東北大学公共政策    

プロジェクトC:人間の安全保障(Human Security)

(1)趣旨

「今日、COVID-19 をはじめ、多様で複合的な地球規模の課題への対処に、政府、援助実施機関、国際機関、NGO などの担い手が懸命に取り組んでいる。この研究は、私たちにとって、各個人が「人間の安全保障」を自分事として捉え、その課題に対処する知見や能力を身に着け、取り組む主体となることの重要性、そのための支援の必要性について、認識する機会を提供してくれた。」(最終報告書P123「おわりに」から抜粋)

本研究を通じて学生が得た果実は、上記の言葉に凝縮されている。本ワークショップのミッションは、今日に至る我が国の外交政策における「人間の安全保障」の位置づけを確認し、その強み、有用性を掴み、その「人間の安全保障」を国際社会で推進していく方途について研究することであった。

グローバル化,相互依存が深まる今日の世界においては,貧困,環境破壊,自然災害,感染症,テロ,突然の経済・金融危機といった問題は国境を越え相互に関連しあう形で,人々の生命・生活に深刻な影響を及ぼしている。このような地球規模の諸課題に対処していくためには,従来の国家を中心に据えたアプローチだけでは不十分であり,「人間一人ひとり」に焦点を当て,個人の保護とその能力強化に主眼をおいて、様々な主体が連携し、分野横断的・包括的に対処すること必要となっている。

日本は、1990年代の後半から「人間の安全保障」を提唱し、日本外交の柱として、国際的にリーダーシップをとって推進した。国連においても「人間の安全保障基金」を設立、2012年「人間の安全保障」に関する国連総会決議採択を主導し、「人間の安全保障」の普及・発展に取り組んできた。しかし、それ以降、同基金への拠出金は増えず、また国連における人間の安全保障のモメンタムは失われている状況にある。そのような認識の下、 「人間の安全保障」を国際社会で推進するために、次世代を担う学生ならではの視点で検証し、課題の解決方法を提言するために研究を行った。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

新型コロナウィルス感染症は、まさしく我々の日常生活まで脅かし、今日ほど、「人間の安全の保障」のアプローチが求められている時代はないことを体感する中で、研究を進めることとなった。

同感染症対策のため、4月及び5月はオンラインで、指導教員のレクチャーでスタートし、その後「人間の安全保障」に関する基本文献を読み込み、生徒間で分担してプレゼンテーションを行う等、人間の安全保障に関するこれまでの取組、現状の政策について深めることに集中した。並行して、共同作業を円滑にすすめるために、WS内の人的関係、信頼関係を構築すべく、授業時間外にオンラインで懇親するなど工夫をこらした。

6月に入り、同感染症対策を十分に組むことで、対面によるワークショップが遂に実現した。今までオンラインの世界でしか会っていなかったグループの仲間と、対面で協働して課題に取り組むことができ、生徒の間にも安堵の様子がうかがえた。

様々な機関でZOOM等を活用したオンライン会議、打ち合わせ等に取り組みが活発になる状況を踏まえて、東京に出張に行く代わりに、東京、京都の人間の安全保障の第一人者である研究者、JICA本部、駐日国連機関にオンラインヒアリングを申し入れ、協力を得て実現することができた。

対面ワークショップ開始から中間報告までは2か月しかなく、中間報告に向けて、政策課題を特定し、その解決の糸口となる政策提言の要素の抽出作業を継続した。また大勢の前での、初めての共同でプレゼンテーション、質疑応答に臨むための準備を進めた。

b)中間報告会

一日がかりの報告会で、ワークショップCは4番目のトリを務めた。 学術的にも定義が確立していない「人間の安全保障」との組み手を探りながら、8月までに得た知識、前期の7回のヒアリングの成果を生かして、短期間で、人間の安全保障の国際社会での推進に中核となる課題について整理・抽出し、後期の調査・研究につながる政策提言の方向性を発表した。質疑応答では、M2の先輩、教員から厳しい質問に説得力を持って回答するに至らなかった場面もあったが、不安の中でも、全力でやりきったという感触を得た報告会となった。

