東北大学公共政策    

プロジェクトB:孤独・孤立対策の推進に関する研究


(1)趣旨 

我が国においては、非正規雇用労働者の増加をはじめとする雇用環境の変化、インターネットの普及に伴う情報通信社会の急速な進展等により、国民の生活環境やライフスタイルが急速に変化してきた。さらに、人口減少、少子高齢化、核家族化、未婚化・晩婚化、これらを背景とした単身世帯や単身高齢者の増加といった社会環境の劇的な変化が進み、地域社会を支える地縁・血縁といった人と人との関係性や「つながり」は希薄化の一途をたどってきた。

このような雇用環境・生活環境や家族及び地域社会の変化は、雇用形態の多様化や所得格差の拡大を背景として、職場内・家庭内・地域内において人々が関わり合いを持つことによって問題を共有し相互に支え合う機会の減少をもたらし、人々が「生きづらさ」や孤独・孤立を感じざるを得ない状況を生む社会へと変化してきたと考えられる。

このような中、2020年1月に国内で最初の新型コロナウイルス感染者が確認されて以降の緊急事態宣言をはじめとする感染防止対策、外出自粛要請は、人々の社会生活に大きな変化を与えるとともに、従前より実施されてきた様々な支援活動にも影響をもたらし、それまでの社会環境の変化等により孤独・孤立を感じやすくなっていた社会において内在していた孤独・孤立の問題を顕在化させ、あるいは一層深刻化させる契機となったと考えられる。

これに対し、政府としては、2021年2月に孤独・孤立対策担当大臣が任命され、内閣官房に孤独・孤立対策担当室を設置することにより、政府一丸となって孤独・孤立対策に取り組むこととしたところであるが、現行展開されている施策は既存施策の延長にとどまっている感は否めず、より踏み込んだ対応が求められている。

本ワークショップは、孤独・孤立対策を推進するための政策の在り方について、調査研究と提言を行うことを目的としたものである。

 

 

(2)経過 

(ア)年間の作業経過等 

a)前期 

 4月から5月にかけては基礎知識の習得を目的として、担当教員により孤独・孤立対策関連施策(生活困窮者支援、子ども・子育て支援、自殺対策、住宅セーフティネット制度、障害者福祉、地域共生社会等)の講義を行うとともに、学生は参考図書を読んで発表を行った。また、過去のワークショップの最終報告書を読み、本ワークショップの成果物についてのイメージをつかんでもらった。

参考図書については、以後のワークショップにおける議論の方向性について有効な示唆を与えてくれたものもあった一方、事実や事件の羅列に終始したものも一定数存在したところであり、選定には課題を残した結果となった。全ての図書の内容を把握したうえで選定するのが理想的ではあるが、リスト作成までの時間的制約等を考えると厳しいのが正直なところである。また、制度の講義に当たっては、御手洗教授の指導するWSDとテーマが関連することから、互いのワークショップにおいて1コマ講義を実施した。それぞれの教員の専門性を生かす試みとして有意義であったと考える。

5月から6月にかけて、孤独・孤立対策の活動の実態や現場における課題を把握するため、市内で活動を行うNPO団体等にヒアリングを行った。具体的には、生活困窮者自立支援や引きこもり支援を行う一般社団法人パーソナルサポートセンター、高齢者の居場所づくりや障害者支援を行うNPO法人スロコミ、ひとり親家庭支援を行うNPO法人STORIA、生活困窮者自立支援として無料低額宿泊所の運営等を行うNPO法人ワンファミリー仙台に対し、活動内容の説明を受け、運営している施設やサードプレイス(子ども食堂)を訪問して視察を行った。

主担当教員のヒアリング先とのスケジュール調整の開始が遅かったため、対象が現場で活動する団体ばかりとなり、この時期に自治体等公共機関へのヒアリングができずにややバランスに欠けた感は否めなかったが、現場で感じている課題を先入観なく受け止めることができ、結果的に良かったのではないかと考えている。

6月から7月にかけては、ヒアリングの振り返り及び参考図書から得た知見等をもとに孤独・孤立問題の現状や課題の分析を進め、今後の検討の方向性について議論するとともに、中間報告会に向けた準備を行った。

 

b)報告会Ⅰ(中間報告会) 

