東北大学公共政策    

プロジェクトD:パラリンピックのレガシーとしてのダイバーシティ &インクルージョン都市の形成に向けた研究 ~ユニバーサルデザインのまちづくりと心のバリアフリーを目指して~


 

(1)趣旨

本ワークショップが始まる直前、2021年の日本における最大の出来事は、「今年の漢字」やマスコミ各社の〇大ニュース、流行語大賞トップテン等を見てもわかるように、covid19と並んで、東京オリンピック・パラリンピック(以下「オリパラ」という。)であったといえよう。

 オリパラは、元来世界最大のイベントであり、covid19のせいで多くの競技・試合が無観客で開催されてもなお世界中からも大きな注目を浴びた。しかし、オリパラは、突発要因であったコロナのリスク管理の面だけではなく、施設や資金の面、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」という。)やボランティア等の組織・人員の面、さらには外交、文化等様々な面から、単なるスポーツのイベントというにはあまりにも大掛かりなものとなっている。そして、組織委員会の大会ビジョン(「スポーツには世界と未来を変える力がある」)にもあるように、オリパラは社会と未来を変える力を持っていると言われており、その典型が1964年の東京大会とされる。

 そして、二度目となる日本での夏季のオリパラを終えて、日本はその力をどこに使うべきなのか?変えるべき社会と未来は何なのか?この点、政府は「ユニバーサルデザイン2020行動計画」を定め、組織委員会は基本コンセプトで「多様性と調和」を謳い、国際パラリンピック委員会は「We the 15」キャンペーンをスタートさせるなど、いずれもがパラリンピックのレガシーとして共生社会を実現することを目指している。また、パラリンピックのレガシーとしての共生社会の実現を目指して、自治体レベルでも、国内外のパラリンピック選手等との交流をきっかけに、ユニバーサルデザインの街づくりと心のバリアフリーの取り組みを進めていこうとする共生社会ホストタウンが全国に存在している。

 共生社会とは、ユニバーサルデザイン2020行動計画によれば、「障害の有無、年齢、性別、人種等に関わらず多様な人々が暮らしやすい」社会であり「障害のある人もない人も、支え手側と受け手側に分かれることなく、ともに支え合い、『多様な個人の能力が発揮されている活力ある社会』」である。これは、人口減少・高齢化社会を迎える我が国において、障害のある方のみならず、増加する高齢者、再び来訪が期待される外国籍の方等、マジョリティとマイノリティーがお互いを理解しあいながら多様性を発揮してそれぞれの力を生かして活躍するダイバーシティ&インクルージョンの社会を目指すことであり、極めて重要なテーマである。また、ダイバーシティやインクルージョンは、「誰一人取り残さない」というSDGsの理念と極めて近いことも相まって、近年、イノベーション創出や多様な人材の活用、生産性の向上や働き方改革等に向けた企業理念や経営戦略として掲げる企業が増えてきており、また都市経営の視点からも注目を集めつつある。

 本ワークショップでは、共生社会やダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けた、政府、民間、自治体といった多様な主体の取り組みやその成果を探るとともに、共生社会ホストタウンである秋田県大館市を一つのフィールドとして、都市レベルでダイバーシティ&インクルージョンの社会を実現するために必要な政策について具体的な提言をまとめていくことを目標として進めていった。なお、提言先は、大館市を主としつつ、必ずしも大館市に限るものではないとの枠組みでスタートしたが、学生達の検討の結果大館市への提言を基本としつつ、後述の通り仙台市中心部で数多くの公共空間ボッチャ体験会の企画運営に本ワークショップとして携わったことから、一部分のみ仙台市を提言先とした。

