- 公共政策ワークショップⅠ 最終報告書 プロジェクトC(全251ページ、3.74MB)
(1)趣旨
オレオレ詐欺等の特殊詐欺は、平成15 年夏頃から、その発生が認識され始めた犯罪であるが、令和になっても、その言葉を目や耳にしない日はないくらい、人々の身近にある。令和4年10 月に実施された警察庁のアンケートによると、ここ10 年で治安が悪くなったと考える回答者が全体の約7割を占めるが、その理由として、多くの人が「オレオレ詐欺等の詐欺」を挙げており、特殊詐欺が体感治安に大きな影響を与えていることが伺える。 「闇バイト強盗」と称されるSNS で募集された者らによる強盗等が相次いで発生したことを受け、令和5年3月17日、政府の犯罪対策閣僚会議で、「SNS で実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」が決定された。政府一丸となり、また官民連携して、特殊詐欺対策に取り組んでいるものの、特殊詐欺の認知件数や被害額は、コロナ禍を経て増加に転じており、情勢は依然として厳しい。 特に、近年、特殊詐欺の拠点が海外に置かれる事案が発生しており、国際的にも組織的な詐欺による被害が注目されている。令和5年12月に開催されたG7 内務・安全担当大臣会合において、初めて、特殊詐欺対策が議題として取り上げられ、共同声明において、国境を越えて行われる組織的な詐欺への対策について言及されたところである。 特殊詐欺対策については、警察による摘発も重要であるが、社会全体での未然防止のための取組が欠かせない。これまでも、金融機関、通信事業者、旅客運送事業者を始め、関係事業者の取組、地域社会における防犯啓発活動も行われているが、撲滅までに至っていない。 特殊詐欺は、①まさに現在直面している社会課題の1つであり、その撲滅を目指して研究することは学術的のみならず、社会的に意義のある研究となること、②国や地方公共団体といった行政機関だけでなく、民間企業・団体も取組を行っており、幅広いアクターが関与している分野であること、③国境を越える詐欺の発生が国際的に問題となっており、外国政府による対策が存在するほか、UNODC 等の国連機関による関連レポートがあるなど、国際的な研究も可能であることなどにより、テーマとして選定した。 特殊詐欺は、誰でも騙され、また安易に加害者にもなり得る可能性のある犯罪である。そのような身近な脅威である「特殊詐欺」をテーマに、学生として、社会の一員として、社会の安全・安心のために何ができるかを考え実践し、過去・現在の取組・状況から課題を発見、実効性のある政策提言につなげていく。これらを通じて、課題発見力(情報収集、文献整理)、論理的思考力、政策提言力、プレゼンテーション能力を高めるとともに、共同作業力、コミュニケーション能力を向上させることを目的とした。
(2)経過
(ア)年間の作業経過等
a)前期
社会人学生や理系学部出身の学生を含めた9名の学生と実務家教員2名、研究者教員2名の13名体制で開始した。4、5月は、「特殊詐欺」は身近であると同時に、その実態や対策は、学生にとって未知のものが多いと考えたことから、特殊詐欺に関するドラマや、実際に被害にあった方の家族によるラジオを通じて、「特殊詐欺」とはどのような犯罪か感じてもらうようにした。重要な特殊詐欺に関する政府のプランや関連法案を提示し、それぞれ学生に分担して調査・発表してもらうことで、メンバー間で基本的な知識を共有してもらうこととした。また、国際開発協力が御専門の岡部先生からインタビュー調査の手法について、政治学が御専門の金子先生からデータ分析の手法について講義いただき、初期の段階で、幅広い研究手法・その留意点を提示することで、学生に研究の選択肢を与えるように努めた。 5月、インタビューを開始し、宮城県警察本部、仙台市防犯協会連合会からお話を伺い、宮城における現状を把握した。インタビューは、約1週間前を目処に質問票を送付することを目標に、インタビュー先毎に質問票のとりまとめの学生を決めた。