東北大学公共政策    

プロジェクトC:Build Back Better(より良い復興)を目指す、 防災分野を通じた我が国の国際協力に関する研究


(1)趣旨

「災害は忘れたころにやってくる」との寺田寅彦の言葉がある。世界の今日の災害の状況を踏まえると、「災害は忘れる前にやってくる」といっても過言ではない。よって次の災害が来る前に備えをしていくことは論をまたない。

災害は、途上国の貧困状況を更に悪化させかねず、災害に対する予防策を講ずることが、人命、生活、社会を守り、「誰一人取り残さない」社会を実現するためにも、これまで以上に求められている。

寺田寅彦は「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」との言葉も残している。グローバル化,相互依存が深まる今日の世界においては,災害も、気候変動,感染症,テロ,経済・金融危機といった問題と同様に、国境を越え相互に関連しあう形で,人々の生命・生活に深刻な影響を及ぼしている点も見過ごしてはならない。  

 

我が国は、過去の幾多の災害を乗り越え、同じ悲しみを繰り返さないために、そして将来の災害に備えるために英知を結集して対応してきた。

今日まで我が国が実践して培った防災の知見は、国際協力という外交のツールとして、JICAをはじめ、関係者によって、海外の現場でも生かす取組が実践されてきた。特に、災害による脆弱性の高い途上国では、人的・予算的にも、応急対応、復旧・復興による原状回復の取組が精一杯であり、次の災害に備えるための手当、予防まで対応できていない現状がある。そうした国々に、予防のためにリスク削減へ事前防災投資することが、長期的に損失の削減につながるという認識を深めてもらい、各国の災害前の予防への投資を増やすことが重要である。

その最たるものが、2015年に採択された仙台防災枠組みであり、同枠組みには、将来の災害に備えるための事前防災投資、Build Back Better(より良い復興)等、日本が目指す防災の取組のコンセプトが盛り込まれ、2030年に向けて、世界各国が取組んでいる。

2030年は、国際的に合意された、持続可能な開発目標(SDGs)及び気候変動に関するパリ協定の目標年でもある。SDGsの中には、仙台防災枠組みの目標も盛り込まれ、自然災害のリスクが高まる要因の一つである気候変動、その対策と防災対策との連携・シナジーも求められている。  

 

本ワークショップが始動した2021年は東日本大震災から10年の節目であり、中央省庁、自治体が10年間のその取組を振り返り、得られた教訓・知見を取りまとめる作業とともに、伝承館等の設置を含め、震災の教訓・知見を伝承していく取組が平行して進められている。   本ワークショップは、国際関係、外交政策をテーマにしており、調査研究の現場は海外である。しかし、長引く新型コロナ感染症のために、2020年度同様に海外調査が実現できないことも念頭に置く必要があった。そこで、テーマ選定にあたっては、国内でも調査研究に取組むことができるように考えた。また東北の地で学ぶにあたり、東日本大震災について理解を深める機会を設けることも織り込んで、テーマを選定した。

2020年度は「人間の安全保障」の全体像について探究した。本年度は、人間の安全保障実現のため具体的な分野として「防災」に焦点を当てることとした。人間の安全保障の実現のための日本外交のイニシアチブを探究するにあたり、我が国の「防災の国際協力」につき、Build Back Betterの視点も念頭におき、次世代を担う学生ならではの視点で検証し、課題の解決方法を提言するために研究に取組んだ。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

開発協力にご知見のある岡部恭宜教授を副担当としてお迎えし、学生は5名、うち1名は現役社会人、1名は社会人経験者、3名の学生の多様なバックグラウンドを持ち合わせる構成となった。

メンバーは防災の国際協力を初めて学ぶ。そこで、事前に指定した基本書を読み込み、各自学んだことをプレゼンテーションすることを通じて、基礎知識の習得に努めることとした。履修可能な学生には、島田明夫教授と丸谷浩明教授の防災法を受講し、日本国内の防災の取組についても並行して学習することを促した。  

 

十分な新型コロナウィルス感染症対策を講じ、4月13日の第1回目から対面でWSを始動した。2020年度は2か月間オンラインでWSを実施していたことを振り返ると、今年度対面でWSを実施できたことは、共同作業をスタートする上で非常に有難かった。

