東北大学公共政策    

プロジェクトB:出生率低下の進む我が国の家族政策を考える


(1)趣旨

我が国においては、1989 年の合計特殊出生率が1966 年(丙午の年)の1.58 を下回り1.57 となったいわゆる「1.57 ショック」以来、30 年あまりにわたって、急速に進行する少子化(出生率の低下)をどのように克服するかが大きな課題となってきた。累次にわたり様々な少子化対策のプランが打ち出され、出生率がわずかに回復を見せた時期もあるが、出生率低下の趨勢を変えるには至っておらず、2023 年の合計特殊出生率は過去最低を更新する1.20 という水準に低下した。1.3 を下回る状態にある我が国の出生率の状況は、国際的に見ても”lowest-low fertility”(極低出生力)と表現されるほど、極めて低い水準となっている。 このような状況の中、2023 年末には、次元の異なる少子化対策の実現に向けて、「若い世代の所得を増やす」、「社会全体の構造・意識を変える」、「全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する」を3 つの基本理念とする「こども未来戦略」が策定され、2028 年度までに新たに年間3.6 兆円規模の財源が投入され政策の強化が図られることとなっている。このように我が国では「少子化対策」という文脈で政策的な対応が展開されてきたが、とられてきた対策の多くは、国際的には「家族政策(Family Policy)」として展開されてきたものである。経済協力開発機構(OECD)などの国際機関において、家族政策の分析が行われてきていて、いくつかの点で国際的にみて我が国の際立った特徴が指摘されているが、こうした分析について国内で注目されることはあまりない。 例えば、国連児童基金(UNICEF)がOECD とEU 加盟国を対象に先進国の子育て支援施策を調査し、2021 年に発表したレポートでは、育児休業制度ではわが国は世界で1 位と順位付けされている。その一方で、男性の育児休業取得率は、2022 年度の調査で17.13%と諸外国に比べて極めて低い水準である。 OECD のデータ(Social Expenditure Database)によれば、我が国の家族関係社会支出の対GDP 比は、1990 年の0.34%から2020 年には2.00%と5 倍以上の規模に拡大している。それにもかかわらず、継続的に出生率が低下しているのは、充実させてきた政策がまだまだ経済社会の変化に追いついていない、あるいは、経済社会の中に政策が機能しない阻害要因が潜んでいて、変化への対応を阻んでいることが考えられる。 様々な要因が複雑に絡み合って生じている少子化の問題の根深さ故に、この問題はそう簡単に解決策が見つけられるものではない。しかし、そうであるからこそ、これから社会に出て家庭を築いていく学生の皆さんに考えていただきたいテーマであると考え、本ワークショップのテーマに設定した。

(2) 経過

(ア) 年間の作業経過等

a)前期

容易に解決策が描ける問題ではないため、どれほどの学生がこの問題に興味を示してくれるかどうか不安だったが、男性4 名、女性3 名の計7 名(うち社会人学生1 名)がプロジェクトB に集った。4 つのプロジェクトの中で最小人数であったことも影響してか、最初から互いに打ち解けた感じで、初回の後、順調なスタートが切れたことに少し安心した。 3 回目のワークショップでは、最初のヒアリング先となった宮城県庁を訪問し、宮城県の少子化の状況や対策についてお話をうかがった。その後、ワークショップ室に戻って、国が策定した「こども未来戦略」について、模造紙と付箋を用いてワークを行ったが、慣れているのか、教員がファシリテーションする間もなく、自分たちでどんどん議論を進めていったことに驚くとともに、今後のワークショップの展開に光が射したように感じた。これをきっかけに、GW 明けからのワークショップの運営は、学生に委ねることとした。 その後は、少子化問題や家族政策に関する書籍の輪読を進める傍ら、5 月には地方都市のモデルと位置づけた山形県天童市、6 月には大都市のモデルと位置づけた仙台市で2023年11 月に設立された仙台こども財団や子育て支援拠点であるのびすく仙台、7 月には労働問題も勉強したいと宮城労働局へと精力的にヒアリングを行った。教員が紹介したオンラインや仙台市内で開催されたセミナーにも、時間外であったが学生は積極的に参加した。また、学生からの発意で、結婚や出産を自分ごと化してとらえていただくためのアクションとして、公共政策大学院生や授業を一緒に受けている法学部生の協力の下、アンケート調査も実施した。(個人の考えを聞くアンケートであるため、研究倫理審査会の承認が必要となったが、そうしたことも学習していただいた。)

