウンド関係)、独立行政法人である日本貿易振興機構(JETRO)、政府金融機関の日本政策金融公庫、地方自治体(宮城県庁農林水産担当セクション、登米市、秋田県仙北市)、全国または宮城県内の団体(一般社団法人、NPO法人)、観光関係の企業、農業協同組合(JA)、国内の外国の公館など、多数に上った(このほか、学内の留学生、相手国・地域の友好協会等にも調査を行った)が、学生は実に精力的に調査を行った。そして、何よりも農林水産業の現場を知ることが重要であるとして、スマート農業を実践し輸出を行っている農業法人(イチゴ生産)、米の輸出を伸ばそうと努力している法人、岩手県遠野市で農家民宿を経営し、インバウンド客も受け入れている農家を訪問し、体験農園、農作業、農泊を実際に体験したことはヒアリングを越えた大きな収穫となったと思われる。

 前期の後半には、中間報告会に向けて、調査と並行して、集めた情報を政策提言につなげるため、付箋を用いたKJ法でのディスカッションを行い、問題点の整理に努めた。この結果、共通点はかなり整理されていった(それぞれの相違点については、十分に解明できたとは言えない点が残念であった)。

b)中間報告会

 中間報告においては、7月までに培った基本的な知見、ヒアリングの成果を生かして、農林水産物輸出促進、農泊について、政策提言案とまではいかないものの、課題について整理し、後期の調査・研究の方向性につながる発表を行った。

c)夏期

 いよいよ海外調査を行うステップに移るが、海外調査はアポイントメントの取り付けや飛行機、通訳の手配など言語の問題もあり国内調査の何倍もの労力・時間が必要なことから、夏季の期間中の準備は大変重要であり、間断なく用意を行った。また、夏季休暇期間中を活用し、東京まで足を延ばしての調査も行った。海外調査の準備に当たっては、前期に培った知識、集積した情報を活かして、短期間の訪問で大きな成果を得るよう質問票をより一層鋭いものとするよう、練り上げて改善していった。また、学生1名が農林水産省の米の輸出促進のインターンシップに参加した。このインターンシップにおいては、実際に輸出促進に係る政策実務を手伝うとともに、最終日に自分の考えを発表するプログラムとなっており、ワークショップ全体のレベルアップにつなげた。

 海外調査は10人という人数の強みを活かし、異なる国・地域を訪問し、比較検討するため、二班に分かれて行うこととして、夏季期間中には第1班が台湾を訪問した。現地では (公財)日本台湾交流協会、地元商社、小売業者、日系企業を訪問し、前期の学習で洗い出した課題を検証するために質問するとともに、現地でしか聞くことのできない、見なければわからない実態について知ることとなった。具体的には、日本からの農林水産物・食品の輸出額が香港、中国、米国に次ぐ世界第4位であり、かつ年間約475万人の訪日客がある台湾は、輸出・インバウンドにおいて、いわば「成熟市場」であるが、その台湾でもまだまだその需要を拡大できる余地があることを実感した。また、依然として残っている原発事故に起因する輸入規制の影響など、多くの課題と現状を共有できた。

 訪問した9月上旬は中華圏の祝日である中秋節を前にしたギフト商戦の時期に当たり、数多くの日本産高級フルーツが贈答用としてスーパーの店頭に並び、日本産品のブランド力の強さを実感する一方で、他国の産品もあり、世界との熾烈な競争の中で日本産品が生き残るためには、価格や品質等の面において官民連携した不断の努力が必要であるという危機感を抱く結果となった。

 また、多言語を操り、国際ビジネスの最前線で活躍している現地社員・職員の方々の姿から刺激を受けることができたことは、将来国際的な舞台で働くことを目標とする学生も多い「国際ワークショップ」として位置づけられている本ワークショップにとって、今後のキャリア選択に向けての大きな布石となった。

d)後期

 10月からも、自治体、観光関係団体に対してヒアリング調査を継続して行ったが、前期で得られた課題を下敷きにした質問や解決方策のアイディアをぶつけるなど、より政策提言のゴールを見据えたものなっていった。その例が、農泊の第二段調査とベトナム最大の都市ホーチミン市への海外調査第2班だった。具体的には、ベトナム調査では、輸出促進分野では、先に訪問した「成熟市場」の台湾とは対照的な日本産農林水産物・食品にとっていわば「新興市場」であるベトナムを調査する意義が大きかった。日本貿易振興機構の現地事務所や現地商社、日系百貨店を調査したほか、ベトナム最大級の食品展示会VIETNAM FOOD EXPO 2019を見学する機会にも恵まれた。日本産品のブランド力やプロモーション力などの強みを実感する一方で、どちらでも韓国産やタイ産、そして現地生産の日本ルーツの食品を数多く見かけ、差別化や価格など様々な点において支援が求められることも再確認した。もう一つのテーマである「インバウンド農泊の推進」については、現地の旅行会社からベトナム人旅行客の動向を聴取したほか、農泊振興のヒントを得るべく、郊外の農村地域まで足を運び、欧米圏からの観光客も多いメコン川流域の農村地帯を見学した。また、農泊については、先駆的地域を目指している一関の農家民宿を訪問し、課題を聴取した。関係者やプレーヤーが多いこの課題では、一つの分野で一か所だけ調査を行っては全体像が把握しにくい、このため、農林水産物輸出促進も農泊も大きく異なる二か所に調査に入ることによって、より複層的な視野を得ることとなった。

