プロジェクトA:人口減少社会に対応したまちづくり法制に関する研究U

(1)趣旨

 我が国では、今後、地方圏を中心に人口減少が急速に進行することが見込まれている。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」の推計によると、我が国の将来人口は、2010年の1億2,806万人から、40年後の2050年には24%減となる9,708万人にまで減少することが見込まれており、市区町村別に見た場合には、2010年時点での人口規模が小さい市区町村ほど、2050年までの人口減少率が高くなることが予想されている。また、2015年の国勢調査によると、特に東北地方においては、仙台都市圏を除いて、東日本大震災被災沿岸自治体を中心に人口減少が顕著に表れており、県庁所在市においても人口が減少に転じている。市街地面積が現状のまま変わらなければ、低密度な市街地が形成される可能性があり、市街地が低密度化した場合、一定の人口密度により支えられてきた医療・福祉・商業をはじめとする生活サービス等の維持が困難となることが想定される。

 このような状況に対し、生活圏レベルにおいて、人口減少を前提としながらも、固有の文化・伝統・自然条件等をいかして質の高い暮らしを営むことのできる、持続可能な地域づくりを目指していくことが必要である。その際、まちづくりに当たっては、人口増加に伴う都市の拡大に合わせて基盤整備を行うという考え方から脱し、既存ストックの状況に合わせたコンパクトなまちづくり(コンパクトシティ)へと発想を転換することが不可欠である。 このため、2016年の都市再生法改正によって、立地適正化計画制度が創設された。

 本ワークショップにおいては、2018年度に引き続いて、東北地方の中小都市に対するヒアリング調査を行って、コンパクトシティの実現に当たっての従前のまちづくり法制度の限界を明らかにしたうえで、少子高齢化の中においても、そこに住む地域住民が望む、より良い居住環境の実現、歴史や伝統文化、自然環境と共生しながら農林水産業を含めた地域産業とともに生きてゆくことができる住みよいまちづくりを進めるための法制度の在り方を提言することを目的として、研究を行ったものである。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 本年度の前期は、特に新型コロナウィルスの感染対策として、当初、対面によるワークショップや現地ヒアリング調査を行うことが制限させていたため、主としてZOOMによるワークショップ及びヒアリングを行った。

 4月下旬から5月中旬にかけて、まず、主担当教員から、基礎となる「まちづくり法制の基礎」について、4回にわたって、講義を行うとともに、並行して、2018年度プロジェクトA報告書の理解を図るために、ヒアリング対象として選定した東北地方の人口減少都市について、担当を決めて都市の概要や人口の将来予測、まちづくりの特徴などについて受講生から発表させた。対面でのディスカッションができなかったため、毎週火曜日のワークショップ終了後にZOOM懇親会を行って、学生同士の親睦に努めた。基本的な知識を身につけたうえで、5月26日に、国土交通省東北地方整備局建政部都市住宅整備課長から、ZOOMにより都市再生法改正で創設された立地適正化計画制度について詳細な説明を受けて、質疑を行った。

 このようにして、基礎的な知識を養成したうえで、被災都市と一般都市の2班(各4名)分けて、まず、公共交通機関を使って、宮城県女川町・石巻市、岩手県紫波町・花巻市、宮城県丸森町を順次現地視察を行った上で、翌週の火曜日のワークショップの日に、当該市町の担当職員の方々とZOOM等によって質疑を行った。遠方の山形県鶴岡市については、高速バスと宿泊が制限されていたため、主担当が単独で現地の映像を撮影したうえで、担当職員の方と質疑を行い、それをビデオに録画して、翌日の火曜日にそのビデオを観ることとした。

 対面でのワークショップが可能となった7月中旬以降は、基礎的な知識とZOOMヒアリング調査で得られた各都市の取り組みや課題等について皆でディスカッションを行いつつ、第1回報告会への準備を進めた。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

 例年よりも遅く開催された8月12日の報告会Tにおいては、7月までに培った基本的な知見に加えて、東北地方整備局や各都市へのヒアリングの成果を生かして、東北地方における人口減少社会に対応したまちづくりに係る問題点について整理し、後期における調査・研究の方向性を明らかにした。

