東北大学公共政策    

プロジェクトA:環境・経済・社会の各課題の同時解決を目指した脱炭素地域づくり政策に関する研究


(1)趣旨

2050年に二酸化炭素などの温室効果ガス排出を実質ゼロにする「脱炭素社会」の実現に向け、世界各国が急速に取組を加速させている。このような状況の下、我が国では地域における脱炭素社会の実現に向け、2021年6月に「地域脱炭素ロードマップ」が取りまとめられた。そこでは、まず5年間で既存技術を活用した対策の強化により脱炭素を実現するモデルケースを創出。これをもとに、2030年までに脱炭素の取組が全国に次々と広がる「脱炭素ドミノ」をできるだけ多く実現することを目指すこととされた。

地域において脱炭素社会を構築していくためには、特に大都市圏以外の地域に豊富に存在する再生可能エネルギー導入ポテンシャルを活かすことが鍵であり、これによって海外からの化石燃料への依存により9割の自治体で赤字となっているエネルギー収支の黒字化と脱炭素が同時に実現することができるとされている。しかしながら、地域住民にとっては、単に再生可能エネルギーの導入を進めることのみが目的となってはメリットがない。地域資源の持続可能な利用を行い、温室効果ガスの排出削減等の環境保全を図りながら地域内での経済循環を促し、地域で雇用を作り、地域の人々の安全で豊かな暮らしを実現するなど、環境の観点からのみならず、経済や社会の課題を統合的に解決し、SDGs (Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標) を実践する、自立・分散型の地域社会づくりが重要となっている。

東北各県では、東日本大震災の経験も踏まえ、地域資源の持続的な利用を行い、温室効果ガスの排出削減を進めながら、雇用創出や安全で豊かな暮らしを実現し、地域を活性化しようとする取組も数多く行われてきた。

本ワークショップにおいては、このような東北各地で行われてきた取組の幾つかについて調査する中で、特に林業の活性化と木質バイオマス発電及び熱利用、さらに地域への還元手段としての自治体新電力の活用に着目し、脱炭素社会の実現と地域課題の解決や地域活性化を同時に達成するために必要な政策について提言することを目的として、研究を行ったものである。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

参加学生は、当初4年大卒7名、社会人1名の計8名でスタートしたが、社会人学生が業務多忙のため5月半ばで履修放棄せざるを得なくなり、結局7名で活動が行われた。

最初に基礎知識を習得するため、文献購読により、再生可能エネルギーの導入による地域活性化の事例や、再生可能エネルギーを主力電源化していく上での課題について学んだ。さらに連休中に国・地方脱炭素実現会議のヒアリング動画の視聴を課した上で、環境省東北地方環境事務所の職員によるオンラインでの説明及び質疑応答を行うことにより、基礎知識の習得を進めた。

その上で、東日本大震災の経験を踏まえ災害に強いエネルギー自立的な地域づくりを推進するために行われた取組事例として、環境未来都市やSDGs未来都市、バイオマス産業都市に選定された都市のうちから幾つかの都市について文献調査を行った。その文献調査を踏まえつつ、石巻市役所、一関市役所及び東松島市役所に主担当教員からアポイントメントを取り付け、それぞれにメンバー全員で伺い、ヒアリングを行った。これら3市では、担当職員の方々からこれまでの再生可能エネルギーの導入や省エネルギーについての取組、更に今後に向けた方針などについて、事前に送った質問表に沿って丁寧な回答をいただいた。また、ヒアリング後は職員の方々の案内により、各市における取組事例について視察させていただき、併せてこの問題についての理解を一層深めることができた。

しかし、主担当教員によるヒアリングのアポイントメント取り付けが遅れてしまったために、ヒアリングを終えた後、後期における施策検討の基本方針について十分議論・検討を行う時間をとることができなかった。これはただでさえ検討対象となる領域が極めて広範で多角的であることから、検討対象の絞り込みを早期に行わなければならない本研究を進める上では、大きなハンデとなるものであった。

b)中間報告会

中間報告は、これまでに学んだ内容及びヒアリングの結果の整理を主体とするものとなった。今後の施策検討の基本方針については、一応脱炭素地域づくりの取組を先行的に行っている地域を選定して調査分析し、課題を抽出した上で解決案を提言することとし、その地域をどのように選定するかについて示すに留まった。