b)中間報告会

6 月に入ると、中間報告会の発表を控えて、自分たちがヒアリングで話を聞いて感じたこと、考えたことを出し合いながら、報告をどのように組み立てるか議論するための自主ゼミが毎週のように開かれるようになった。 6 月中は学生たちを信じて議論の進展を辛抱強く待つこととし、7 月に入ると、ようやく報告の組立てが姿を現した。希望する出産・子育てを実現するために経済的な安定、ワーク・ライフ・バランス、親子の心身の健康の3 つの要素が必要とした上で、これらが重なる領域となる家事育児の分担、保育、労働の3 つに課題が存在し、それらの背後には、根本的な課題として固定化されたジェンダー規範が存在するという、荒削りながらもかなり思い切って攻めた内容となった。この内容をどのようにプレゼンに落とし込むか、資料の提出が締め切り1 分前になるまで、リハーサル後も検討に検討を重ねた。 中間報告では、学生を対象に実施したアンケートについて問題提起があったが、学生にとって少し距離のある結婚や出産という問題を自分ごと化するための工夫ではないかという助け船もあり、実際にプレゼンにおいても聴衆を惹きつける効果は大きかった。また、固定化されたジェンダー規範が既存の取組みの実効性を弱めており、これに働きかける突破口となるような効果的な政策を考えたいという研究の方向性については、本当にそれが根本的な原因なのか、ジェンダー規範が弱いと考えられる大都市部の方が低出生率であることをどのように考えるかなど多くの指摘をいただき、この疑問にどう答えながら研究の方向性を定めるかが後期の課題として明確になった。 中間報告の前には、M2 の先輩方数名にプレゼンをみていただきアドバイスをいただいていたほか、報告後に、様々な先生にアタックして、発表内容についてのコメントをいただいていた。発表で満足せず、様々なコメントを今後の研究に活かそうという姿勢に、学生の成長を感じるとともに感動を覚えた。前期最後のワークショップで、いただいたコメントをメンバーで共有して夏季休暇に入った。

c)夏季

夏季休暇中の課題としては、①「固定化されたジェンダー規範」についての考察を深めるための文献調査(輪読)とこれを踏まえた研究の方向性の確認、② 9 月下旬に予定している夏合宿(東京遠征)におけるヒアリング先とヒアリング(質問)項目の確定、③ 研究の方向性を踏まえた政策提言の焦点の絞り込みとその裏付けとなるヒアリング調査先の整理の3 つであり、学生は、夏季休暇期間中にもかかわらず、オンラインミーティングも活用して、十数回の自主ゼミを行って検討を進めた。教員は、基本的に学生の自主的な議論を見守ることとし、学生からの自主ゼミの状況の報告を受けて、①~③に関して考えておいてほしいことを伝えつつ、夏合宿のヒアリング(中央省庁等)の調整を進めた。 9/24~25 に行われた夏合宿では、世田谷区のNPO せたがや子育てネット、こども家庭庁、内閣府男女共同参画局、厚生労働省雇用環境・均等局、千葉県流山市を訪問し、ヒアリングを行った。こども家庭庁では、こども家庭庁長官が自らご対応いただき、長官室で皆が緊張する中、とてもわかりやすく丁寧に学生の質問に答えていただいたのが印象的であった。流山市では、「子育てするなら流山市」のプロモーション戦略についての詳しいお話しをうかがうとともに、駅前送迎保育ステーションの見学もさせていただいた。24 日の晩には、学生の1 人が以前バイトをしていた焼肉店で懇親会を敢行し、後期のスタートを前に団結を深めた。

d)後期(年内)

夏合宿はとても実り多いものとなったが、後期の予定やヒアリングが定まらないまま後期のスタートを迎えることとなった。「どこにヒアリングに行くかではなく、自分たちの提言にとって何をヒアリングで聞く必要があるか」の切り替えに学生は苦戦していたが、自分たちが考えていることの参考になる取組みをリサーチしながら、徐々にポイントをつかんでいったように思う。結果的には、10 月後半から12 月前半にかけて、オンラインや文書回答も含めて17 か所のヒアリングを実施できた。ヒアリング先も、地方公共団体だけでなく、男性の育児休業や産前産後の従業員のフォローに取り組む企業、地域の子育てを支援する認定こども園やNPO、ジェンダー問題の研究者やコンサルタントなど多岐に及んだ。 前期、夏合宿のヒアリングは教員が調整したが、後期のヒアリングはほとんど学生が直接コンタクトをとって実現したものであり、また、ヒアリング先それぞれで、学生の真摯な学びの姿勢をお酌み取りいただき、かなり踏み込んだお話しをうかがうこともできた。教員も知らなかった取組みを学生が調べてアポイントをとり、一緒にヒアリングに臨んで、以前よりも子育ての支援に様々なセクターが取り組むようになっていることを実感することもあった。ご協力いただいた方々に厚く御礼申し上げたい。 後期に入ると、定例の火曜日以外にメンバー全員が集まる木曜日の夕方の自主ゼミが定例化し、教員も学生から呼び出され(?)て、実質的に週2 のワークショップとなった。11 月は定例日以外も含めて、毎週のようにヒアリングに出かけながら、それぞれ担当する部分についてどんな提言ができるかを考える忙しい日々が続いた。

