東北大学公共政策    

プロジェクトD:震災復興10年の総合的研究―これからの東北・宮城を見すえて


(1)趣旨

東日本大震災から10年がたち、当初の復興期間が経過した後の2021年度は、多くの領域において政策の転換が図られるとともに、それまでの事業について多角的な検証が行われるべき節目の年であった。このワークショップ(以下WS)は、現状の背景をなす10年間を振りかえり、宮城県内の各自治体が一般施策に転換する過程を比較分析しつつ、被災地が今なお直面する課題に対する解決策を立案するものであった。

この10年間には、過去のWSでも震災復興が扱われてきた。災害対策法体系や復興まちづくり法制(2011WSA、2012WSA、2013WSA、2015WSA)、農業・農村の復旧・復興(2013WSB)、環境政策(2012WSD)、国際支援(2013WSC)がこれまで検討されてきたが、震災5年後からWSテーマも一般施策に推移する傾向が見られる。人口減少社会に対応するまちづくり法制に関する2018WSAと、農林水産物の輸出促進策などを追求した2019WSCに副担当として随行した際も、津波被災地において一般施策化が進んでいる現状がうかがえたため、あらためて震災復興を単独のテーマにする難しさを感じていた。

そこで2021WSDでは、ハード事業からソフト支援までの複合領域を対象とする「総合的研究」を目指すことにした。壊滅的な津波被害からの復興には総合的対策が不可欠とされ、有識者の諮問会議を活かして復興計画が策定され、総合調整機能を有する復興庁が設置された。それらの特徴を踏まえて、「住まいとまちの復興」「産業・生業の再生」「被災者支援」という三領域を包含する分析を行えば、節目の年ならではのプロジェクトになると考えたためである。

その補助線として、四つの自治体の比較分析という視角を設定した。コロナの状況次第では、県外移動はおろか、対面ヒアリングも困難になる可能性があり、過去のWSの成果を活用できるように調査自治体を選定した。具体的には、2019WSBが扱った仙台市、2017WSAや2018WSAが取り上げた石巻市、2015WSDが考察した名取市の三市と、2019WSCで訪れた山元町を加えた四つを対象とし、人口の増減と復興期間の進捗度という二つの軸で区分する枠組みを提示した。そして、まずは各自治体の復興・企画部局と民間事業者に第一弾のヒアリングを実施し、この枠組みの妥当性を検討することにした。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

学部卒院生6名(県内出身2名、県外出身4名)と社会人院生2名の計8名、副担当教員1名(6月まで仙台光仁教授、7月から松村孝典教授)、新設のチューター1名(M2の社会人院生)の多様性のあるチームが編成された。

コロナの状況により、4月からの約一ヶ月間は、全面オンラインでのスタートとなった。テレビドラマ(「明日をあきらめない…がれきの中の新聞社」)や新聞連載(「復興再考」『河北新報』2020年8月6日付〜2021年6月16日付)、基礎文献(五十嵐敬喜他『震災復興10年の総点検―「創造的復興」に向けて』岩波書店、2021年)を素材に、震災復興に関する基礎知識や各自の問題関心の共有を図った。オンライン形式は、発言者の理解度が如実に顕在化するため、やり方次第では対面形式よりフリーライドが生まれにくい利点もある。毎回の授業時間を短くする代わりに、事前に全員がコメントペーパーを作成して討論中心に実施することで、序盤から密度の濃い議論を展開できた。

5月の連休前後から、第一弾で訪問する名取・山元・石巻各担当の3班に分かれ、自治体の基礎情報や先行研究の調査にとりかかった。5月12日付で本学のBCPレベルが3から2に引き下げられたとはいえ、全員での対面ヒアリングは時期尚早と判断し、3名ほどの担当者のみが現地を訪問し、残りのメンバーはオンラインで参加した。関与度の平準化のため、全員が1問ずつ質問を用意してヒアリングに臨んだものの、やはり各自が最初に直接現地で見聞した印象が色濃く残ったようである。

ワクチン接種が始まった6月は、最新の学術研究(五百旗頭真他監修、ひょうご震災記念21世紀研究機構編『総合検証 東日本大震災からの復興』岩波書店、2021年)を分担講読しつつ、仙台市内でのヒアリングを重ねていった[1]。だが、5年前に復興期間を終えて平時化している仙台市の状況は[2]、最初に訪問した3自治体より印象を弱めてしまい、自治体間比較の視座は不明瞭になる傾向にあった。

