東北大学公共政策    

プロジェクトB:子どもの貧困対策の更なる推進に向けた政策研究

(1)趣旨

我が国は、今なお世界的に見て「経済大国」と目される立場にある一方で、近年、経済的格差の拡大により、「貧困」の問題はより身近な政策課題となってきている。

とりわけ、子どもの貧困(相対的貧困の状態にある子どもの比率)は、OECD諸国の平均よりも高く、子どもの概ね7人に1人が貧困状態にある(厚生労働省「平成28年 国民生活基礎調査」)。こうした状況を踏まえ、政府は平成25年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」を制定し、「教育の支援」、「生活の支援」、「保護者に対する就労の支援」、「経済的支援」等に関する必要な施策を講じることとした。

ただし、同法に基づき具体的な施策を定めた「子供の貧困対策に関する大綱」の内容は、既存施策を束ねた総花的なものにとどまっている感は否めない。現下の状況を改善するためには、さらに踏み込んだ対策が必要と言える。

こうした背景のもと、本ワークショップでは、平成30年度から「つなぐ・つながる仙台子ども応援プラン-仙台市子どもの貧困対策計画-」(以下「仙台市計画」という。)をスタートさせた仙台市を対象とし、子どもの貧困を改善するための政策の在り方について調査研究と提言を行うことを目的とした。

(2)経過

(ア)年間の作業経過等

a)前期

当初は、子どもの貧困に関する基礎知識、法令、国や仙台市の子どもの貧困対策の現況について習得することに力点を置いた。

4月には、まず、子どもの貧困の現状や問題点、課題に関する基礎的な知識を習得するため、基本書を輪読し、ディスカッションを行った。その後、国の「子どもの貧困対策の推進に関する法律」及びこれに基づく「子供の貧困対策に関する大綱」、仙台市の「仙台市子どもの生活に関する実態調査」(以下「仙台市実態調査」という。)、仙台市計画のそれぞれの内容を確認しながら、各学生の問題意識の醸成を図った。

これらの基礎知識をベースにして、5月下旬からヒアリング調査をスタートした。この時点でのヒアリングは、仙台市実態調査におけるデータや同調査で仙台市が行った関係機関等へのヒアリング結果などをもとに、本ワークショップとしての問題意識を明確化させることに重点を置いた。ヒアリング調査に当たっては、ディスカッションをしながら事前に質問票を作成し、ヒアリング先へおおむね1週間前までに送付することとした(年間を通じてこのような手法をとった)。このディスカッションを通じて問題意識の明確化と共有を図ることができた。具体的なヒアリング先としては、仙台市計画のとりまとめを担当した仙台市子供未来局家庭支援課、子育て家庭への相談支援等を行うのびすく仙台、貧困世帯の子どもへの学習支援を行うNPO法人アスイク、スクールソーシャルワーカーに関する事業を所管する仙台市教育委員会教育局学校教育部教育相談課の4ヶ所である。

7月には、これまでの調査検討の状況を踏まえつつ、具体的な検討の方向性として、①総合支援体制の構築、②健康・食生活対策、③学習支援(認知能力及び非認知能力)の大きく3つの施策に絞り、中間報告も視野に入れながら、それぞれについて、今後の検討の方向性について議論を重ねた。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

子どもの貧困の現状に関する主要なデータや関連制度・政策の概要を示しつつ、仙台市の取組の現状、仙台市実態調査やヒアリング調査から抽出した課題、それらを踏まえた今後の検討方針について提示する内容であった。この段階で、上記の3つの施策に関し、ある程度の具体性を持って検討の方向性を提示できた点は、その後の調査検討を深化させる意味では十分な到達点であったと考える。

c)夏季

8月末と9月上旬に教員を交えた形での自主ゼミを開催した。目的は、限られた期間の中で後期のヒアリングを円滑に実施するため、ヒアリングを要する事項の整理とヒアリング先の候補の選定である。10月上旬からヒアリング調査が実施できるよう、学生が分担してヒアリング先との調整を開始した。

d)後期(年内)

10月・11月は、夏季の議論やヒアリング先との調整結果も踏まえつつ、全国の自治体や団体の取組で参考となる事例についてのヒアリング調査を実施した。

①総合支援体制の構築に関しては、渋谷区役所(アプリを使ったセグメント配信による子育て世帯への情報提供システム)、大阪府箕面市(子ども成長見守りシステム)、同じく大東市(「ネウボランドだいとう」)のヒアリング調査を行った。