 また、本ワークショップでは、第三者ないし研究者の立場から調査し、提言をまとめるだけではなく、ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けて、学生自らがプレーヤー(=政策の実践者)として活動することを理念として掲げた。具体的には、公共空間を活用したイベント等の場において、共生社会に向けてユニバーサルスポーツであるボッチャの体験会を学生が自ら企画して実施することにより、「心のバリアフリー」を学生自らが実体験するとともに、それを市民に広げていく取り組みを行うことを通じて、政策の実施を担う経験とするとともに、生きた政策提案に繋げることを狙いとして活動を行い、仙台市中心部等数か所での公共空間ボッチャ体験会の企画運営の一翼を担った。

 

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

 行政法の大家であり、かつまちづくり分野を始めとする実務法にも非常にお詳しい飯島淳子先生を副担当に迎え、学生8名、うち1名は現役社会1名は社会人経験者、男性5名女性3名、そして仙台で生まれ育った学生から初めて仙台に住む学生まで様々なバックグランドを持った学生が集う形でワークショップが始まった。さらに、M2から経験豊富でパワフルなチューター2名も加わり、総勢12名でワークショップがスタートした。ちなみに、最後までこの12名(後期に加わった江口先生を加えると13名)が1人も欠けることなく完走することができたのは、学生一人一人の頑張りと周りを尊重するチームワークの賜物であったと思う。

 最初に、基礎知識を習得するため、担当講師や学内講師、東北地方運輸局等の講義や文献購読を行った。文献としては、「パラリンピックを学ぶ(平田竹男他)」、「福祉のまちづくり(高橋儀平)」といった研究者の著述と「ユニバーサルデザイン2020行動計画」、「第4次障害者基本計画」、「令和2年版障害者白書」といった政府文献の輪読を中心に行った。また、並行して、過去の共生社会ホストタウンサミットの動画視聴も行った。第3回の授業日(4月26日)には、仙台バリアフリーツアーセンター及び(一社)WheeLogの皆様に車いすまち歩き体験を我々のために企画していただいた(https://wheelog.com/hp/archives/22553)。この体験への参加は、学生たちにとっては初めての教室外での学習であるとともに、普段歩いていた時には気づくことができなかったバリアを身をもって体験し、当事者の視点を知ることができた非常に有意義な時間であり、その後の研究の方向性に大きな影響を与えた。そして、6月4日(土)から1泊2日の日程で、我々のフィールドである秋田県大館市を訪問した(http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/newsletter2022/wsd20220701/)。大館では、休日にもかかわらず福原淳嗣市長を始めとする関係各課の皆様から順番に御講義を頂いた。この様子は、地元の新聞紙上でも紹介された(http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/newsletter2022/wsd20220620/)。翌日には、大館学び大学への訪問や公共施設、道路改修現場等の現地視察を行うとともに、石田ローズガーデンで行われたバラ祭りの会場で、主催者である市役所や市民サークルのメンバーに交じって、ボッチャ体験会の実施補助を行った。これは多くのWSメンバーとって初めてボッチャに触れる機会であり、その後最終的に仙台市の公共空間ボッチャ体験会で結実するプレーヤーとしての活動の第一歩となった。

その後、先導的共生社会ホストタウンでもあり、また日本ボッチャ協会と連携協定を締結している福島市を訪問し、ユニバーサルデザインのまちづくり・心のバリアフリー両面の市役所の取組をお伺いするとともに、パラリンピアンでもある福島県障害当事者スポーツ協会増子恵美様に直接にお話を伺った。また、一般社団法人WheeLog代表織田友理子様へのオンラインによるヒアリング調査を行い、4月のまち歩きとあわせて、後にWheeLog!アプリの活用などの提言を行うきっかけとなった。

 並行して、中間報告会に向けて、各自の関心分野を出し合い、政策提言の構造を相当な時間をかけて話し合った。その際、特に本研究の対象者をどこまでに設定するのかの議論が喧々諤々行われ、この時点では障害者だけではなく外国籍の方も対象とすることが決まり、最後まで続くUDまちづくり班、心のバリアフリー班及び外国人班という3班体制がほぼ固まった。しかしながら、この段階ではまだこれら3つの塊をどういう構造にするのかについての結論は出ず、UDのまちづくりと心のバリアフリーという2つ柱に、外国籍の方向けの施策を後から付け足したという構造でいったん整理することになった。一方で、ダイバーシティ&インクルージョン、共生社会、心のバリアフリー、ユニバーサルデザイン等の用語については班員で共通認識を作るべく話し合いが行われ、中間報告会向けに整理が行われていった。

