東北大学公共政策    

プロジェクトC:長期マクロ対外政策 歴史・策定体制・試論

(1)趣旨

人間集団には、大小の規模を問わず集団内部の維持管理にかかわる機能と、その集団を一単位として外部環境の変化にどう対処するかを決定する機能の両面が存在する。国際社会において、現時点での基本的集団は国であり、その対内・対外調整機能はそれぞれ内政・外交と総称されている。

外交、あるいは軍事的手段と区別される狭義の「外交」と混同しないために「対外政策」と読み替えることとするが、これにも幾種類かの理念型がある。例えば、国際社会で他国を従えていく実力を有する大国の対外政策は、おのずと自国にとって望ましい将来を設計し、その実現を意図するものとなろう。これを仮に「理想追求型対外政策」と呼んでみても良い。一方、自ら国際環境を変化させる実力の乏しい小国は、状況に追随して生き残りを図る対応に終始するであろう。これは、「状況追随型対外政策」と呼べるであろう。

いずれにせよ、対外政策の時間軸を長期、ないしは超長期に取ってみると、現時点での大国も遠い将来の不安定要素に配慮せざるを得ず、小国といえども繁栄を夢見て必要な手段を講ずるであろうから、国の規模にかかわらずそれなりの大戦略を有しているのである。逆説的に言えば、この大戦略の優劣に従い、国の命運は定まるのである。

長期対外政策の策定に際しては、個々の要素をミクロ的視点で積み上げる発想はなじまず、正確性を多少犠牲にしても変数の総体をマクロ的視点から見積もる手法に頼らざるを得ない。このように定義した一国のグランド・デザインを「長期マクロ対外政策」と名付けることにする。

「長期マクロ対外政策」には、大別して三つの側面が含まれるであろう。

(a)外部環境としての、国際社会の現状分析と、その将来予測

(b)様々な分野にわたるその国の能力、すなわち国力の現状と、その増進方策

(c)将来予測を踏まえ、どのような状況で、どのような国力を投入するのが最善かという判断

ここで国力と総称したが、その内容は政治(狭義の外交)、軍事、実体経済、金融、科学技術、天然資源、人材、ソフトパワー(情報発信力、文化的影響力等)など、多種多様である。

「長期マクロ対外政策」について検討を加えるにあたり、本ワークショップでは以下の三段階のアプローチを提案する。

(a)文献などで知られている、過去や現行の「長期マクロ対外政策」の実例を調べ、その特色や有効性・欠陥を明らかにする作業。すなわち歴史に学ぶのである。「長期マクロ対外政策」は、計画らしく文書にまとめられているものもあれば、回顧録等の著述から再構成しなければならないものもあるだろう。また、外交や軍事については文献が豊富であるが、経済分野など、文献が限られている分野もある。また地域についても文献の数に違いがある。アジア、特に中国については、近年の変動が著しいため、文献が限られる。

(b)現在の日本で、「長期マクロ対外政策」を立案している官民の組織を調査し、策定担当者よりどのような発想でどのような政策を考えているか、聴取する作業。あるいは、こういう部署であれば考えているはずなのに、考えていないということが判明すれば、その理由を追及する。対象としては、外務省などの政府機関、各種シンクタンクを想定する。

(c)それではワークショップとして、どのような「長期マクロ対外政策」が考えられるかという、試論。内容的には、外交・軍事などに片寄らず、経済や文明論など幅広く議論することが期待されている。

(2)経過

(ア)年間の調査・検討作業

a)前期

参考文献を調査し、読書記録を「文献解題」の形でまとめる作業を通じ、先行研究の洗い出し、基本的知識の共有、策定機関・既存政策の現状把握、課題・論点の抽出及び現地調査項目の選定を行った。4月24日以降、月一回のペースで東京ヒアリングを行った。対象者は外務省総合外交政策局・高橋直樹政策企画室長(当時)、国際問題研究所・野上義二理事長兼所長(当時)、フォーリン・プレスセンター・赤阪清隆理事長(元国連広報担当事務次長)、元国際電気通信連合事務総局長・内海善雄氏、日本総合研究所国際戦略研究所 田中均理事長であった。それぞれのヒアリングにおいて、学生が詳細な記録を作成し、対象者の校閲を経て資料化した。

b)報告会Ⅰ(中間報告会)

前期の成果と今後の研究の全体像を資料にまとめ、全員で口頭発表を行った。発表に際しては紙などを見るのではなく、発表内容を十分頭に入れて効果的に説明できるよう指導した。また、発表が時間内にきちんと収まるよう留意した。配付資料等は分かりやすいものとするよう、心がけた。発表後の質疑、特に教員からの指摘事項については、速やかに記録化し、最終報告書に反映させるよう努めた。

c)夏期

中間報告会の成果と反省を踏まえ、今後の調査計画を検討した。後期に予定されている海外調査の行先を北京と決定し、本格的準備に着手した。ヒアリングは、9月に国際公共政策研究センター・田中直毅理事長、英国王立防衛安全保障研究所アジア本部・秋元千明所長に対して実施した。

d)後期(年内)