②健康・食生活対策に関しては、横浜市役所(SIBモデル事業による子ども食堂)、同市内のコミュニティサロンおさんへのヒアリングを実施した。

③学習支援については、公益財団法人日本財団(「第三の居場所」事業)、仙台市子供未来局幼稚園・保育部、NPO法人キッズドア、NPO法人アスイクへのヒアリングを行った。

以上のヒアリング調査を通じて、それぞれの先進的な取組の経緯、実施状況の把握を行い、提言にどのような形で活かすことができるか検討を進めた。また、ヒアリングの成果を踏まえ、中間報告段階では単独の施策としていなかった「生活習慣形成支援」を第四の提言の柱として立てることとして、検討を進めた。

12月には、最終報告会のPPT資料、最終報告書の主要部分の執筆を並行して行いながら、さらに提言内容の細部についての精査を行った。各学生が1つの政策提言を主担当として担うことを前提として、作業を行った。特に留意した点としては、先進的な取組を単に仙台市に紹介する「情報提供」ではなく、学生としての付加価値を生み出しながら、「自分たちの」提言としてまとめるように検討を行ったことがある。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

最終報告会においては、総論として、中間報告でも提示した国や仙台市の主要なデータや関連制度・政策の概要をコンパクトにまとめ、各論として、仙台市実態調査やこれまでのヒアリング調査で得られた情報から提言に向けた課題と検討の方向性を提示し、具体的な提言内容を発表するという構成とした。報告では、各学生ともペーパーに目を落とすことなく、スムーズにプレゼンを行うことができ、ほぼ規定の時間どおりにまとめることができた。また、質疑においても、概ね自分たちの考えを説明することができた。

f)後期(年明け以降)

主に、最終報告書の執筆、内容確認作業を行った。特に総論部分については、最終報告会時にはほとんど手付かずであったため、比較的時間を割くことになった。また、提言部分についても、再度確認を行いながら、若干の修正を加えた。

以上のほか、最終報告書に掲載する現地ヒアリング記録について、それぞれヒアリング先の方に案を送付し、内容のご確認をいただいた。ヒアリング記録に修正があった場合は、その都度、ヒアリング記録とそれを反映させている本文の記述を修正する作業を行った。

(イ)ワークショップの進め方

毎週火曜日の3限から5限の開講時間のほか、学生は必要に応じ、自主ゼミを実施していたが、これは、ワークショップの準備に充てるためのものであり、学生同士の議論を尊重する観点からも、担当教員は参加しないこととした。メンバーは、学部卒の学生3名と社会人3名(経験者含む。)という構成であったが、両者が垣根をつくることなく、円滑なワークショップ運営ができた。社会人学生は、ワークショップ運営の面で、学部卒学生を適宜リード・フォローするなどの貢献もあった。

また、1年を通じて、西岡晋教授には、研究者教員の視点から要所を押さえた的確なご指導に加え、主担当とは異なる角度からの論点の提示や学生への助言、関連する論文等の文献の紹介、ヒアリング調査の分担など、副担当として熱心に指導に当たっていただいた。

スケジュールについては、中間報告会、最終報告会といった主要なポイントから逆算して、担当教員と学生で協議しながら日程を立てて管理した。学生の役割分担は、リーダー、書記、儀典、会計を概ね3カ月ごとに交替しながらすべての役割を経験することとした。

また、ヒアリング調査については、遠方も含め計13の機関、団体のご協力をいただいた。日程が近接又は重複する場合には、学生が複数のチームに分かれて分担した。

(3)成果

(ア)最終報告書

最終報告書は、第Ⅰ部総論(4章)、第Ⅰ部各論(5章)とし、全9章から構成されている。

総論第1章は研究の目的と背景を明らかにし、総論第2章では国における取組として、子どもの貧困対策推進法とこれに基づく大綱の概要、その他関連度として生活保護、児童扶養手当、就学援助、生活困窮者自立支援の各制度の概要をまとめている。総論第3章では仙台市の現状として、仙台市実態調査に基づく子どもの貧困の概況、仙台市計画の概要についてまとめている。総論第4章は課題の検討と設定として、子どもの貧困のメカニズムと着眼点の設定、これを踏まえつつ、仙台市実態調査等から4つの課題として、総合支援体制、健康・食生活対策、生活習慣形成支援、学習支援(非認知能力支援、認知能力支援)を提示している。