 

b)中間報告会

 中間報告会では、上記の構造のもと、早い段階からスライドの作成に取り掛かり、中間報告会一週間前に第1回リハーサルを行うという主担当教員の高い要求にしっかりと応え、その段階で大枠は出来上がっていた。その後の1週間で、内容のブラッシュアップとともに、UDフォントや写真の活用等による見やすさ・わかり易さの工夫、言葉のわかり易さや話し方、時間等の形式面でのブラッシュアップを行っていった。さらには、担当教員やM2チューターからの容赦ない模擬質問という千本ノックをこなす一方で、飯島先生に頂いて以来WSDのマスコットとなった秋田犬を要所に使うスライド構成や、(誰も気づいてくれなかったが)プレゼン用の演台にボッチャボールを置く等の小技等も組み入れ、寝る間も惜しんでWS室で準備が進められた。

最終的には、「東京2020大会は何をもたらす?」という問いから始まる79枚のスライドと参考資料が用意され、対面での報告と質疑応答に臨んだ。その甲斐があって、当日オンライン接続トラブルというハプニングがあったものの、無事に中間報告会という難局を乗り越えることができた。

 

c)夏季

 8月7日(港まつりの日)に行われたインドネシアフェスティバル内でボッチャ体験会を行うことが決まり、多くのメンバーが自主的に運営補助として参加した。その際、国籍を問わずにボッチャを楽しむ姿、あるいは気仙沼に多く在住するインドネシアの文化に日本人が触れるとともに、インドネシア人同士やインドネシア人と日本人が交流するインドネシアフェスティバルは、外国人班のみならず参加したメンバー全員に外国籍の方との共生を体感させることになった。この機会に、在住インドネシア人施策に取り組む気仙沼市役所、インドネシア人実習生を多く受け入れるとともにインドネシアフェスティバルの主催者である菅原工業、そして同社で実際に働いているインドネシア人実習生に対し、外国人班中心にヒアリング調査を行った。

その後の夏休みは、当初は自主ゼミなどを定期的にやろうという計画もあったものの、就活その他で多忙な学生も多く、リアルでの集まりは難しく、オンライン中心で散発的な自主ゼミは開催されたが、大きな進捗は得られなかった。しかし、後期が始まると授業の関係で遠征が難しくなるという主担当教員の問題意識が一部の学生に大きく響いたことから、9月20日及び21日に関東ヒアリングが設定された。ヒアリングに至るまでに、ヒアリング先を1つずつ決めて、その後に何を聞くかを考えようとする学生と、聞きたいことを先に考えそれに応じたヒアリング先をまとめて決めるべきとする主担当教員との間の齟齬や、課題探し、仮説探し等意図を持った質問をすべきという主担当教員の意図が必ずしも理解できない学生と齟齬を、対面の場がないままに埋めるのに時間を要するという課題も発生したが、最終的にUDまちづくり班及び心のバリアフリー班6名が、先導的共生社会ホストタウンである川崎市、江戸川区及びスポーツ庁に訪問しヒアリングを行った。ヒアリング先の選定は完全に学生主導で行われ、アポイントメントもほぼ学生主体で行われた。なお、当初国土交通省へも訪問予定であったが、先方との都合が合わず後期にオンラインでヒアリングが行われた。

 

d)後期(年内)