c)夏期

新型コロナウィルス感染症のため、海外での調査が難しくなり、例年この時期に取り組んでいる海外調査の諸準備に時間を費やす必要はなくなった。

中間報告後、諸課題を忘れないうちに反省会を行った。中間報告に向けて精力的に取り組んだこと、またコロナ禍で様々な制約がある中での共同作業であったため、見えない疲労も蓄積している様子も伺えたので、まずはしっかり休養をとり、リフレッシュすることとした。 その上で、夏季休暇期間中は、反省会での気づきの事項を踏まえつつ、最終報告会を目指すこととした。各自、各グループで課題解決のための必要な調査・整理を行い、土台固めをしつつ全体のレベルアップにつなげることに時間を費やすことし、定期的にメンバー間で連絡をとって進捗状況を確認することとした。

d)後期

最終報告会まで、プレゼンテーション資料の作成、提言の素案の確定、リハーサル等も含めて10数週間しかないことも確認しつつ、時間を逆算して、計画的に取り組むことに挑んだ。他方で、いい提言をつくりあげるために、できるだけ沢山のヒアリングをこなし、提言を支えるエビデンスを収集するべく、後期だけで22ものヒアリングを実施した。この中には、海外調査の直接の代替にはならないが、駐日大使館へのヒアリングも含まれている。

非常にタイトなスケジュールの中、ヒアリングを通して関係者の生の声をきくことで、学生たちは自分たちの主張の正当性を検証することに努めた。

多くのヒアリング先が、第一線で活躍されている著名で多忙な方であり、時間も限られている中でのヒアリングを実現させる必要があったため、教員の方でアレンジを進めた。6つの駐日大使館(ノルウェー、スイス、パナマ、スロベニア、タイ、チリ)のヒアリングについては、学生が、英語も交えながらオンライン、大使館訪問のアレンジの調整を行った。このヒアリングのアレンジを通じて、社会人としてのトレーニングを受ける良い機会にもなった。

各大使館とも学生の訪問を歓待してくれた。特に、パナマ、スロベニア、チリについては、駐日大使自らがヒアリングに参加されなど、大学院生と大使館の交流が、2国間関係にとっても非常に重要であることを、学生、教員ともに肌で感じる貴重な体験となった。

また、オンラインを活用して、14時間の時差を乗り越えて、NYの国連本部にオフィスがある国連の人間の安全保障ユニット長とのヒアリングも実現した。提言の纏める直前での実施となったが、12月に、日本時間の夜10:30から開始し、予定時間を大幅に超え、数時間にわたり、英語で取り組んだ。

11月に実施した提言先となる外務省へのヒアリングでは、御多忙の中、吉田綾地球規模課題総括課長に対応していただき、岡田恵子国際協力局審議官との表敬もアレンジいただく機会に恵まれ、外交における「人間の安全保障」重要性、このテーマに取り組むことと意義を再確認する貴重な体験となった。

吉田課長からは、普段なら聞けない、今温めている日本の「人間の安全保障」の推進の構想について話を伺うことができ、外交がどのようなプロセスで形づけられ、実践されているか学ぶ有意義な機会となった。

また、できるだけ現場に近い声を拾うために、長年にわたり海外で人間の安全保障に携わっているJICA専門家、JICA国際協力専門員にもヒアリング実施した。併せて、国連の人間の安全保障基金の実施機関である、UNICEF、UNHCRの東京事務所の方にも有益な話を伺った。

多角的にヒアリングを行うため、研究者、政府、国際機関だけでなく、NGOの方にもヒアリングを依頼し、実施した。

このように後期は、前期の3倍の22のヒアリングをこなし、提言作りへの材料を最終報告会直前まで得ることに努めた。

e)最終報告会

中間報告会の4つの柱をベースに、「人間の安全保障」の国際的な推進のための、4つの政策提言を行った。プレゼンテーションにあたっては、「人間の安全保障」の必要性、「人間の安全保障」のアプローチの強みを、聴衆に分かりやすく伝えるために、ストーリーつくりを意識して、組み立てることを試みた。各提言の分量のバランス、また4つの提言の相関関係も考慮せねばならず、共同作業の難しさを乗り越えることが求められた。