初回のWS時には、コロナ禍でのWSの作業の不安を少しでも払拭できるよう、2020WSCのM2の先輩より、学生の視点で取組について助言を受ける機会を設けた。その後も都合の付く時に、同WSのM2の先輩にWSを訪問していただき、海外調査を含めコロナ禍での国際的なテーマの一年間の取組について助言を受ける機会を設けた。コロナ禍で学生間の交流の場が限られる中、M2の先輩とも接点を持つ機会ともなった。  

 

コロナ禍で海外調査の実施は予断を許さないことも想定されたため、海外の現場で国際協力に従事されている方、取組まれた経験のある方から話を聞く機会をできるだけ多く設けるようにヒアリング候補者の選定を行い、前期から実践した。

基本書の読み込みと並行して、第2,3回目のWS時には、開発協力を実践しているJICA東北の小林雪治所長、防災の国際協力の豊富な経験を持つ佐藤一朗次長に日本の開発協力、防災のODA等の基礎となる内容につき講義を受ける機会をいただいた。

GW明けには、途上国での様々なプロジェクトを手掛け、政策レベルで途上国の首相、閣僚等にも助言され、2015年の仙台防災枠組みの交渉・取りまとめに深く関与された竹谷公男JICA特別顧問をお招きし、防災をめぐる国際潮流と国際協力についてレクチャーを受けた。仙台防災枠組み策定の交渉裏のエピソード等も交えながら、日本の防災の知見を各国の取組に生かすための取組について説明していただいた。続いてJICAの防災を取り纏めている永見光三グループ長から、より良い復興(Build Back Better)」、インド洋津波、ネパール地震でのJICAの取組等について勉強する機会をいただいた。

6月には、国連防災機関(UNDRR)の前身となる国連国際防災戦略事務局(UNISDR)での執務経験があるIRIDeSの小野裕一教授から、国際防災行政の現状、仙台枠組みのフォローアップのための災害被害統計データの重要性について話を伺った。

これらに加えて、宮城県において先駆的に防災の国際協力に取り組んだ東松島市にもヒアリングをおこなった。被災地の復興のさなかにありながら、2013年のフィリピンのヨランダ台風の復興、インド洋津波で被害を受けたインドネシアのアチェとの交流を通じた取組みについて話を伺った。

このように前期は、日本の防災の取組について、二国間協力と国際的な枠組みの両面からJICAの取組みを中心に学びつつ、地方自治体レベルでの国際協力についても研究し、課題、その原因を探究し、政策提言の要素の抽出に取組んだ。

b)中間報告会(於:青葉山キャンパス工学部中央棟)

これまでの調査・研究の材料を中間報告会で取りまとめた方向性・提言案が、最終報告会での発表のベースになっていることも踏まえて、オンラインでプレゼンテーションを行った。

本WSで取り上げるべき課題については、事前防災投資、日本(被災自治体)の知見、日本の更なるイニチアチブの強化(二国間協力、先進国の取組み、UNDRR)を取り上げ、課題とその原因について説明を行った。質疑応答では、仙台イニシアチブ等日本の国際協力の評価、日本の取組を途上国で適用できるか否か、また特定の国を取り上げて日本の国際協力について掘り下げるべきではないか、日本の防災技術の競争力及び汎用性、ISOの取組み等、今後に課題を作り上げるにあたり重要な点を指摘いただいた。

初めての共同発表は、オンラインではあったが、ジェスチャーも交え、視線を前に向けて、堂々たるものであり、教員の方が感心させられた。

c)夏季

中間報告直後、報告会の振り返りを行った。そして後期は10月から2か月少しで最終報告会の準備しなければならないこと、海外調査も組み込むと後期の作業が非常にタイトになることを念頭に時間の使い方について確認した。まずはしっかり休養をとり、リフレッシュしつつ、8月、9月に可能な限りヒアリングを実施することとした。