中間報告会まで残り一ヶ月の段階で、リーダーなどのチーム内の役割を確定し、大量の情報を整理して、問題意識を整える作業に邁進していった。ここまでのヒアリング調査により、復興計画の期間を終えて次の総合計画に移行済みの3自治体と、復興事業を11年目に繰り越していた石巻市の状況の差異が顕著であった。また、10年の経過によって復興計画策定時の「総合性」はすでに薄れ、個々の一般施策に分化している現状が浮かび上がっていた。学生たちは、代わりの「総合的」視角として復興庁の分類を援用し、残された政策課題を整理する方針を選んでいった。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

石巻市雄勝地区の写真を冒頭に掲げた47枚のパワーポイント資料と18頁の資料集を用意して、7月23日に、オンライン形式での報告と質疑応答に臨んだ。有事からの復興の検証を通じてこの10年間で東北はどう変わったのかを問い、今なお残された課題への解決策を立案して、今後の平時のあり方を考える、という導入部分は、多くの聴衆に鮮やかな印象を与えたことであろう。その後は、各メンバーの関心に基づき、以下の10種の政策課題と解決の方向性が順に挙げられた。①ハード事業による防災・減災対策、②合意形成、③産業・生業の再興、④輸出促進、⑤被災自治体への支援体制、⑥コミュニティ、⑦震災の伝承・継承、⑧防災教育、⑨被災者の心のケア、⑩人口減少である。そして、②や⑤などを復興過程の教訓とした上で、他地域における事前復興の取り組みを今後調査する予定を掲げて、報告を締めくくった。

質疑応答やその後のやり取りでは、後期にむけた貴重な示唆を頂戴した。10個の課題のしぼり込みが必要では、との意見を踏まえ、後期は主に3〜4種の政策課題に集中して取り組むことにした。その際には、被災地での残存課題と、次の大規模災害への備えと、全国大の一般的課題に仕分けるべき、との指摘が有益だった。また、行政がどこまで民間事業者を支援するかを慎重に検討すべきとの批判は、政策提言が可能な領域を選んでいく際に、学生たちがつねに意識したものである。さらには、被災地の現状を作り出している構造的な原因(人口減少)、外生的な原因(中央政府からの支援減少)、内生的な原因(合意形成の失敗)を識別すべき、との教示が、その後の総論部分の再検討を促した。

c)夏季

気仙沼での合宿を予定していたものの、8月20日付で再びBCPレベル3に引き上げられたために中止した。新たに副担当の坪原和洋教授を迎え、ハイブリッド型での顔合わせ会を行った[3]

夏季休暇中の二度のオンライン会合は、中間報告会でのコメントを消化し、自分たちの研究調査を推進させていく重要な転機となった。前期からの宿題として、4自治体の比較分析に取り組み、成功と失敗を分類して要因を析出する作業が行われたものの、やはり仙台市の位置づけが難しく、政策課題が明確な石巻市を中心に調査を進めていく方針が固まった。また、被災地での残存課題に対する方策と、そこからの教訓を他地域に展開する方策を、同時並行で追求することになった。以後は、事前復興、産業復興、ソフト支援の3班に分かれた活動となり、3名の教員が分担指導する態勢が整った。前期からのチーム内の役職を後期も継続して務めることが決まり、最終報告会までのスケジュールを逆算して、各班の進捗を随時共有する工夫も取り入れられた。

d)後期(年内)

9月16日付でBCPレベル2に、10月1日付でレベル1に引き下げられ、後期の3ヶ月間はコロナ禍での天佑となった。待ちに待ったレベル1状況を最大限活かすべく、ヒアリング先の選定、アポ入れ、質問票の作成と送付、移動手段や宿泊先の手配などを学生たちが主体的に進めていくWSならでは教室風景を見ることができた。後から振りかえれば、この学期始めの作業によって、最終報告書の大枠がほぼ確定した。

