- 公共政策ワークショップⅠ 最終報告書 プロジェクトA(全ページ、4.53MB)
(1) 趣旨
世界が新型コロナ禍に覆われる直前の2019 年、世界全体の国際観光客数は15 億人近くにまで達した。1999 年の段階では6 億人であったから、20 年間で2.5 倍も増えたことになる。日本を訪れる外国人旅行者数も同様に増加の一途を辿ってきた。2003 年には521 万人だったが、2019 年には3188 万人へと急増している。15 年間で6 倍以上の増加ぶりである。東北大学の地元である仙台市はどうか。1996 年に1460 万人だった入込客数は2019 年には2180 万人に、同じ時期に宿泊者数は384 万人から624 万人にそれぞれ増加している。外国人宿泊者数も同様の傾向を示している。2010 年には9 万人だったが、2019 年には33 万人に達し、10 年足らずのうちに3.6 倍も増えた。 2020 年春以降、各国で新型コロナ対策の一環として人びとの移動が厳しく制限されたことにより、2020 年から21 年にかけては世界的にも観光客は急減した。しかしながら、2022年になると、感染が落ち着き始めたこともあり、観光客数は回復基調に転じた。2023 年になると観光需要は反転し、それ以降はすでにコロナ以前を上回る状況になっている。観光の盛況ぶりは、21 世紀が「観光の世紀」であることを物語る。 1990 年代初頭のバブル景気崩壊後、「失われた30 年」ともいわれるなか、この間に順調に成長し、また将来においても期待のもてる数少ない産業分野の一つが観光業であることは明らかである。2003 年の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の開始、2006 年の観光立国推進基本法の制定(旧観光基本法の全面改正)、2008 年の観光庁の設置など、日本政府は21 世紀に入り観光政策に対して積極的な姿勢を示してきた。とくにインバウンドの拡充には熱心に取り組み、当初は2010 年に1000 万人達成(2003 年当時の2 倍)を目標としていたが、2013 年に目標の1000 万人に達した。国は観光立国推進基本法に基づいて「観光立国推進基本計画」を策定しているが、コロナ禍を経て23 年に改定された第4 次計画においては、訪日外国人旅行者数については2025 年までに、19 年の実績値である3188 万人を超えることを目標として掲げている。 地域経済の活性化という狙いもあり、近年では国と同様に地方自治体においても観光政策は積極的に取り組まれており、観光計画も策定されている。仙台市にもコロナ禍を踏まえた「仙台市交流人口ビジネス活性化戦略2024」が現行計画(本稿執筆段階)として存在しており、「交流人口で『潤う』都市」(旅行消費の拡大による地域経済の活性化、交流人口ビジネスの発展と経済循環・雇用創出)の形成を掲げている。 このように、今世紀に入り日本だけでなく世界各国で観光は活況を呈し、コロナという予期せぬ出来事を除けば、行政による観光政策も比較的順調に推移してきた。しかしながら、観光政策上の課題がまったくないというわけではない。仙台や宮城、東北地方の観光客数はその他の地域と比べるとそれほど多いとはいえず、観光消費額なども拡大の余地が依然としてある。加えて、近年では、従来のマス・ツーリズムの弊害を乗り越えるべく、新たな観光の形態としてオルタナティブ・ツーリズムやサステイナブル・ツーリズムが提唱されている。このような観点から、単なる観光客の量的拡大や経済活性化にとどまらない、理念に裏打ちされた政策も求められる時代になってきた。 これらの経緯を踏まえつつ、本ワークショップ(WS)では、仙台市を主たるフィールドとしながら、観光政策の現状と課題を分析し、ポスト・コロナ時代における観光政策のあり方について提言をまとめた。より具体的には、「仙台市の交流人口拡大を目的に観光をこれまで以上に盛り上げ、なおかつ長期的な視野に立って観光を持続可能なものとするにはどうすれば良いのか」という課題に取り組んだ。
(2) 経過
(ア) 年間の作業経過等
a)前期
前期の活動としては、まず観光政策や政策立案に関する基礎的知識の習得を行った。具体的な活動内容としては文献の輪読、ヒアリング、視察の3 つである。 第1 に、WS 開始当初からしばらくは、『入門観光学』の輪読を行った。観光政策に関する基礎的な知識の獲得や情報の共有、さらには文献読解力、情報整理・報告のスキルの獲得・向上を狙いにしたものである。加えて、『自治体政策学』、『地域データ分析入門』、『政策立案の技法(第2 版)』の主な内容を教員が解説し、自治体における観光行政についての知識、データ分析や政策立案の具体的な技法について学習する機会をもった。 第2 に、関係機関においてヒアリングを実施した。