とはいえ、プレゼンテーションについては学生自身がしっかりと準備をしたことにより、堂々と行うことができたことは評価すべきものであった。

c)夏季

検討対象の絞り込みを早期に行い、後期の調査計画を詰める必要があったため、当初夏季休暇期間中に合宿を行うことも検討したが、新型コロナウイルス感染症のまん延のため断念せざるを得なくなった。代わりにまず8月下旬に一度オンラインでサブゼミを実施することとし、そこで東北各県の2050年二酸化炭素排出実質ゼロ(ゼロカーボンシティ)を表明した自治体のうち、再生可能エネルギーポテンシャルなどのデータが特徴的な自治体について分担して調査することとした。その上で9月下旬に2日間、対面形式で集中的にサブゼミを行い、各自が調査した結果を踏まえ調査対象をどうするか議論した結果、バイオマスの利活用を軸に、まずは八戸市・久慈市・宮古市にヒアリングを行うという方針を何とか決めることができた。

d)後期(年内)

後期開始とともに、八戸市・久慈市及び宮古市について学生が3班に分かれヒアリングの準備を進めるとともに、改めて学生が自主的にバイオマスの利活用に関するものを中心に文献を探し出し、それを分担して読み込み知識を共有していった。

そして3自治体に対するヒアリング(一部はオンライン)を10月中に行ったが、この結果を踏まえ改めて「何を判断軸・焦点にし、どこに提言するか?」について一層明確にしなければならない、ということで議論が行われ、ようやく「林業の活性化」「木質バイオマス発電・熱利用の推進」「地域新電力による地域還元」という焦点を明確化することができた。

以降は改めてこれら3つの焦点ごとに班を再編成して、各班において学生が自主的にヒアリング先を探し、精力的に調査が進められた。地域新電力班では、全国各地の地域新電力会社に質問事項を送って回答をお願いし、多くの新電力会社から回答をいただくことができた。林業班では、全国森林組合連合会に対し2回に渡りオンラインでのヒアリングを行った。バイオマス発電班では、東北経済産業局を訪れてヒアリングを行うとともに、日本木質バイオマスエネルギー協会に対しオンラインでのヒアリングを行った。また、林業とバイオマス発電・熱利用との関係を現場で知るために、大崎市鳴子温泉地区の「VESTAプロジェクト」を林業班・バイオマス発電班の両班合同で視察し、多くの話を伺った。

ヒアリングは12月に入っても精力的に行われたが、並行して班ごとに政策提言をまとめる作業が進められた。基本的には学生自身で原案を考え、それを担当教員が現場での効果や実現への障害という観点から指摘をし、それを踏まえ学生が提言案の修正を図るという作業が最終報告会の間近まで行われた。プレゼンテーションの準備や最終報告書の執筆と並行しての作業は学生にとっても大変だったと思うが、何とか粘り強く取り組んで最終報告会を迎えた。

e)最終報告会

最終報告会では、「脱炭素」と「地域活性化」の同時達成を図るためのアプローチとして「林業を稼げる産業に」「木質バイオマスによる小規模電熱併給を通じた地域における再エネの推進」「地域新電力の拡充を通じた地域活性化」に焦点を当てたことを簡単に触れた上で、これら3領域の政策提言の内容を説明することに注力した。発表は各学生ともペーパーに目を落とすこともなくスムーズかつ堂々と行うことができた。

f)後期(年明け以降)

最終報告会後のサブゼミで、論文執筆経験のある学生が自主的に最終報告書の書き方について他の学生に知見の共有を行い、その上で最終報告書執筆の分担確認が学生間で行われ、原案執筆の〆切設定をするとともに、その後学生間で相互チェックする期間を設けた。連休前に学生の素案がまとまったので、主担当教員がそれを確認・コメントし、ワークショップの場で改めて読み合わせを行って修正作業を行うという作業を2回繰り返した。

一方、並行してヒアリング記録を整理し、ヒアリング先への照会・確認を進め、最終報告書に掲載できるようにした。全体の体裁を整える作業は思いの外大変だったが、学生は精力的に進め、期限前に提出を完了させることができた。

 

(イ)ワークショップの進め方

原則として、毎週火曜日の3限から5限にワークショップを実施した。それ以外の時間にも必要に応じて自主ゼミを実施することもあったが、メンバーの予定がなかなか合わせられず、他のグループと比べると自主ゼミの頻度は比較的少なかったように思う。

その代わりに学生全員と教員がメーリングリストやライングループ、グーグルの共有ドライブを活用して情報共有と作業の効率化を図った。特に共有ドライブはワークショップ中も含めメンバーの共同作業に大いに活用された。

