- 公共政策ワークショップⅠ 最終報告書 プロジェクトD(全329ページ、5.48MB)
(1)趣旨
毎年のように世界や日本の平均気温が最高を記録するとともに、私たちは異常気象や山火事、クマの出没といった自然の変調に関するニュースに接しない日はない。その背景には気候変動が影響している。また、生物多様性の損失が気候変動と並ぶ地球規模の重大な危機であるとの認識が広がり、調査されている動植物種の約25%が絶滅の危機に瀕しているとの報告(IPBES地球規模評価報告書2019)もある。世界的に失われつつある生物多様性の損失を食い止め、反転させ、回復軌道に乗せるという「ネイチャーポジティブ」の考え方の下、国際目標として30by30(2030年までに陸と海の30%以上を保全する)などが掲げられている。
日本では昨年2月の地球温暖化対策計画の改定により、2030年度までに温室効果ガスを2013年度比で46%削減し更に50%の高みを目指すとの当面の目標に加え、新たに2050年カーボンニュートラルの実現に向けた中間目標を掲げた。また、同時に改定されたエネルギー基本計画においては、省エネの推進と再エネの主力電源化を徹底し、2040年度における再生可能エネルギー(再エネ)の電源構成比を4~5割程度とするとの見通しを示している。他方で、再エネ導入に伴う国民負担も増える中で、太陽光や風力発電などが地域の自然や生活環境を脅かす「迷惑施設」として認識されるケースも増えており、太陽光発電等を規制する条例数は約350に上る。
自然環境の分野では、社会構造の変化に伴い、かつての薪炭林としての利用などを含め、自然と経済活動との結びつきは長らく弱まり続けてきた。それがネイチャーポジティブの考え方の浸透により、潮目が変わりつつある。「生物多様性国家戦略2023~2030」等に基づき、30by30目標も念頭においた自然共生サイトの認定や企業によるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への対応も始まっている。
そして、再エネや生物多様性に関する問題もそれが生じているのは地域であり、少子高齢化や地域振興などの問題ともつながっている。このような背景と認識の下、本ワークショップ(WS)では、再エネ導入のポテンシャルが高く、自然が豊かで、かつ、多様な事例がある東北地域を主たるフィールドとして、地域の豊かさにつながる再エネとはどのようなものか、自然資源をどのように活用すれば地域の豊かさにつながるのか、という問いに挑んだ。
本ワークショップの特徴は二つある。一つは、上述のとおり、再エネと生物多様性の問題を地域を軸として同時に扱ったことである。もう一つは「現場主義」である。地域の問題を扱う以上、その実態は、地域に入らなければ分からない。できる限り現地に赴き、現場の状況を見て、当事者から直接話を聞くことを重視した。また、その準備も含めた過程自体が大きな学びになると考えた。
(2) 経過
(ア) 年間の作業経過等
a)前期
ワークショップD(WSD)には、社会人3名、留学生1名を含む8名の多様なメンバーが集った。これにチューターのM2学生1名、主担当の実務家教員、副担当の実務家及び研究者教員各1名の総勢12名体制で始動した。
二回目の授業では、メンバーの親睦を深めつつ、様々なステークホルダーになり切って気候変動問題の複雑さを学ぶ、「気候変動カードゲーム」を実施した。また、基礎的な学びとして、地球温暖化対策計画や生物多様性国家戦略、再生可能エネルギー特別措置法などの各種制度のほか、再エネ反対事案や林業経営、合意形成などの参考書籍などを輪読した。また、4月中に、環境省の東北地方環境事務所及び宮城県庁を訪問し、実際の政策動向を伺い、事前質問も用意し、ヒアリングの経験を積んだ。
ゴールデンウィーク明けには、最初の実地調査として南三陸町を訪れた。同町は東日本大震災で甚大な被害を受け、「森・里・海・ひと いのちめぐるまちづくり」を進める戦略を立て、その一環として、地域一体での生ごみリサイクルと農地還元システムを構築したことなどを学んだ。また、時を置かずして、合宿形式で鳴子温泉地域の実地調査に臨んだ。木材を使い切るカスケード利用の実際と、理念の高さだけでは経営に結びつかないという経営者の悩み、頓挫した風力発電事案(東北大学所有の「六角牧場」で計画)の反対運動当事者等へのヒアリングを通じて地域にも多面的な見方があることを知った。
これらの初期のヒアリングや実地調査はメンバーの問題意識の形成に大きな影響を与えるとともに、お世話になった方々には、後期に入っても個別研究での助言や壁打ちにお付き合いいただくなど、多大なご協力をいただいた。