当初は、課題意識が不明確であったため、意図がわからない質問や平仄が取れていないことも多かったが、インタビューを重ねるについて、質問の作成の練度が上がっていった。6月、犯罪心理学の研究者、通信事業者や金融機関、特殊詐欺の国際捜査を経験した埼玉県警察、愛知県警察にインタビューを実施した。また、政策がどのように第一線で実施されているか肌で感じてもらうため、仙台中央警察署の方と特殊詐欺対策キャンペーンを実施し、文字通り汗をかきながら仙台駅前でグッズを配り、歩行者等に注意喚起するDJ ポリスにも取り組んだ。 (参照: https://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/newsletter2024/wsc-1st-report-20240618/) また、中間報告前に政策に関する知識を深め、学生の仮説を検証するため、警察庁と総務省合わせて4部署を午後半日で回るという強行軍の霞が関インタビューを実施した。
b)中間報告会
特殊詐欺という単語を知っていても、その政策は、聴衆に必ずしも馴染みがないことが 考えられたことから、特殊詐欺を簡単に理解してもらうために特殊詐欺の一般的な流れを 示すなど工夫した。また、特殊詐欺の研究を「予防」、「捜査」、「救済」の3つの分野に分 けて取り組む方向性を示すとともに、後期に行う海外調査についての展望を示した。質疑 応答も相当数の想定質問を準備し、堂々と対応することができた。この頃から、3つの班 に分かれて研究を進めていくことが多くなった。
c)夏季
1週間に1回オンラインで決められた時間に集合し、海外調査の準備等を行った。基本的には、学生のみで行うこととしていたが、教員は数回参加し、海外調査準備の進捗を確認するとともに、それぞれの学生の政策提言案について、実現可能性等を指摘し、方向性を示すように努めた。 学生の多くは、就職活動のインターンに参加するなどしていたことから、全員で顔を合わせた活動が困難であったが、一部の学生でインタビューを実施した。また、学生の政策提言案について、分野が分かれていることもあり、遠慮もあったのか、学生同士の議論が少なく、教員からの指導が多くなってしまったことは反省点である。
d)後期(年内)
前期は、インタビュー先は教員が提案・調整することが多かったが、後期は、学生が中心となって必要なインタビュー先を探し、アポイントメント取りを行った。日程調整などに苦労することもあったが、多忙な相手との調整経験は、実務的にも今後役立つと考える。 海外調査は、10 月13 日から18 日までの6泊7日(往復夜行)で、タイのチェンライ及びバンコクにおいて行った。タイを選定した理由は、①近年、日本の特殊詐欺犯罪グループがタイを含め東南アジア諸国を拠点とすることが増え、タイ政府と協力し、国境を越える特殊詐欺の摘発実績があること、②タイ政府が、組織的な詐欺に関する取組を強化していること、③東南アジアにおける詐欺拠点に関する国際機関の専門家がいることなどである。 タイでのインタビューは、駐タイ日本国大使館にインタビュー及び視察の希望調査内容を伝え、複数の選択肢を提案いただき、学生がどの機関でどのような質問ができるかについて検討して、大使館にアポイントメントの協力をいただいた。歴史的な円安が進む中で、予算範囲内で時間通りに安全にインタビュー・視察を行うためのロジ調整は簡単な作業ではなかったと思うが、立派に達成することができた。 ゴールデン・トライアングルにおいて、ラオス、ミャンマーとの国境を視察し、日本とは異なり簡単に国境を越えられそうな状況を肌で感じた。また、ゴールデン・トライアングル及びバンコクで、英語によるインタビューを実施したが、お互いに英語が母国語ではなく、特に調査開始当初は緊張感から、理解が不十分であったにも関わらず、会話のキャッチボールができずに終わってしまうという状況が見られた。