東北大学公共政策    

プロジェクトB:横手市における地域包括ケアシステムの構築および地域共生社会の実現に向けた更なる取組の推進に関する研究

(1)趣旨

我が国では、少子・高齢化や人口減少など社会構造が変化する中で、団塊の世代が75歳以上となる2025年、更には高齢者数がピークを迎える2040年を見据えた社会保障政策の展開が喫緊の課題となっている。社会保障改革における重要な施策として、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制を確保する「地域包括ケアシステム」の構築や、地域住民や地域の多様な主体が『我が事』として参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えて『丸ごと』つながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく「地域共生社会」の実現が挙げられる。これらは、地域住民による支え合いと公的支援の連動の下に行われる「まちづくり」の取組とも言えるものである。

こうした取組は、それぞれの地域の実情に応じて、計画的に進めていくことが求められる。このため、市町村は、各福祉関係法規に基づき、「介護保険事業計画」、「障害(児)福祉計画」、「子ども・子育て支援事業計画」を策定するとともに、これらの福祉各分野における共通事項を定め、上位計画として位置づけられた「地域福祉計画」の策定も努力義務とされている。

本ワークショップは、本公共政策大学院とパートナーシップ協定を締結している秋田県横手市をフィールドとして、同市における地域包括ケアシステムの構築や地域共生社会の実現のための事業等の取組について、上記の各種計画の策定・実施状況等を基に、現状の把握・分析、課題の抽出および解決策の検討を行った上で、更なる取組の推進に向けた具体的な提言を行うことを目的としたものである。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

2020年度のワークショップは、開始当初は、新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、開講日が4月28日にずれ込み、また、オンライン形式(リアルタイム)によるスタートとなった。開始当初は、基礎的知識の習得と文献調査に力点を置いた。まず、主担当教員から、地域包括ケアシステム、地域共生社会の概要と関連する法制度のアウトラインに関する講義を行った。その後5月にかけて、学生は各担当分野(地域包括ケアシステム、地域共生社会、高齢者、障害者、子ども、生活困窮者)に分かれて、各分野をめぐる状況や関連する制度・政策、横手市の各種計画の内容を確認しつつ、横手市における現状と課題の大まかな把握を行った。特に、各種計画については、そこに掲載されている住民へのアンケート調査も含めて、市のホームページを参照し、詳細な調査を行った。各担当者による調査結果をワークショップで共有し、ディスカッションを行った。

4月から発令されていた緊急事態宣言が5月末に解除され、6月9日から対面でのワークショップを開始した。学生は、厚生労働省が提供する地域包括ケア「見える化」システム等を活用し、高齢者に関する各種データについて、横手市における時系列分析や東北地方等の他自治体と横手市との比較分析を試みた。また、地域共生社会の実現に向けた他自治体の取組として、厚生労働省のモデル事業(地域力強化推進事業、多機関の協働による包括的支援体制構築事業)の実施事例について調査を行った。これらの調査・分析から得られた結果を基に議論を行い、横手市への質問事項を取りまとめ、6月23日に第1回横手市ヒアリング調査を対面で実施した。感染防止対策を含めて横手市市民福祉部及び横手市社会福祉協議会にご協力いただき、分野ごとに、主として横手市の現状と課題についての確認を行った。

7月には、横手市の現状と課題を踏まえつつ、県としての施策を確認するため、秋田県庁へのヒアリングを実施した。また、横手市における地域包括ケアシステムの先進実施地域である「健康の丘おおもり」の視察とともに、同市に隣接し2019年11月に地域共生全国サミットが開催された秋田県湯沢市において、主として地域共生社会の実現に向けた取組に関する市役所等へのヒアリングを行った。その後、6~7月の一連のヒアリングを基に、中間報告も視野に入れながら、各分野の現状と課題を整理するとともに、横手市が目指すべき地域共生社会の方向性について議論を行った。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