 ロジスティックの面では、前期と異なり、日程調整、行程管理、アポイントメント先の選定からアポイントメントの取り付けまで学生が主体的に行ったことも社会人としての「イロハ」のトレーニングとなった。前期と後期の大きな違いは、前期で広げるだけ広げたウイングを、最終報告に向けて収斂させる作業を後期の前半から集中して行ったことである。SWOT分析の手法など、様々な試行錯誤を経て、次第に提言の輪郭が朧気ながら見え始めてきた。学生の自主ゼミも行い、提言案を練り、12月は最終報告に向けた作業に没頭した。さらに、ヒアリングの総仕上げの意味合いで、外務省の方をワークショップに招いてヒアリングを行った。

e)最終報告会

 農林水産物の輸出促進とインバウンド農泊の推進という「世界と手をつなぐ」ことにより農山漁村の振興につながる政策については、それぞれ、輸出については、日本国内、輸出先国・地域への輸送、海外での販売、農泊についても、国外での観光客の誘致、国内での二次交通など様々な課題があることがわかった。しかも、その上で、両者を結び付け、農産物のファンがその味を求めて農泊に訪れ、日本の農山漁村のファンが、自国で日本産農林水産物を購入するという車の両輪のように進んでいくためには更にハードルが高いことを自らの調査で知ることとなった。

 一方、国としても強く推進するこれらの施策については、年度中に、「農林水産物及び食品の輸出の促進に関する法律」が公布され、「農泊推進の在り方検討会」が中間とりまとめを出すなど、課題への布石を次々と打っており、提言を出す余地があるのか、既に政策が実施段階にあるのではないかとも思われた。

 このような中で、課題から提言に結び付ける取り組みはかなり難航した模様ではあったが、学生は自ら動いて発見した事実と、研究した他の政策・事例を懸命に組みあわせ、最終的に農林水産物輸出促進について二つ、インバウンド農泊について二つ、両者を組み合わせて相乗効果を狙う施策について一つの計5つの政策提言を行う報告書をまとめ、発表を行った。

 報告会では、厳しい質問にも想定して準備していた資料を用いながら答え、また、何人かで協力し合って答えたことは、努力すれば報われることと、組織の一員としての責任感と支え合うことの重要性を学んだと思われる。

(イ)ワークショップの進め方

 毎週火曜日の3限~5限にワークショップを実施したが、大学院内での検討を行った場合と調査に出た場合とおよそ半々であった。これ以外に長期出張となる海外調査や農泊調査は当然のこと、アポイント先の都合に合わせて、参加可能な学生で随時ヒアリングに出向き、調査を行った。

 毎週火曜日の3限~5限にワークショップを実施したが、大学院内での検討を行った場合と調査に出た場合とおよそ半々であった。これ以外に長期出張となる海外調査や農泊調査は当然のこと、アポイント先の都合に合わせて、参加可能な学生で随時ヒアリングに出向き、調査を行った。

(3)成果

(ア)最終報告書について

 最終報告書は、サマリーのほか、5章から構成されている。

第1章「序論」では、今回の研究の意義と農林水産物輸出促進とインバウンド農泊について、政策が必要となる背景、意義等をまとめた。

第2章「政府の取り組み」では、農林水産物促進とインバウンド農泊について、現行の政府の取り組みをまとめた。

第3章「ヒアリングによる比較分析」では、二つの長期調査を行った強みを活かし、国外調査の台湾・ベトナムのそれぞれで判明した事実や課題と両調査の比較、国内フィールド調査の遠野市と一関市のそれぞれで判明した事実や課題と両調査の比較分析を行っている。比較分析の結果、実情が違う場合には、それに合った政策を使い分けることが必要であり、重要であることが明らかとなった。

第4章「政策提言」では、調査の結果と自ら調べた情報を基に、農林水産物輸出促進における二つの課題(輸出促進に係る規制・基準上の課題、輸出促進に係る物流の課題)、インバウンド農泊推進に係る課題(農泊地域の自立)、農泊と輸出促進のリンケージの課題について、輸出促進については二つ(①食品安全の国際基準であるGFSIのうち日本発の承認基準を推進する、②生産者・研究者の連携を推進し、食産業の郷を全国に広める)、インバウンド農泊についても二つ(①農泊に係るターゲット別交付金の実施、②農泊地域実態調査による底上げと顧客満足度調査によるコンテンツ開発)、農泊と輸出促進について一つ(SAVOR JAPAN認定地域に輸出品目の生産地域を追加)の提言を行っている。

(イ)ワークショップを通じた能力育成について

 二度の報告会を経て最終報告書を取りまとめるまでの過程で、全ての学生が、多様な能力を身に着け、また伸ばすことができた。一つ一つ列挙することはしないが、コメンテーターをお願いした東北農政局の方からお褒めの言葉を頂いたこと、最終報告の模様が新聞に取り上げられたこと、輸出促進に関する国の会議に学生の意見として発表の機会を与えられたことなどがそのことを物語っており、学生にとっての今後の大きな自信になったものと思われる。

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