東北大学公共政策    

宮城県ソウル事務所長をお訪ねしました

2025年11月3日、韓国のソウル市内にある宮城県ソウル事務所を訪問しました。「ジェンダー・ギャップに挑む」というテーマで、7日間の韓国出張に臨んでいたWSCのメンバーと、それぞれ研究プロジェクトのために韓国訪問中だった伏見岳人院長、戸澤英典教授が同伴して、大所帯での訪問となりました。

この春から所長をお務めの本田健太郎様は、2011年3月に、東北大学公共政策大学院を修了された大先輩です。韓国と宮城県の観光交流について現状や課題をお話しいただき、宮城県産の日本酒が韓国で人気を博していると教えていただきました。直近まで、宮城県の女性のキャリア・リスタート支援などの業務を担当されていたこともあり、ジェンダー・ギャップの問題についても鋭いご指摘を頂戴しました。
本大学院に在学していた時、簡単に答えのでない難問にワークショップで取り組んだ経験が、その後のキャリアに役立ったというお話を具体的に伺え、学生たちも大きな刺激を得られたようです。
翌週に日韓知事会議を控えるなど、大変お忙しかった中、ランチまでご一緒いただきました本田所長様たちに、深く御礼申し上げます。

ちなみに、ソウルを初めて訪問した院長は、例によって、前後の空き時間を使って、史跡めぐりに励んでました。1876年の日朝修好条規の締結後、1910年に日韓併合が実施されるまでの期間(だけに限られませんが)、ソウルが近代日本にとって激動の舞台だったことは、あらためて言うまでもありません。
その日の夜、ソウル在住の歴史に詳しい旧友と街を散策していると、宮城県ソウル事務所の前を再び通りました。ここ貞洞は、アメリカ大使館、イギリス大使館など、外交官たちが集うソウル市内の国際地域であり、1896年から1897年にかけて、大通りに隣接する「徳寿宮」にいた国王高宗が、旧ロシア公使館に避難したという「露館播遷」の現場が、宮城県ソウル事務所からわずか300mほどの距離にある高台だったことを教えてもらいました。

当時は、朝鮮半島への影響力をめぐり、日本が清国やロシアと競争しており、その際には、危機感を強く抱いた人々によって、かなり乱暴な政策が実施されたことも事実です。そして、その後の時代に、東北出身の人々によって、より穏和な政策が試みられた史実は、残念ながら日韓両国で、あまり知られていないようでした。このあたりは、研究者として、院長自身の大きな宿題になりました。
昼間の会話で、本田所長からは、九州など西日本と比べて、東北と韓国の関係は遠い、とのお話しがありましたが、だからこそ、東北ならでは新たな未来を作る可能性を探していければとも思います。地方の視点から、国際交流の最前線で働かれている修了生のお姿に触れられたことに、心より御礼申し上げます。

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