また数多くこなしたヒアリングの貴重な材料を、プレゼンテーションの中にできるだけ活かす工夫をした。

50分のプレゼンテーションに加えて、85分の質疑応答にも備えなければならなかった。中間報告会の反省も踏まえて、各担当の質問だけでなく、横断的な事項、総論・ 総括的な事項に対する厳しい質問への対策を準備する中で、チームで支え合うことの必要性を学んだ。

コメンテーターには、直近まで国連日本政府代表部で人間の安全保障を担当していた星野俊也元大使に神戸から駆けつけていただき、生徒たちの1年間の取組につき、お墨付きをいただける報告としてまとめることができた。

(イ)ワークショップの進め方

a)ワークショップとオンライン自主ゼミの併用

毎週火曜日の3限~5限にワークショップを実施した。新型コロナウィルス感染症の対応・準備のため、例年より2週間ほど遅れてのオンラインでワークショップを始動することとなった。その後、本ワークショップの対面での共同作業実施の必要性、重要性が認められ、同感染症対策を十分に講じることで、6月より対面によるワークショップが実現したのは前述の通りである。

当公共政策大学院においては、本ワークショップ以外の授業は、前期はオンラインの授業であった。ワークショップ以外の時間にも、メンバー間のコミュニケーションをより緊密にすることも兼ねて、毎週のワークショップの間に自主的な学習(「自主ゼミ」)を実施した。次のワークショップへの事前調整、オンラインヒアリングの質疑応答の準備、提言をまとめるにあたっての考え方の整理等のために費やされた。自主ゼミはほぼ毎週開催され、この献身的な取り組みは4つのワークショップ随一であると自負している。 オンライン時の打ち合わせでは、ジャムボードを用いるなど、WSメンバー間の共通認識の形成のために創意工夫した。

b)ヒアリングと海外調査

ヒアリングは、ほとんどの対象者が東京をはじめ仙台以外の地の方であった。そこでオンラインのメリットを活用し、東京、関西、海外の方と、オンラインによるヒアリングをこなした。

公共政策ワークショップの強みは、その実践的な手法である。現場を幅広く観察し、現場の声を踏まえて、具体的な政策提言をつくりあげるプロセスが重要である。本ワークショップで、例年実施している海外調査は、新型コロナウィルス感染症のための渡航制限もあり、実現できなかった。よって、本ワークショップでは、海外の「現場」に出向き、担当者から話を聞き、プロジェクトを観察し、「人間の安全保障」の実態を踏まえて、政策提言を作り上げる機会を得ることができなかった。

その穴を埋めるべく、「人間の安全保障」のプロジェクトに携わっているJICAの専門家、JICAの国際協力専門員にヒアリングすることで、できる限り、現場の声を踏まえた提言作りに取り組んだ。

このワークョップの取組は、教員にも、「人間の安全保障」の実践において第一線で活躍される方と 『「人間の安全保障」の国際的推進』という共通の課題で繋がる機会を提供してくれた。高須幸雄人間の安全保障担当事務総長顧問をはじめ、田中明彦国連人間の安全保障諮問委員会委員、ここでは全ての名前をあげられないが「人間の安全保障」の研究の第一線でご活躍されている大学の研究者の方々に、ご多忙の中ご協力いただいたことに心から感謝申し上げたい。またJICAには格段のご配慮をいただき、複数回にわたり、ヒアリングに対応していただいた。 更に12時間以上の時差の中ヒアリングに対応してくれた、チリ本国外務省、NYの国連人間の安全保障ユニット、駐日大使館関係者、駐日国際機関の関係者にこの場を借りて御礼申し上げたい。

毎回のヒアリング終了後に、その報告を取りまとめ、その内容を確認する作業がおこなわれていれば、終盤でのヒアリング取り纏め作業の負担もより軽減されたと思われる。

c)役割分担

8名のメンバーを、リーダー、サブリーダーを各1名、プロトコール(渉外担当)、IT担当各1名、会計、書記については各2名として分担した。第1回目のワークショップでリーダー、サブリーダー、プロトコール(渉外担当)、会計、書記、IT担当の役割を配分したが、役職が一年間固定化されてしまった。それぞれ色々な役回りを担い、色々なスキルと責任感を身に着ける観点からは、ローテンションを組む柔軟性や工夫も必要であったと思われる。