 中間報告会では、孤独・孤立問題の現状や国における現在の取組を概観しつつ、ヒアリングの振り返りをもとに、孤独・孤立に陥る原因を「属性」と「直接的な要因」の2段階ととらえ、後者を「内在的要因」と「外在的要因」に分類した。そのうえで、ヒアリング等で得た課題をそれぞれの要因に分類して提示した。

今後の検討の方向性の提示は十分できたとは言えないものの、これらの整理は概ね肯定的に受け止められた。発表のスライド資料も色調の統一などに気を配ったものとなっており、統一感のあるまとまりのある発表だとして好評を得た。

 

c)夏季 

8月から9月にかけて、学生による自主ゼミが行われたが、学生同士の議論を尊重する観点からも、担当教員は参加しないこととした。自主ゼミにおいては、政策提言の方向性として、分野横断的な提言と分野別の提言の2つの視点でグループ分けを行い、それぞれの方向から検討を行うこと、提言先は仙台市をメインとすること、が決められた。また、宮城県と仙台市に対して書面によるヒアリングを開始するとともに、国(内閣官房及び厚生労働省)へのヒアリングを見据えて質問票の作成が行われた。

主担当教員からは特段の指示は行わなかったが、学生が10月以降のスケジュールを考慮に入れて自主的に考え、ほぼ1週間に1度の頻度でミーティングを行い、これらの作業を遂行したことは称賛に値する。一方で、分野横断的・分野別の2方向から検討を行ったことにより、検討を進めるにつれ互いの検討内容が重複することとなり、その関係性の整理や作業分担の調整に少なくない労力を割かれるなど、業務負担の増大を招いたことも事実である。

 

d)後期(年内) 

10月から11月にかけて、夏季に決定した枠組みに従い、政策提言の検討を進めるとともに、並行して国や先進自治体へのヒアリングを行った。

10月下旬には上京して内閣官房孤独孤立対策推進室、厚生労働省老健局、社会・援護局へのヒアリングを行った。先進自治体としては、京都市及び名張市にオンラインによるヒアリングを行ったほか、11月下旬には鳥取市及び北九州市を訪問してヒアリングを実施した。また、これらの合間を縫って地元仙台市の健康福祉局等に複数回対面のヒアリングを行うともに、各グループでも独自に多数のヒアリングを実施している。

これらのヒアリングに係る連絡調整は、国について主担当教員が担ったほかは、すべて学生により行われた。もともとヒアリング先の数の多さや、ヒアリング先と質問票などの内容面を担当する学生との間のそれぞれの連絡調整で業務量が増大しがちなうえ、担当学生の間でも業務負担に不均衡が見られることもあったが、よく頑張ってくれた。

11月から12月にかけては、ヒアリング結果をもとに政策提言を具体化させ、最終報告会の準備の発表を進めるとともに、最終報告書の執筆を開始した。

 

e)報告会Ⅱ(最終報告会) 

最終報告会では、中間報告会で提示した孤独・孤立問題の分析を土台として、ヒアリング等で得られた知見をもとに、機能別の政策提言、対象者別の政策提言をグループ別に発表した。ワークショップ中には各提言の検討に苦労する場面も多く見られたが、時間がかかっても自分で考えたためか、学生や教員の質問にも返答に詰まることは皆無であった。発表そのものももちろんのこと、質問への対応ぶりに関しても、回答者がすぐに手を挙げるなど中間報告会に比べて格段にスムーズになっていた。

 

f)後期(年明け以降) 

最終報告会後、主担当教員も参加しての自主ゼミを行い、最終報告書の完成に向けた作業、特にヒアリング記録の作成とヒアリング先への確認依頼について、スケジュール感を確認した。確認依頼はできれば年内、遅くとも年始に行うこととした。

1月においては、ヒアリング記録の確認状況を共有しつつ、最終報告書の執筆と内容確認を進めた。全体の平仄や体裁を整える作業には予想以上に時間を取られたが、少しでも報告書を良いものにするべく各自精力的に作業を行った。

また、関連グッズとして、政策提言の1つである「RIGHTs~『共に生きる社会』を創るための18の意識目標~」を印刷したクリアファイルを作成することとした。

 