北京調査旅行は10月10日から16日の日程で実施した。海外調査は教員二名、修士一年六名のワークショップ全員に加え、中国語が堪能でリサーチ・ペーパーの準備のため中国での調査を計画していた修士二年の学生一名が全行程参加し、事故等なく帰国した。現地では北京大学国際学院董昭華副教授、在中国日本大使館四方敬之公使、野村総研中国研究センター・川嶋一郎副センター長に対するヒアリングを実施した。また、キャッシュレス化が日本より急速に普及し、政府や巨大企業による管理社会化が進行している中国の現状を視察した。同時に、時事問題のみにとらわれず、悠久の歴史を持つ中国文明に親しむ機会を設けるようにした。帰国後、ロンドン在住の政治経済アナリスト・小西丹氏への書面ヒアリングを行った。11月以降は国内・海外調査が一段落し、最終報告会や報告書作成に向けたとりまとめの作業に集中した。

e)報告会Ⅱ(最終報告会)

最終報告会は準備時間が限られており、特にワークショップの学生による「試論」提示には苦労を重ねたが、中間報告会での成果を元に準備を終え、効果的な発表を行うことができた。当日の質疑については、詳細な記録を作成して年頭のワークショップで議論を行い、最終報告書に反映させるよう努めた。

f)後期(年明け以降)

これまでの文献調査・ヒアリング調査・海外調査・報告会での発表を通じた成果を遺憾なく最終報告書に反映させるよう指導した。報告書の執筆分担は行ったが、単に各執筆項目を綴じ合わせた文書とならないよう、各学生がそれぞれ最終報告書全体に対し責任を負って意見交換し、文体や内容の調整を行い、どの学生がどこを執筆したか外部から分からなくなるまで推敲を行うよう努めた。引用箇所については出典を明示する等、論文作成の基本的ルールを厳守するよう指示した。

(イ)ワークショップの進め方

ヒアリングに先立っての質問票作成については、担当学生が中心になって項目のとりまとめを行い、事前に内容を確認した。ヒアリング記録の確認については、記録を作成した学生がワークショップの場で報告を行い、ヒアリングに参加した学生が中心となって記録の補足作業を行った。中間報告会・最終報告会の準備は全員で行い、特に直前は入念なリハーサルを行って口頭発表の技術を磨いた。政策提言に際しては、論理的・現実的な提言を作成するよう留意し、十分に議論を重ねた。

(3)成果

(ア)最終報告書について

最終報告書は全体で300ページ近い大部の作品となった。大別して本文とヒアリング記録の二部に分けられる。

本文は、研究の目的・背景から始まり、中心テーマとなる「長期マクロ対外政策」という用語の定義を行っている。ついで「長期マクロ対外政策」の日本及び外国の実例を挙げ、策定の背景や効果について詳細に分析している。現在の我が国における「長期マクロ対外政策」の策定体制については、政府・民間(シンクタンク等)に分けて、それぞれ研究した。これらの議論を元に、策定体制に関する政策提言を行っている。主たる提言対象は政府において対外政策の立案を中心となって担当している外務省であり、内閣官房や各省庁の対外政策担当部門も視野に入れている。また、「長期マクロ対外政策」を政府の外郭団体、あるいは民間の立場から提言しているシンクタンクのあり方についても、その効果的な活動を図る提言を行っている。さらに、組織論上の政策提言に留まることなく、将来を担う世代に対する訓練の一環として、ワークショップ独自の国際情勢分析に基づいた「長期マクロ対外政策」の試論を策定した。学生にとっては試論策定に必要な能力、情報、時間は限られていたが、日本を巡る国際環境の大胆な推測と、あるべき方策について制約のない議論を行うよう努めた。

ヒアリングという調査手法に関しては、公刊された書籍や論文等と異なり、ヒアリング記録の客観性担保が重要である。ヒアリング調査は通常非公開の場所で行われ、記録の正確性は記録者の力量に左右される。また、ヒアリング記録を本文に反映させる際、根拠とされた発言がいかなる文脈で行われたかも検証対象となる。こうした発想から、本ワークショップではヒアリングの記録を全て別添文書として残し、発言者の校閲を経て公表することにした。これにより、報告書閲覧者はヒアリング記録を独立の文献として活用することが可能になり、本文の分析や政策提言の根拠をヒアリング記録に見出すことができるようになった。

(イ)ワークショップを通じた能力育成について

文献調査については、文献解題を作成して要旨を文書化しながら読むように指導し、文献解題を学生間で回覧し、他の学生がこれを充実させる作業を通じて知識の共有を図った。こうした作業により、正確に文書を読解する能力が養成された。

ヒアリングは本ワークショップの中心的な活動であった。事前に質問項目を全員協力してまとめること、当日の各学生の役割分担と効率的な行動、正確な記録作成と事後の検証が目標とされた。これらは高い水準で達成されたと評価できる。

報告会については、口頭発表の技術と説得力ある資料作成の両面が目標とされた。これらについても全員で集中的に準備した結果、高い能力が育成された。

最終報告書は一年間のワークショップの集大成であり、今後記録として残る作品である。報告書作成に当たっては、報告会での各学生の分担を基本として執筆作業が開始されたが、報告書の体系化や文体統一など、横断的な作業の重要性を指導した結果、質の高い報告書が完成した。最終報告書は印刷に付し、ヒアリングに協力した関係者や、政策提言先を中心に配布を行った。

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