e)最終報告会

11 月はずっとヒアリングに出かけていたこともあり、各々が考えた提言のコンテンツをどう全体の報告に組み立てるかが、12 月に入ってからの課題となった。日々迫る最終報告会に向けて不安もあったが、中間報告会同様、学生が議論を組み立てるのを辛抱強く待った。学生は週末ずっとワークショップ室に集まり議論していたようである。週が明けると、学生からプレゼンテーションの案が出てきて、学生の意図を確認しながら、どのように説明すればよいかをアドバイスした。 課題であった「固定化されたジェンダー規範」に関しては、それそのものをターゲットにして政策を考えるのではなく、人々が生活している「家庭」、「職場」、「地域コミュニティ」の接点に生じている不安に固定化されたジェンダー規範が影響していると考え、それぞれの不安に応えていく政策を実行することで、結果的にジェンダー規範に変容をもたらしていくと整理した。 また、家庭と職場の接点に「分業せざるを得ない働き方」(最終報告書では「共働き・共育てを困難にしている働き方」と修正)、家庭と地域コミュニティの接点に「孤独な育児」、職場と地域コミュニティの接点に「労働参加が進んだことによる地域コミュニティ機能の弱体化」という課題が発生していると整理し、これらの課題を解決するための11 の提言を行った。 最終報告会は4 プロジェクトの最後の発表となり、時間も押し気味であったが、教員の先生方からは、最終報告書の執筆に向けて整理すべきポイントを明示したコメントをいただいた。また、コメンテーターをお願いした天童市の保健福祉部長からは、少子化の問題と今回の提言内容との関係についての根源的な指摘とともに、天童市の現状も踏まえた各提言内容についてのコメントをいただいた。最後の主担当教員のコメントでは、この間の学生の頑張りとこの間学生がどのように成長したと感じたかを紹介しつつ、こうした学びの場のあることの素晴らしさと大切さに触れ、この学びの場を成り立たせている学生、教員、研究にご協力いただいた関係者の皆さんに感謝を申し上げて報告を締めくくった。

f)後期(年明け以降)

最終報告会から最終報告書の提出までは1 か月しかなく、間に年末年始を挟む。後回しになっていたヒアリング記録の整理とヒアリング先への内容確認依頼を年内に終えることと、最終報告書の案の提出期日と分担を確認して、年内の作業は終了した。 教員自らの経験から、PowerPointのプレゼンファイルを作るのと比べて、文字に書き下ろす作業は10 倍くらいの労力が必要と学生には忠告していたが、年が明けてから、学生はその意味を思い知っただろうと想像する。分担作業にありがちな、前のセクションとのつながりの悪さや唐突感、論じなければならないことの抜けなどに関して、心を鬼にして膨大なコメントを学生に返し、学生に再考してもらった。指摘されたことの意味を咀嚼して修正案を考えるものもいれば、表面的な対応しかできないものもいて、このループを2 週間余りの間に数往復繰り返した。引用表記の不統一についても、副担当の教員から厳しい指導をいただいたが、この経験は来年度リサーチ・ペーパーを書くときに、きっと活きるであろう。30 回目のワークショップの後も連日の作業は続き、締め切り前日の深夜にようやく提出に漕ぎ着けることができた。 試練の後には楽しみがやってくる。2 月に入ってから、提言先となった天童市で現地報告会を開催するとともに、美肌の湯として知られる天童温泉に宿泊して打上げも行った。報告会では、市長にもご出席いただき報告を最後まで聞いていただいた。また、各部局の担当の方から、天童市の現状とともに提言をどのように活かしていこうと考えるかコメントをいただいた。自分たちの提言を実際の行政でどのように受け止めていただいたかを直接聞く機会をいただけたことも、また大きな学びになったことと思う。(この後、さらに仙台こども財団への報告会も予定されている。)