(3)成果

(ア)最終報告書について

詳細な内容は、本報告書を是非ご覧いただきたい。学生一人一人が多くの時間を割き、非常に苦労した甲斐もあり、本文P128、巻末資料、ヒアリング報告も入れるとP484の大部の成果文書を完成させた。

本報告書は、5部から構成されている。

第1部の「はじめに」続き、第2部では、「人間の安全保障」の概要、歴史的な経緯について、文献のみならず、国連総会決議、国連事務総長報告等の国連文書も参照し、できるだけ分かりやすくまとめた。

第3部においては、国連、特に中心となる、人間の安全保障基金、国連開発計画、国連児童基金及び国連難民高等弁務官事務所、並びに日本政府の取組について、基本的事実関係にとどまらず、現場の取組も含めできるだけ網羅的に取り込み、取りまとめて記述した。

第4部においては、これまでの文献等調査、ヒアリング結果を踏まえて、4つの提言を提示した。同部第1章では、「人間の安全保障」が求める包括的アプローチを実践するための「連携の強化」、第2章では「『人間の安全保障』対話の創設」、第3章では「国連の人間の安全保障基金」の改善策、そして第4章で「国連における『人間の安全保障』のモメンタムの強化について政策提言した、これら4つの提言は、提言一つ一つの重要性もあるが、それにとどまらず、4つの提言が相互に作用することで、「人間の安全保障」が国際的に推進される、そのようなダイナミズムも視野にいれて取りまとめていった

(イ)ワークショップを通じた能力育成について

基本的にはWSの運営は、学生の自主性に任せ、必要に応じ、道しるべを示し、方向性の軌道修正の助言、見落としている視点を補う等の指導を行った。

この点、副担当の西本教授には、適切かつ示唆に富むアドバイスを惜しみなく提供していただいた。

本ワークショップの成果発表のハイライトである8月の中間報告、12月の最終報告には、高い集中力で本番の発表に臨み、大人数の前でのプレゼンテーションは、それぞれ実力を発揮し、共同作業としても立派に仕上げることができた。

他方で、上記の発表の集大成となる「最終報告書」を書き上げる作業には、後半の22回のヒアリング、最終報告プレゼンテーションの準備作業とも並行して行わねばならず、非常に苦労している様子がうかがえた。時間的な制約のみならず、これまでの取組を通じて理解した内容を再構成し、その結果をみずから文章にするという作業は、一年間オンライン等を駆使して取り組んできた作業とは全く異なるスキルを学生に要求 した。

年間を通して、社会人1名、留学生1名も含め、異なるバックグラウンドの8名の学生が共同作業に取り組んだ。各人の立ち位置、視座を見出しながら取り組んでいたが、役割分担を交代することで、刺激し合い、成長を図ることも必要であったと思われる。

この共同作業は、各人がそれぞれの役割を果たすと同時に、チーム全体にまたがる事項についても、協力し、支え合って対応することが求められる。誰かが対応してくれるであろうと遠慮し、見合ってしまい、もう少し積極的に取り組めばよかったとの意見もワークショップ終了後に伺った。これらの反省については、今後の社会人生活で是非生かしていただきたい。

本ワークショップは、毎週火曜日3~5限の非常に長い時間、一年間通して取り組む忍耐力が求められる。その中で、毎ワークショップの計画、時間配分等については、よりメリハリをつけて運営することが求められる場面が多々見られた。限られた時間の中で生産性を高めることについては、今後の研鑽に期待したい。

学生主体のワークショップ運営であるが、生徒から教員に対し、より適切な報連相が求められる場面も多々あった。この点、教員側としても、コロナ禍での各学生の取組状況について、要所で個別に話をする機会を設けて、8人のメンバーに、よりきめ細かに対応するべきであった点は反省材料である。

上記のとおり改善すべき諸事項はあるも、努力の甲斐あって、立派な最終報告書が仕上がった。是非この成果物を糧に、今後の学生生活、社会人生活を充実したものにしてほしい。そして、このワークショップの取組が、「人間の安全保障」を自分事として捉えるきっかけを提供できたのであれば、本懐の至りである。

 

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