6月に入ると、ワークショップの運営は教員から学生主導に移行した。追加ヒアリングを実施しつつ、中間報告会を見据え、各自の関心事項を具体化し、全体としてどうまとめるのかに悩んだ。その過程で、テーマにある「豊かな地域」とはそもそも何なのか、共通認識を持っておくべきとの声が挙がり、自主ゼミで、KJ法を用いたブレイン・ストーミングを行った。WSDメンバーからの結果報告は、「自分たちが考える豊かさに『自然』は入るが、『再エネ』は入ってこない。『再エネ』は(豊かさにつながり得る)手段である。」というものであった。設定テーマを逸脱した結論を出したのではないかと心配したようだが、主体的に検討した結果であり、頼もしかった。
b)中間報告会
個別研究の方向性及び全体の取りまとめの両面で悩みは尽きなかったが、メンバーからSDGsの「環境・経済・社会」のような形でまとめる提案があり、検討の結果、全ての基盤である「環境」を土台に位置づけた上で、「経済」「社会・人」「ガバナンス」というフレームで中間報告を構成することとした。
リハーサルまでとは見違え、当日は各メンバーがしっかりと頭に入れた発言内容に基づき堂々と発表を行い、時間もオーバーすることなく、高い「本番力」を見せた。また、質疑応答では、沢山用意した参考資料も活用しながら、他のメンバーの回答にも積極的に補足に入ることにより、長時間の質疑を滞りなく乗り切った。中間報告会はそれまで3か月間の節目として、メンバーの結束を確認するとともに、やればできるという自信につながったと考えられる。
c)夏季
前期最後のWSで、中間報告会の振り返りと、夏休み中の取組の進め方を確認した。教員からは、ここからはギアチェンジをして、最終的な提言を常にイメージし、目的意識をもって既存制度等の理解、先行事例・先行研究の調査、そしてヒアリングを進める必要性を説いた。ヒアリングは候補先を順次選定し、一覧表で共有しながら進めることとした。また、チューターのアドバイスを受け、書ける部分から最終報告書案の執筆にとりかかることとした。
これらの進捗を確認するため、概ね二週間に一回程度、オンラインで自主ゼミを開催した。夏休みに入る時点で、概ね再エネ班と自然班に分かれたが、自主ゼミは全てのメンバー参加の下で開催し、適宜教員も参加した。
夏休み後半には積極的にヒアリング等を実施し、再エネFIT説明会への参加、ゼロカーボンとネイチャーポジティブ両方の宣言をしている唐津市へのヒアリング、鳴子温泉六角牧場事案の地権者である東北大学財務部から話を聞くなどした。インターン等で日程が合わず夏合宿は見送ったが、秋田県に泊りがけの現地調査に行き、風力発電施設の大きさや音を実感し、秋田県にかほ市ではゾーニングマップ策定プロセスを取材した。また、風力発電への反対運動を展開する団体へのヒアリング・意見交換では、健康被害を訴える方などとのやり取りに緊張感が走ったことも、貴重な経験であった。
d)後期(年内)
10月のWS再開時点では、まだほぼ全てのメンバーが個別研究の方向性を見出せておらず、最終報告を意識しながら、10月中に提言のテーマを固めることを目標とした。提言の検討に当たっては、①政策ニーズの的確性(課題が実在し客観的に提示できること)、②政策の有効性(手法が課題解決に合致し効果的であること)、③政策の実現性(体制、予算面等から実現可能であること)の重要性を改めて確認した。
提言の検討はヒアリングを中心に進め、毎週火曜のWSの時間はメンバー間及び教員との討議に充て、ヒアリングはそれ以外の日時でセットするパターンが多かった。
ヒアリングを通じて事例や知見の収集は進み、問題意識も深まったが、それが提言案の具体化につながらない状況が11月に入ってからも続いた。例えば、再エネ班で言えば、行政の関与、合意形成の促進、再エネを通じた地域課題の解決など、自然班でいえば、生物多様性情報の収集と活用、企業の参画、木材の活用などのコンセプトは深まるが、具体案に結実しなかった。あるいは、具体化しても、ヒアリングで否定的な見解を聞き、断念することが見られた。ヒアリングを重ねても提言案は出てこず、提言案は自らの頭で絞り出さねばならぬことを身をもって学んだのではなかろうか。
そうこうするうちにあっという間に11月も終わり、すべての個別提言が出揃ったのは12月半ばであった。この間も、それまでに面識が出来ていた東北地方環境事務所の職員や再エネ関連団体の方などにアポを取り、不十分な提言ながらも壁打ちを行っていただいたことは有難かった。
e)最終報告会
個別提言の遅れもあり、最終報告会に向けた準備の時間は十分ではなかった。しかしながら、提言はヒアリングに裏打ちされたものであり、それが分かるよう構成を工夫し、説得力のあるものに仕上げていった。最終報告会の3日前には発表資料の確認を依頼していた再エネ事業者の方から公表不可の連絡があり、ヒアリング内容の取扱いには十分な慎重さが求められることを痛感した。