 具体的な内容としては、人口減少と市街地面積の拡大によって、都市の市街地における人口密度が低下して、使われない空き地・空き家が残されて、いわゆる都市のスポンジ化が進んでいること、それに対応するために、都市中心部の空き地・空き家対策の促進を図るとともに、エリア価値の向上に努めることによって立地適正化計画を進める必要があること並びに津波災害のみならず、近年増加している豪雨災害に備える観点から、防災上安全な場所に居住を誘導すべきことなどを指摘した。

 そのうえで、後期においては、空き地・空き家対策に関しては山形県鶴岡市を中心に、エリア・マネジメントに関しては岩手県花巻市を中心に、防災に関しては2019年に台風19号で大きな被害を受けた宮城県丸森町を中心に現地ヒアリング調査を進めて、政策提言を目指すこととした。

c)夏季

 中間報告までの基礎的な研究成果と実態調査を踏まえて、人口減少社会におけるまちづくりの実態を理解し、研究をより実現可能性のある意義深いものとするため、実証分析として、立地適正化計画の策定による地価の変化についての回帰分析を加えることにした。

 10月からは、対面での現地ヒアリングや車での移動、高速バスの利用などが可能になったため、後期現地ヒアリングに備えて、仮説を作ってから、その仮説が有効か否かを現地ヒアリングで議論することとなった。このため、主担当教員が仮説のたたき台を作成して、皆で意見を加えて、仮説の作成を進めた。

 東北地方整備局の紹介によって、新たに山形県上山市をヒアリング対象に加えることとなった。9月下旬に主担当が上山市にご挨拶に伺って、後期最初の現地ヒアリングをお願いした。

d)後期(年内)

 10月から本格的な自治体ヒアリング調査に入ったが、上山市以外は、主担当教員が予め各自治体の担当者に電話で協力依頼をしたうえで、学生がすべてのアポイントメントをとりつけて、日程調整と行程管理を行った。10月から11月にかけて、上山市をはじめとして、花巻市、丸森町、鶴岡市において詳細なヒアリング調査を行った(加えて紫波町オガールに現地視察も行った)。あらかじめ仮説を作成して、それを事前に訪問先に示してからヒアリングを行うことによって、論点を深堀りすることができて、本音レベルでの有意義なディスカッションを行うことが出た。ディスカッションを踏まえて、仮説を修正したり、加えたりすることができた点は大きな収穫であり、学生たちにもいい刺激になったものと思われる。上山市には11月下旬に第2回目のヒアリング調査を実施し、加筆修正した仮説を示してさらにディスカッションを行った。

 12月3日に東北地方整備局に報告会Uの素案を示して対面でヒアリングを行い、自分たちの仮説が十分に社会のニーズに合致していることが確認できた。これを踏まえて仮説を微修正したうえで、立地適正化計画の経済効果分析、今後のわが国における人口減少社会に対応したまちづくり政策を考えるうえで必要となる空家特措法の改正、空家特区制度の創設、法制審議会における民法・不動産登記法改正への動向を踏まえた空地・空家の不動産登記の改善などに言及し、分析を行って、人口減少社会に対応したまちづくり法制の在り方に関する提言の検討を進めた。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

 12月の後半は、ほぼ毎日のようにワークショップ又はサブゼミを実施して最終的なチェックを行い、12月19日に最後のリハーサルを終えて23日の報告会Uに臨んだ。

 報告会においては、「人口減少社会に対応したまちづくりを進める上で必要となる法制度」として、主に立地適正化計画をいかにして有効に機能させるかについて、計画策定の経済的な分析評価を踏まえたうえで、自然災害の事前回避のための防災まちづくり及び法制的な観点に重点をおいて提言を発表した。