国土交通省の御手洗潤教授をお迎えし、8月には宮城県庁、仙台市に、9月には防災の産官学の連携について伺うため日本防災プラットフォームにヒアリングを実施した。夏季休暇期間を活かし、兵庫県を訪問し、阪神淡路震災後も積極的に防災の国際協力に取組んでいる兵庫県庁、仙台防災枠組みを取り纏め、推進している国連防災機関駐日事務所、よりよい復興を目指す国際支援の枠組みである国際復興支援プラットフォームを直接訪問し、お話を伺う予定であったが、兵庫県が緊急事態宣言延長のために、オンラインで対応していただいた。

並行して、最終報告書で執筆できる内容(背景、事実関係の記述)から下書きにとりかかった。

d)後期

夏季のヒアリング、中間報告会での指摘、発表内容を確認しながら、最終報告会へ向けて課題、提言の確定作業に取り組んだ。

国際機関との連携を掘り下げるため、日本と緊密に連携し、防災の国際協力に取組んでいる世界銀行にヒアリングを行った。

また諸外国の日本の防災協力に対する考えを聴取するため、諸外国の防災の取組み状況を調べ、防災の取組みに熱心な国を抽出し、ヒアリングの打診を行った。複数の駐日大使館(インド、インドネシア、フィリピン、トルコ、チリ)が快く受け入れてくれ、ヒアリングが実現し、日本との協力について掘り下げる調査をすることができた。

さらに、具体的な国の事例を掘り下げるため、東松島市が国際協力を実施し、日本の「より良い復興」を参考に復興に取組んだフィリピンのヨランダ台風への国際協力を取り上げることとした。コロナ禍でフィリピンへの出張は無理であったため、ヨランダ台風の復興プロジェクトに直接携わった高橋宗也宮城県議会議員(当時東松島市職員)、平林淳利JICA国際協力専門員、小豆澤英豪JICAフィリピン事務所長、井内加奈子IRIDeS准教授にヒアリングをし、フィリピンでの取組について掘り下げて研究した。

中間報告会で指摘のあった防災技術、ISOの日本の取組についても、本件について産官学の取組みをリードされている今村文彦IRIDeS所長へのヒアリングを行った  

 

これらのヒアリングで課題を絞りつつ、提言の材料を揃えながら、11月中旬には、提言先となる霞が関の府省(内閣府防災、国土交通省、外務省)のヒアリングに臨んだ。初めての府省訪問でやや緊張の面持ちであったが、政策実務の担当者との対面でのヒアリングを通じて、自分たちの考える課題、解決方法がどの程度地に足についているのか体感し、確認する重要な作業となった。  

 

海外調査についても、調査国、帰国後の隔離期間等COVID-19の関連情報を収集し、最終報告会に支障がない形で実現できないか、ギリギリまで追求した。外務省の感染症危険情報を確認しながら、渡航可能性がある韓国を選び、駐仙台韓国総領事館にも査証手続き等に協力を仰ぎ、今村IRIDeS所長のご紹介で韓国国立災害管理研究所と韓陽大学校、岡部教授とも学術交流がある高麗大学と受け入れアポを調整開始した。が、新型コロナ感染症の変異株の急激な広がりもあり、出入国隔離期間との関係から最終報告会の発表に影響が出るため、韓国行きを断念せざるを得ない残念な調整結果となった。  

 

このように後期は、2か月の日程の中、様々な調整をこなしつつ、濃密な日程でヒアリングをこなし、できるだけ多くの当事者の考えを聴取することで、提言に結びつけられる材料の収集、提言案がどこまで通用するのか検証することに努めた。

e)最終報告会

発表時間が中間報告会より10分長く、計50分で、各人の持ち時間も長くなるため、プレゼンテーションが単調にならないように留意した。プレゼンテーションにあたっては、見ている人、聴いている人にとって、1)キーワード、図と写真を用いて分かりやすいスライドとすること、スライドに言葉を詰め込みすぎないこと、2)前を向いて、ジェスチャーも交えながら語りかけることの2点を心がけて臨んだ。パワーポイントの作成にあたっては、学生がその高いIT力を生かし、創意工夫を凝らして、直前まで作成に注力し本番を迎えた。

3つの課題を抽出し、各課題に対し2つ、計6つの政策提言をすることとした。 世界の災害・防災、我が国、国際社会の取組の現状、我が国の災害の変遷をベースに我が国が防災に取組む意義について、聴衆に分かりやすいストーリーとなるように構成した。