事前復興班3名は、10月下旬に高知出張を実施した[4]。南海トラフ地震時に想定される津波被害に対して、高知では様々な取り組みが行われており、地区防災計画の中に事前復興を一部盛りこんでいる高知市、全国に先がけて事前復興計画を策定した香南市、防災集団移転を検討した前例がある黒潮町などを訪問調査できた。また、それらの首長も参加している高知県事前復興まちづくり計画策定指針検討会について、高知県庁で詳しくうかがい、ハード事業はもとより、コミュニティや合意形成、生業なども視野に入れて議論している状況を理解できた。11月末には、内閣府と国土交通省へのオンラインヒアリングを追加で実施し、事前復興計画の策定を促す行政側への提言と、住民側の事前復興に資する提言を、双方向で模索する方針が形成されていった。

産業復興班3名は、雇用のミスマッチ、中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業(以下、グループ補助金)と販路回復、輸出促進という三つの領域を分担してヒアリング調査を手堅く進めていった。とくに売り上げ回復の遅れている石巻の水産加工業に注目して、国、県、市の三層構造の政策状況を順に分析した。ジェトロ仙台や石巻商工会議所にも質問でき、石巻市水産物地方卸売市場や養殖業の現場を訪問してイメージを具体化できた。この問題に知悉しているジャーナリストからの教示は、雇用やグループ補助金に関する政策提言のヒントとなった[5]

これらに比べ、ソフト班2名は、最終段階までヒアリング調査を続ける必要に追われた。ソフト事業は定量的分析が難しく、コミュニティ形成支援、心のケア、震災伝承など広範なものを含む。最前線で活動するNPOや事業者へのヒアリング調査を行えたものの、文字通り対象の柔らかさに悩まされた。最終的にはコミュニティ支援に領域を限定して、11月上旬に訪問した石巻市北上地区の事例を[6]、仙台市長町地区の事例と対置することにして、各行政機関の政策状況を追跡していった。

いよいよ最終報告会の一ヶ月前から、政策提言の具体化、パワーポイント資料の作成、最終報告書案の執筆が、同時並行で進展した。内容については、担当教員3名のみでなく、復興庁や宮城県の政策担当者からも意見や激励を頂戴できた。こうした経験は、不安の中で作業に忙殺されていた学生たちを大きく勇気づけたことだろう。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)と後期(年明け以降)

通い慣れたエクステンション教育研究棟前の集合写真から始まる全62枚のパワーポイント資料を用いて、対面での3時間におよぶ最終報告会が、12月21日に実施された[7]。報告の構成は、「(1)序論:研究の趣旨、問題意識、(2)総論:宮城県における復興過程の検証、(3)各論①:産業・生業の復興、各論②:ソフト支援、各論③:事前復興計画の必要性、(4)おわりに」となっている。ヒアリング記録部分を除く計174頁の最終報告書案に基づき、各論①で3つ、各論②で3つ、各論③で4つ、合計10個の政策提言を発表した。

学生や教員からの質問や、復興庁復興知見班スタッフのコメントでは、3領域の各論に即した多数の指摘を頂戴できた。水産加工業に求められる人材の特徴を意識すること、グループ補助金と私有財産制の関係性を考慮すること、輸出促進策の取り組み主体を明確にすること、既存のコミュニティ支援施策と重複すること、民間支援団体の認証に関する国や県の手続き等を再確認すること、コミュニティ入居を公平性の観点から再検討すること、事前復興の法制化に向けた定義などを厳密にすること、地区での事前復興の制約や問題点を理解すること等、いずれも最終報告書の修正に反映されたものばかりである。もっとも、事前の予想に反して、総論部分に関する意見は少なかった。本WSが探し求めた「総合的研究」という意義づけは、研究・実務の両現場でも、まだ探究が続いていると見るべきなのかもしれない。

年明けからは、ヒアリング記録の確認や、最終報告書の加筆修正に力を注いだ。事前復興の先進事例である静岡県富士市を追加訪問するほか[8]、宮城県の政策展開や被災地の現状について理解を深めるべく、宮城県の企画部長や河北新報社の報道記者から、政策提言に対するコメントを頂戴するオンライン会合を開催した。最先端の現場に追いつくには、修行が足りないことを再確認しつつも、この1年間での確かな成長と成果を認識して、最終報告書を完成することができた。  

(イ)ワークショップの進め方

毎週火曜午後1時から6時までを正規の授業時間とし、外部とのヒアリングもなるべく同時間帯に実施するように注力した。全体での作業時間をあらかじめ区切ることで、時間の質を高めていく工夫を、チームで心がけていった。