 まず、立地適正化計画策定によるエリア価値の影響を調べるため、エリアを選定して誘導施策を講じるとエリアの価値が上昇するのかを統計学的な手法を用いて実証研究を行った。その結果、集団間比較で立地適正化計画策定自治体内において特に誘導による地価上昇率に差が出ること、並びに、誘導が長ければ地価上昇率により大きな効果が現れるという点に関しては、必ずしも明確な結果は得られなかった。人口減少社会におけるまちづくりにおいて、エリア価値を高めるためには中心部の地価を維持・向上させる施策を講じる必要がある。

 東北の地方都市においては、市街地の拡散や人口減少による都市の低密度化は、まちの中心部において、空地・空家発生等の外部不経済をもたらしている。鶴岡市と上山市にはNPO法人としてのランドバンクが組織されており、複数の隣近接する空き地・空き家・狭あい道路を一体的に面的に整備して、有効活用を図ることで住環境の改善を行っている。ランドバンク事業の円滑な促進を図る観点から、空家特措法改正及び空地・空家対策特区制度の創設による次の提言を行った。

1)空家特措法にランドバンクと小規模連鎖型区画再編事業を位置づける。
2)土地収用による所有者不明の土地建物等の利活用を促進する。
3)土地の時効取得と所有権移転登記の特例等を設ける。
4)1)及び2)に対して、税制のインセンティブを付与する。

 ランドバンク事業によるハード面の整備で中心市街地の再生を行うことのほか、人々が仕事や趣味、交流など日常を過ごす生活の場所としての中心市街地を活性化することが重要であり、後者の点でエリア・マネジメントがもつソフト面の役割も必須である。このような観点から、次の提言を行った。

1)既存のまちづくり推進協議会に代わる司令塔的役割を有する中間支援組織としてエリア・マネジメント推進協議会(仮称)を創設する。
2)空き家バンクをエリア・マネジメント推進協議会(仮称)へ委託する。
3)公共公益施設の民間利活用を促進する。

 近年増加している災害、特に水害・土砂災害を念頭に、防災という視点からもエリア価値の向上策を模索・検討した。防災施策を通じた居住の誘導を図るにあたって、まずは災害のリスクが高い地域での居住を抑制することが必要である。このような観点から、次の提言を行った。

1)災害危険区域の指定に当たって、「かさ上げ住宅」や「下駄履き住宅」であることを条件に例外的住宅建設を認める運用を推進する。
2)市町村による移転元地の買い取り額を区域指定前地価公示に準ずる価格の7割とし、ここに国または都道府県が財政的支援を行う。
3)移転元地について、遊水池をはじめとする防災緑地として活用する。

 以上、報告会Uにおいては、一定の成果を報告することが出来たと考える。一方で、政策提言とパワーポイントの作成に多くの労力をかけざるを得なかったため、この時点での報告書素案は極めて完成度の低いものとなったため、翌1月に多くの課題を残すこととなった。

f)後期(年明け以降)

 お屠蘇気分も抜け切れない年始早々の1月5日に、ZOONによる今年最初のワークショップを実施し、報告会Uにおける反省点を踏まえて、ヒアリング結果、資料の拡充や客観的なデータを報告書に盛り込むことなどについて議論を進め、報告書の作成に向けてラストスパートをかけた。その結果、特にヒアリング記録や図表の拡充が行われ、報告書を1月末に提出した。コロナ禍によって、先が見えない困難な状況の中での研究であったが、それぞれの分担項目について具体的な政策提言を行うことができ、ワークショップのねらいは十分に達成できたものと考える。

(イ)ワークショップの進め方

 原則として、毎週火曜日の3限〜5限にワークショップを実施したが、それ以外にも必要に応じて臨時に実施した。副担当教員の桑村准教授、廣木教授(8月より)、深見教授(7月まで)、にも可能な限りご出席(ZOOMを含む。)いただき、貴重なご助言をいただいた。また、学生全員と教員が共有するグーグルのメーリングリストやLINEを活用して、ヒアリングの成果や個々人が分担した作業結果をグーグル・ドライブに共有するとともに、共有ファイルを活用することにより、作業効率の向上と情報の共有化を図ることができた。