現地調査・ヒアリングについては、前期は主担当教員が先方とのアポイントメントや日程調整などをお膳立てしたが、後期の始めには主担当教員が予め自治体の関係者に電話で協力依頼をした上で、学生がすべてのアポイントメントを取り付けて日程調整等を行うようにした。さらに3つの作業班に別れてからは、各班がヒアリング先の設定も含めほぼ自主的に調査・ヒアリングを企画・実施することが出来た。

学生の役割分担については、リーダー、サブリーダー、会計、書記、儀典(渉外担当)、安全管理(新型コロナ感染対策等)の役割ごとに、学生が自主的に立候補して決めていった。月ごとに役割分担を変えることも考えたが、結局前期は役割変更をせず、後期が始まる段階で改めてシャッフルした。なお、後期のリーダーは他のメンバーからの強い推薦により前期と同じ学生が務めることとなったが、前後期通じて毎回のワークショップの司会役を持ち回りで行うようにするなど、学生の負担がなるべく均等化されるような運営が学生自身により行われた。  

(3)成果

(ア)最終報告書

最終報告書は、9章から構成されている。

第1章では、気候変動対策に関する動向について、これまでの世界及び日本の流れを整理して記述した。

第2章では、温室効果ガスであるCO2の削減手法について、各部門における消費量の削減、発電や熱利用などの低炭素化、電力の売買等に係る制度面からの取組について整理して記述した。

第3章では、地域脱炭素ロードマップについて紹介するとともに、それ以前に環境・経済・社会の各課題を同時解決する地域モデルを創出する取組を行ってきた自治体に対し前期に行ったヒアリングの概要について記述した。

第4章及び第5章では、地域資源を活用し、地域を活性化しながら再生可能エネルギーの利用を拡大するための考え方としての「地域循環共生圏」を紹介しつつ、それを実現する上で「林業」「木質バイオマス発電・熱利用」「自治体新電力」に着目した理由、さらにこれらの各要素について先進的な取組を行ってきた自治体へのヒアリングの概要について記述した。

第6章~第9章では、「林業」「木質バイオマス発電・熱利用」「自治体新電力」の各要素について、ヒアリングの結果等を踏まえ現状と課題を整理し、政策提言を行った。

林業については、林業の活性化を通じて稼げる産業にするため、林業の集約化と効率化に資する、森林施業プランナー制度改革や高性能林業機械の購入事業体へのリース事業の導入促進などの施策を提言した。

木質バイオマス発電・熱利用については、森林資源の持続的な利用に資する施策としてFIT制度における小規模バイオマス発電買取価格の変更、燃料費の削減や熱需要の確保、インフラ整備についての施策としては、需給間の距離を縮小した産業体系の推進を提言し、これを実行させるスキームとして既存の「バイオマス産業都市構想」の要件変更を提言した。

自治体新電力については、課題を「設立」「持続拡大」「経営安定化」の3つのフェーズに分け、それぞれの課題について入札制度の改変、価格(電気料金)以外の付加価値の創出、地域の再生可能エネルギーの積極的な活用の3つを提言した。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

本ワークショップの受講学生は、入学時には研究対象である環境・エネルギーに関する知識等があまり無い状況から、1年間の活動を通じて相当量の学びを得ることができたものと認識している。

とはいえ、「脱炭素地域づくり政策」を考える上で必要な知見は、環境・エネルギー分野に収まらない大変広範なものであり、そこから研究対象とすべき領域をどこに絞りこむか決めていくことは決して容易なことではない。主担当教員の狙いとしては学生自身でどこを焦点にしていくか決めてほしいということであったが、それを短期間で行うことはさすがに学生にとっても難しいことだったようであり、それが後期の作業遅れや突貫作業につながってしまったことは、進行管理という点で主担当教員として大いに反省しなければならない。しかしながら、学生はそのような「無茶振り」にもめげてしまうことなく、自主的に調査を進めるとともに粘り強く作業を進め、彼ら自身が大いに悩みながら少しでも有用な政策提言を見出そうとし、何とか最終報告会での報告及び最終報告書という形にまとめ上げた。これこそが学生自身の成長の証ではないかと考えている。

特に本ワークショップの7名のメンバーは、それぞれが自分の果たすべき役割を自主的に分担し、チーム全体にまたがる事項についても協力し支え合って対応する姿勢が強く見られた。自主的にこのようなチームビルディングが行われたことについては大変感心させられた。 

このページのTOPへ