ただし、オンライン開催の場合は、一回につき2〜3時間に短縮し、場合によっては週末に補講を実施した。また、宿泊を伴う出張時や調査先の都合により、やむなく火曜以外にヒアリングが入った場合もある。他にも学生たちは授業時間外にグループ作業を行っており、その状況は随時Google Drive等で教員と共有されていた。中間報告会と最終報告会の開催前の一ヶ月間は、ほぼ連日の作業が必要になったようである。

それでも、例年に比べて遜色ない全36件のヒアリングを、概ね火曜午後に集約できたことは、ヒアリング先のご厚意と、学生たちの周到な準備の成果である。そして、副担当として、時に車を運転して、各地に引率してくれた仙台光仁教授、松村孝典教授、坪原和洋教授と、チューターの寺門瞳さんのご助力のおかげである。

もう一点特記すべき試みは、チーム内の役職を6月に決めたのち、年度末まで固定したことである。BCPレベル3だった年度初めは、教員主導でオンライン授業を展開し、その後、学生たちがお互いの個性を認識し、WSに慣れてきた段階で、リーダーをはじめとするチーム内の役職を選出した。前期には必ずしも成熟していなかったチーム意識が、後期に徐々に高まっていき、最終報告会時にピークを合わせられていたのは、実に頼もしかった。

(3)成果

(ア)最終報告書

最終報告書は、本論179頁と、ヒアリング記録の資料編190頁による計369頁の大部である。本論は、全体の構成を示す「はじめに」のあと、総論にあたる「第1部」と、政策提言部分である「第2部」が続き、最後に「おわりに」、「謝辞」、「参考文献」が掲載されている。

「第1部 東日本大震災10年間の復興過程の検証」は、まず「第1章 東日本大震災の特徴」で、阪神・淡路大震災の復興過程との相違点として、人口減少や高齢化が進む成熟社会への転換が意識されたこと、「創造的復興」を目指して事業規模が拡大傾向にあったことを指摘する。次の「第2章 復興事業の展開」は、ハード事業、産業・生業、ソフト事業の政策展開を概説する。続く「第3章 復興事業の帰結」が、復興10年間の検証部分に相当し、「3-1 被災自治体の比較分析」で、4自治体の基礎情報と前期のヒアリング結果をまとめ、「3-2 被災地における人口の「多層的集中」」において、4自治体間の広域の人口移動を分析する。

「3-3 人口減少と復興の遅れ」が、本報告書の要の位置にあたる考察部分である。事業実施主体の行政にかかった大きな負担を概論した上で、ハード事業、生業・産業、ソフト事業の展開を順に検証していく。復興事業の「遅れ」が一部見られたハード事業に関しては、事業決定後の入札不調に加え、事業決定前の合意形成の難航が影響したとし、石巻市や名取市の事例を仙台市や山元町と対比して論じている。そうした事業延長の波及効果や、広域での人口移動を指摘した上で、生業・産業の再建を目指した復興制度の機能と残された課題を検討する。また、ソフト事業の展開もハード事業と連関して把握し、人口移動に伴うコミュニティの維持・形成という課題を抽出する。以上の分析をもとに、「3-4 事業ごとの格差と地域ごとの格差」で、事業や地域ごとの進捗の多様性を再確認して、第2部の政策提言部分につないでいる。

生業・産業の再生を論じた「第4章 東北の産業力強化に向けて」は、雇用の確保・維持、グループ補助金の考察、販路拡大に向けた輸出促進という三つの政策領域を扱う。雇用のミスマッチの背景として、販路開拓等のソフト支援が手薄だった点を指摘し、魚種転換に対応する経営の多角化やECサイトでの販路開拓を支援する「水産加工業の多角化に向けたモデル事業」を提唱する。また、グループ補助金については、事業環境の変化への対応が困難なこと、実態の伴わないグループ形成が見られたこと、販路開拓支援が不足したことを課題として挙げ、施設・設備の高度化の支援、共同事業の実施報告に関する費用の一部補助、認定経営革新等支援機関による経営支援などの「グループ補助金の補助率の見直し+復興計画策定支援」を提言する。コロナ禍での輸出販路拡大を目指す「O to Oビジネスによる商流強化支援」(オンライン活用とオフライン接続の促進策)も提案されている。