 後期からは、副担当に霞が関での実践経験豊富な江口博行先生を新たに迎え、担当教員側も3班に分かれての担当制を敷いたこともあって、UDまちづくり班、心のバリアフリー班及び外国人班という3班に分かれての活動が中心となっていった。とはいっても、完全に独立ではなく、お互いに情報交換をしながら、仲良く活動が続けられていった。後期からは、特に外国人班が、それまでの出遅れを取り戻すべく、大館の外国人のニーズ把握を第一に掲げ、大館でベトナム人実習生を受け入れている小滝製作所及び同社のベトナム人実習生へヒアリングを行うとともに、並行して提言の仮説づくり・仮説検証のため、せんだい日本語講座を運営する市民センターや、大館日本語COCOの会等に、精力的にオンラインヒアリングを重ねていった。一方心のバリアフリー班は、これまでのヒアリング等が身体に障害のある方中心であったことに問題意識を感じ、WSD向けに仙台市障害者サポーター研修を開催していただく段取りをつけ、10月25日にエクステンション棟内で精神障害のある方及び発達障害のある方を講師とする同研修が行われ、WSD全員が受講し障害者サポーターとなった。また、この頃から仮説の方向性が少しずつ見えてきたため、大規模ショッピングセンターで多様な人の交流のための施設を運営する伊勢市社会福祉協議会へのヒアリングを行うとともに、大館への再遠征を行い、大館市の社会福祉協議会へのヒアリングや大館市の大規模ショッピングセンターの現地調査等を行った。ただし、当初予定のなかった大館への秋の再遠征を先に主張したのは、UDまちづくり班である。UDまちづくり班は、大館の現場に適用可能な提言にこだわりを見せ、大館で実験的な運用が開始されたばかりの相乗り交通システムmobiを始め、建替工事中の大館市役所の駐車場のUD化、具体的な設置場所も含む屋外へのボッチャコートの設置の提言など、測地的な提言を行う素地が秋の大館再遠征で作られた。また、同班は情報面でのバリアフリーも課題ととらえ、バリアフリーマップその他具体的な提言を行うべく、それぞれの先進的な取り組みを行う高槻市、佐世保市等に自主的にメール等でヒアリングを重ねていった。また、前期や夏休み等にヒアリングをしていたにもかかわらず、この時期になると提言の仮説が見えてきて、具体的な施策に関してあれも聞いておけばよかったということがたくさん出てきたことは、学生のみならず担当教員にも学びとなった。具体的には、大館市役所への再遠征のみならずその後も大館の関連部局にメールで質問を容赦なく浴びせたほか、福島市、川崎市、国土交通省、(一社)Wheelog等にメールを中心に再質問が行われた。

 一方で、本ワークショップの最大の特徴である政策の実践者としての取組として、公共空間におけるボッチャ体験会の企画・運営の一部を学生たちが担った。特に、仙台での公共空間ボッチャ体験会では、仙台市障害者スポーツ協会、仙台市スポーツ振興事業団等とともに、ボッチャフェスin仙台実行委員会の一翼を東北大学が担い、事務局次長を学生が務めることになった。当該次長となった学生を中心に、ポスターやチラシの作成を自ら発案し会場周辺の小学校や市民センターに配布したり、スポーツボランティア団体にボランティアを担っていただく調整をしたり、様々な団体が参加する当日の役割分担等のロジを考えたり、研究プロジェクトの一環として行ったボッチャ体験者向けアンケートの準備をしたりと、大人顔負けの実務を学生が担っていた。その成果もあって、仙台で配ったチラシはなんと合計5160枚!、体験者数は仙台だけでなんと延べ1106人!にも及んだ(http://www.law.tohoku.ac.jp/100th/boccia.html)。この様子は数多くのマスコミに取り上げられるなど(https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20221103/6000021497.htmlhttp://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/cms/wp-content/uploads/2022/11/C2022112200000001100.pdf)、多くの仙台市民に心のバリアフリーを考えるきっかけを作ることができたと自負している。今後も、公共空間でボッチャを行うことが普通の社会なっていけば喜ばしい限りである。