1つ目の課題、事前防災投資を促進するため、資金不足については、実質的な防災対策である気候変動の緩和策を活用することを提案した。事前防災は資金以外の面でも対応が可能である。実際に防災に従事できる人材が育成されなければ事前防災は進まない。そこで人材育成を強化することも処方箋として提案した。

2つ目の課題、アジアでの防災協力の推進については、日本と防災で志を一にするアジアの諸国と協働しながら取組むため、推進するためのグループを形成することを提案した。さらに、それらのパートナー国(途上国)がアジア域内の他の途上国を支援して防災を促進すること、「南南協力」を提唱した。

3つ目の課題、日本の知見を活かすために、被災から得た知見・教訓を直接語れる自治体が国際的な発信をすること、そのための発信の場・機会を提供することを提案した。  

 

これらの提言の根拠づけにあたっては、ヒアリングで得た貴重な生の材料をプレゼンテーションの中にできるだけ盛り込むように工夫をした。コメンテーターには、竹谷公男JICA特別顧問を再びお招きし、現場での政策立案、国際協力業務に携わった経験がない学生がこのレベルの提言を取り纏めていること、政府、各国の取組も踏まえ、日本が防災の国際協力の支援のすそ野を広げるための提言であるとコメントいただき、学生の9か月の取組につき、お墨付きをいただくことができた。  

 

このWSCの発表は、令和3年12月21日東北放送「Nスタみやぎ」において「防災を通した国際協力などの政策提言」として取り上げられ、WS初のTV報道となった。  

(イ)ワークショップの進め方

a)ワークショップと自主ゼミの二本立て

社会人メンバーも含め、WSの時間以外にメンバー全員で共有する時間を確保し、メンバー間の意思疎通を図るために、毎週のワークショップの間に自主的な学習(「自主ゼミ」)を取り入れた。次のワークショップへの事前調整、ヒアリングの質疑応答の準備、提言をまとめるにあたっての考え方のすり合わせ等のために費やした。

WS2020と同様に、ほぼ毎週自主ゼミに取組む学生の自主性、意識の高さは非常に心強く、非常に感心させられた。中間報告、最終報告に向けて認識を統一し、共同作業に取組むだけでなく、コロナ禍でのメンバーの一体感を維持する上で極めて重要であったと改めて認識させられた。  

b)ヒアリングと海外調査

2020年同様、コロナ禍で海外調査の実現は予断を許さない状況でもあり、海外の現場での取組について話を聞く機会をできるだけ多く設けるようにアレンジを進め、計35回のヒアリングを実施した。

公共政策ワークショップの強みは、その実践的な手法である。現場を幅広く観察し、現場の声を踏まえて、具体的な政策提言をつくりあげるプロセスが重要である。2021年度も、新型コロナウィルス感染症のための渡航制限、隔離期間等様々な制約があり、海外の「現場」に出向き、我が国のプロジェクトを観察し、現場の担当者、訪問国政府の関係者にヒアリングして、政策提言を作り上げる機会を提供することができなかったことは非常に残念であり、申し訳なく感じている。

その代替には必ずしもなりえないが、防災の国際協力に、現役で第一線で取組まれている方々へのヒアリングの機会を確保し、できる限り現場に近い話を伺いながら、提言作りに取組んだ。

竹谷公男JICA特別顧問、今村文彦IRIDeS所長をはじめ、「防災の国際協力」の研究、取組の第一人者としてご活躍されているJICA関係者、IRIDeS先生方に、ご多忙の中、ヒアリングにご協力いただいたことに感謝申し上げたい。

JICA東北の佐藤一朗次長には、JICAの防災の取組についてご指導いただくだけでなく、様々な照会事項に親身にご対応いただいた、厚く御礼申し上げたい。

松岡由季駐日UNDRR事務所代表には、災害対応(※国連のDisasterにはCOVID-19も含まれる)も含めて非常に多忙な中、国連における防災の取組、現状、その役割について現場を踏まえた貴重なお話を提供していただき、改めて感謝申し上げたい。