 各受講生は、持ち回りでリーダー・儀典・書記・会計等の役割を務めることとし、リーダーがワークショップの議事進行や全体調整を担当することとした。本年度はさらにZOOM等のWeb担当も重要な役割を果たしてくれた。運営の手助けをして頂いたTAの伊藤さんに深く感謝したい。全員がなんらかの役割を経験することにより、集団をまとめることの大変さや、責任感を学ぶことができたと思われる。また、実地調査に伴って、ロジの重要性を認識できたことも、特に学卒の学生にとっては将来の社会人として重要な成果であった。

 報告会Uにおいては、上山市建設課副主幹(兼)かみのやまランドバンク副理事長の鏡様にコメンテーターをお願いしたが、厳しいご指摘にもしっかり答えることのできる逞しい精神力も身に着けることができた。

(3)成果

(ア)報告書

 報告書は、4章から構成されている。

 第1章では、先行研究である2018WSAの提言と2018年以降のまちづくり法制に関する政策の動向を踏まえつつ、中間報告及びヒアリング先の概要を整理したうえで提言に向けた方向性について記述した。

 第2章では、現行のまちづくり制度である立地適正化計画の量的分析を踏まえ、その効果について記述した。

 第3章では、都市計画法規制緩和による弊害と空地・空家問題の実態に着目し、空家特措法の改正によるランドバンク事業者等を中心とした小規模連鎖型区画再編事業の促進及び空地・空家対策特区の設置について法制的な観点から提言を記述した。

 第4章では、法制分野での提言と連動してエリア・マネジメントを実施する必要性に着目し、「エリア・マネジメント推進協議会」の設置について提言を述べた。中心市街地の賑わい創出に寄与する官民連携手法、及び長期継続的なまちづくりには不可欠な人材の発掘、育成、啓発を行うための施策についての提言を記述した。

 本年度の報告会U以降の報告書の作成は、すべてWebを通じた作業と意見交換によって行った。親元で食事の心配もなく、移動の時間が不要となったため、かえって効率よく作業が進められたと考えている。本研究報告書が、東北地方の立地適正化計画をまとめた一研究に留まらず、今後の日本全国の人口減少都市のまちづくりを考えるための一助となり、少しでも社会貢献を果たせれば幸いである。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

 当初は、まちづくり法に関する知識がほとんどない学生が多かったが、前期においては、「まちづくり法基礎講座」などのZOOMによる授業形式で知識を吸収してくれたと考える。 当初は対面による実地ヒアリング調査ができなかったこともあり、報告会Tにおいては、課題の整理や問題点の把握が十分にできなかったため、9月の夏休み中にそれを行った上で、仮説の組み立ての作業を行った。

 これがあったために、10月からすぐに現地ヒアリング調査に取り組むことができたと思われる。

 二度の報告会を経て報告書を取りまとめるまでの過程で、共同作業を進める上での協調性や責任感、リーダーとしての集団の管理運営能力、ヒアリングを実施する上でのコミュニケーション能力、文献調査等における正確な理解力と分析力、報告会でのプレゼンテーション能力など、多様な能力を身に着けることができた。

 後期から自治体に出向いてのヒアリング調査を重ねたことで、社会の実態を踏まえた実証的な研究を行い、実態に即した実現性の高い政策立案を行う能力を養成することができた。特に、各自治体や国土交通省東北地方整備局の担当者とのディスカッションにおいて、公式見解ではなく本音に基づいた議論ができたことを通じて、それぞれの学生が大きく成長したものと思われる。

 特に後期の半年間における学生の成長ぶりには目を見張るものがあった。現状の能力を少し上回る程度に要求水準を上げることによって、学生の潜在能力が開花させることができたのではないかと思料する。

(ウ)ワークショップを通じた能力育成

 報告書の素案を東北地方整備局及びヒアリング先に事前にお示しして、さらなる修正を行うことを通じて、本ワークショップの提言が被災自治体のニーズに合致した法制度・運用の提言になっていることを確認できたことは、将来において官公庁、自治体等の公共政策に携わるうえで、実態に即した政策提言ができたものと思う。

 今後、本提言の実現に向けて、関係各方面に働きかけてまいりたいと考えている。

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