東北運輸局観光部では東北地域の観光の現状・施策・課題、仙台市観光課では仙台市の観光の現状・施策・課題、仙台観光国際協会では仙台市における具体的な観光施策等についてお話を伺うとともに、事前に学生から送付した質問に答えていただいた。 第3 に、ゴールデンウィーク中に「るーぷる仙台」を利用し、仙台市博物館、青葉城、大崎八幡宮といった仙台の主要な観光スポットを周遊して、仙台の観光の実態を視察した。WS には仙台市出身者や東北大学出身者が皆無だったため、仙台を知る良い機会にもなった。 基礎的知識の習得を経て、6 月頃からは中間報告会に向けた活動に取り組んでいった。「コンテンツ」、「新しいツーリズム」、「基盤」の3 つの班(班名は後に改名)に分けて、各3〜4 名の班体制のもとでそれぞれの興味関心にしたがって調査を進めた。調査の過程では、宮城県教育庁文化財保護課や東北大学大学院経済学研究科の吉田浩教授にヒアリングを行うなど、現場情報を収集して、どのような課題があるのかを把握することに努めた。
b)中間報告会
前期での調査・分析を経て、7 月に中間報告会に望んだ。上記の3 つの班は、それぞれ、「既存資源の活用を通じたコンテンツ・ツーリズム」、「仙台市の新しい観光-ウェルネスツーリズム導入の提言-」、「観光振興による負の影響」を個別テーマに設定してプレゼンテーションを行った。直前まで報告内容が具体化できていない班もあったものの、当日には後期の政策提言に向けた中間段階の調査報告を一定の解像度を伴いつつ行うことができた。他方で、質疑応答については一部の学生に負担が偏るなど、課題点もあった。
c)夏季
夏休み期間中には、中間報告会で残された課題などを踏まえつつ、各自・各班で研究を進めた。オンラインにより隔週で自主ゼミを開催し、資料の検討や進捗状況の報告などを行った。学生の主体性に任せるため当初は教員は参加していなかったが、後半では教員も参加することで、議論の活性化を図った。ヒアリングや視察は各班・各自が行うようになり、岐阜県や石川県金沢市などに赴いた。
d)後期(年内)
後期は、観光庁、仙台国際空港株式会社、箱根町観光協会、仙台観光国際協会など、観光政策の企画立案・実施に関わる機関を対象に、官民問わず幅広くヒアリングを実施したほか、各自が現地視察を行うなど、本大学院が掲げる現場主義の理念に乗っ取って、調査活動を積極的に進めた。班によって多少の差はあったものの、最終報告会や報告書の作成に向けて、各自が精力的に活動した。 政策提言に向けた調査・議論は学生たちが主体的・能動的に行い、教員は適宜助言するという立場で関与した。また、チューター役のM2 学生からはスケジュール管理などの細部から、提言内容に至るまで、さまざまな助言をいただいた。 時間的に追われながらも、各学生は根気強く活動に取り組み、最終報告会の準備を終えることができた。
e)最終報告会
最終報告会では「ポスト・コロナ時代の観光政策-仙台市の交流人口拡大に向けて-」と題して報告を行った。より具体的には、仙台市における交流人口拡大に寄与する振興策とともに、持続可能な観光地経営の実現に対する問題意識から、それに伴う負の影響を想定した政策パッケージの検討・立案に取り組むという内容である。 準備段階では、スライドの体裁や全体の統一性、添付資料である報告書概要の執筆方法、役割分担など、全体で調整すべき点も数多く、対応に追われる格好となったが、最終的には調整がつき、事前のリハーサルも熱心に行われ、本番を迎えることができた。中間報告会の際には調整不足が理由で直前までバタバタしたやり取りが見られたが、最終報告会ではそのようなことはなかった。また、報告自体も各学生が責任をもって行った。これらの点は学生の成長がとくに感じられたところである。
f)後期(年明け以降)
年明け以降は、学生主体で最終報告書の内容・構成、役割分担、締切に向けた作業工程のスケジュールを決めつつ、最終報告会で指摘された事項を中心に、提言や報告書の内容を練り直す作業を進めた。最終報告書に添付するヒアリング記録の整理や報告書送付先の確認作業なども同時に進めた。 注の付け方や参考文献の表記の仕方などの細部も含め、全体の体裁を整える作業は想像以上に難航したものの、学生は精力的に作業を進めた。教員が原稿を確認し、修正の指示やコメントを付すとともに、学生も他の学生に対するコメントや質問をファイルのコメント機能を用いて行った。それらの総数は百数十個にも及んだが、各学生はそれらに真摯に対応し、適宜修正等を行った上で、最終報告書を無事提出した。
(イ)ワークショップの進め方