 11月の後半ごろから、最終報告会に向けた作業が開始された。ここで一番苦労したのは、数ある提言の絞り込み、各班で作った提言のタマの相互関係、そしてそれらの提言の構造化である。まずは前期にいったん棚上げされた外国籍の方向けの施策をどういう構造にするかという悩ましい議論が行われ、喧々諤々の検討の結果UDのまちづくり、心のバリアフリー、そして両者の重なる部分である公共空間における取組という3つに構造化され、外国籍の方向けの施策は3つの塊の中にそれぞれ入れ込むこととなった。次に、各班の提言を並べてみると、親和性の高い若しくは類似する、又は逆に一見類似して見えてしまう施策がたくさんあることが判明した。また、ある施策は、例えば外国籍の方向けだけではなく、障害のある方にも役に立つ等、対象範囲を議論する必要のある施策も少なくなかった。これらの施策については、班の壁を乗り越えて、タマをくっつけたり渡したり貰ったり消したりしながらブラッシュアップしていくという議論がそこかしこで行われた。この過程を見ていると、お互いに損得や利己的な姿がほとんど見えず、純粋にきちんと整理しよい提言を作ろうという一心ですべての学生が行動しており、WSDがワンチームとして動けていることを実感することができた。そして最後に、最大55分という発表時間の壁との戦いが並行して行われた。この段階で、泣く泣く眠ってしまうことになった提言やプレゼンは決して少なくなかった。

 

e)最終報告会

 最終報告会では、「ユニバーサルデザインのまちづくり」、「心のバリアフリー」、そして両者の共通施策である「多様な人々の交流」の3分野で、25もの提言を盛り込んだ報告が行われた。なお、「多様な人々の交流」分野は、先述の「公共空間における取組」がブラッシュアップされて生み出された上位互換である。25の提言は主に大館市に向けての提言であったが、先述の通り仙台市での公共空間ボッチャ体験会が学生達にも仙台市役所をはじめとする関係者にもインパクトを与え、社会へも波紋を広げたという実感を持った学生達は、後述するボランティアサークルを自ら立ち上げたことも相まって、当初予定していなかった仙台市への提言を1つ盛り込むことになった。

 最終報告会当日には、大館市から遠路はるばる福原淳嗣大館市長にお越しいただき、コメンテーターを務めていただいた。市長からは「こんなに具体的だとは思わなかった」「全部やりたい」等、非常に力のある最大限の評価を頂き、学生は後の活動報告で「WSD一同1年間頑張ってきて良かったと努力の報われる思いでした」と記している(http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/newsletter2022/wsd20230217/)。

 

f)後期(年明け以降)

 冬休みの束の間の休息を経て、年明けにWSが再開され、執筆分担を決め論文を書き進めていった。書くにあたり、章立て、用語の使い方(特に、障害者・障害のある方・障がいのある方、外国人・外国籍の方・外国にルーツを持つ方のどれにするか等)、図表や脚注、引用文献の書き方等のルールが決められた。その後、WS内でも章や節内での文章構成の統一、文全体での重複の排除や前後での引用のチェックが行われ、担当教員からの指摘も踏まえながら、最終原稿が完成した。一方、並行してヒアリング記録を整理し、ヒアリング先への照会・確認を進め、最終報告書に掲載できるようにした。報告書全体を見まわし整合性をとる作業や、整える作業はなかなかに大変だったが、学生は精力的に進め、期限前に提出を完了させることができた。最後に、校正を行って、印刷にこぎつけた。なお、1月の授業の開始がたまたま水曜日からとなった関係で、ワークショップのスタートが1月2週目となったのだが、最初の一週間を使えなかったのが勿体なかったという感想を漏らす学生が少なからずおり、彼らの意欲の高さを改めて思い知ることとなった。

 最終原稿が完成して間もない2月10日に、大館で報告会を行った。WS13名全員そろっての遠征は実は最初で最後であり、それに加えて西岡院長を始めとする5名の教員・研究員を加えた総勢18名の大デリゲーションで大館に赴いた。そこで、1年間WSを導いたリーダーから市長に報告書を手渡すとともに、報告会と同様の形式で報告を行い、たくさんの市役所職員の方に聞いて頂いた。その後質疑応答に続き、学生一人一人からのお礼の言葉を述べ、それに対する大館市の代表の皆様からの温かい言葉で、報告会は締めくくられた(http://www.publicpolicy.law.tohoku.ac.jp/newsletter/newsletter2022/news-20230217/)。