続く「第5章 ソフト事業(コミュニティ形成)の今後に向けて」は、沿岸被災地の石巻市北上地区と都市部の仙台市長町地区の事例を分析し、残存課題への対処と今後の教訓の共有方法を検討する。人口減少によるコミュニティの維持が課題である北上地区と、人口流入によるコミュニティの形成が必要だった長町地区は、一見すると対照的な事例である。しかし、両方ともコミュニティの基盤をなす緩やかなつながりを構築でき、他地域で起こったような復興事業をめぐるコミュニティの分断は見られなかった。現場でコミュニティ支援に当たった民間支援団体や認定NPO等への調査を踏まえ、2025年度に終了予定の復興支援員制度を継承するための「コミュニティ支援員及び地域コミュニティ支援機構の設置」や、補助金申請手続きの簡素化と行政による活動団体の把握を促す「民間支援団体の事前認証制度の導入」を提案する。また、災害公営住宅への移転時に仮設住宅等でのコミュニティに配慮する「コミュニティ入居」の導入促進を、次の大規模災害への備えとして提唱している。

そして、「第6章 東北の経験を活かした望ましい復興のグランドデザイン」は、近年に注目を集める事前復興について、南海トラフ地震に備える高知県や静岡県での調査に基づく分析を展開する。被害の軽減を目指す防災・減災と、元の状態への復元力を強化する事前復興との違いを図解した上で、発災後のスムーズな復興と、生業やソフト支援までを含む広範な復興を実現すべく、行政・住民双方の計画策定と住民レベルの取り組みの促進策を論じていく。具体的には、大規模災害からの復興に関する法律の中に、事前復興計画の作成を努力義務と追記すること、自治体における計画策定の費用を国が補助すること、知見や情報を共有する復興準備会議や復興準備連絡協議会を設立すること、そして内閣府の既存事業をもとに「地区防災・事前復興計画モデル事業」を設けて、地域での事前復興の取り組みを全国に広めることが、この章での提言内容である。

これらの先に目指すビジョンは、末尾の「おわりに」で示されている。すなわち、人口減少や災害の激甚化という環境の変化に適応できる地域の持続可能性の向上である。「課題先進地域」である東北・宮城から構想した本WSDの最終報告書を締めくくるにふさわしい未来への指針であろう。  

(イ)ワークショップを通じた能力育成

当初から高い意欲や学力をもつメンバーが集っていたが、ややもすると自信を裏づける経験値が少ない印象を受けていた。それが、毎週くりかえされる議論やヒアリングを通じて、復興の現場に関する政策知識を積み重ねていき、やがては政策立案の最前線で働く人たちの前で、自分たちの思いを胸を張って表現できるまでに至った。抽出した課題に対する解決の方向性を自分たちで考え、パワーポイント資料を用いて大勢の前で報告し、公開での厳しい質疑応答を経て、長文の報告書にまとめるという一連の過程が、着実にメンバーの成長につながったことは間違いない。

もちろん、初期の問題設定から軌道修正したことで十分な解答を示せていないという感想はメンバー全体で共有されているし、この期間に参照すべき新たな学術研究が予想より登場しなかったこともあって、報告書の分析を学術論考のレベルにまで引き上げるには、まだまだ多くの課題が残っている。しかし、初学者たちがわずか単年度でのプロジェクトを通じて作成した報告書としては、一定の水準に到達できているものと思われる。それをなしえたのは、多様な価値観を有するメンバーが、未曾有の災害からの復興の歩みと意義について、真剣に長時間話し合ったグループ作業の蓄積である。そこで培われた人間関係こそ、本WSを通じた能力育成に、今年度のみならず、これからもなお役立ってくれる最大の財産になることと信じている。  


[1] 5月18日から6月12日までのヒアリング風景は、「ワークショップD活動報告・第1弾」を参照。http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/2021/210624.html

[2] 7月6日の仙台市議会訪問につき、「仙台市議会訪問」を参照。http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/2021/210728.html

[3] 「ワークショップD活動報告・第2弾」http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/2021/210827.html

[4] 「ワークショップD活動報告(第3弾・高知出張編)」http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/2021/211101.html

[5] 「ワークショップD活動報告(第4弾・石巻出張編) http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/2021/211202.html

[6] 同上。

[7] 最終報告会の様子は、「復興10年踏まえ提言 東北大大学院生が報告会」『河北新報』2021年12月23日付を参照。http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/2021/pdf/kahokushimpo_20211223.pdf

[8] 「ワークショップD活動報告・第5弾(富士市出張編)」http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/2021/220201.html

 

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