中間報告会は、感染防止対策に細心の注意を払いつつ、対面での実施となった。本ワークショップの発表では、地域包括ケアシステム、地域共生社会に関する各分野の主要データや関連制度・政策の概要を示しつつ、横手市における現状と課題、目指すべき地域共生社会の方向性と、それを踏まえた今後の研究方針について提示した。この段階での成果としては、6つの各分野に関し、横手市の現状と課題をある程度整理できたとは言えるものの、地域共生社会の方向性は抽象的であり、また、課題を踏まえた具体的な解決策は今後の検討で明らかにしていくとして、提言の方向性を提示するという段階には至っていなかった。

c)夏季

新型コロナウィルス感染の第二波が訪れる中、夏季期間中のヒアリングは実施しなかったが、提言の方向性を探るため、後期の早い段階で、精力的にヒアリングを実施する必要があった。このため、学生は担当分野ごとに、それぞれの問題意識に基づいて、前期に調査したものも含め、課題の解決策として参考になるような先進事例について、横手市以外の全国の自治体等にも視野を広げて調査・整理を行い、その結果を基にヒアリング先の検討を行った。この夏季期間中に学生各々が行った検討作業は、後期の集中的なヒアリング実施の土台となり、本ワークショップの調査研究を深化させる上で、非常に有意義であったと考える。

d)後期(年内)

10月はまず、夏季期間中に学生各々が行ったヒアリング先の検討作業の成果を持ち寄り、議論を行った。その結果、ヒアリング先として、7自治体(仙台市、岩手県盛岡市、宮城県石巻市、埼玉県戸田市、新潟県上越市、石川県能美市、大阪府豊中市)と2団体(特定非営利活動法人ホームひなたぼっこ(宮城県岩沼市))、一般社団法人りぷらす(石巻市))を選定した。その後、ヒアリング先ごとに窓口となる担当者を1人ずつ決め、その担当者がヒアリング先との調整や質問事項に関する取りまとめ作業を行った。原則対面でのヒアリングを目指したものの、感染防止等の観点から、結果的にオンラインでの実施、あるいはメールによる質問対応となったヒアリング先もあった。その結果はともかくとして、感染の第三波の兆しもある中で、担当者が責任を持ってヒアリング先との調整に当たったことは、学生各々にとってかけがえのない経験になったものと考えている。

10月下旬から11月中旬にかけて実施した先進自治体等へのヒアリングの成果を基に、学生は、横手市における課題の解決策に関する議論を重ねた。そして、議論を通じて得られた提言案について、それが横手市において実現可能性があるかを確認する必要性について学生間で合意し、その目的のもと横手市へのヒアリング調査を実施することとした。11月19日の第2回横手市ヒアリングにおいては、再び横手市及び市社協の多大なご協力をいただきながら、分野ごとに分かれて、提言案を基にした質疑応答や意見交換を行った。

第2回横手市ヒアリングの成果を基に、最終報告会に向けて、学生全体で、提言案についてのディスカッションを行った。また、12月に入ってからは、最終報告会のPPT資料の作成と、最終報告書の骨子の執筆を並行して行った。特に、地域包括ケアシステムと地域共生社会との関係や、地域共生社会の実現に向けた分野横断的な取組と各分野における取組との関係について、ポイントとなる説明箇所のチェックを重点的に行った。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

最終報告会(12月22日)は、分野ごとに、横手市における課題を改めて提示した上で、先進事例のヒアリング結果も踏まえた具体的な提言を行うという流れで構成した。報告会では、時間の関係で、一部の提言に関する説明は割愛せざるを得なかったが、各学生とも、度重なるリハーサルの成果を発揮し、スムーズにプレゼンを行うことができた。また、質疑においても、概ね自分たちの考え方を説明することができた。

f)後期(年明け以降)

主に、最終報告書の執筆と内容確認作業を行った。最終報告会の際に作成した骨子を各担当者が肉付けしながら執筆作業を進めていく中で、特に、各分野の項目立てに関する平仄合わせや、全体としての論理構成に留意した。また、政策提言や残された課題の部分については、最終報告会での指摘も踏まえつつ、内容の修正・追加を行った。