 本ワークショップは、大館市をはじめとする様々な皆様のご協力・ご厚意により成立させることができた。とりわけ、本ワークショップのフィールドとなった大館市の皆様の力抜きでは、本ワークショップは根本から成立していなかったと言っても過言ではない。仙台での最終報告会のコメントを始めとする3回にわたる福原市長直々のご指導をはじめ、企画調整課、スポーツ振興課、観光課、福祉課、都市計画課、教育委員会等関係各課の皆様による3回にわたる現地遠征、御講義、ヒアリング等へのご協力やヒアリング先のご紹介、社会福祉協議会、身体障害者協会連合会、小滝製作所、COCOの会といった民間の皆様のご協力に、心より感謝申し上げる。

 

(イ)ワークショップの進め方

 原則として、毎週火曜日の3限から5限にワークショップを実施した。それ以外の時間にも必要に応じて自主ゼミを実施することもあり、特に中間報告会や最終報告会、報告書の提出の準備期間は、かなりの高頻度で自主ゼミが行われたと聞き及んでいる(ちなみに自主ゼミに教員が参加することはほとんど無かった)。特にこれらの期日の直前においては、おそらく自主ゼミという概念ではなく、各々の許す限り、メンバーを入れ替えながらの多くの時間をワークショップ室で過ごしたことであろう。本ワークショップのメンバーは、悪く言えば大人しくシャイで自己主張が少なくリーダーシップが弱く、よく言えば冷静に物事を考えられ、他人を思いやる共感力の強い学生ばかりが集まった。そんな中では、本ワークショップのテーマである「誰一人とりのこさない」「心のバリアフリー」「すべての人が抱える困難や痛みを想像し共感する力」というテーマは非常によくマッチしたと言えよう。4月当初、先輩等からワークショップ内での人間関係はえてして難しくなっていくという話を聞き、学生は皆半信半疑であった。しかし、結果的に、最後まで誰一人欠けることなく、誰か一人が引っ張るというような構造ではなく、皆で仲良く助け合いながらワンチームとして完走できたことは、特筆に値すると言えよう。学生の皆様にこの紙面を借りてあらためて感謝を申し上げる。

 本ワークショップの特徴は、①第一の提言先を予め決めていたこと・言い換えればクライアントが最初から存在していたこと、②加えてテーマをダイバーシティ&インクルージョンに設定したこともあり、他のワークショップと比較すればテーマが絞られていたことを挙げることができる。さらに、前述の通り、③第三者ないし研究者の立場から調査し政策提言をまとめるだけではなく、学生自らがプレーヤーとして活動することとし、多くのボッチャ体験会の企画運営の一翼を担ったことも挙げられる。①及び②によりテーマが絞られたことは、振り返ると学生にとっては比較的早い段階でテーマを絞って検討を進めることができ、具体的な政策提言を行う点からはメリットとなった。とはいっても、障害者関連施策だけでも、公共施設、交通、道路、建築、情報通信、人権、福祉、労働、学校教育、社会教育、スポーツ等の分野に跨る幅広い範囲を持っており、その実施手段も法令、規制、補助金、行政計画、普及啓発、学校教育、情報発信、直接実施、関連団体や民間への指導助言やこれらを通じた施策実施等様々であることから、学生たちはその絞り込みに苦労を重ねたことは間違いない。また、ダイバーシティ&インクルージョンという大テーマと、ユニバーサルデザインのまちづくりと心のバリアフリーという小テーマの間のギャップも、学生たちが頭を悩ませた問題である。すなわち、ダイバーシティ&インクルージョンというとジェンダー関連施策をまず想定する人も多く、その対象範囲を障害者の他、女性、LGBTQ、外国籍の方、高齢者といったマイノリティーのどこまでを射程とするかという問題である。この点は前期・後期にわたってWS内で何度も議論が行われたが、最終的には主に外国籍の方への施策を検討する外国人班が立ち上がり、「パラリンピックをきっかけとする」という本WSの検討の趣旨から、障害者及び外国籍の方を中心に、困りごとが身体障害者に比較的近い高齢者までを主な射程とすることとなった。また、提言先を予め絞り込んでいたことにより、なぜ大館なのかの理由を考えるという課題も学生達に課せられることとなった。このように、テーマを絞り込んだことにはメリットとデメリットの双方があったが、学生たちの振り返りを聞くとどちらかというと良い方向に作用したと総括できよう。