(イ)ワークショップの進め方 

毎週火曜日の3限から5限までの開講時間のほか、学生は必要に応じ自主ゼミを実施していたが、これはワークショップの準備に充てるためのものであり、学生同士の議論を尊重する観点からも、担当教員は基本的に参加しないこととした。メンバーは学部卒の学生5名と社会人学生3名という構成であった。

スケジュールについては、中間報告会、最終報告会といった主要なポイントから逆算して、学生が主体的に日程を立てて管理した。学生の役割分担については、前期においては「リーダー」、「サブリーダー」、「書記」(2名)、「儀典・渉外」、「会計」に加え、「IT担当」、「安全管理担当」を置いた。当初は、2カ月間やってみて変更の要否について議論することとしていたが、結局前期の間は変更しなかった。夏季の間は前期の体制が概ね踏襲されたが、後期においては、前期の業務状況を踏まえ、役職を「リーダー」(3名)、「会計」(2名)、「渉外」(3名)、「書記」に絞り、書記については毎回2人の学生が交代で担当することとした。 

政策提言の検討に当たっては、先述の通り、①分野横断別(機能別)の提言、②分野別(対象者別)の提言、の2方向から検討することとした。①については「声を上げやすい社会づくり」、「地域づくり」、「支援体制づくり」、②については「子ども」、「子育て世代」、「高齢者」のグループに分かれ、学生は①、②のそれぞれいずれかのグループに属して検討を進めた。

このような検討体制は、網羅的な検討を行う上では有効であったと考えられる一方で、先述したように、検討内容の重複を招きやすく、その調整に労力を割かれることになった。しかしながら別の側面から考えると、後期になると、業務負担等に起因した体調不良、家庭の事情等のためワークショップ活動に十分参加できないメンバーが出てくることになった。そのような中、参加できなくなったメンバーの業務状況の確認やそのフォローの必要性はあったものの、曲がりなりにもそれぞれの提言の検討を最後まで継続することができたのは、このグループ制をとっていたためであると評価することができよう。

指導教員について述べると、前期においては廣木雅史教授、年間を通して西岡晋教授に副担当教員としてご指導いただいた。廣木教授におかれては離任直前のお忙しい時期までワークショップに出席いただき、近年のワークショップ活動のご経験から、運営上の細部の事項にわたり助言や指導をいただいた。西岡教授におかれては、公共政策大学院長の職にあってご多忙にもかかわらず毎回のワークショップに出席いただき、豊富な過去のワークショップのご経験を踏まえ、要所要所で的確な助言をいただいた。また、お二人にはワークショップ時間外でも、年間を通じて発生した様々な運営上の課題について相談に乗ってくださり、助言や温かい励ましの言葉をいただいた。厚く感謝申し上げたい。

夏には第7波を迎えるなど、新型コロナウイルス感染症の状況は予断を許さないものではあったが、4月からはコモンルームの使用が解禁されるなど、徐々にウィズコロナへの移行が進んできた。ワークショップ活動についても、毎週火曜日の活動は昨年度に引き続き講義室で行ったものの、自主ゼミなどの活動ではワークショップ室の使用も認められ、対外ヒアリングに当たっての安全管理班による事前確認も不要とした。

 

(3)成果 

(ア)最終報告書 

最終報告書は、2つの章から構成される。

第1章においては、冒頭において、本ワークショップにおける研究の背景と目的を明らかにした上で、我が国の孤独・孤立の現状や、孤独・孤立問題に対する国や仙台市の取組を述べている。そして最後の「第5節 課題の設定と政策提言の方向性」では、ヒアリングで得られた課題をヒアリング先ごとに列記したうえで、人々が孤独・孤立に陥る要因分析を行い、属性のほかに、孤独・孤立に直接的に陥らせる要因として内在的要因と外在的要因を挙げ、それぞれについて課題を整理している。そして、政策提言の方向性として、機能別の政策として「声を上げやすい社会づくり」、「地域づくり」、「支援体制づくり」、対象者別の政策として「子ども」、「子育て世代」、「高齢者」を対象に提言を行うことを述べている。

第2章においては、第1章で述べた機能別・対象者別に政策提言を行っている。構成としてはそれぞれの提言ごとに、現状分析や課題の抽出を行った上で、提言の内容や期待される効果、そして残された課題について記述するという形をとっている。