以上のほか、最終報告書に掲載するヒアリング記録の資料について、各ヒアリング先の窓口担当者がそれぞれヒアリング先に連絡し、内容のご確認をいただいた。

なお、最終報告書提出後の2021年2月15日には横手市介護保険運営協議会において、同16日には横手市副市長及び市民福祉部職員の方々に対して、提言の発表を行った。

(イ)ワークショップの進め方

ワークショップは学生が共同で主体的に運営することを本旨としている。その学生の役割分担については、「代表」、「副代表」、「書記」(2名)、「儀典・渉外」、「会計」に加え、オンライン環境をサポートする「IT担当」、更には毎回の感染防止対策実施状況のチェックを行う「感染症対策担当」(2名)について、前期・後期に分けて担当替えし、6名の学生全員が前期と後期でそれぞれ別の役職を経験した。

また、先述のとおり、学生は1年を通して、各分野(地域包括ケアシステム、地域共生社会、高齢者介護・福祉、障害者福祉、子ども・子育て支援、生活困窮者支援)の調査研究を担当することとし、途中で担当分野を変更することは行わなかった。さらに、6分野を大きく2つに分け、2021年度から開始予定の計画(介護、障がい)の策定に対する提言を行う「サブグループA」(地域包括ケアシステム、高齢者介護・福祉、障害者福祉の3名)と、2020年度から開始している計画(子ども、地域福祉)の実施に対する提言を行う「サブグループB」(子ども・子育て支援、生活困窮者支援、地域共生社会の3名)を構成した。

なお、上記の役割分担と担当分野については、事前に学生から希望を聴取し、それを基に最終的には主担当教員が決定したものであったが、必ずしも自らの関心や希望に沿わない分野を担当することとなった学生がいたことも事実である。また、2017年度ワークショップBの「横手市介護保険事業計画の策定を通じた地域包括ケアシステムの推進方策に関する研究」では、その名のとおり、第7期横手市介護保険事業計画の策定作業において、市担当課の補完的な役割を担いつつ調査研究が進められたが、本ワークショップでは、第8期計画の策定作業とは独立して調査研究を進めたことから、サブグループ制は導入したものの、ほとんど機能しなかった。

スケジュールについては、ヒアリングや報告会といった主要なポイントから逆算した 概ね1~2か月単位ごとの日程感を踏まえつつ、毎週火曜のワークショップ開講日の前日までに担当教員と代表で協議しながら日程を立てて管理した。ワークショップにおける議論は毎回、代表が司会を務める形で行ったが、スケジュールが窮屈な上に、6名の学生が1つずつの担当分野をもって調査に当たり、その成果を持ち寄って全体で議論するという進め方においては、各担当者の負担が大きい上に、担当者同士の議論の深まりが生まれにくかったことは否めない。開始当初はオンライン授業に馴れるだけで時間を要し、また、対面となった後もワークショップ室ではなく講義室でスクール形式により実施したことや、サブグループによる少人数での議論を全く行わなかったことも影響したのではないかと考える。

最後に、指導教員について述べると、全体の企画やスケジュール管理を行った主担当教員はともかくとして、まず、総務省出身の木村宗敬教授には、前期の副担当として、秋田県での勤務経験や2019年度ワークショップAのご経験を踏まえつつ、地方自治・地方財政に関する基礎資料の提供や、秋田県庁ヒアリングの実施に向けた助言・支援、中間報告会におけるプレゼン方法の指導など多大なご尽力をいただいた。また、諸岡慧人准教授には、1年を通じて、研究者教員の視点から、主担当とは異なる角度からの論点を提示していただいたほか、調査結果を提言に結び付けていくプロセスにおける論理的な思考方法や、報告会PPT資料の分かりやすい作成や発表の方法など、副担当として的確かつ熱心なご指導をいただいた。さらに、オンライン授業の円滑な実施等のために今年度特別に設置されたTAとして、M2の佐藤沙栄さんが、2019年度ワークショップAメンバーとしての経験も活かしつつ、ヒアリング調査や報告書作成の進め方等に関するアドバイス、横手市や秋田県庁ヒアリングへの同行等を通じて、ワークショップBの運営をサポートしてくれた。