このため、毎日反省会を実施し、事前に送付した質問の一部を回答いただいた後に、どのように質問するかなど改善点を話し合い、インタビュー能力の向上に努めた。最終的には、AI の翻訳機能を活用しながら、英語が得意な学生が他の学生をサポートしつつ、1人1回以上は英語で発言し、グループ全体として調査を行うことができ、海外調査により一体感が高まったと感じた。加えて、インタビューや現地視察を通してタイの社会や人々への理解を深めることができた。 (参照: https://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/newsletter2024/wscthailand-report-20241029/) 海外調査後は、前期に「捜査」、「予防」関係のインタビューが多かったことから、後期は、「救済」班が主にインタビューを設定した。また、後期は、警察庁、法務省、総務省の前期とは別の部署にヒアリングに行き、自分たちが持っている課題認識や政策提言案について意見を伺うことができた。 インタビュー後には、都度インタビュー先に議事録を確認していただいたことで、年明けの報告書作成作業中に一部の議事録を除き、議事録の完成案できていたことは良かった点である(それでも、議事録の平仄をとるなどの作業は最後まで発生していた)。
e)最終報告会
中間報告と同様、「予防」、「捜査」、「救済」の3本柱を基に、特殊詐欺の現状、現在行われている取組を整理し、その課題を抽出し、警察庁、総務省、地方自治体、預金保険機構に対して、政策提言を行った。また、海外調査の実施結果を紹介した。最終的には、全ての取組が重要であるが、特殊詐欺被害を起こさないことが最も重要だという考えの下、「予防」は6点、「捜査」は2点、「救済」は2点の政策提言を行った。コメンテーターには、警察庁から特殊詐欺を担当している課長、埼玉県警察及び愛知県警察から課長補佐に来ていただき、政策立案の最前線の状況や政策推進のための裏話などを伺うことができた。なお、1つの提言は、現在進行系で警察庁が調整を行っている内容と同じという話があり、主担当教員含め、初めて聞いた話であったので、学生の調査、研究の結果、一部は実務につながるレベルの政策提言をすることができたことについて、改めて学生の頑張りを誇らしく思った。一方、先生方から、厳しいご指摘、多くのご示唆をいただき、最終報告書作成に向けて、議論を続けることとなった。
f)後期(年明け以降)
年明け初回の授業を効果的に行うため、年末までに報告書の初稿を完成させ、学生同士で不備を指摘しあい、修正した原稿を教員が確認するというスケジュールを定め、学生は年始から修正作業に追われ、また教員も極めて短時間に一読コメントする作業を分担した。年末年始の作業は、学生・教員にとって負担が大きかったが、授業時間を各自の作業に費やすことなく、全体として話し合うべき項目を明確とできたことは良かった。初回授業後、学生は教員のコメントに基づき、修正、修正された原稿について教員が追加コメントするなど、Google Drive 上での作業が続き、脚注引用や参考文献の不備の修正にも大いに時間が取られたが、作業が残っている箇所を他の学生が分担するなどして、報告書は完成した。提出前には、ほぼ全員が集まって2日にわたって印刷物を読み合わせて確認するなどし、結果的に、期限1日前の昼には提出することができ、提出期限を見据えて逆算したスケジュール管理を行ったことが功を奏したと言える。
(イ)ワークショップの進め方