機能別の政策提言に関し、「声を上げやすい社会づくり」については、スティグマの解消を目的とした意識目標である「RIGHTs~『共に生きる社会』を創るための18の意識目標~」や、リテラシーの課題を解決するための「わかりやすい支援の周知方法(窓口における工夫/掲示における工夫)」のほか、「つながりサポーターの養成」、「相談窓口の設置」を提言した。「地域づくり」については、地域での居場所づくりに取り組むNPO法人の基盤強化に着目し、「アンケート調査の実施とノウハウの共有」、「経営人材交流プラットフォームの構築」を提言した。「支援体制づくり」については、深刻な孤独・孤立のケースに対処するための他機関連携を促進する観点から、組織面に着目した提言として「庁内における孤独・孤立対策推進体制の整備」、「官民・民民の連携に向けた協議会の設置」を、人材面に着目した提言として「コミュニティ・ソーシャルワーカーの育成体制の整備」、「多職種連携の促進に向けた職員への周知・研修の実施」を提言した。

対象者別の政策提言に関し、「子ども」については全ての子供を対象として「非認知能力向上モデル事業」、問題が深刻化した子どもを対象として「子ども第三の居場所事業」、孤独・孤立に陥りやすい子どもを対象として「定時制高校への『進路相談室』の設置」を提言した。「子育て世代」については、ワンオペ育児当事者に焦点を当て、「ワンオペ育児の実態把握」、「仙台市子育て支援アプリ『のびすくナビ』の改善」を提言した。「高齢者」については、「地域食堂の推進」、「つながりサポーターによる居場所参加の促進」、「官民協働による見守りネットワーク体制の強化」を提言した。

 

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 ワークショップ開始時は、学生は孤独・孤立問題に対する一定の関心は有していたものの、社会福祉を始めとする関連制度についての知識は皆無と言って良かった。その後、文献調査や関係団体のヒアリング等を通じ、政策の知識を習得し、現場の課題を掴んでいった。そして、中間報告会に向けた準備や当日の発表、質疑応答への対応を通じ、自分の考えをまとめ、またそれを客観化して深化させる力を身に付けることができたのではないかと考える。

 後期に入ると、ワークショップの運営はほぼ完全に学生が主体となった。特にヒアリングについては、質問票の作成のほか、ヒアリング先との日程調整や事後の記録作成、ヒアリング先への確認依頼など、膨大な業務を処理する必要があった。大学院の他の授業や就職活動などで時間的制約が多い中、これらの業務をこなすことで、タイムマネジメント能力も磨かれたことと思う。最終報告書に収録されたヒアリング記録は、その全てが政策提言に活用されたわけではないが、それ自体が現時点における孤独・孤立問題に対する国や自治体、NPO等の取組や問題意識を示す貴重な記録である。

 最終報告会に向けては、各々が自分の担当する分野について政策提言を具体化させ、その提示方法や想定される指摘への対応について検討する作業が続いた。これらを通じ、政策の実現可能性を精査したうえでメリット・デメリットを検討し、必要があれば政策そのものも修正するという、まさに政策立案過程を疑似体験することとなった。

特に、孤独・孤立問題への対応においては、顕在化した対象者のみならず、孤独・孤立状態にあっても様々な要因から支援につながることができない者、また現在は孤独・孤立状態にはないものの、潜在的なリスクを抱えている者など、幅広い対象者を想定する必要があるという特徴がある。このような政策分野に取り組むことによって、問題の目に見えている側面だけではなく、その周囲や背後にまで思いを巡らせる洞察力が養われたであろう。

 しかし何よりも重要なのは、1年間を通じ、バックグラウンドの異なる他人と1つの目的に向かって共同作業に従事した経験である。学生の間には、社会人経験の有無などにより、孤独・孤立問題やワークショップ活動に対するスタンスに違いが見られ、活動が進むにつれ、その違いが様々な形で表面化することとなった。しかしながら、背景や考えが異なる人間と共存して連携していくことは、社会に出て組織の中で生きていくためには避けて通れないことである。楽しい思い出ばかりではなかったかもしれないが、この1年間が実社会に出た際にきっと何らかの道標となってくれることを信じて、決して明るいとは言えないこのテーマに真摯に取り組んでくれた学生を送り出したいと思う。

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