各論の第1章から第4章までは、上記4つの課題に関し、関連する全国での取組事例、ヒアリング調査の概要、これらを踏まえた具体的な課題の抽出と検討の方向性の提示、提言内容、提言の期待される効果と残された課題について記述している。

各論第1章では、総合支援体制の構築に関し、「寄り添い型子ども情報統合システム」(以下「統合システム」という。)と「仙台こどもすくすくアプリ」の2つの提言を行っている。前者は、福祉部局や教育委員会が保有する子どもの貧困に関連する様々な行政情報の活用により、支援を必要とする子どもを把握し、アウトリーチにつなげるものである。この統合システムは、以下の各提言において対象者を把握する際にも活用される支援実施の基盤としての役割を持つものである。後者は、母子健康手帳の機能も付与したアプリを活用し、統合システムとも連動させ、プッシュ式セグメント配信によって子育て世帯に必要な情報を分かりやすく提供するものである。

各論第2章では健康・食生活対策として、「まんぷく!子ども食堂サポート事業」を提言している。本提言は、(i)欠食の多い朝食について、小学校で支援団体が朝食の提供を実施するモデル事業の実施・検証と普及、(ii)市内の様々な団体が実施している子ども食堂の事業を網羅的に情報提供する「子ども食堂マップ」による事業周知、(iii)クラウドファンディングによる各支援団体の自主財源の確保とそのためのノウハウの提供を目的としたセミナーの開催、マニュアルの作成を内容としている。

各論第3章では生活習慣形成支援として、「支えあう!みんなの家事業」を提言している。日本財団が実施する「第三の居場所」事業を仙台市においても実施することとし、実施に当たり、増加する空き家の活用も視野に入れ、かつ、子どもだけでなく地域の幅広い年齢層の活動(地域交流拠点事業)にも活用可能なものとして実施する内容となっている。

各論第4章では学習支援として、非認知能力の育成に着目した「すくすく育つ!非認知能力支援モデル事業」と認知能力の育成に着目した「学力向上応援事業」を提言している。前者は、幼児期(3歳~6歳)及び上記「第三の居場所」事業を利用する児童(小学校1~3年生)を対象に、非認知能力の育成を目的としたプログラムを実施し、その効果検証を行うことによって、エビデンスの確認と効果的なプログラムの普及を目指すものである。後者は、小学4年生から小学6年生対象の学習支援事業の新設、高校生を対象としたコース別学習支援として、既存の中途退学未然防止の事業のほか、授業補完コースと受験対策コースを新設するものである。

各論第5章では、全体を振り返りつつ、本研究の意義について簡潔にまとめている。

(イ)ワークショップを通じた能力育成

仙台市をはじめとする関係機関、団体の方々のご協力を得ることができ、計13回の充実したヒアリング調査を実施することができた。これにより、現状を丁寧に確認しつつ、多角的な視点から政策を検討する貴重な経験ができたと同時に、その能力の向上につながったものと考える。また、単に先進事例を移植するのではなく、学生なりの付加価値を生み出すことを提言に当たって重視したことから、各自が問題意識を高め、主体的に政策のアイデアを練ることができた。加えて、ヒアリングを通じて、関係者の方々の熱意に支えられて各種の事業が実施されていることを認識できた点については、抽象的な政策論を超える有意義な発見と認識を学生にもたらしたものと考えている。なお、学生の中には、ヒアリング先の学習支援団体でボランティア活動に参加した者もあった。

また、中間報告と最終報告の二度の報告会に向けたプレゼン資料の作成とプレゼンのリハーサル、そして報告会本番での報告と質疑応答は、自らの考えをいかに相手に説明し、理解を得るかというトレーニングとして、非常に有効であったと考える。必ずしもプレゼンが得意な学生ばかりではなかったものの、本ワークショップを通じて成長が見られた。

さらに、報告書の作成は、総論部分を分担して執筆したほか、提言内容に係る各章の構成を統一して各自作業を進めるなど、各自が自分の作業に責任を持ちつつも、ワークショップとして共同作業の意識と一体感を持って取り組むことができたものと考えている。

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