(イ)ワークショップの進め方

定例のワークショップは毎週火曜日の3 限から5 限に行ったが、先述のとおり、特に後期からは週2 のワークショップとなり、それ以外の時間にも学生が自主ゼミで議論する形となった。 グループ研究とはいえ、得てしてそれぞれの担当を決めるとそこから議論がバラバラになり、個別研究の寄せ集めのような形になりがちである。そうならないよう、極力個別の提言内容も含めて全員で議論するようにした。議論の過程で、提言をどこに分類するかを途中で変更したものもあったが、このように、全体的な組立てである家庭、職場、地域コミュニティとの関連を常に意識した議論を行ったことが、このプロジェクトの一つの特徴であったと言える。ただ、その分議論に長い時間を要し、霞が関で働く官僚さながら、夕食を食べに出て戻って議論を再開することもしばしばであった。この点は、長時間労働を問題視した報告を行ったワークショップの運営としては反省すべきであろう。 もう一つの運営面での特徴としては、リーダーを全員が経験した方がよいとの考えのもと月ごとに交代制としたことである。これは、学生自身が決めたことであったが、それぞれのリーダーシップの取り方に個性が現れていたほか、リーダーが替わる度にメンバー全員でよかったところを褒め合うことを行っていた。そのようなこともあってか、一人一人がどのように自分の強みを活かしてワークショップに貢献できるかを考えて行動し、それぞれに役割を果たした結束力の高いチームであったと感じる。 副担当には、年間を通じて藤原健太郎准教授、前期には江口博行教授に入っていただいた。藤原先生は、年齢が近いからかとても学生に慕われ、学生はいろんなことを相談していた。ヒアリングや夏合宿にも参加いただいたほか、後期は定例の火曜日以外にもほぼフル参加していただき、内容の議論においては、研究者としての鋭いコメントに学生も大きな刺激を受けたと思う。江口先生には、昨年度主担当をされた経験から学生に様々なアドバイスをいただいた。ワークショップの初期において、初めての経験にいろいろ戸惑う学生にとって、アドバイスは大きな安心感を与えるものだったと思う。

(3) 成果

(ア) 最終報告書

最終報告書は、研究の背景や方向性を論じた序論、提言の全体像と具体的な政策提言を示した本論、まとめと謝辞の結論の3 部構成となっている。 序論は、少子化の現状とこれまでとられた対策、こども家庭庁が発足してからの新たな動きを整理した後、研究の背景として、「国の施策や取組みが行われてきた/いるにもかかわらず、こどもを望む人が希望を実現できない社会になっているのはなぜか」というリサーチ・クエスチョンを設定した上で、自分たちがこれから当事者として子どもを産み育てていく上での不安を出し合い、そこを出発点として設定した研究の射程について記述している。 本論は、先述したように、家庭、職場、地域コミュニティの3 者のそれぞれの接点に3つの大きな課題が生じていることを全体の構造として論じた上で、それぞれの課題を克服するための11 の政策提言を提案している。 具体的な提言内容の評価については、1 年という長い時間を共にした担当教員としてなかなか客観視することは難しく、報告をお読みいただいた方々の評価に委ねるしかないが、次元の異なる対策と称して大きな額を積み上げる政府の動きとは異なり、自分たちがこれから歩んでいく道のりを想像しながら、直面する社会の構造的な問題に対して、一歩踏み出せば実現可能な、いわば若い世代の等身大の提言をまとめあげたものではなかろうかと感じている。

(イ) ワークショップを通じた能力育成

1.57 ショック以来30 年も取り組みながら解決していないこの少子化という難問に対して、メンバーは、長時間の議論も厭わずタフに取り組み、教員が指示するまでもなく、いつまでに何をしなければならないかを自分たちで考え、ワークショップ外の時間にも自主的に集まって議論を重ねていた。このメンバーなら、きっと自分の人生を切り拓きつつ、社会を変えてくれるのではないかという希望も感じた。 また、ワークショップの議論を進める過程で、担当教員だけでなく、いろんな先生や先輩方にアタックして、研究に対する助言やコメントを求めていたことにも、成長を感じた。このワークショップのメンバーは公務員志望者が多いが、職業生活に入ってからも、是非広く意見を求め、現場の声に耳を傾ける謙虚な姿勢を持ち続けてほしいと願う。 今後さらに成長することを期待して、課題も指摘しておきたい。現状の制度や政策について、なぜこのような制度になっているのか、その経緯や社会背景についての理解が、後手に回ってしまい、提言をまとめる最後の段階になって慌てて確認するようなこともあった。また、ヒアリングで耳から入ってきた情報が強く印象に残ることも影響して、現行の政策や仕組みに関する理解が不十分なまま、言われたことを鵜呑みにしてしまう傾向があったことも否めない。ヒアリングで聞いたことを一次情報に当たって確認することや統計データから裏付けすることは、実際の政策立案に当たっては不可欠なことであるし、来年度取り組むこととなるリサーチ・ペーパーの執筆においても重要なことであるので、ここに指摘して、今後の成長に期待したい。 それとともに、最終報告の結びの言葉である「研究を通して考えてきたことを、これからの人生において、家庭人、職業人、地域人として、子育てにどう携われるかを考え続けていきたい」を、今後の自らの人生において実践していただくよう切に願う。

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