火曜日の3限から5限を中心に実施し、前期は学生が月曜日に自主ゼミ、後期は金曜日に自主ゼミを設定した。教員は、夏季や最終報告会などの一部の自主ゼミ以外には参加せず、学生の自主性を尊重するように努めた。学生と教員は、主に、Google Classroom、グループML、グループラインでやり取りし、情報共有を図ることとした。 教員からは、前期の早い段階で、リーダー等の役割分担を設けることを選択肢として提示したが、学生の総意として、リーダーは設定せず、会計や海外調査のロジ担当など、一部の役割を設けたほか、質問票や議事録作成で主担当者をその都度設けるという形とした。 インタビュー先等は、前期は教員が行き先を提案・調整したが、夏季以降は、学生が提案・それぞれの優先順位を決めて日程調整するという方法にした。 副担当の岡部先生、金子先生、松村先生(前期)、川野先生(後期)には、常に貴重なご助言をいただいたほか、学生の履修・進路指導もご支援いただいた。この場をお借りして感謝申し上げる。
(3)成果
(ア)最終報告書
最終報告書は、「国境を越える特殊詐欺に関する政策研究」と題して、第1部に研究の背景やアプローチ、第2部に特殊詐欺の被害状況、特殊詐欺の特徴、アクター毎に分類した対策、特殊詐欺の国際性について整理、第3部を政策提言とした。政策提言は、最終報告と同様、「予防」、「捜査」、「救済」と3分野にわけ、「予防」については、「ナッジを活用した迷惑防止電話機器の普及促進」、「国際電話の着信拒否制度」、「SNS 等での加害者募集に対する監視・体制強化」、「特殊詐欺対策技術の創出に向けた公募」、「各都道府県警察と金融事業者の情報連携強化」、「学術的な知見に基づく広報啓発」の6つ、「捜査」については、「詐欺関連の情報共有を行う国際会議の定期開催・参加」、「国際捜査を管轄する司令塔機能の強化」、「救済」については、「振り込め詐欺救済法における公示内容のプッシュ通知」、「特殊詐欺被害者等支援条例の制定」という2つの政策提言を行った。 研究開始当初は、さらなる政策提言案も遡上にあったが、インタビューを通じて、実務的な運用やすでに検討された上での課題を教えていただき断念したもの、検討していたものが政策として実現されている様子を目にすることがあった。また、「犯罪を助長する可能性がある」という理由で現状の犯罪予防の仕組みについてお話いただけなかったり、公開にはなじまなかったりする点もあり、犯罪を研究テーマにする難しさもあった中で、政策提言を作り上げた学生の頑張りに敬意を表したい。 最終報告書の出来栄えについては、読者に評価を委ねるが、本報告書を通じて、特殊詐欺の現状への理解がより深まり、1つでも多くの被害をなくすことができれば幸いである。
(イ)ワークショップを通じた能力育成
ワークショップを通じて、それぞれの学生が成長できた点があるが、共通するものとして、3点に触れる。1点目は、現状把握及び課題発見能力の向上である。特殊詐欺についてニュース等で聞いたことはあるが現状や政策を知らない学生が、被害実態を把握し、関連する政策を学び整理し、毎日のニュースを見ながら、認識をアップデートしていく様子が見られた。 2点目は、プレゼンテーション能力、スケジュール管理、ビジネスメールの記載方法等の一般的なビジネススキルを身に着けた。中間報告会、最終報告会という大きなイベントを控え、学生は、視覚的・聴覚的な説明のわかりやすさを模索し、想定外の質問に対しても瞬発力を持って対応することができた。また、発表・提出期限から逆算してスケジュールを管理する大切さ(特に、大量のタスクを持つ新人時代に大事!)を学んだ。 3点目は、9人という比較的大所帯なグループ活動における協調性である。全国様々な地域から集まり、知識・興味関心が異なるメンバーの間で、1年間1つのテーマで研究することは新しい環境の中で負荷がかかるが、約1週間の海外調査や中間報告会・最終報告会にむけ長時間同じ目標に取り組むという経験は、メンバーのコミュニケーション能力、調整力、柔軟性や忍耐力等、協調性を向上させ、社会でも活躍できる能力を身に着けたと考えている。 これらは、学生の献身的な努力もさることながら、多忙な中でインタビューに応じて下さった実務家、研究者の皆様、副担当教員を始めとする大学院関係者の皆様、海外調査の資金援助をしていただいたJR 東日本様など、関係する全ての方の御協力・御支援の賜である。