最終報告会では、総論として再エネと生物多様性の取組がどう「地域の豊かさ」につながるかを示した上で、再エネと自然に関するそれぞれ3つの提言及び両者にまたがる提言を報告した。本番では、中間報告会同様、すべてのメンバーがメモを見ずに胸を張ってプレゼンし、時間配分も完璧だった。質疑応答もメンバーがフォローし合いながら、質問に正面から答えた。「本番に強い」と言えばそれまでだが、メモを見ないなど目標水準を高く設定し、そのための努力を直前まで尽くしてきた成果が間違いなくあった。
コメンテーターである環境省の地域循環共生圏室長の「WSDが目指す『豊かな地域』の実際のイメージが見えにくい」というご指摘はそのとおりであり、提言の説得力を増す上で、目指す姿を具体的に見せていくことの重要性に気づかされた。そのような面はあったものの、メンバー全員で一体感のある完成度の高い報告ができたことは、1年間の成長を実感した瞬間であり、担当教員冥利に尽きるものであった。
f)後期(年末~年明け以降)
最終報告会の翌日、最終報告書の提出期限までに必要な作業とスケジュールを確認した。報告書本体に加え、報告書に掲載する膨大なヒアリング記録の整理とヒアリング先への確認が最優先事項であった。正月返上での作業は誤算であり、ヒアリング記録は都度作成し、確認していくことの重要性を痛感した。報告書の総論部分について、夏休み中から執筆に取り掛かっていたことは大いに役立った。
報告書案はクラウド上で管理し、メンバー全員が報告書全体に目を通し、意見・コメントしていく形を取った。構成も含めて何度も見直すうちに、各ページはコメントで埋め尽くされ、最終報告会の時点で曖昧だった部分を詰め、一体感のある報告書をまとめ上げた。
(イ) ワークショップの進め方
毎週火曜日3~5限に加え、学生メンバー主体で、前期・後期(+夏休み)を通じて自主ゼミを開催した。自主性尊重の観点から基本的に教員は参加しなかった。学んだことを深化し、メンバーで考え方を共有しながら作業を進めるには、このような課外の時間は重要であり、時間的な制約がある社会人の参加の仕方など、工夫をしていたようである。
また、WSのリーダーについては、メンバー間での話し合いにより、固定リーダーは置かず、月毎の輪番で担った。最初に年間の担当月を決め、リーダー月が予見されていることで、研究が遅れがちな中でもスケジュール意識が働いたものと思われる。
6月までの授業の進め方は、ヒアリングや現地調査を含めて教員にて準備したが、それ以降は基本的に学生の自主性に委ねた。教員も一緒に疑問を抱き、一緒に考えるというスタンスで臨み、ヒアリング先も教員のネットワークから始まりつつ、そこから学生が紹介を受けて発展していくパターンも多かった。ヒアリング先は最終的に50を超えた。
副担当として参画いただいた実務家教員の御手洗教授、研究者教員の伏見教授からは主担当教員とは違った視点での指摘をいただき、メンバーにとっても新鮮で多面的な検討を進める上で大いに役立ったと考えられる。この場を借りて感謝申し上げたい。
また、チューターの存在は大きかった。ヒアリング依頼メールの書き方、旅費の請求等の実務面に加え、研究面でも昨年WSを経験している先輩に気軽に相談できることは大変心強く、報告会や最終報告書の執筆など要所でメンバーを支えてもらった。WSにはほぼ皆勤で参加いただき、WSDの大切な一員である。
また、東北大学はあらゆる分野が揃う総合大学であり、様々な形で協力いただけたことも大きい。再エネ研究者であり反対運動が起きている自治体の環境審議会の会長を務められている教授からお話を伺ったり、東北大学自体が「ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点」としての活動を進めており、年間を通じてお世話になったりした。
教員が紹介したもの、メンバーが探してきたものも含め、実地やオンラインの多くの研修やセミナーにも積極的に参加し、基礎知識の習得や補完的な情報収集に役立てた。
(3) 成果
(ア) 最終報告書
本文は大きくは総論と各論から成り、参考資料も合わせると330ページを超える大部となった。「第1部 総論」は「豊かな地域づくり」というテーマを中心に据え、再エネと生物多様性及びそれに紐づく各提言の関係性を示す。現在の再エネを巡る問題は、景観や防災面などを軽視して森林等を造成し、いわば自然資源を過剰に利用する「オーバーユース(overuse)」の下で生じている。一方、森林などの自然資源は潤沢に存在するにもかかわらず、使われずに放置されている「アンダーユース(underuse)」の状態が併存している、と問題構造を捉えている(だからこそ、不適切な形で再エネ開発が生じているとも言える)。いずれも適切に活用すれば、経済面を含めて地域を豊かにするポテンシャルを有するものである。