(3)成果

(ア)最終報告書

最終報告書は、3つの章から構成されるが、まず冒頭の「はじめに」において、本ワークショップにおける研究の背景と目的を明らかにした上で、2017年度ワークショップBの研究結果を踏襲せず、新たに調査を行ったうえで分析と提言を行うことを宣言している。

第1章は、「地域包括ケアシステム」をめぐる現状と課題について述べたものである。第1節では、地域包括ケアシステムに関する制度の概要や目的について、これまでの介護保険法改正のポイントも含めて整理している。第2節では、横手市における地域包括ケアシステムをめぐる現状について、地域包括ケア「見える化」システムによる分析結果も含めて紹介した上で、横手市における取組と課題をまとめている。

次に、第2章は、「地域共生社会」をめぐる現状と課題について述べたものである。第1節では、地域共生社会をめぐる背景や国におけるこれまでの取組について整理している。第2節では、横手市における地域共生社会のあり方を考えるに当たって、「地域共生社会」及びその取組の推進に関して国が示している3つの視点(「相談支援」「参加支援」「地域づくり支援」)に対し、本ワークショップとしての独自の定義を述べた上で、それぞれの視点に照らして、横手市における分野横断的な課題および各分野(高齢者介護・福祉、障害者福祉、子ども・子育て支援、生活困窮者支援)における課題を述べている。

第3章は、第1章及び第2章で述べた横手市の課題を踏まえ、本ワークショップの政策提言について述べたものである。第1節は、地域包括ケアシステムに関する提言であり、介護分野における人材不足等の課題に対応するため人材の裾野を広げる取組が必要であるとの問題意識のもと、定年前後の方を対象とした「介護分野における非専門的業務への就業支援事業」を提言している。第2節は、地域共生社会に関する提言である。これについては、地域全体で抱える課題の解決を目指す「分野横断的な提言」と、分野ごとの専門性の高い課題の解決を目指す「各分野の提言」の両方が必要であるとし、それぞれの提言について述べている。分野横断的な提言では全部で4つの提言を掲げているが、このうち、日頃から多様な住民同士が活発に交流するきっかけと場所が必要であるとの問題意識のもと、①世代や分野を超えた多様な住民が交流する「きっかけ」の提供、②交流の「場」(公共施設)の設備に係る整備、という2つの提言を、また、複雑化・複合化した課題や制度の挟間に対応するためには断らない相談・支援と支援体制の強化が必要であるとの問題意識のもと、③地域局市民サービス課の機能強化及び相談窓口の出張、④コミュニティソーシャルワーカー(CSW)の適切な配置、という2つの提言をそれぞれ掲げている。また、各分野の提言については、その詳細は紙面の都合から割愛させていただくが、高齢者介護・福祉で3つ、障害者福祉で2つ、子ども・子育て支援で3つ、生活困窮者支援で4つの提言を行った。最後に、これらの提言に係る各活動はウィズ・コロナでも感染防止対策を図りつつ必要である旨を述べた上で、「おわりに」では、全体の振り返りと本研究の意義について簡潔にまとめている。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

第一に、本ワークショップの学生6名は、1年を通して同一の分野の調査・研究を担当することとなった。このことについては、上述のとおり、全体での議論がやや低調になる要因になったと考えられるものの、その一方で、各学生がその担当する分野に責任を持って取り組む姿勢を生み出し、その結果、各分野における政策の修得に関する熟度や、修得した内容を対外的に説明する能力を向上させるという効果はあったのではないかと考える。

第二に、横手市ヒアリング調査においては、横手市役所の市民福祉部はじめ関係各部・機関の全面的なご協力を得て、計3回(健康の丘おおもりを含む)のヒアリング調査を実施することができた。これにより、各種計画等で調査した内容について、実際に市役所職員の皆様からお話を伺うことを通じて、各学生が担当する分野の現状を丁寧に確認した上で、実現可能性の観点も含めて提言案を精査する能力を向上させることにつながったと考える。

第三に、各担当者がヒアリング先との窓口となり、責任を持って連絡調整を行った。このことは、自治体や民間団体等との調整能力の向上につながり、公共政策ワークショップⅡのリサーチペーパー執筆に当たっての調査でも必ずやこの経験を活かせるものと考える。

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