2020年度に引き続き駐日大使館にヒアリングのご協力を得た。学生のヒアリングを受け入れ、丁寧に対応いただいた駐日インド大使館、駐日インドネシア大使館、駐日チリ大使館、駐日トルコ大使館、駐日フィリピン大使館の関係者にこの場を借りて御礼申し上げたい。各大使館とも学生の訪問を歓待してくれ、駐日トルコ大使館においては、コルクット・ギュンゲン駐日トルコ大使に直接ご対応いただいた。ヒアリングが、大学と大使館の学術交流にもつながることを学生、教員ともに肌で感じる貴重な機会となった。

ご多忙の中、政策官庁である内閣府防災、復興庁、外務省、国土交通省、自治体では兵庫県、宮城県、仙台市及び東松島市にお時間をいただき、「防災の国際協力」の重要性、このテーマに取り組むことと意義を再確認する貴重な体験となった。またお忙しい中ヒアリングに対応いただいた、高橋宗也宮城県議会議員、中川雅章アジア防災センター所長、沼田収一JBP事務局長、世界銀行、IRPの関係者に改めて感謝申し上げたい。

これらのヒアリングは、そのアレンジも含め、学生にとって、社会人に向けてトレーニングを受ける良い機会にもなった。そして教員にも、防災を通じて、様々な人的な繋がりを形成する機会を提供してくれた。

c)役割分担

5名のメンバーで、月ごとにリーダーをローテーションし、分担した。人数が5名であったため、リーダーがプロトコール(渉外担当)を兼ね、それを他の4人が機動的にサポートすることとなった。IT担当は非常に高いスキルを持った者が担い、会計は出張毎、書記はヒアリングを公平に分担し対応した。

1年を通して、全員が必ずリーダー役を担い、取りまとめることの難しさ、やりがいを体感させることを通じて、責任感を醸成させることを試みた。またリーダー以外の役回りを担うことで、共同作業を進めるために必要な異なるスキルを身に着けるトレーニングにもなったと思料する。

(3)成果

(ア)最終報告書について

詳細は最終報告書本文を参照いただきたい。

総ページ数は、300ページを超える大部なものとなった。うちヒアリング調査報告は200ページ、海外調査は実現しないことも見越しつつ、計35回のヒアリングを実施し、防災の国際協力に携わる多様なステークホルダーの考え、意見を直接伺い、地に足の着いた調査結果を盛り込んだ。

執筆作業は、夏季休暇から、前期の文献およびヒアリング調査を踏まえて、可能なところから執筆を開始した。

本報告書本体は、第8部から構成されている。

第1部の「はじめに」続き、第2部では「我が国の災害対応の変遷」として、過去の大災害への対応、我が国の防災取組のこれまでの流れを説明した。第3部では、ツールとなる我が国のODAについて、また第4部においては、日本の取組、まず、政府の防災の国際協力の取組の全体像を把握するために、主要3省庁である内閣府、国土交通省及び外務省の防災の国際協力の取組、そして復興庁、JICAについて取り上げた。併せて、ヒアリングを行った地方自治体(宮城県、東松島市、仙台市、兵庫県)、日本防災プラットフォームの取組についても記載した。

第5部では、日本が第1回から第3回にわたりホストし、防災の国際的な潮流を形成する契機となった国連防災世界会議について記述した。

第6部では、国際機関、研究機関等についてその取組を取り上げた。各国の防災の取組については、提言に直結する国として、事前防災投資に積極的であるインド、インドネシア、フィリピンの取組についてヒアリングで得られた内容も含め記述した。

第7部においては、文献等調査、ヒアリング結果を踏まえて、3つの課題に対し、各課題2つの提言、計6つの提言を提示している。同部第2章では「事前防災投資の促進」に対しては、①気候変動に関する基金・プロジェクトを活用して、事前防災投資を進めること、そして②途上国の地方防災計画における策定に取り組む人材育成の強化を提言した。第3章では、「アジアの防災の主流化」に対して①防災推進するグループ(防災版クアッド)の形成及び②防災分野の南南協力の推進を提言した。最後に第4章の「日本の知見・教訓の継続的な発信」で、①自治体の知見・教訓の国際的な発信支援及び②国際会議等における自治体の知見を発信する機会の提供を提言した。  