 また、前期5月までは主担当教員が講義やまち歩き、現地調査、文献購読の宿題などを完全におぜん立てしたが、6月初めから徐々に学生に主導権を移し、6月下旬に中間報告の検討が本格化した以降は、ヒアリング先の選定、アポイント、中間・最終報告会のスライド作りや発表内容、報告書執筆等、(実行員会で企画運営を行ったボッチャ体験会を除き)ほぼ学生が主体的に運営していった。

また、主担当教員は、「楽しく」を当初理念の一つとして掲げた。後から学生に聞くと、こんなにワークショップが忙しいとは思わなかったとか、他のワークショップに比べても忙しかったというような声が少なからずあった。しかし、そのような中でも、大館で開催されたボッチャ大会「はちくんカップ」や2022年度に初めて開催されたボッチャ「仙台市長杯」等のいくつかのボッチャ大会に教員も含む有志でチームを組んで出場したことを始め、担当教員の強引な誘いに乗って広瀬川の河原で芋煮会をしたり、最終報告会@大館の後に市職員の皆さんと一緒に名物きりたんぽ鍋を食べたり、400年続く伝統のある祭「あめっこ市」を楽しんだり、あるいはWS室で深夜まで一緒に議論や作業をしつつ合間で学食等で食事をしたり、就活やレポートの情報交換をしたりと、「楽しく」は何とか一年間体現できたのではないかと思料している。

 

(3)成果

(ア)最終報告書

最終報告書は、「はじめに」と「おわりに」、及び本体である第1部「総論」と第2部「各論」からなっている。以下、最終報告書の冒頭に記載されている「概要」の転載という形で、報告書の全体像を記載する。

総論においては、まず、我々の研究の意義、目的、研究手法を示した。次に、本報告書において主要となる用語について説明を加えた上で、これまでの我が国のダイバーシティ&インクルージョン施策を概観した。最後に、我々が提言先とした秋田県大館市について概要を述べた上で、なぜ大館市を提言先としたのか理由を示した。

各論においては、「ユニバーサルデザインのまちづくり」と「心のバリアフリー」、「多様な人々の交流」という三つの側面から、大館市における課題の解決にアプローチした。 第1章「ユニバーサルデザインのまちづくり」では、主に情報や物理の側面から、当事者の困りごとの解決を目的とした施策として、「当事者の声を反映させるためのシステム構築」、「歩行空間のユニバーサルデザイン化」、「駐車場のユニバーサルデザイン化」、「公園のユニバーサルデザイン化」、「大館版mobiのユニバーサルデザイン化」、「バリアフリーマップの作成」、「簡易的なバリアフリー施策」、「やさしい日本語表示、ピクトグラム、カラーユニバーサルデザインによる情報伝達」の8つの提言を行った。第2章「心のバリアフリー」では、主に意識や制度の側面から、社会の多数派である非当事者に対して、意識の変容や共生社会への理解を促すことを目的とした施策として、「学校教育における福祉体験学習の充実」、「学校教育における正課ボッチャクラブの増設」、「市民向け障害者サポーター養成講座のブラッシュアップ」、「民間向けD&Iパートナー制度の創設」、「外国籍の方への理解を深める機会の創出」の5つの提言を行った。また、我々は、研究を進めていく中でユニバーサルデザインのまちづくりと心のバリアフリーという両分野を効果的に推進していくためには「実際に困りごとを抱える当事者とその他の多数派である非当事者との交流」が不可欠であると考えた。そこで第3章「多様な人々の交流」という両分野に共通する分野を設定した。双方に同時に働きかけるための施策として「ボッチャのより一層の普及」、「異文化交流イベントの実施」、「商業施設への福祉まるごと相談室の移転および福祉啓発イベントの開催」、「商業施設でのクワイエットアワーの実施」、「ボッチャ体験会の継続的な開催」の5つの提言を行った。加えて、この共通分野における「ボッチャ体験会の継続的な開催」に関しては、我々が企画・運営に携わり、政策実施者として活動を通して得た知見をもとに提言を行う。それゆえボッチャ体験会に関してのみ、我々の政策実施者としての主なフィールドとなった宮城県仙台市を提言先とした。