定例である毎週火曜日の3 限から5 限にWS を実施したほか、学生が主体となって自主ゼミを行った。夏休みに行われた一部の自主ゼミ以外には教員は参加せず、学生同士による能動的な活動の場になることを促した。ゴールデンウィーク中や最終報告書提出直前の火曜日に、本来は休日であったが、臨時のWS を開催したこともある。 教員と学生間の連絡・情報共有はライングループとGoogle Classroom を活用した。学生同士においてもライングループを独自に作り、適宜情報共有を行うように促した。 ヒアリングや現地視察については、前期の当初段階(5 月)では教員が予め行先を決定し、日程調整などを行ったが、6 月以降は学生に任せる体制をとった。これに先立ち、全体を3 つの班に分け各班長を選出するとともに、リーダー、渉外、会計、書記の各担当を決めた。本WS では輪番制ではなく固定制をとり、各担当が各自の技能に習熟して専門性を高める体制を敷いたが、渉外や会計の担当についてはWS 全体で実施するヒアリング・現地調査の際に分担し、各班・各自が独自にヒアリング・現地調査を実施する際には、各自・各班が責任をもって行うこととして、業務負担の均一化と業務の効率化にも配慮した。 副担当の石山英顕教授(前期)と原田賢一郎教授 (後期)には常に貴重な御指導・御助言などを頂き、またチューター役として参加していただいたM2 の鈴木悠平氏からも多くのサポートを得た。この場をお借りして深謝申し上げたい。
(3) 成果
(ア) 最終報告書
最終報告書は「ポスト・コロナ時代の観光政策―仙台市の交流人口拡大に向けて―」と題して、仙台市の観光における現状や課題などについて総論として触れたうえで、交流人口拡大のために(主に)仙台市が取るべき観光政策について具体的な提言を行った。提言は3 つの柱から成り立っており、第1 に「歴史・アニメコンテンツの活用を通じた高付加価値化の実現」、第2 に「ウェルネス都市・仙台の確立」、そして第3 に「仙台国際観光協会を『司令塔』とする観光地経営の高度化」という施策である。 これら3 つの柱は、前期に設けた3 班体制に即したものであり、各班のメンバー構成に変化はなかったが、提言の方向性や内容は前期から変化した班もある。3 班体制としつつも、各人が(少なくとも)1 つの提言をすることを夏休みに基本方針として固め、それに従って、10 人のメンバーがそれぞれに以下のような具体的な提言を行っている。 第1 の「歴史・アニメコンテンツの活用を通じた高付加価値化の実現」は、戦国武将としての伊達政宗に着目した新たなブランディング、それに関連した広域連携、加えて『ジョジョの奇妙な冒険』をはじめとする仙台市と関係の深いアニメ作品の観光資源としての積極的な活用などを通じて、「仙台市の観光面における高付加価値化の実現」を目指すものである。第2 の「ウェルネス観光都市の確立」は、コロナ禍を経て成長を遂げている「ウェルネス」市場に着目し、ウェルネスを核として仙台市東部エリアや西部エリアの作並・定義地区、秋保地区のさらなる活用などを通じて、仙台市への誘客拡大を目指すものである。そして最後の「仙台国際観光協会を『司令塔』とする観光地経営の高度化」は、政策実施による各種成果のモニタリング、観光におけるデータの有効活用、データ活用に伴って懸念される個人情報保護問題の発生を抑止するための保護施策の強化などを通じて、仙台市の観光における持続的な発展に必要な体制を整備することを提言するものである。
(イ) ワークショップを通じた能力育成
本WS の受講生は、一部学生を除き、入学時には研究対象である観光政策に関する基礎的知識が乏しい状況にあったため、WS 開始当初の段階では、文献の読解などを通じて、知識の獲得に努めた。加えて、主たるフィールドを仙台市に設定していたものの、仙台市出身者や仙台市在住経験者、東北大学出身者が皆無であり、まずは仙台市の概況や観光スポットを知ることが必要となり、GW 中に現地視察を行うなどした。これらの機会を通じて、観光政策や仙台市についての基礎的知識を一定程度修得することが可能になったと思われるが、最終的に政策提言を行う以上、より深堀りして研究対象に対する理解度を上げる必要性があったものと思われ、その点は反省材料である。加えて、価値のある分析を行うために必要な一定のスキル(課題設定法、分析フレームワークの活用など)については、文献の輪読や教員による解説を通じて修得の機会を提供すべく努めた。 本WS は10 人という大所帯であったため、早い段階で3 つの班に分け、分業体制を敷いた。班別体制にすることによって、政策提言の柱が比較的明確となり、全体的に整合性・相互補完性のある提言を行うことができた。しかし他方で、WS 全体の調整や班同士の調整には思いの外時間を要する場面もあった。加えて、班内の役割分担が不明瞭になる傾向も見られたことから、夏休み以降は班体制を維持しつつも、個別の政策提言については各人がそれぞれに行う方針を決め、そのことで各人が自らの責任において調査・提言を行うモチベーションが高まった。 このように、反省点や課題点はあるものの、最終報告会は中間報告会と比べてもはるかに洗練度が高く、最終報告書も中身の濃いものができあがった。学生が1 年を通してひたむきに努力を重ねた結果であり、成長の跡を確かに感じることができた。その努力には心より敬意を表したい。受講生一人一人がこの経験を糧にして、今後さらに飛躍されることを望んでやまない。