そこで、報告書では、再エネ、生物多様性の両分野で、「地域資源の適切かつ十分な活用」(「良い再エネの推進」と「生物多様性の主流化」という目標に分解可能)を進め、それにより「自然資源の保全と活用の好循環」を実現する。この好循環を実現することこそが豊かな地域づくりであり、実現された状態が「豊かな地域」であると整理した(第1部第1章第4節)。これ自体は新しい考え方ではなく、「地域循環共生圏」と同様である。しかし、WSDメンバーが熟考の末、自らこのような整理に到達し、それを共通の考え方として個別施策(各論)を組み立てて行ったことには大きな価値があると考える。
報告書の項目建てとは少し異なるが、「第2部 各論」の個別施策(提言)を概観する。再エネ分野では「合意形成」に焦点を当て、現在はその労力が制度的に市町村に偏りすぎているものを都道府県によるゾーニングマップ作成の義務化や条例による手続の代替により都道府県レベルで段階的に担えるようにすること(第2部第1章)、地球温暖化対策推進法に基づく「地域地球温暖化防止活動推進センター」にファシリテーション機能を追加し、十分な議論を通じた合意形成を促進すること(同第2章)を提言している。
また、生物多様性分野では、地域の社会経済の基盤として自然資源を活用していくためには、配慮すべき生物、住民が大切にしている景観等も含めて市町村レベルで「生物多様性マップ」を整備し、活用できるようにすること(同第4章)、自然共生サイトに係る「マッチング制度」の導入により自然資源の保全と活用に地域企業の参画を促すこと(同第5章)、今後需要の伸びが期待される非住宅分野や木質バイオマス分野で適切に管理された木材を余すところなく使っていくカスケード利用を推進すること(同第6章)を提言している。
さらに、上記を推進するため、豊かな地域づくりにおける再エネや生物多様性のポテンシャルを理解しつつ事業者や地域住民等と信頼関係を築いていくことができる地方自治体の専門人材の育成(同第3章)や地域との組織的な関係性の承継が可能となる仕組み(同第7章)を提言している。
参考資料のヒアリング記録もヒアリングを受けていただいた当事者の確認が取れた貴重な資料である。
(イ) ワークショップを通じた能力育成
4月当初、WSDに集ったメンバーは、再エネや自然というテーマに一定の関心を抱いていたとしても、ほとんど知見もない状態であった。それが、文献調査やヒアリング、現地調査を重ねる中で、問題意識と「状況を改善したい」との思いが芽生え、大きくなっていくのが伝わってきた。そして、夏以降、「思い」はあってもそれを政策提言という形に具体化し、まとめ上げることの難しさ、苦しさも大いに味わったと思う。
WSDでは現場主義を掲げ、まずは現場の声に耳を傾け、共感することを重視した。それなくしては、実際のニーズに沿った政策にはならない。しかし、その曖昧なニーズを政策に落とし込むには、現行施策について十分に理解し、その足りない点を見出し、改善方策を提案することが必要となる。先行研究や事例をリサーチする地道な作業も欠かせず、ヒアリングに一足飛びに答えが含まれているものではないことも実感したのではなかろうか。実際には、最終報告会の期限は迫っており、何らかの答えをまとめなければならない。実社会においてもそういった期限や他律的な要因により、不十分な政策が実行に移されることがある。WSDでは、「もう一か月ほしい」という声が挙がったが、待ってくれない現実があることも学びの一つであったように思う。
そういった中でも、お互いにフォローしながら、再エネと生物多様性の課題を一体的に捉え、全体として筋の通った一つの提言にまとめ上げたことは自信を持って良いし、担当教員として誇らしい。
また、実務面でも大いに経験を積んだものと認識している。例えば、積極的に前に出ることが苦手なメンバーも、WS全体で次々とヒアリングをセットしていく中で、ヒアリング先の選定、アポ取り、その実施と取りまとめを積極的に行い、難なくこなせるようになったのではないか。
WSDのメンバーは、今後、環境分野に進む者、新たな関心分野に進む者、現在の職場で更なる高みを目指す者など様々であろう。しかし、共に一つのチームとして学び、最終報告会や最終報告書として成果を出した経験は必ず活きてくる。担当教員としても学び多き一年であり、このメンバーと一緒に活動できたことに感謝したい。