 

(イ) ワークショップを通じた能力育成について

 本ワークショップを受講した学生は、研究対象であるまちづくりや社会福祉といった分野の知識のみならず、心のバリアフリー・さらには共感力を1年間の活動を通じて学ぶこととができたと思料している。4月の車いすまち歩きでは、皆が異口同音に「普段気づけなかったものが見えた」「視点が変わった」といった感想が漏れていたが、様々な障害のある方や外国籍の方からのお話を聞き、その人の立場からの施策を考えるという経験と、一つの報告書を7人の他人と一緒に作り上げていくという経験を通じ、マイノリティーだけではなく、そもそも自分とは違う他者の立場を想像し思いやり、共感する力が身についていったのではないかと想像される。

また、一年間の研究活動や共同作業を通じて、交渉力やスケジュール管理能力・ビジネスマナーといった社会人としての基礎スキルや、問題発見能力、調査・企画能力、データの収集・分析能力、プレゼンテーション能力、文章力、集団作業能力、表出された施策や課題の背景にある問題やそれらの施策がとられた理由を掘り下げて考える力等、様々な能力が学生達に身についていった。その成果の結集は何といっても報告書であるが、それ他にも、最終報告会での福原市長のお言葉や、大館市の皆様との間に築かれた暖かい絆も、本ワークショップも成果が結実した結果と言えよう。逆に言えば、大館市をはじめとするヒアリングや、ボッチャ体験会・車いすまち歩き体験等のフィールドワークにご協力いただいた皆様が、学生たちの社会の課題に真摯に向き合う姿勢や活動を引き出し、その相互作用でこのような能力の向上という学生の成長が生み出されたと確信している。

もう一つの大きな成果として、ボランティアサークル「東北大学公共空間ボッチャプロジェクトD&I」の創設が挙げられる(https://twitter.com/Public_Boccia)。学生たちは、1年間仙台を中心に公共空間におけるボッチャ体験会の企画運営の一翼を担い、前述のような大きな成果を生み出すことができたとの実感を得た。そして、自らが仙台での「政策実施者」として担った経験を、「政策提案者」の立場から見た場合、大館への政策提言だけではなく、仙台で、その継続・発展を提言し、さらに自らもその提言の実施に貢献することを責務のように感じたのではなかろうか。実は、この背景には、公共空間ボッチャ体験会の関係者である仙台市役所の幹部から、学生に向かって直接に、提言だけではなく学生が自ら動くことで、市役所や関係者も動きやすくなるという助言(鼓舞?)もあった。しかし、それも一つのきっかけにしながらも、「バリアフリーに関心を持っていない人たちに対する最初のアプローチ手段」として「まちなかでのボッチャ体験会を企画・運営することでバリアフリー等への理解を広める」ために(サークルの登録申請書からの引用)、自らボランティアサークルを立ち上げたということは、本ワークショップのまさに「レガシー」といえる大きな成果であり、また、学生たちの成長の証でもある。

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