 

上記提言は、以下の点を踏まえながら作り上げた。

日本はホスト国として、蓄積してきた防災の知見を総結集し、その知識を総動員した甲斐もあり、参加国のコンセンサスを得て2015年に「仙台防災枠組み」は採択された。しかし、2030年の期限の中間点を過ぎた現時点において、同枠組みで設定したグローバル目標の各国の達成状況は望ましい状況ではない。各国の取組を更に加速化する上で国際協力は必要である。

被災国であるから伝えられること、被災国でなければ伝えられないことがあるのではないか、今後発生する災害において同様の悲惨な被害に遭わないようするため、被害を最小限に抑えるために、「より良い復興」を念頭におきながら、日本の防災・減災の知見を国際協力で生かせないか、その方途を考えることが出発点であった。

1つ目として、仙台防災枠組みの優先行動について検討した。防災・減災にあたっては、災害の前に備えることが肝要である。防災・減災の一丁目一番地である「事前防災投資」に焦点を当てた。しかし「言うは易く行うは難し」である。防災・減災の重要性は共有・理解されても、そのための資金が不足している。各国のリソースが限られる中で、防災と同等の内容の取組である気候変動の「適応策」の活用を生かすことに着目し、提言した。

また防災・減災は資金を手当てするだけでなく、併せて防災・減災計画を策定できる人材、それを運用・実施できる人材が不可欠であることも学んだ。そこで人材育成、特に被災現場で第一義的に即応しなければならない自治体レベルの人材の育成を提言した。

2つ目として国際協力に重点的に取組む地域とその手法について検討した。

先ずは、類似の災害に悩まされているアジアにおいて防災の仲間作りを進め、日本だけでなく複数国と協力して地域の取組を推し進めることを検討した。アジアで被災経験を踏まえて防災に積極的に取組んでいる国を確認しつつ、それらの国と推進するためのグループを形成すること、そしてアジア域内に防災の主流化を横展開するため、南南協力を推進することに着目し、提言した。

インドネシア、フィリピン、インドの3国は、日本と継続的に2国間の防災対話に取組んでいる国である。インドネシアは2004年のスマトラ島沖地震からの復興支援を経験し、国内では2020年のジョコ大統領の主導で、長期防災ビジョンとして「2020-2044 持続可能な開発のための災害に強いインドネシア実現」を打ち出し、取組んでいる。フィリピンは2013年の台風ヨランダ後、日本の「より良い復興」も参考にしながら復興支援に取組み、2017年にはドゥテルテ大統領主導で国内の脆弱なインフラを改善するために、フィリピン版の「より良い復興」ともいえる”Build Build Build ”プログラムを導入し、2017年から2022年までの災害対策予算を5倍にし、防災に積極的に取組んでいる。またインドも、洪水、干ばつ、サイクロン、地震、津波、山火事などの様々な災害に悩まされる中、2016 年にモディ首相は仙台防災枠組みの実施予算として約3億円を確保し、防災に取組んでいる。2019年からは、インド政府主導で「災害に強靭なインフラのためのコアリション (CDRI) 」を組織し、G20とともに国際的なイニシアチブをとっている国である。このように、上記3か国は防災の取組を推進するために独自の政策を打ち出し、予算を確保し、主体的に取組んでいる。ヒアリングも含めた調査結果を踏まえ、3か国をアジアの防災を推進するグループの候補国とした。この推進グループは3か国に固定・限定するものでなく、事前防災に積極的で、推進に賛同する国は参加できる柔軟性を持つものを想定している。

さらに、これらの国と協力してアジア域内で防災を推進するために南南協力をツールとして活用することとした。南南協力によって途上国間での協力を推進することができる点にも着目した。また日本もこれまで南南協力に取組んだ実績がある点を考慮した。

ヒアリングを実施したアジアの駐日大使館の外交官からは、各国の立場・取組の説明を通じて、各国の防災の取組に対する熱心さ、これらの国と日本が協力を強化して防災の国際的な取組を推進していく可能性について、直接伺うことができ、提言を固める上で大きな収穫であった。

3つ目に国際協力に取組む主体について検討した。被災現場で第一義的に対応し、その後の復興に取組んだ経験・知見を有する「被災自治体」に着目した。東松島市、仙台市、兵庫県のヒアリングを通じて、被災自治体の経験・知見を国際協力に生かした例を確認できた。が、取組自体がこれら一部の自治体に限られていること、この取組が日本国内でも広く共有されておらず、被災自治体が持っている経験・知見を国際協力に活かすことにつなげられていないことも確認した。被災自治体が主体的に国際協力に参画することができる環境を提供するため、各自治体の知見・教訓を発信して生かすことを方針として打ち出し、その取組を支援することを提言した。

各国は、それぞれ国内事情を踏まえ、防災の政策を企画立案し、施策を実施する。調査・研究の過程で、日本の知見・教訓がそのまま適用できるものではないという点も学んだ。同時に、東日本大震災から10年が経ち、被災国・被災自治体だから語れる、伝えられる知見・教訓を積極的・継続的に発信していかなければならないことも改めて認識する機会となった。

国内の伝承・継承の取組が徐々に進みつつある。自然災害は、アジアでその件数も増し、経済的な被害額も増加している。日本のこれらのアセットを国内だけにとどめず、国際社会で共有し、取組の素材を提供していくという視点も忘れてはならない。

各提言は異なる視点、異なる課題に対する処方箋ではあるが、日本が防災の国際協力を推進する上でそれぞれ欠かせない要素である。いずれも、日本のこれまでの知見・教訓が生かしていくという点で、6つの提言が相互に作用しながらすることで、日本が防災の国際的な主流化を推進するという視点で取りまとめた。

(イ)ワークショップを通じた能力育成について

他の公共政策大学院とは一線を画し、1年間を通した「共同研究作業」を通じて、「個」としての力を磨くことができる非常に貴重な機会であることを痛感した。

共同作業では、研究テーマの探究に加え、チームワーク、信頼関係の構築、コミュニケーションスキル等集団・組織の中で自分の力を生かすことが求められる。

その意味では、社会にでる前に、共同作業の中で自分の力を鍛錬する非常に恵まれた、濃密な時間といっても過言ではない。

WSの運営は、基本的に学生の自主性に任せるようにし、中間報告、最終報告に向けた時間軸を意識するように助言した、課題の整理、その原因の究明等については、担当教員と意見交換しながら、学生のロジックが通ずるのか否か、通じない場合のロジックの修正、補強をしながら作り上げ、その内容、説明ぶりについては第3者にも平易に分かるものとなるよう意識付けるように指導した。

本ワークショップの成果発表のハイライトである8月の中間報告、12月の最終報告には、高い集中力で本番の発表に臨み、大人数の前でのプレゼンテーションにおいて、各メンバーがその実力を発揮し、共同作業としても立派に仕上げることができた。

WSの作業が優先したが、コロナ禍で、共同作業を円滑にすすめる上で、授業時間外で、リラックスして懇親する場・機会を設けられなかったのは残念であった。

本ワークショップは、毎週火曜日3~5限の非常に長い時間、一年間通して取り組む忍耐力が求められる。その中で、毎ワークショップの計画、時間配分等については、よりメリハリをつけて運営することが求められる場面が多々見られた。限られた時間の中で生産性を高めることについては、今後の研鑽に期待したい。

副担当の岡部恭宜教授には、ご専門の開発政治学の視点のみならず、研究者としての視点から、課題設定等について、示唆に富むアドバイスを惜しみなく提供していただいた。後期に着任された御手洗潤教授にも、説明のロジック、提言つくりにあたって国土交通省、復興庁勤務のネットワーク、ご知見を存分に授けていただいた。改めて感謝申し上げたい。

献身的な取組の成果として、立派な最終報告書が完成した。5名の学生に、その共同作業に取組んだ努力の成果が最終報告書として実ったことに感謝申し上げたい。

2021WSは5名の学生との貴重な1年間を授けてくれた。完成までの苦労、喜び等様々な経験が、今後の学生生活、社会人生活で生かされる機会があれば、本懐の至りである。

このページのTOPへ